ドレスアップして演奏会に出かけたヌヴィリオ。2人が普段と違う姿にときめいたり、デートの続きを望む話です。
@otroom0v0
エピクレシス歌劇場の外に出たリオセスリは、夜空を見上げてほうっと息を吐き出した。秋が深まり、夜風に冬の気配が混じっている。ひんやりとした空気は、メロピデ要塞のものとは少し違っていた。きっと湿気がないからだろう。未だに冷めない演奏会の余韻が、冷たい夜風を払いのけてくれる。
すると、連れ立っているヌヴィレットも空を見上げた。
「もうすっかり夜更けだな」
「開場時間はまだ夕方だったのに、日没も早くなったもんだ」
あっという間に冬が来て、一年が終わる。メロピデ要塞では四季の移ろいを感じにくいため、水の上に来るたびに時の流れを感じた。
「寒くはないか?」
「いいや、平気さ」
リオセスリはニッと笑って、三つ揃いのスーツを示す。グレーを基調にして、ワインレッドのネクタイを差し色にしてみた。普段の格好と違って少し窮屈だが、たまにはドレスアップするのも悪くない。ヌヴィレットも今夜は華やかな白いスーツ姿で、高貴な百合の花のようだった。今も注目を浴び続けている最高審判官に、つい笑みがこぼれる。
「あんた、やっぱ綺麗だよな」
「……? 突然何だ」
「移動中も、今も、ずっと見られてる。明日の朝刊はあんたの写真が載ってるかもしれないな」
「ふさわしくない装いだっただろうか」
「似合いすぎて目立ってるってことさ」
自覚がないのか、ヌヴィレットが困った様子で目を伏せる。そんな仕草さえも、芸術品のように美しかった。けど、一緒にいられるのもここまでである。
「今夜は誘ってくれてありがとう。素晴らしい演奏会だった。俺はこのまま帰るから、見送りは結構だ」
微笑んで歌劇場の裏へ行こうとすると、不意にヌヴィレットがリオセスリの手を掴んで「待ってくれ」と引き留める。
「……もし時間が許すのであれば、私と共に食事をしないか」
「えっ」
「もう少しだけ、君の傍にいたい」
切なく潤む美しい瞳と、真摯な言葉。いきなり情熱的に口説かれて、リオセスリは面食らってしまった。恥ずかしいやら、嬉しいやら……はにかんだ後に咳払いをすると、ヌヴィレットの手をやんわりと外す。彼の表情が悲しげに曇ったが、リオセスリはそのままヌヴィレットの手を優しく包み込んだ。
「まいったな。最高審判官に口説かれるなんて、思いもしなかったよ」
ふふ、と笑うと、ヌヴィレットを見つめる。
「俺もヌヴィレットさんと過ごしたい。一緒に楽しもう」
「リオセスリ殿……」
ふわっと端正な顔が緩んで、可愛らしい笑顔が咲く。この顔を見るとつい、ほだされてしまう自分を感じた。普段は凛とすましているのに、時々こうして素の顔を見せてくれるからいけない。
「心から感謝する。行き先はホテル・ドゥボールでよいだろうか?」
「ああ」
頷いたところで、リオセスリはヌヴィレットに近寄って囁く。
「部屋を取っても構わないぞ」
さて、どんな反応をしてくれるかな。そう思いながら離れると、ヌヴレットが頬を赤く染めながら咳払いをした。
「そこまで時間を取らせるつもりはなかったのだが、検討しよう」
生真面目な返事に、リオセスリは声を出して笑った。
「くくっ……ああ、どうするかはヌヴィレットさんに任せるよ。食事を済ませて帰ってもいいし、二人きりの時間をゆっくり過ごすのも悪くない」
「リオセスリ」
「おや、下品だったかい?」
肩をすくめて誤魔化すと、ヌヴィレットが呆れた様子でため息をつく。
「……さあ、行こう。あまり遅くなると、閉まってしまうからな」
「そうだな」
ヌヴィレットに従って、巡水船の乗り場へ向かう。今の彼は最高審判官ではなく、リオセスリの恋人なのだ。改めてそう思い、照れくさくなってしまう。
まさか翌日、二人揃って朝刊を飾る一枚になるとは――この時のリオセスリには、知る由もなかった。