さめしし。ワンドロのお題「ずるい」「仮装」で書きました。
つき合ってる二人で、黎明と天堂もいます。あの衣装を着た村雨先生を、頑張って説得した獅子神さんのお話です。
直接のえちえちではないけど匂わせてはいるので、全体をこちらに置きました。 (2025/10/24)
@5_bluedaisy
村雨と天堂が、揃ってウチにやって来た。
それだけでも珍しいのだが、二人の恰好がまた、通常ではあり得ないやつで。
玄関先で出迎えたオレは、あんぐりと口を開けてしまったのだった。
「えー⁉︎ 今日だったのかよユミピコ⁉︎ 礼二君も!」
二人を連れてリビングに入ると、叶は目を輝かせて立ち上がった。
「やっぱりペアで撮影だったのかぁ。いいなあ、オレも現場見たかったー」
「そう言うと思ったので、せめて着て帰ってきたのだ。神の慈愛に感謝するのだな、黎明」
「するする! ありがとユミピコ! なぁ写真撮っていいか?」
「あぁ、好きにするがいい」
叶は早速スマートフォンを構えて、様々な角度から天堂の写真を撮り始める。話の見えないオレは、おそるおそる村雨の様子を窺った。
「……何だ」
低い声が、たっぷりの迫力でオレの耳を打つ。不機嫌なコトこの上ない。顔つきも苦虫を噛み潰したような、というのがぴったりの表情になっていた。
「なぁ、何でそんなカッコしてんの」
オレが尋ねると、村雨は一段と目つきを険しくさせた。
「あなた、私の口からそれを説明しろと?」
「だってオレだけ、話見えてねぇだろ。気になるじゃねえか」
村雨はクソでかい——最近ではあまり見たことがないほどの——ため息をついたが、この状況では仕方がないと諦めたらしい。しぶしぶ、といった調子で説明を始めてくれた。
「銀行の、ハロウィン企画での撮影だ。VIPへのサービスの一環らしい」
「へ? あ?」
「解任戦の後のゴタゴタで、賭場での対戦そのものは滞っているだろう? その現況が御不満なVIP共の為に、我々を飾りたてた写真を撮って配り、贔屓のギャンブラーで楽しんでほしいということらしい。時節柄ハロウィンの仮装ということにすれば、多少突飛な衣装も思いのままというわけだ。下らん企画だが、彼らなりの筋は通っているな」
「マジかよ……オレ、何も言われてねぇぞ……」
オレが呆然としていると、村雨はふんと鼻を鳴らした。
「あなたにも、すぐ呼び出しがかかるぞ。おそらく叶と一緒だ」
「そーそー! オレの都合で後日にしてもらったの! その時はヨロシクな、敬一君!」
素早く叶が口を挟んで、スマートフォンを構えたまま投げキスを送ってくる。隣でぎっ、と村雨が睨み返したが、どこ吹く風で天堂の撮影に戻っていった。
「てことは、あれか。お前と天堂がペアなのも、こないだの戦いで一緒だったからか」
「そういうことだ。おかげで、このザマだ」
村雨はもう一度ため息をつくと、纏っているマントをばさりと翻した。
たっぷりとしたマントは濡れたような光沢のある黒で、漆黒の夜のイメージがぴったりとハマる。立てられた襟は、顔の下半分までを覆い隠すほど大きく、先っぽがピンと尖っていた。
首元に巻かれているのは、薄手の白絹で細かい襞を出したクラヴァット。ブラウスもなめらかな白で、袖に余裕のある、ふんわりとしたシルエットになっている。対照的に、細かい刺繍が施されたベストは体に沿ってぴたりと絞られ、村雨の細い腰のラインが際立っていた。
「……いいんじゃね? 似合ってるぜ」
つい思ったままを、口にしていた。
銀行がVIPの鑑賞用に準備しただけあって、布地も仕立ても一流だ。きらびやかだが、しっかりと品がある。元々育ちの良い村雨が着ると、歴史の本に出てくる貴族みたいな雰囲気になって、しかも嫌味がなかった。
でも村雨は、お気に召さないようだった。
「吸血鬼だぞ、これは」
「ダメなのか? 仮装なんだから、別にいいだろ」
「天堂が神父なのだ。私が退治される側というのが気に食わん」
「……なるほどな」
それはどうしようもないので、オレは深く頷くことしかできなかった。
天堂の衣装は、基本的には普段着ているのと同じような形だった。ただし、肩から掛けて襟元で留めるケープがついていたり、十字架が描かれた細長い布が垂れていたりと、様々な装飾が増えている。袖口やケープ、長衣の裾やボタンの周囲など、いたる所に金銀の糸で刺繍がなされていて、黒がベースの衣装とはいえ十分に華やかだった。長い白髪は一部が編まれて銀の飾りが付いているし、化粧もいつもより更にくっきりとしている。
「神の美しさに見惚れたか? 獅子神君?」
くるりと隻眼を動かして、目ざとく天堂が言ってくる。違ぇよ、と呟くと楽しげに笑って、叶に視線を戻した。
「真経津は? 一緒じゃねぇの?」
「私たちの後で、単独で撮影だそうだ。銀行を出る時にすれちがった」
「なるほどね。1ヘッドギャンブラー様は、格別ってワケだ」
村雨がちらりと、こちらを睨んでくる。特に皮肉や羨望を込めたつもりはなかったのだが、そう取られても仕方なかったかもしれない。
お返しに肩をすくめてみせると、村雨は小さく首を振った。
「……まぁ、いい。それより獅子神、ゲストルームを借りるぞ」
「え?」
「この恰好は面倒でかなわん。あなたにも見せたことだし、早々に着替える」
「あー、うん。まあ、御自由に」
似合ってるのに勿体ねえな、もう少し見ていたいな、と。
名残り惜しく答えた途端、がばりと叶が振り返った。
「ええぇっ⁉︎ もうちょっと待ってよ、礼二君! オレまだ礼二君の写真、全然撮ってねーぞ⁉︎」
村雨は呆れたように、口元を歪めた。
「それが私に何の関係がある。別にあなたに見せるために、わざわざ着て帰ってきたのではない」
「でも勿体ないだろー! せっかくユミピコとペアなんだからさ、二人でポーズ取ったり動いたりしてみてくれよー! 絶対絵になるし、動画も撮りたいんだって!」
「知らん。私は着替える」
「ヤダー! 撮らせてくれよー礼二君! OKしてくれるまでオレ、ここから動かないからな!」
叶はごろごろと転がって駄々を捏ねた挙げ句、リビングの床にでんと大の字になってしまった。
「そんなことを言ってあなた、用を足す時はどうするのだ」
「うん、困るだろ? だから早く撮っていいって言って?」
「マヌケが。そんな手に乗るか」
「ちぇー」
心底残念そうな顔をしながらも、叶は床から起き上がろうとしない。村雨相手に解決の見えないやり取りを、楽しそうに続けている。村雨も村雨で譲るつもりは無さそうだったが、次第に面倒くささが勝ってきているのがわかった。
オレはキッチンに入り、とりあえずやかんを手に取った。二人の決着はさておき、天堂がそろそろ紅茶を要求してくる頃合いだ。湯を沸かしながら、この場を収める方法を考えようと思った。
やかんに水を入れながら、そろりと天堂に目を向ける。仲裁に入るかどうか、確認するつもりで。
ソファーで二人の様子を眺めていた天堂は、すぐにオレを見返してくる。しかし、口元にいつもの微笑みを浮かべただけで、立ち上がろうとはしなかった。
漆黒の眼が、楽しげに細められる。
やれやれ、と思った。
これは——オレが行け、と言われているのだ。何とか村雨に折れさせろ、と。
口元をへの字にして、唸った。
村雨だってもう面倒になってるんだから、適切な条件を出せば話は進むはずだった。ただ、その対価を叶に出させようとすると、また話がややこしくなる。天堂がオレに役目を振った点からしても、オレが何かをしてやるから撮影を承知してくれ、と頼むのが、最も穏便に行くということなのだろう。
問題はその『何か』だ。
適度に村雨の意表を突けて、これなら仕方がない、と思わせることができる『何か』。
料理じゃダメだろう。そんな条件にするまでもなく、普段から大抵のものは作ってやってしまっている。
となると。やっぱり、あっち方面で。
「……あー、もう」
ため息をつくと、くすりと天堂が笑ったのが見えた。
顔をしかめてみせてから、重たくなったやかんをコンロに置く。火はつけずにキッチンを出て、叶の傍にしゃがみ込んでいる村雨に近づいた。
「村雨」
吸血鬼の衣装の長いマントを、つんつんと引く。
「何だ、獅子神」
「いいから。こっち来い」
振り向いた深紅の瞳が、きらりと光る。いつもと違う、白いやわらかい生地のブラウスに包まれた腕を掴んで、廊下に連れ出した。
さすがにアイツらの目の前では、言いづらい。
「扉を隔てたところで、聞き耳を立てているとは思うが」
「そこで心読むなよ。わかってっけど、見られながらよりはマシだろ」
「ふむ」
村雨は立ったまま壁に寄りかかると、腕組みをして、斜めにオレを見上げた。
「あなたのことだ。私と叶の不毛な言い争いを見かねて、何か妥協案を提示したいのだろう? マヌケ神がほくそ笑んでいたところを見るに、奴も承知の上だな。何を吹き込まれた?」
「……人聞き悪ぃな。別に、吹き込まれたりはしてねーよ」
オレは言い返したが、内心では舌を巻いていた。叶との舌戦の最中、村雨がこちらを見ている素振りは全く無かったはずなのにコレだ。やはり、こいつの炯眼は流石だと言わざるを得ない。
「では、あなたの意志だと?」
「おぅよ」
「そうか。ならば聞こう」
村雨は眼の光を緩めると、誘なうように微笑んだ。
きっとわざとなんだろうけれど、色気を漂わせてくる目つきが悩ましい。でも、ここは負けてる場合じゃないところだった。
とん、と村雨の顔の脇に、左手を突く。
「お前、今日泊まってくよな?」
「……そのつもりだが」
「明日、休み?」
「幸いなことに」
「よし」
見つめる深紅の瞳に、微笑みかける。思いっきり甘い雰囲気を乗せて。
肘を曲げ、大きなマントの襟を避けながら、黒髪に隠れている右耳に顔を寄せた。
「じゃあ、さ……お前がずっとやりたかったコト、今夜やってやるよ。だから、オレのお願いも聞いて?」
囁きながら、指先で髪を払う。
現れた白い耳たぶに、ちゅっと唇をつけた。
「……!」
びくりと肩を震わせて、村雨が反射的に距離を開けようとする。その顔の反対側にも手をついて、腕の中に閉じ込めた。
村雨がぎり、とオレを睨みつけてくる。
「あなた……それは、ずるいだろう」
押し殺した声が、やたらと色っぽい。目元もうっすらと赤みを帯びていて、村雨が興奮しているのがわかって、どきどきした。
視線を捉えたままで、畳みかける。
「ダメかなぁ?」
「駄目、ではないが……」
「じゃあいいだろ。ちょこっとその仮装、撮らせてやってくれよ。んで、もうこの争いはおしまいにしようぜ」
村雨は喉の奥で唸ると、眉をひそめた。
「しかしあなた、前にアレを試みた時は、さんざん涙を流してもうヤダ、を連発していただろう。私の眼にはあなたが快感を拾っているようにしか見えなかったが、それでも」
「だーっ! ンなこといちいち言わなくていいんだよ! と、に、か、く!」
声をひそめ直して、話を続けた。
できるだけ、正直に。
自分の気持ちが、素直に伝わるように。
「そりゃ、さ……ずっと焦らされっぱなしでイくにイけねぇってのは、まあ大変だけど……でも、お前あれから、妙に遠慮してる気がするし」
「……」
「オレばっかいろいろシてもらうのも悪ィし、お前がやりたいってことならやってみて、一緒に気持ちよくなりたいんだよな。その方がいいだろ」
「……獅子神」
村雨はちらりと、リビングの扉に眼を走らせた。
今のところ、扉が開く気配はない。すぐ向こうに天堂たちがいるのかもしれなかったが、そこまではオレにはわからなかった。
「お前、もう言い合うの面倒になってただろ。撮られてもまぁいっか、て思ってただろ。ただ叶が相手だと、後に退けねえだけで」
「……まあ、そうだ」
「だったら、これで言い訳も立つだろ。オレに頼まれたから、ってさ。それにオレだって、お前のその恰好、もうちょっと見ていたいんだよな。お洒落でカッコいいし、似合ってるし」
村雨は満更でもなさそうに、口元を緩めた。
ふぅ、と息をついて、改めてオレを見つめてくる。
「あなたの気持ちはわかった。だが、私からも言っておくことがある」
「何だよ」
「場の和を大切にするあなたの姿勢は尊重したいが、睦み事を対価に持ち出すのは感心できない。自分を疎かにしているとは、思わないのか? 本当に、許可を出すなら……私は我慢しないぞ」
ぎらりと熱を帯びて、深紅の瞳が光る。オレを狙って、掴まえようとして。
吸血鬼の衣装だと、いつも以上に凄みがあって、本当に食いつかれそうな気がしてくる。
普段から真面目な顔してるくせに、自分の欲望には真っ直ぐで。
そういうところが、愛おしい。
大好きだ。
「だーかーら。オロソカとか犠牲とか、そういうんじゃねぇの」
両腕で、ぐいと村雨の頭を胸に抱き込んだ。
反論される前に、言葉を続ける。
「オレも限界までヨくなってみたいし、やりてぇなって思うの。でも、こんなこと言い出しづれぇだろ。だから」
「……互いに、理由が必要ということか」
「そ。お前は、叶に折れてみせる理由。オレは、お前にはしたないお願いをする理由」
我ながら不器用だと思うし、お前もそうだけど。
こうやって、少しずつ進んでいけたらいいな、って思うから。
お前と、一緒に。
「わかった。あなたの提案を受け入れよう」
村雨が、腕の中で顔を起こした。眼鏡の位置を直しながら、いつもの冷静な眼でオレを見上げてくる。
——それで、ちょっと油断した。
「あー、よかったぜ……」
「だが、獅子神」
ほっと胸を撫で下ろしたオレに向かって、村雨はにやりと唇の端を持ち上げた。
「あなたの理由は、本来不要のモノだぞ。そんなお願いなら、いつでも私に言ってくれて構わないのだからな」
言うやいなや、素早くオレのうなじを引き寄せて唇を当てる。きゅっと吸いつかれて、軽い痛みが走った。
「あっ、お前……! そんなトコ、に……っ」
含み笑いが皮膚を伝って響き、かり、と歯を立てて噛まれる感触が続く。まるで吸血鬼みたいに。たっぷりの愉しみを込めて。
「……っ」
オレは声を上げることもできないまま、村雨の気が済むまで耐えるしかなかった。
どくどくと、心臓が脈を速める。下腹にじわりと熱が集まってくる。
今ここで叶たちが扉を開けたらと思うと、気が気じゃなくて。きっと僅かな間だったけれど、とても長く感じた。
村雨の無数の眼が、全てでオレを見てる。堪能してる。
逃げられない。
もう、どうなってもいい、と思った。
「むらさめ」
小さく、名前を呼ぶ。降参だ、と伝えるために。
でも、村雨はそのまま、ゆっくりと体を離した。
艶やかな瞳でオレを見上げ、ばさりとマントを翻す。
「では、そういうことで。今夜が楽しみだ、獅子神」
すたすたとリビングの扉へ、黒髪の後ろ姿が向かっていく。かあっと体中の熱が顔に上ってきて、マントに包まれた背中にオレは叫んだ。
「……ったく、この! ちったぁ恥じらいってモンを理解しろよな、お医者サマ!」
振り返った村雨が、楽しそうに笑う。
それが合図だったかのように、リビングの扉が内側から開いた。
「おっ、もう話ついた? オレ、礼二君のこと撮っていい?」
「ああ。獅子神の健気さに免じて、今回だけはあなたに譲ろう」
「やったー! じゃあコッチ来て! ユミピコも早く!」
叶がさっさと村雨の手を引っぱって、ソファーの方へ歩いていく。天堂は軽く手を上げて待て、と示してから、オレを見つめてきた。
「ご苦労だったな、獅子神君」
「あ、あぁ。まぁ、うん」
「神の声には、従えたか?」
「おかげさまで。ありがとな、天堂」
天堂は静かに笑うと、ぽんとオレの肩を叩いて、叶の後を追っていった。
オレはキッチンへ入り、やかんをのせたままだったコンロに火をつけた。ポットを出して、紅茶とコーヒーの準備を同時に進めていく。早くも村雨と叶は揉めだしていて、撮影のために化粧をするかどうかで、あれこれと言い争う声がリビングに響いた。
——これはストレス溜めるよなぁ、アイツ。
その分、今夜はきっと大変なコトになってしまうんだろう。でも、そんな村雨の熱を受け止めてやれるのは嬉しくて、誇らしくて、オレは今日だけの吸血鬼を愛おしく眺めながら、湯が沸くのを待ったのだった。