ほんのり了遊。休日に一緒に出かける程度に仲良しなふたり。
@d9_bond
待ち合わせの広場に現れた藤木遊作は、見慣れた黒のパーカーにジーンズ姿だった──が、今日に限ってはなぜかパーカーのフードを被っていた。
天気の良い土曜日の昼前の事だ。秋が深まってきたもののまだまだ過ごしやすく、日差しも十分で風もない。フードを被る理由が見当たらない。
「またせた」
小さく言う遊作に時間通りだと返しながらも了見は首をかしげた。遊作はパーカーの下を気にしているようで視線が合わない。
「どうした?」
問いながら覗き込むと、甘い香りがした。すん、と鼻を鳴らして確かめる。金木犀だ。
デンシティでも先週から咲き始めたので香りが風に混じるのは不思議ではない。ただ、今は明らかに遊作から香った。だが遊作は花を持っているわけでもなく、香水をつけるタイプでもない。
「やはり匂うか」
了見の様子で疑問を察したらしく、遊作は眉を下げた。そうっとフードを下ろす。
すると中からぱらぱらと橙の小さな花が零れ落ちた。まつ毛を掠め頬を撫で、衿元へ転がり落ちる。
「来る途中、小学生の集団と道ですれ違ったんだがその中の一人とぶつかってしまった」
目を丸くする了見に、遊作はため息をついた。
「怪我は?」
「ない。ただ、子供が俺の方へ倒れてきて、急なことで支えきれなかった。それでそばの生け垣に突っ込んでしまって」
フードを下ろしきると、藍色の髪には小さな橙の花がいくつもまとわりついていた。髪色と相まって飾りの様にも見えるくらいだ。
「……花が終わりかけだったらしくてこのざまだ。払い落そうとしたんだが、余計に絡まってしまった」
「なるほど」
了見は頷きながらも手を伸ばし、前髪のひと房を指先でそっとすくい上げるように梳いてみる。それだけで、細い軸のついた小さな花がふたつばかり手のひらに転がり落ちた。
金木犀の花は小さいが、鮮やかな色と甘やかだが華やかさもある香りで目を引く。
了見は、広場の隅のベンチに遊作を座らせ花を取ってやることにした。
「すまない」
「事故みたいなものだろう」
ハンカチを渡して広げさせる。
「これは?」
「散らかすわけにもいかないからな」
「そんなについているのか」
「少し絡んでいるだけだ。すぐに終わる」
先のように指先で髪を梳き、了見は花を丁寧に除いていく。遊作の手の上のハンカチへ音もなく小さな花が落ちていく。
「頭の高さという事は、かなり大きな木だな」
「ああ。たまに家の人が庭の手入れしているのを見かける。あるのは一本だけだが、毎年この時期はたくさん花をつけている」
了見の指先は貴重なものに触れる様な慎重さで、髪を梳くやわらかさが頭を撫でられているようで心地よい。ふわりと舞う橙がいくつも視界の端を掠めて落ちる。
「大事にされているんだろうな」
故意ではなかったものの、枝を折ったりしなくて良かった。
「花が落ちた程度で済んだのも手入れされているからこそだろう」
ふと思った遊作の思考を読んだわけでもないだろうが、了見はそんなことを言いながら遊作の襟足をそろりと撫でた。くすぐったい。
ハンカチの花がささやかな山を作ったところで、ようやく了見が手を止めた。
「結構あったな」
「金木犀は終わる時は一斉だからな。こうもなる」
「そういえば、毎年道路がオレンジになっていたな」
桜の季節は桜色、もう少しすれば銀杏で道路は金色になるだろう。
そんなことを思いながらゴミ箱を探して遊作が頭を巡らせたところで、了見がさっとハンカチを取り上げた。
花を潰さないようハンカチをふんわり畳むと、ジャケットのポケットに入れてしまう。
そうして、遊作の視線に気づいて薄く笑みを見せた。
「持って帰るのか」
「行き掛けの駄賃だ。楽しむくらいは良いだろう?」
そう言って、身をかがめると遊作へ顔を寄せる。
「──匂いが移っているな」
「!」
言われて遊作は小さく息を詰めた。
「そんなにか」
「ああ」
頷いて、目を細める。
その眼差しに、なぜか動揺して遊作は視線を逸らした。パーカーの襟元を引いて自分で嗅いでみるがよく分からない。
一方の了見は遊作の反応を気にするでもなく身を起こし、広場の時計を見た。
「さて──そろそろ行こうか。まずはいつものカードショップへだったな」
「そう、だな」
遊作もベンチから立ち上がる。
「……金木犀、好きなのか?」
思いついて問うが、了見は曖昧に笑みを返すばかりだった。