夜を共にした後、身支度をするヌヴィレットを眺めるリオセスリの話
@otroom0v0
窓から差し込む朝日が、ヌヴィレットの長い銀髪を照らしている。銀糸のようなそれは、透き通るような美しさだった。彼の長くしなやかな手が髪の間を滑り、ブラシで梳くたびに、きらきらと光っている。
そんな絵画のような光景を、リオセスリはベッドに寝そべって鑑賞していた。自分も身支度をしなければならないのだが、最高審判官の身支度は見ているだけで気分がいい。そうしていると、ドレッサーに向き合っていた彼がふっとリオセスリの方へ振り返った。
「君もそろそろ支度をするべきではないのか?」
その通りだ。思っていたことを指摘されて、リオセスリは笑ってしまう。
「はは、あんたに言われちまうとはな。それはそうなんだが、もう少し見ていたくてね」
「……? 何を?」
「あんたの身支度」
にっこり微笑むと、リオセスリは素肌にガウンを一枚羽織って、ベッドから降りる。気だるい余韻が、昨夜の出来事を物語っていた。
「素顔のヌヴィレットさんが、こうして少しずつ最高審判官になっていく。そんな光景を拝める特権を得たんだから、じっくり眺めないともったいないだろう?」
言いながらヌヴィレットに歩み寄って、肩に手を添える。話を聞いていた彼が、不思議そうに首を傾げた。
「……君が言うほど、よいものだとは思えないのだが」
「俺にとっては、いい眺めなんだ」
ヌヴィレットの髪をひと房掬うと、唇を落とす。相変わらずさらさらで、気持ちのいい髪だ。すると彼が笑って、リオセスリの手をとる。
「このような姿を見せるのは、後にも先にも、ただ一人……リオセスリ殿だけだ」
「おや、そいつは光栄だな」
ヌヴィレットがリオセスリの手を引いて、指先や甲に口づける。慈しむような仕草に、らしくもなく胸が高鳴った。
「……支度に戻っても?」
「ああ。邪魔して悪かったな」
惜しみながら手を離すと、リオセスリも身支度に取り掛かる。シャツを羽織り、ベッドに腰かけて靴下とそれを留めるベルトを装着していると、何かを吹きかける音が聞こえた。ヌヴィレットを見れば、長い髪を少しかき上げて、首筋に香水を吹きかけている。
「へぇ、香水なんて使ってたのか」
「身だしなみの一つとして取り入れている。必要だとは思わないが、身に纏う香り一つで印象が変わることを学んだのだ」
言いながらヌヴィレットが髪を整える。
「この髪もそうだ。昔は今ほど髪の手入れが容易ではなく、ゆえに、美しく保たれた長髪は貴人の証だったのだ」
「ふぅん……ヌヴィレットさんも大変なんだな」
腰よりも長い髪なんて、あちこちに引っかかって困るだろうに。威厳を保つために努力している姿は、とても誠実に見えた。
リオセスリは立ち上がると、ヌヴィレットに歩み寄って首元に顔を寄せた。ふわりと瑞々しく香る、ホワイトリリー。なるほど、と理解したリオセスリはつい笑ってしまった。
「何かおかしなことでも?」
「いや、あんたに抱き締められている時、同じ香りがするなと思っただけさ」
ちらりと鏡を見れば、気恥ずかしそうに目を伏せているヌヴィレットが映っていた。
「でも、普段と少し違うのは……会う時間が違うからだろうな」
「……そうだな」
爽やかで凛としたトップノートは、別人のような印象があった。それが時の流れとともに移ろって、リオセスリがよく知るラストノートへ変わるのだろう。ほのかに甘いムスクの香る、大人びた匂いに。
すると、ヌヴィレットの手がリオセスリの頬へ伸びてきた。くすりと笑って顔を寄せれば、情熱的に唇を食まれる。思わず腰がうずいてしまって、リオセスリは「こら」とたしなめた。
「そういうことをされると、帰りたくなくなるだろ」
「なら、ここで暮らすかね?」
それは不可能だと分かっていても、本気でそうしたいと願っているかのような口ぶり。困った人だな、とリオセスリは笑ってしまった。
「……いつか退職する日がきたら、前向きに検討してみるよ」
「それは本当か?」
「ああ。もちろん」
ヌヴィレットの嬉しそうな顔を見ていると、退職する前に押しかけたい気持ちになる。
――まさかこんな風に思う人が現れるなんて、人生は想像もつかない大冒険だ。
リオセスリはヌヴィレットの頬にキスすると「また今度、ゆっくり話そう」と囁いて、身支度に戻るのだった。