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遣らずの雨を降らせるのは

全体公開 ヌヴィリオ 2786文字
2025-10-21 21:24:11

晩秋のおうちデートで、寄り添いながら過ごすヌヴィリオの話

Posted by @otroom0v0

 雨粒が窓を叩く音が聞こえる。湿った空気はひんやりとして、冬の気配を濃く漂わせていた。リオセスリはぶるっと震えると、読んでいた本から顔を上げる。すると、タイミングよく扉が開いて、ヌヴィレットが部屋に入ってきた。
「少し冷えるな。ブランケットを持ってこよう」
 そう言いながら、目の前のテーブルにお茶とお菓子を並べてくれる。
「家主なのに働き者だな。いつになったら隣に来てくれるんだい?」
「もう少し待ってくれ。リオセスリ殿には、快適に過ごしてほしいのだ」
 ふふっと微笑んで、ヌヴィレットがまた部屋から出ていってしまう。仕方がないので、リオセスリは再び読書に戻った。
 これは持ち込んだものではなく、談話室の本棚にあったものを勝手に拝借したものだ。意外にも、流行りのロマンス小説である。ヌヴィレットがこんなものを持っているとは思わず、つい手に取ってしまった。
 具体的なストーリーは知らなかったのだが、人間に恋をした純水精霊が人の姿になって会いに行く……という、ファンタジックで女性が好みそうなものである。この小説を元にした、映影の企画も進んでいるとか。
 シナリオは実に王道だが、文章が巧みで心を掴まれる。同じ作者の書籍が他にもあるなら、ぜひ読んでみたいところだ。
 そんなことを思いながら読み耽っていると、ヌヴィレットが再び部屋に戻ってくる。今度は大きなブランケットを二枚持っていた。本を閉じたリオセスリは、笑って手を差し伸べる。
「こいつは随分と暖かそうだ」
「薄手の方がよかっただろうか」
「いや、これでいい。ありがとう、ヌヴィレットさん」
 リオセスリはブランケットを受け取ると、膝に掛ける。触り心地のよい、ワインレッドのブランケットだ。するとヌヴィレットが隣に座って、同じデザインのネイビーのブランケットを羽織る。彼は薄手のシャツにベストを合わせた格好なので、寒いのだろう。ゆったりと足を組んだ後、テーブルの上のティーカップを手に取る。
「遠慮せず、お茶を飲んでくれ。この気候だとあっという間に冷めてしまう」
「そうさせてもらうよ」
 本を傍らに置くと、リオセスリもティーカップを手に取る。ストレートティーかと思いきや、ミルクティーだった。チョコレートのような甘い香りがする。ひと口飲んでみると、お菓子のように甘いお茶だった。チョコレートの風味もあって、とても贅沢な気分になる。
「これはフレーバーティーかい?」
「ああ。ミルクティーに合うとおすすめされたのだ。試飲した時、これはリオセスリ殿にも飲んでもらいたいと思ってな。甘すぎただろうか」
「いや、俺にはちょうどいいよ。お茶菓子がなくても満足感がある」
 しかし、ヌヴィレットが用意してくれたビスケットが目の前にある。お茶が甘いので、素朴なものを選んだのだろう。いいセンスだ、と微笑んだ後、リオセスリはビスケットを紅茶にひたして食べてみる。そして目を見開いた。
「ん……! ヌヴィレットさんも紅茶にひたしてみてくれ、結構いけるぞ」
「しかし、そのような振る舞いは」
「今この場には、俺とヌヴィレットさんしかいないだろ」
 目の前で再び実践してみせると、ヌヴィレットもまねてビスケットを紅茶にひたす。そうして控えめにかじると、美しい瞳がきらりと光った。
……美味しい」
「だろ」
「このような食べ方は品がないと思い避けてきたが、真新しい発見もあるのだな」
「ヌヴィレットさんもたまには肩の力を抜いたほうがいい。俺と二人の時なら、人目を気にせず過ごしてもいいだろ?」
 リラックスしているヌヴィレットの姿なんて、想像もつかない。だからこそ見てみたいと思った。すると彼が困ったように微笑む。
「下品な振る舞いをして、恋人に失望されたくないのだ」
 それを聞いて、リオセスリはついにやけてしまった。
「へぇ、そんな風に思っていたのか。けど俺は、自分にだけ気を許してくれる恋人も好きだぞ」
「しかし」
「ほら、俺に寄りかかってもいいんだぞ」
 両腕を広げて微笑むと、ヌヴィレットが明らかに戸惑った様子で黙り込んでしまう。それなら、とリオセスリは自分から身を寄せて、ヌヴィレットにもたれかかった。手を握ってブランケットの中に押し込むと、ほかほかと暖かい。
「うん、こうしてると寒くない」
 するとヌヴィレットが羽織っていたブランケットをリオセスリにも掛けてくれる。そのまま控えめに体を寄せて、ぴったりと寄り添ってくれた。
「こうすればもっと暖かい」
「はは、そうだな」
 素直に甘えられないのも、常に礼儀正しく振舞ってしまうのも、ヌヴィレットの可愛いところだ。改めてそう思うと、リオセスリは握った手に力を込めた。
 そこでヌヴィレットが思い出したように言う。
「そういえば、先ほど何か読んでいたが……気になるものがあったのか?」
「ああ、これか」
 置いていた本を手に取ると、ヌヴィレットに見せる。
「あんたがこんな小説を読むとは思わなくてね。気になってつい読んじまった」
「それは……
 ヌヴィレットが押し黙る。見られたくなかったのだろうか。申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
「勝手に読んで悪かった」
「いや、それは構わないのだが」
 咳払いをした後、ヌヴィレットが気まずそうに言った。
……恋という感情を知るために買ったのだ。手がかりになるものがあるかもしれない、と」
「手がかり……?」
 どうにも話が見えない。恋ならとっくにしているじゃないか。それともまだ確信が持てないのだろうか。それはそれで不安になるが。そんなリオセスリの感情を察したのか、ヌヴィレットが「誤解しないでほしい」と否定した。
「私は感情表現が不得手で、君への想いをどのようにして表現すべきか、分からなかったのだ。ゆえに多くの文化から手がかりを求め、答えを得ようと試みたのだが……
「正解は見つかったのかい?」
「人それぞれ異なる、という結論に至った」
「ははは! だろうな!」
 恋について真面目に考えるなんて、やっぱり面白い。
「そんな深く考えなくても、言葉や態度で伝えればいいと思うけどな。俺だってそうしてる」
 繋いだ手をブランケットから出して、優しく口づける。すると、ヌヴィレットがリオセスリの頬に手を添えてキスをしてきた。つかの間の淡い触れ合いの後、至近距離で彼が囁く。
「ああ。君から教えてもらったことは、数えきれないほどある」
 そう言ってヌヴィレットが再び唇を寄せてくる。甘いチョコレート味のキスは、とろけてしまいそうなほど熱かった。
「たとえばキスの仕方とか」
……他にもあるだろ?」
 互いに含み笑いをして、再び寄り添う。曇天から降り注ぐ雨がリオセスリを引き留めるように、ざあざあと雨足を強くしていた。


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