自作キャラ「四方天慈巳」関連の物語まとめ。
@KurashikiRyo
■注意1
CoCシナリオ「サイレン清掃会社」「銀蝋と怪盗団」「かいぶつたちとマホラカルト」の内容が関わっています。アレンジもしていますが、ネタバレを避けたい方、二次創作的なものが苦手な方は、無理に読まないでください。
■注意2
一部、倫理観がおさらばしている描写があります。人道に反する行いの描写が苦手な方は、無理に読まないでください。
■目次
2≫:「銀狼と怪盗団」直後の四方天の思い
2≫:梧桐と
3≫:菊地原と
4≫:投資家と
5≫:終わりの日 前編
6≫:終わりの日 後編
7≫:真相
8≫:幸せだ

「……納得いかねー…」
大正時代から帰ってきた四方天は、心が晴れなかった。
こんな気持ちは人生で初めてだ。いつものように、いろんなことに対する怒りはある。
でもそれはいい。慣れてる。
「…………」
じゃあ、なんでこんなに気分が上がらないのだろうか。
……いや、原因はわかっているのだ。
「…なんで、スダとナナみたいなヤツが死ななきゃなんねーんだよ」
大正時代で出会った記者たち。
四方天は、彼らに起きた事態をあまり正確に飲み込めていない。
精神転移で犠牲にされたのだとは聞いた。だが、それ以上は詳しく理解していない。
はっきりしているのは、男爵のせいで理不尽に死んでしまったことだけだ。
「……はっ。誰かがあっけなく殺されるなんて、散々見てきたじゃねーか」
自嘲気味に笑う。そう。老若男女問わず多くの死を見てきた。
嫌な思いは今でもするが、いちいち落ち込むようなことは一度も無かった。
それなのにどうして今更、何度も「納得いかない」と思ってしまうのか。
四方天にはわからない。自分の感情が、把握できない。
「時間がマシにする」ものだとも、「一生癒えない傷」だとも気付いていない。
ただ、もやもやを抱えたまま夜を過ごしている。
四方天は、親からろくに愛されなかった。
父親は、家庭のことなど放っておいてどこに居るんだかわからないことが多かった。
たまに帰ってきては数日泊まり、娘が家で起きてるというのに母親と体を重ね、
そして何を理由にしてか、いつかまたどこかへ行く。
母親は、全く笑わない人だった。父親が置いていく現金を使って生活し、
父親が帰ってきている間だけ「女」となり、娘と2人でいる時は感情が無いかのように生きる。
ちなみに、「四方天」とは母親の名字だ。父親は「梧桐武大(ごどうたけひろ)」と言うらしい。
正式な結婚をしていないのだとかで、四方天は一緒に暮らす母の名字を名乗っていた。
別に、両親に何かされたわけでもない。苦しかったわけでもない。
でも、とにかく、寂しかった。
四方天は、父親の遺伝子を色濃く受け継いでいる。髪色と眼の色は、父親に多少似ている。
一度だけ父親から聞いたことがあるのは、父親はどこかの国とのハーフらしく、
生まれつき「最強の体」で、誰にも負けない自信がある……という話だった。
その遺伝子を受け継いだ四方天は、幼い頃から非常に高い身体能力を有している。
家ですることもないので、近くの公園や山で思うがままに動き回る日々を過ごしていた。
そして「だからこそ」、教団に狙われ、実験体とされた。
そんな四方天は、教団から逃げ出し、サイレン清掃会社に身を置く今、
両親のことを忘れるようにしている。いや、過去のことは思い出さないようにしている。
青春などという心地の良い言葉と縁も無く、夢も希望も見えない中で、今まで生きてきた。
そんな彼女にとって過去など、思い出す意味も無いものだった。
だから、自分の感情にも気付けない。
四方天は、自分がなれなかった「夢や希望を持って生きる未成年」と出会うと、
憧れのような感情を持って、無意識に親しく想ってしまうクセがある。
ただ何回か接しただけの記者たちにさえ、気付かないうちに深い想いを抱いている。
必死に守ろうとして、必死に生かそうとして。
守れなかったのだ。
人が死ぬなんて、普通のことだ。自分も、どうせあっけなく死ぬ。
そう考えている四方天は、自分がどれほど大きな感情……
どれほどの「悲しみ」を、心に携えているのか自覚することが叶わない。
ただ自然の摂理として死んだはずの青年たちのことを、実は深く愛し、生を強く願っていた。
そんな自分が居たことを、四方天は知らないのだ。
「……わけわかんねーよ…」
……彼女は、"大切な青年たち"のことを想わずにはいられなかった。
四方天慈巳。
父親は梧桐武大(ごどうたけひろ)、母親は四方天恵那(しほうてんえな)。
慈巳が生まれる前から話が展開する。
母親の恵那は一般的な家庭で生まれたものの、生まれつき非常に感情の乏しい人間で周囲と馴染めず、小さい頃からずっと孤独を感じていた。
そんな母は学生時代、不良に絡まれ殴られていたところを梧桐に助けられた際に、圧倒的な自我の塊である梧桐に一目惚れ。初めて強い感情が芽生えたことで、その感情を湧き上がらせる梧桐に人生の全てを捧げるほど依存してしまった。
恵那は卒業後、両親に「自立する」と言って家を出て梧桐の自宅に住む。梧桐はほとんど家に帰らず、帰る日も不明。たまに帰ると大金を置いて、恵那と体を重ねて、数日後にまたどこかに行く。その置いていった大金で恵那は社会と関わらず暮らしていたし、実家への仕送りもしていた。
そんな日々の中、梧桐がやはり居ない期間に、恵那は慈巳を産んだ。梧桐に伝えず勝手に産んだのだが、梧桐はその事実を知った時、面倒見るのは恵那であることを理由に特に咎めなかった。
その後、慈巳は母親とほぼ二人暮らしで生きていくことになる。しかし母親は社会が嫌いで、一応保育園や学校には“なんらかのツテで”通わせてくれたし、育児放棄されてもいなかったが、母親からの感情を慈巳に感じさせることは無かった。梧桐が帰れば母親は梧桐につきっきりで、慈巳が自宅にいても梧桐が望むままにすべてを委ねた。
慈巳は、寂しかった。しかし慈巳は、繰り返し母親から言われた「我慢しなさい」という言葉に従って、ずっと、ずっと耐え続けた。それでもどうしようもない時は、近くの山や公園に走って、思いっきり体を動かした。父親に似て生まれつき身体能力の優れていた慈巳にとって、体を動かしている時は気分が“マシ”だったのだ。
この頃の慈巳は、呪いのように「我慢」を自分に言い聞かせ、些細なものから大きなものまでとにかく我慢していた。男子にも負けない心身の強さと、母親譲りの発育の良さから、彼女に対する差別は数多くあった。それでも、慈巳は可能な限り耐え続けた。
そんな日々を過ごしている最中、慈巳は教団にさらわれてしまう。年齢に対して著しい身体能力に目を付けられたのだ。
地獄と表現すべき日々すらも、慈巳は耐え続けた。耐え続けて、なんとか逃げた。逃げた先で、サイレン清掃会社に身を置くこととなり、平穏と復讐心を見つけた。しばらくは荒ぶり、いずれ「四方天慈巳」なりの落ち着き方を得て、今よく見る形の振る舞いを得た。
四方天は殺し屋としての技術を身に付け、いくつかの出来事を経て、今に至る。
そんな四方天をよく指名して、殺しの依頼をしてくる人物が現れた。サイレン清掃会社にも関わりがあるらしい「投資家」であり、ターゲットには「闇社会の人間」や「カルト的組織の人物」が多い。四方天がその依頼をいくつかこなした後に、投資家自ら接触してきた。
「私は佐藤。今後もひいきにさせてもらいたくてね。個人的な連絡先を交換したい」
危険な仕事ばかりではあるが報酬の払いが非常に良い相手で、会社とも縁があるならと、四方天は受け入れた。時にはよその専門家と組んで潜入や強行突破も行い、依頼を達成し続けた。
その中で、衝撃の出来事が四方天を襲う。
とある仕事中、自分側の増援として「梧桐」……つまり父親が現れたのだ。梧桐は四方天を見るとすぐに娘だと気付き、笑う。そのまま敵へと突撃し、異常なまでの戦闘能力で制圧していった。
投資家に聞けば、梧桐は以前からよく依頼している中の1人で、裏社会では有名な「戦闘狂の無頼漢」なのだという。武器を持たないステゴロスタイルであらゆる死線を生き延びてきた強者。主義思想を持たず、どんな依頼でも受ける男。それが梧桐だと。
四方天は、どんな感情で受け入れればいいのかわからず、複雑な想いを抱えていた。
しばらく経って、投資家が大規模な作戦を依頼するからと複数人集めた日があった。そこに、四方天と梧桐もいた。
「おいメグミ、仕事前に抱いてやるから付き合えよ」
「何言ってやがんだクソ親父。そういうのは母さんに言ってやれよ」
「あ?知らねーのか、エナは死んだよ」
「……は?」
知らなかった。知る由もなかった。教団にさらわれてから、家族のことなど忘れるようにして生きてきたのだ。
母親が死んでいたこと。そして、それをなんてことのない様子であっさりと口にした、目の前の男。
愛された覚えは無い。悲しむ理由が見当たらない。幻滅するほどの想いすらない。
それでも、四方天は。……と、混乱している四方天を、梧桐は押さえ付けた。他にも人間がいるこの場で。
「なに、すんだ…っ!」
四方天はパワーも技術も優れている。それでも、この梧桐という怪物相手では、手も足も出ない。“素の強さの桁が違う”。
「イヤでも付き合ってもらうぜ。エナに似て、良い体してんじゃねえか」
こいつは、なにをいっているんだ? 四方天には理解ができない。ただわかるのは、この人間には、まともな感性が存在しないことだけ。
「やめろ」
止めたのは投資家だった。
「なんだよ佐藤。良いじゃねえか、誰が誰とヤろうとアンタには関係ねーだろ?」
「四方天は私の重要な“手駒”だ。貴方の都合でスペックを落とされては困るよ」
「あん?アンタに俺が止められんのかよ。この場で殺してやったっていいんだぜ」
「私を殺せば、貴方にとって“楽しい話”はだいぶ減るね」
「…………ふん。まあいい」
梧桐は四方天を投げ捨てる。人を扱う態度ではない。体感でも、精神的にも、四方天は感じた。こいつには、人としての心が無い。
こんなやつが、自分の……。
その後、一通り作戦についての説明がされた後、四方天はいったん寮へと戻るために、何も整理がつかないまま帰路についた。しかし、そこで事件は起きる。
「ようメグミ。お楽しみの時間だ」
行く先の路上に、梧桐は立っていた。人通りの少ないこの辺り。……嫌な予感が全身を貫く。
「…オメー、まさか……」
「めんどくせーから、ここでヤらせてもらうぜ」
「っざけんな!!!」
四方天は、一切の躊躇もなく蹴りを入れる。かわされても、すかさず二撃目、三撃目と打ち込み……すべてあっさりと対処され、四方天は押さえ付けられた。
……ダメだ、敵わない。違う。アタシにはまだ“力”がある。死ぬ気で使えばまだ活路はあるはずなのに、どうして、使わないんだ。
感情がぐちゃぐちゃになる。自分が何を感じてるのか、まったくわからない。体が思うように動かない。心も、逆らえていない。ただ強く、頭の中に巡るのは、「いやだ」という言葉。
服を破られ、体を触られる……といった瞬間、銃声が響いた。
「そこまでにしてもらうよ」
投資家が、黒いローブの人物を連れて立っていた。銃を撃ったのは、ローブの方だ。両手に拳銃を持って、片方を空に向けている。
「……随分とご執心じゃねーか。なんだ、アンタも狙ってたのか?」
「安い挑発が効く相手だと思ってないだろう」
「どうして止める。理由ねーだろ」
「一つ勘違いをしているね。私は確かに人の幸不幸などほとんど興味無い人間だ。だけど、『人はなるべく幸せであるべき』とは考えているんだよ。私の駒を、わざわざ不幸に陥れるのは見過ごせない」
「……決裂だぜ?」
「貴方が招いたことだろう?」
梧桐は四方天を放し、明確な殺意を持って投資家へと走る。ローブの人物がその間に入り、銃撃を行う。
四方天には、梧桐が負けるとは思えなかった。だが、異常な光景を見ることとなる。ローブの人物は、身体能力も高いが、何よりもあらゆる関節を自在な方向に曲げて戦っていた。
「テメェ!バケモン飼ってやがんのかよ!」
「私の護衛役であり、切り札さ。貴方より強いかはわからないが、少なくとも軽傷で終わることはできないだろうね」
「チッ!」
さすがの梧桐も、二丁拳銃を持ち、鋭い動きと、人の常識にない戦い方をする相手には、互角の戦いを強いられた。数分間に及ぶ戦いで、2人とも激しい攻撃を繰り広げたが、どちらも傷は負っていない。というより、一歩間違えば即死級のダメージが入るような戦いだった。
「……やめだやめだ。わーったよ、メグミのことは諦める」
「おや。思っていたより聞き分けがいいじゃないか」
「よっぽどおもしれーもんが見つかった。コイツと最後までやり合うのも乙だが、コイツを殺せてもお前は逃しちまうかもしれねぇ。それよりは、確実にお前を殺せるタイミングを待ってやるよ。次会う時が、お前の死ぬ時だな」
「そういうことか。貴方はそういう人だったね」
「じゃあな」
梧桐は去っていく。その背中に、ローブの人物が銃を向けるが、投資家は手で制した。
「梧桐の勘をなめない方が良い。後ろから撃たれても生き残るような人間だ」
そして投資家は、四方天を見やる。呆然とした表情で力無く座っている彼女を見て、投資家は少し逡巡した後、結局は何もせず、何も言わずにローブの人物と共に立ち去った。
1人となった四方天は、しばらくして立ち上がり、ふらふらと歩き出す……が、数歩歩いたところで、また力なく座り込むと、
「う、ぁ、あ、あぁ、ああぁああ」
……声をあげて、泣いた。小さい頃、山の中で何度か泣いていた時と同じように。涙が、声が、止まらない。
自分ではわからない。
母親が死んだことのショックも。
父親の非常識な軽さも、劣悪さも。
自分の無力さも、情けなさも。
その全てが涙に繋がっていたが
四方天は、全てがわからなかった。
なぜ泣いているのかも、わからなかった。
1人、ただ、ひたすら泣いて。泣いて。
夜が深くなってきた頃、四方天は、ふらふらとまた歩き出した。
どこへ向かおうとしてるのか、自分でもわからない。何も考えられない。何も感じられない。
ただ、歩けるから、歩いていた。
……夜の街を歩く青年がいる。名前を菊地原駿太(きくちはらしゅんた)。バイトで無数の連絡対応をこなすだけの日々を過ごす一般人。
ブラックな職場で、ひたすら電話とメールを捌く彼は、ほぼ毎日げっそりと家に帰る。
「あ〜〜、コンビニ行くのもだるい……でもいまなんも無いからなぁ」
独り言をぼやきつつ歩いている菊地原の目に、見慣れないものが写った。
破けた服を着て、上半身の前面がさらけ出されている、明らかに心が深く傷付いた様子の女性。……四方天だった。
菊地原は、この四方天の様子が気になった。……純粋な意味でも、やましい意味でも。
「あの、おねーさん。なんかあったんすか? 話聞くよ?」
すると四方天は、無表情に近い、なんとも言えない様子で菊地原を見る。
「……」
「えっと……あの、何もしないからさ!よかったらうち来なよ!ほら、その。服!変えた方がいいでしょ!」
「…………そうだな」
四方天は、菊地原に腕を絡ませる。
「つれてけ」
この時、菊地原の心境は、期待に胸が膨らみつつ、明らかに弱みに付け込んでる形となってることへの罪悪感で、いっぱいいっぱいだった。
おいしい思いをしたい。そんな下心も確かにあるが、だんだんと、本当に家で休ませるべきなんじゃないかと感じるようになっていった。
四方天を連れて、菊地原が家へと戻る。
「と、とりあえずほら、服。俺のだからサイズ合わないかもだけど、いったんこれ着て!」
菊地原は精一杯、優しく振る舞った。その気持ちの何割が下心なのか、心配なのか、本人もわからない。ただ少なくとも、いま四方天に何かを求める気にはなっていなかった。
四方天から誘われるまでは。
「……な、アタシとしたいんだろ。いいよ、好きなだけたのしめよ」
四方天は、破けた服を脱いで、そのまま寝そべる。明らかに、受け入れている。
ごくり、と菊地原が唾を飲む。こんなことがあっていいのか。それまで揺れ動いてた心は、一斉に方針を定め、四方天の体へと手を伸ばさせる。
体に手が触れた、その時。
四方天の体は震え、反射的に、菊地原を押し飛ばした。お互いに驚きで、何も言えない。
「……」
「……」
しばらくの間を置いて、菊地原がようやく言葉を出した。
「……あの、さ。本当に、何があったの? 俺……そりゃ、したかったけど。でも、おねーさんのこと心配してんのもほんとなんだよ。聞くよ、なんでも」
菊地原の声は震えている。おそるおそる、しかし勇気を出して、四方天へ声を向けている。
その気持ちが届いたのか、四方天は、少しずつ喋り出した。
「……母さんが、死んだ」
「……」
「で……親父に、犯されかけた」
「え、は?? ちょ、ちょっと待って、なんだよそれ! ひでぇ!」
「……ヒデェよな?」
「ひでぇよ!信じらんねぇ……そんな親父がいていいのかよ」
「……ヒデェ、よな。ヒデェんだよ……」
四方天が、人前で泣いた。ひどい、と言われて。やっと、自分がなぜ悲しいのか、一つの理由を、頭で理解できた。
そうだ。酷いことされたんだ。酷いやつに。そんな当たり前のこと、なんで、思えなかったのだろう。
「……あの、無理だったら突き飛ばしていいからさ」
菊地原はそう言いながら、弱く四方天を抱きしめる。四方天はまた、体が震えて、抵抗しようと体が動く。……しかし、四方天はそれを我慢した。震えながら、菊地原の行いを、受け入れて、泣きながら耐えた。
「好きなだけ泣きなよ。泣いていいよ、そんだけのことされてるよ…」
「う、うぅ……」
……しばらくして。
「……アタシ、四方天慈巳っつーんだ。アンタは?」
「……菊地原駿太」
「そっか。じゃあシュン。お願いがあんだけど」
「なに?」
「もっかい、抱いてくれ」
「え!?」
「今度は、たぶん大丈夫だから」
「いや、でも……今の四方天さんに……」
「慈巳でいいよ。いいんだ、忘れたいんだ、はやく……できるだけさ」
「…………わかった」
その日、2人は長い時間をかけて、抱き合った。段々と四方天が主導になって、最終的に立場が逆転していたが……ともあれ。
「ありがとな。たぶん、“マシ”になった」
「そっか。よかった……でもつかれた……メグミ、すごいんだな」
「まぁ経験は結構してっから」
「……ゴムしてなかったけど、大丈夫なの?」
「あぁ、気にすんな。アタシ、たぶん“できねー”んだ」
「……あ…そう、なんだ」
菊地原は、この女性がどれだけのものを抱えてるのか、計り知れないように感じた。言葉遣いからは想像できないほど、深く重いものがあるんじゃないか、と。
「……あのさ!好きなだけここ泊まっていいし、帰っても……鍵、見つかりづらいとこに置いとくからさ!いつでも来なよ!遊びにさ!」
「ん?あぁ……そうだな。そうしようか。なんだ、さっきのが忘れらんないのか? めちゃくちゃ良さそうにしてたもんな」
「そっ……!!!……それもそうだけど!じゃなくて!シンプルに……」
「アッハハ、わかってるわかってる。優しいんだな、シュン」
「……いや、したいなとも、思ってるから、なんともだけど…」
「いいじゃねえか。しようぜ。……正直、助かる」
その日から、2人はたまに会うようになっていった。2人で過ごす時間は、四方天にとっては傷を癒すのに良い時間だった。
しかし、いずれ別れが訪れる。
ある日、やってきた四方天と過ごしていた菊地原は、また散々に“イジメられた”あと、一つの覚悟を決めていた。
「あのさ、メグミ。……真面目な話なんだけど」
「んー?」
「……付き合ってくれない?」
菊地原は、四方天という女性に、身も心も完全に惹かれていた。そしてその気持ちの強さは、菊地原にとって初めてのものだった。
だが、四方天の表情は暗くなった。
「……やめとけよ。アタシはやめとけ」
「なんでだよ。俺は本気だよ」
「違う……シュンが本気なのはわかってる。アタシが……シュンはアタシを、本気で好きになっちゃいけないんだよ」
「だからどうして!」
「アタシのこと、ちゃんと話してないだろ。それを聞いたら、理由はわかる。でも……二度と会えなくなる。だから、ダメなんだ」
「なんだよ、メグミのことって。いろいろ聞いたろ。教えてくれよ、俺はちゃんとメグミと話したい」
「……本当のこと話すからな。二度と会えなくなるって思って、聞けよ」
「…………」
「アタシな。清掃会社で働いてるっつったけど、それは表の顔。もう一つやってる仕事があるんだよ」
「……?」
「アタシは、殺し屋だ。もう何人も殺してきた、殺し屋」
「……え…」
「依頼されて、いろんなやつ殺してきた。……この手でな」
「……」
信じられない。……けど。
四方天は、菊地原には嘘をつかなかった。それは、菊地原も感じていた。話せないことは話せないと言って、話せる範囲でなるべく話すようにしていたのは、わかっていた。
その四方天が、真面目に言っていることだ。
信じるべきだ。わかっている。ーーでも。
「うそ、だろ?」
菊地原がほぼ無意識に発したその言葉を聞いて、四方天は、自虐の意味で失笑した。
「だよな。……じゃあな、シュン。もう、来ない」
「あ……メグ、……」
声になりきらない。止められない。止める勇気が、出ない。四方天はそのまま、服を着て、出て行ってしまう。
その日から、四方天がその家に来ることは、無かった。
……四方天が来なくなってから一週間。菊地原は、一度もバイト先に顔を出さなかった。なにせ、ふとした時に落ち込み、泣き、気を取り直そうとした瞬間に四方天との時間が勝手に思い出され、また落ち込み……が続いており、仕事にならない。
警察に話すべきか? いや。
周りの人に話す? いや。
じゃあこのまま諦める? …………。
ずっと、これである。繰り返している。そして、菊地原はすっかり弱ってしまった。心も体も、力が無くなっている。
もはや考える気力も無い。四方天とは、お互いに一度も連絡していない。……でも、連絡先にはまだ、四方天が残っている。この一週間、電話をかけようとして、どうしてもかけられなかった。こわいのだ。本人には「こわい」としか言いようのない、あらゆる想像が、彼を縛り付けていた。……今までは、だが。
弱りきった彼はこの日、四方天の連絡先をずっと眺めていた。何を考えるでもなく。何を感じるでもなく。姿勢を変えながら見続けて、もう何時間も経っている。
そして、ふいに指が、ごく自然な動作のように通話ボタンを押した。
電話がかかってきた。四方天はスマホの画面に表示された名前を見て、驚く。
「シュン!?」
いや、確かに拒否はしてない。どうせかけてこないと思ってたのもあるが、四方天は「思い出さないようにする」人間だ。拒否するよりも自然な選択として、菊地原のことを頭から追い出し続けていた。
無視するか?いや、ずっと鳴り続けている。それに、こんな状況でかけてくる電話だ。あんなことを言われてもかけてきてる電話だ。……もしかしたら、相当な事態なのかもしれない。
複雑な思いを山ほど感じながら、四方天は、電話に出た。
「もしもs」
「うわあああん、あぁ、めぐみ!!ああぁぁ!」
いきなりの号泣である。菊地原は、明らかにボロ泣きしながら話しかけている。
「ちょ、シュン、なんだよ!何の用だよ」
「ごべん、う、あぅ、わずれたがっだけど、だめなんだ。すきで、わすれだほうがめぐみこまんないのに、ずっと、すぎで、わすれなんなぐでぇ……!」
「お前、ちょっと……」
「すきなんだああああ!うぅ、ああ、めぐみがすきなんだよおおお!!」
「わ、わかった、わかったから、やめ…」
菊地原の号泣は止まらない。もはや四方天も複雑だとか言ってられないほど困らされている。この男は、うん、「ダメ」なんだ。自分で止まらなくなったのだ。それで、なんと四方天にすがっているのだ。頭を抱えざる得ない。
「だーっ!!!わかったよ!なんとかしてやるから、待ってろ!!いいな!」
無理やり電話を切る。はぁはぁと、息切れする四方天。混乱させられている。なんだ、この事態は。なんでこんなことになってる。なんなんだ、あいつは。
会社の連中に相談するか? いやいやいや、話せるわけがない。こんなの身近な人間に言いたくない。つか一般人に仕事のこと話しちまったことを言いたくない。
そうなると、今の四方天にとって話せる相手は、かなり限られていた。
「……あーもう!しゃーねーな、ったく!!」
隠せない怒りと共に、四方天はある人物に電話をかけた。
「……なるほど。随分と好かれたんだね」
「うっせえ!!!」
正直、この男……投資家にも話したくはなかった。しかしこの状況を変えられるほどの力を持ち、身近でない人物で、話を聞いてくれるのは、彼しかいなかった。
「で、どうなんだよ。どうにかできるか?」
「……まぁいいよ。貴方が私に頼ること自体、本気度が伝わってくる。これは対応してあげなければ可哀想だ。なんとかしてあげよう」
「マジでうっせぇ!!心にもねーこと言うなよ!」
「ははは」
「……頼んどいてなんだけどさ、どうすんだよ」
「気になるかい?愛しの彼の将来が」
「おま、いい加減っ……!」
「“今はなんとも言えない”。その人物にどんな価値があるのかを見定めなければね。先に調査をさせてもらう。ただ、悪いようにはしないと約束しよう」
「……わかった。じゃあ住所聞いとくから…」
「必要ないよ。名前は聞いたし、あの後の出来事なら大体の調べ方も見当がつく。連絡回数は少ないほど良い。知ってるだろう?」
「そっ、か……じゃあ、頼むわ。報酬とか、いくらあればいいんだ?」
「それも価値次第だけど……貴方から貰うことは無い。心配しないでくれ」
その後、ほんの10日ほど後に、再び投資家から連絡があった。
「菊地原駿太を私の“連絡役”として雇うことになった。そちらの方面で才能があったからね」
「アンタが雇うのかよ。いやいい……っつーか、むしろ安心すっけどよ」
「住むところも新しくしてもらう。貴方に合鍵を送っておくから、自由に出入りするといい。2人の邪魔はしないよ」
「いちいちからかわねーと気がすまねぇのかアンタは」
「ははは。WIN-WINで着地できるんだ、良かっただろう?」
「それは……そうだけど。……ありがとよ」
「そうそう、今度また依頼を送らせてもらうよ。働きに期待してるね」
「こないだも仕事したばっかだろ!?別にいいけど、人使い荒ぇなホント…」
「じゃあ、よろしく」
それからまたしばらくして、四方天は菊地原の新しい住所へと訪れた。
「メグミ!……あの、ごめんな」
「ホントによ、ホントによ!!」
「で、でも!……こうしてまた会えて、本当に、よかった……」
「……仕事、できそうなのか?」
「あぁ、忙しいっちゃ忙しいけど、ルールの範囲内なら時間配分は好きにしていいって言われてるから、前よりはよっぽど気が楽だよ。……それに、少しずつわかってきた」
「何をだよ」
「メグミが……殺し屋やってる理由」
「……大層な理由はねーよ」
「……うん。俺、ずっとさ、殺したくて殺してるんだと思ってた。けど、この仕事してたらさ、いろんなとこで、いろんなヤバいこと起きてんだって、イヤでもわかる。……そういうのを、解決するための仕事なんだよな、きっと」
「……アタシは、アタシにできるからやってるだけだ」
「メグミ。そういう話をさ、もっと聞かせてほしい。俺は、メグミのこと全部聞いて、その上で、メグミのことを好きでいたい。メグミが俺のこと好きじゃなくても……」
「……勝手に決めんなよ」
「ご、ごめん。話すかどうかはメグミが決めることだよな」
「ちげーよ、そっちじゃない。……はぁ。わかんねーよ。どうしたいのか、どうなんのか。アタシのことも、駿太のことも。けどさ……」
四方天は、菊地原の目を真っ直ぐ見て、伝える。
「……負けた。付き合おうぜ、駿太。アタシとさ」
……恋人ができた夜。四方天は、無自覚に虚しく、悲しかった。恋人ができるのは、嬉しいことのはずだ。それなのに、なぜ? 四方天には、わからない。
本当に子供ができない体なのかはわからない。でも四方天はそう考えているし、恋人ができた今、四方天にとって重苦しい事実となっている。
自分は幸せになっていい人間じゃない。子供ができないのも、神様かなんかが「お前には許されない」と言ってるようじゃないか。
そんな人間が、幸せになろうとすること。いつか、天罰が下るのかもしれない。
……そんな発想が、四方天の中で言葉にできないほどうっすらと、渦巻いている。
……それでも。
四方天は、誰かと幸せになろうともがき始めた。
「人は、幸せになれるならなるべきだ。どんな罪人も、どんな悪人も、等しくね。理想通りにならないのが常の世の中だけど……四方天慈巳。君にも幸せな未来があるといいね」
人知れず、投資家は思いを馳せた。
ある日、通話で投資家から仕事の説明を受け終わった四方天は、珍しく「この後ちょっと話す時間あるか?」と尋ねた。
普段の四方天は、投資家に対して仕事で必要な会話以外をあまりしない。投資家はわずかに驚きつつも、スケジュール調整の必要を受け入れて「あぁ、問題ないよ」と返した。
「悪い。ちゃんと言えてなかったからさ…」
バツが悪そうな様子の声に、投資家は一つ理由を察した。
「菊地原の件かな。それなら気にすることはない。私からすれば、都合の良い駒が一つ増えた上に、貴方の弱みも握れたんだ。手間に見合う以上の成果だよ」
「……言い方どうにかなんねーのか」
「貴方は言葉を取り繕わなくても済む相手だからね」
確かに、四方天は自分が“都合の良い駒”として使われてることを理解している。それでも、聞こえの悪い内容を堂々と話すこの男の感性には引いていた。だが、それはそれとして。
「……それでも、言いたいんだ。“駿太”のことも、それと、アタシのことも、助けてくれて、ありがとう」
この感謝に、「四方天を助けた?」と投資家は頭を傾げた。
「……親父に襲われた時、助けてくれただろ」
「あぁ、あのことか。私には助けたつもりが無かったから思い当たらなかった」
「はぁ? じゃあどんなつもりだったんだよ」
「あの時も説明した通りさ。駒を潰されては困る」
……四方天は、人間と話しているというよりも、人外とコミュニケーションを取っているような感覚になる。あの時止めてくれなければ、自分の歪んだ人生は、さらに“死ぬほど”歪んでいた……そんな気がする。それなのに。
「まぁ……アンタがどんなつもりでも。助けてくれたことには変わりねーんだ。だから……ありがとう」
「そうか。どういたしまして」
この男の返しはあまりにも軽い。
続けて、四方天はずっと気になっていたことを質問した。
「……あのさ、なんでアタシを助けたんだ? 自分の駒だから、人は幸せが良い、とかってやつは覚えてる。でも“駒”だっつーんなら、親父の方が強いし、戦いならなんでも引き受けるから便利だったろ。なんで親父を敵に回してまで、アタシを助けたんだよ」
投資家は納得した。確かにそれは説明していないし、誤解されがちなところだ、と。
「四方天。実力が十分で便利な人物は世の中に何人もいる。その中で、私が誰かを“駒”に選ぶ最大の基準はなんだと思う?」
「……言うこと聞くかとか、口が堅いとかか?」
「それは重要ではないね。どんな人間も使いようだ。裏切ってもらうため、嘘を広めてもらうために依頼することもある」
「……わかんねー。なんだ?」
「“縁”だよ」
「えん?」
意外な答えが返ってきて、四方天は言葉を理解するのに時間がかかる。
「私は人との縁を大事にしている。より優秀で、便利な人材が他にいたとしても、目的を果たすに十分なら私は縁ある貴方に依頼する」
「……だとしてもさ、アタシより親父の方が付き合い長いだろ。それなら親父を選ぶんじゃねーの?」
「梧桐は最初から私との縁をどうでもよく思っていた。利害が一致しなければ容易く切るほどにね。そんな人物に深い縁は感じないよ」
「……それを言うなら、アタシだって別にアンタと仲良いわけじゃねーだろ」
四方天は「つーかむしろ嫌い寄りだ」と付け加えようとして、やめた。どこか嫌ってるのは確かだが、人でなしなところは別にどうでもいい。なぜ嫌ってるのか、自分でもまったくわからなくて、口に出せなかった。その感情がある種の同族嫌悪であることを、四方天はわからない。
そんな四方天に対し、投資家は即答する。
「個人的な親しみは無くとも、貴方は縁を大切にする人だ。縁が無惨に絶たれることがあると受け入れていながら、いや、受け入れているからこそかな。他人との縁に慎重だし、一度結ばれた縁を容易く切ったりはしない」
四方天は目を丸くする。投資家の評は、四方天がこれまでに言われたことのない観点だった。
「私はそんな人間を心から信頼しているし、命を預けられる。だから、梧桐は敵に回してもいいし、貴方を潰されたくなかった。……信じてもらえるかな?」
……四方天からの答えはない。信じる、信じないという問題ではなかった。「縁を大切にする人」という評価を、飲み込めずにいたのだ。しかし投資家からすれば、彼女の沈黙は「信じられない」という意味に受け取れた。
「まぁどちらでもいいよ。私はこれからも必要に応じて依頼するし、貴方は速やかに遂行してくれる。今後もそれが変わらなければ十分だ。そろそろ切り上げてもいいかな?」
「……あ、あぁ。いろいろ、ありがとな」
こうして、通話は終了した。しかし、四方天はまだ先程の言葉を受け入れられていない。
自分が、縁を大切にしている? 反射的に否定したくなる言葉だった。だって、自分はもう汚れ切った人間だ。いろんな人間の縁を絶ってきた存在だ。
……けど。
じゃあ、あの人使いの荒い男から個人への依頼を受け続けているのはなぜ? 確かに報酬は良いが、大金が欲しいわけじゃない。別に断っても後腐れは無いはずだ。なのに。
……じゃあ、今の会社に身を置き続けてるのはなぜ?
仲間意識を持つのは。亡くなった子供達を想うのは。……愛してくれたとは言えない母親が死んでいて哀しくなったのは。…………最初からろくな人間だと思ってない父親から襲われてショックだったのは。
今まで「なんとなく」と言うしかなかったものが、「縁」と言えば言語化できてしまうような気がして。
それが、とてつもなく、嫌で。
縁を大切にしているという言葉が、恐ろしく自分に不似合いな気がして。
自分がまるで、綺麗で優しい人間に聞こえて。
でも自分にとって、汚れ切った底辺の人間でしかなくて。
四方天は、涙をこぼしていた。
……一方の投資家は、苦笑していた。
「“縁が大事”、“世のため人のため”……私でも、私のような人間が言っていれば信じないし、それでいい」
コーヒーを一口飲んで、ため息をつく。
「だけど慣れていても、年に一度は……寂しくなるね。本心を信じてもらえないというのは」
そう言いながらも、彼はすぐに“投資家”としての日々へと戻っていった。
駿太が佐藤に雇われてから二ヶ月が経った。駿太は今の環境にすっかり慣れたみたいで、初めて会った時よりよっぽど元気そうにしてる。
「つーか……三代欲求全部満たしてるし、すげーイキイキしてんだよな」
すっかり“絞られて”寝ちまった駿太を見て、思わず笑う。この二ヶ月、駿太とは拍子抜けするほど平和な時間を過ごしてた。佐藤はなんか忙しいみたいだけど、アタシにはほとんど仕事が回ってこない。
駿太には会えるから、普通の彼女みたいにここに来て、遊んで、なんか見て、食べて、気持ちいいことして……悪いことじゃないはずなのに、すげぇ罪悪感がある。
……わかってる。考えたんだ。駿太から言われたことが、ずっと、頭ん中でぐるぐるしてたから。
「俺は、メグミのこと全部聞いて、その上で、メグミのことを好きでいたい」
嫌だったけど、疲れるけど、ムカつくけど、考えた。だから、わかってる。
アタシは、アタシを許してないんだ。
人を殺して、人を騙して、人を蹴って。そんなヤツが、自分は恋人と幸せに生きてるって、そんなの、ダメだろ。……どうしても、そう考えちまう。
駿太が好きだって言ってくれるこの体も、何人に抱かれてきたか数えちゃいない。必要なら体だって使った。遊び感覚で好きでもないやつとシたことだってある。いまさら、いまさら……愛とか恋とか、そんな綺麗なもの……。
前は、そんなのわかってて、全然悲しくなかった。どうせろくな死に方しねーから、ろくな生き方しなくていいだろ。……そう思えてたんだ、なぁ、駿太。
……二ヶ月の間、アタシは駿太に、一つずつ、アタシのことを教えた。生まれた時から、今までのこと。駿太が、聞きたいって言ったから。すげぇ嫌だったけど。コイツの目で真っ直ぐ見られると、……よわい。
全然言えることはさっさと言って。言いづらいことは、時間かかってもいいから、ちょっとずつ、ちょっとずつ、何度もごまかしながら言った。でもダメだ、ごまかしてるのが嫌になって、結局全部言わないと気が済まなくなる。だって、聞いてるのが駿太だから。
駿太には…………
アタシは、駿太に。
“アタシ”を、好きでいてほしい。
……そう思う。自分でも、びっくりする。こんな汚れきったアタシを、犯罪者で、ダメ女で、乱暴なアタシを。駿太に、それでも、好きでいてほしい。
……わかってみればシンプルで、わかってしまうと引くほど自分勝手な、ねがい。ずっと考えて、そのねがいに気付いた。そんなアタシを、アタシは、本当にきらいだ。
携帯の着信が鳴って、ビビる。いや、いま深夜だぞ。こういう時の電話ってだいたい……ほらな。
「なんだよ佐藤……いや仕事だよな」
「察しがいいね。少数精鋭で攻略したい施設がある。メンバーとして参加してほしい」
「いいけどさ。久しぶりだよな」
「……貴方の力が発揮できる場面がなかなか来なかったからね」
佐藤にしては変な間があったのが少し気になった。けど、聞いても意味なさそーだな。
「それで?どうすりゃいい?」
二週間後、アタシは指定された場所に向かう。黒いワゴン車が停まってる。あれに乗るまでが、聞かされていること。あとは現地で解説……佐藤らしい、相変わらずのやり方だ。
車に近付くと、荷室のドアが開いた。中には佐藤と……たまに仕事で一緒になる“メイ”がいた。
マーシャ・メイリー。長くて綺麗な赤い髪。褐色の肌に、黒い丸メガネ。細い体でオシャレな服着てるもんだから、外国のモデルかなんかにも見える。でも、喋ってみると……
「しほーてんさん、ひさしぶりー」
ゆるい。それが良いとこなんだけどさ。
「久しぶりだなー。元気そうじゃん」
「うん、元気元気」
ポーズを取って元気さをアピールしてくる。ほんと、黙ってる時と喋ってるのギャップがすごい。背が高くて、声低くて。こういうの好きな男も案外少なくないんじゃね?って前に言ったら、ちょっと照れてたのが可愛かったな。
メイにはもう一つ、ギャップがある。こんな綺麗なヤツなのに、これでも凄腕のハッカーだ。たいてーのセキュリティならすぐに解除してくれる。
……ん?
「アタシとメイだけ?」
車の中には、たぶん運転手担当の男と、佐藤と、メイだけしかいない。あと車の中にはハッキング用っぽい機械がたくさん置いてある。アタシの疑問には、佐藤が答えた。
「ここにはね。他は別働隊として待機してもらっている」
「……アタシとメイってことはさ、もしかして潜入して誰かぶっ倒してこいって感じ?」
「ご明察だね。移動しながら話そう」
どこかに走る車の中で、メイがタブレットで地図を出してくれた。佐藤の説明に合わせて表示をいろいろ変えてくれる。
「今から向かうのはとある宗教が拠点としている場所だ。この宗教は犯罪に手を染めている。武装もしているし、外部から戦闘要員を雇っているのも確認できた。単純な武力制圧をしようものなら、激しい抵抗により大きな被害が出るだろう」
「アタシはサーチ&デストロイすりゃいい?」
施設に潜入して、見つけたやつを片っ端からぶっ倒す。佐藤の依頼だとよくやる手口だ。けど……
「いや、結構人数いるな」
「その通り。今回は敵が多いから、別働隊を使って陽動する。貴方の役割は、最も厄介な敵を抑えること」
「その敵ってのは?」
「梧桐だ」
「…………」
薄々、そんな気はしていた。それなのに、言葉が出てこなくなった。クソ親父。あぁ、なんだ、急になんだか……
そうだ。ムカついてんだ。
「佐藤……」
きっと、アタシの目つきは怖いことになってる。でもいい。今、アタシはすごく機嫌が悪いんだ。クソ親父のことを考えるだけでもムカつく。けど、もう一つ嫌なことがある。
「なんで今言うんだよ。最初から言えよな!」
自分でもはっきりわかるくらい、声を荒げてしまった。メイの表情に心配の色が見える。……くそ。
ムカつく。メイにあんな顔させてる自分にも、ムカつく。なのに、佐藤はお構いなしだ。
「四方天が梧桐と戦うことになるかは未確定だった。確定したのは昨晩でね、伝えるタイミングは今日しかなかった。いいかな?」
「いいかなじゃねーよ!アタシがどんな……」
……どんな思いをしたのか、知ってるだろ。そう言いかけたけど、佐藤がアタシの気持ちをどこまでわかってるのか、アタシは知らない。
ていうか、コイツはいつもアタシの気持ちなんか関係なく、言うだけ言って話を切り上げちまう。そんなヤツが、アタシの気持ちなんか。
「……知るわけねーか」
バカらしくなって、怒鳴るのをやめた。このイライラは、クソ親父にぶつけよう。どうせ戦うんだ。……戦うんだよな、アイツと。あの、ばけもんと。
……無意識にメイを見た。アタシとメイには、共通点がある。超能力者ってヤツだ。メイは見えてる好きなとこに透明な壁を作る力。アタシは、自分の攻撃を意識の力で強くできる。
前は、どうしてもうまく戦えなかった。体も、力も、全然うまく使えなかった。怖かった……んだと思う。佐藤が来なかったら、きっと全部奪われてた。
……悔しかった。絶対に許せない。アイツのことも、アタシのことも。
今度こそ。アタシの全力で、アイツを殺す。
「……しほーてんさん、どうしたの?」
メイの声に、はっとした。きっとアタシは、よっぽど酷い顔してたんだと思う。
「あー、いや……」
ごまかそうかと思ったけど、それは嫌な気がした。ここでごまかしてたら、きっとまた、アイツに怯えちまう。
「……梧桐は、アタシの親父だ。自分の娘に手を出すような、クソ野郎だ。アイツは、アタシが絶対に殺す」
言い切った。言い切らないと、ダメなんだ。メイには反対されるかと思ったけど、返ってきた言葉は意外なものだった。
「……わかった。アタシ頑張ってサポートするね」
「え、いや助かっけど……いいのか?」
「うん。だって、しほーてんさん苦しそうだから。握り拳すごいよ」
……言われるまで気付かなかったけど、自分の手にめちゃくちゃ力が入ってた。脱力しようとしても、なかなか手が開かない。……アタシは、こんなに緊張してるのか。
「アタシはしほーてんさんの味方したい。その人がいたら、ずっと苦しそう」
「……そう、だな。うん、そうだ。アタシは……」
ダメだ。これ以上認めたら、泣いちまう。これは、ごまかした方がいい。
「佐藤、そういうわけだからな!何言われてもアタシはやるぞ!……!?」
佐藤の顔を見た時、すごく悲しそうな表情をしていて、びっくりした。佐藤のこんな顔、見たことない。
「……もちろんだ。殺せるならそれで構わない。マーシャが確実に一対一で戦える状況を導いてくれるだろう」
「なんで、そんな顔してんだよ」
「顔?」
「……悲しそうっつーか」
「そうか、私はそんな表情をしていたか。……気にすることはないよ。気の紛れだろう」
ウソだ。そんな長い付き合いでもねーけど、佐藤はそんな気まぐれって言葉が似合わないヤツだってのはわかってる。でも、聞いたって教えてくれねーのもわかる。
「……これ以上は聞かねーよ。わりぃ、脱線したな。作戦聞かせてくれ」
佐藤から説明された内容をまとめると、こうだ。
別働隊がほとんどの敵を外に引きつける。でも敵の主力は出てこない。施設の地下に、絶対守らねーといけねーもんがあるらしい。
その地下へ行こうとするなら、一回屋上まで上がって、隠し階段から降りる必要がある。施設には電子ロックがたくさんあるけど、それはメイがなんとかする。
アタシは“二番目”に、施設に突入する。一番目は、別の出入り口から誰か三人が突入するらしい。ソイツらが主力を相手する。その間に、アタシが屋上まで行く。
……そんで、そこに梧桐が待ち構えてる。佐藤が言うなら、たぶん間違いない。
「梧桐は殺せなくてもいい。その場で時間を稼いでくれれば、敵主力を倒し終えたチームから二人が加勢してくれるだろう」
「やるっつってんだろ」
「……そうだったね。私はマーシャと共に戦況を見ておく。あの施設には、屋上を含め各階に防犯カメラが複数設置されているからね」
その映像を当たり前のように覗き見れるメイがすごいんだよな…。
「ん、先に戦うのは三人だろ?あと一人は?」
「隣のビルの屋上に向かってもらう」
「なんで」
「施設を監督している司教を殺害するためだ。施設の地下は、このビルの屋上にも繋がっている。ただしこちらは地下側からしか開かない、一方通行の扉だ。私たちがビルの屋上を抑えていなければ、司教はそこから脱出を図るだろう。そのタイミングを狙う」
「最初から抑えとくんじゃダメなのか?」
「悪あがきをされたくないのさ。恐らく地下には、自滅覚悟でなら使える厄介な戦力が存在する。制御の効かない“怪異”だ」
怪異。アタシとメイはそういう存在を知ってるし、戦ったこともある。佐藤がアタシたちを使う理由の一つがそれで、“話が早いから”だってのはどっかで聞いた。
「……追い詰められたら、自分が死んででもそいつらを解放するってことか」
「その通り。地下の防衛よりも司教の命の方が彼らにとって重要だ。それを利用して、釣り出すわけさ」
佐藤は軽く言ってるけど、アタシでもわかることがある。
「なぁ佐藤。この作戦、相当ギリギリだよな?」
「……」
「いつものアンタなら、隣のビルにも戦力を隠しとく。でも今回はその戦力を置いとく余裕が無いんだろ。どうしてだ?」
「鋭いね、確かに余裕は無い。この施設の攻略は二ヶ月前から計画していてね。この状況を作るために、ここだけでなく、各地で作戦が遂行中なんだ。限界まで動員した結果、一人一人の負担が大きい作戦を強いている」
二ヶ月前。そっか、佐藤が忙しそうにしていたのはこれか。
「……そんな無理をしなきゃいけねー理由があるんだな」
「ああ。さっき話に出た“怪異”がね、来週には調整完了してしまう。制御可能な生物兵器として、各地域に派遣される。そうなる前に潰さなければいけない。この悍ましい怪異を生み出した司教と共にね」
思ってたより厳しい状況だ。今まで受けてきた依頼は、普通にこなしてりゃ成功するような、そんな感覚でやれるほど確実な状況が作られてた。でも今回は違う。
「さて、そろそろ停車予定地点だ。二人ともすぐ動けるようにしておいてくれ」
車が停まる。メイが何個ものモニターに、カメラの映像を出す。
「もうハッキング終わったのかよ、メイ」
「ここのカメラは簡単。中の電子ロックに頼ってて、カメラの方はセキュリティ甘いから。でも電子ロックも、MMから貰ったデータがあれば……うん、だいじょーぶ。いつでも開けれるよ」
MM……佐藤がメイに名乗ってる偽名だっけか。人によって偽名使い分けてるって話だけど、頭ん中で変換しねーといけねーからめんどくさいんだよな…。
とか考えてたら、佐藤が無線機を使い始める。そろそろか。
「チームA、予定通りだ。施設内に残っている主力を引き受けてくれ」
佐藤の指示に応えて、無線から声が聞こえてくる。
「了解。全滅させたら俺ァ隣、あとは上。問題無ぇなら切れ」
佐藤は何も言わずに無線を切った。……さっきの声、結構じーさんじゃねーか?どんなヤツが参加してんだ。佐藤は何連れて来てもおかしくないからな……前に怪異っぽいやつ使ってんのも見たし。
少ししたら、モニターで動きがあった。三人組が施設に入っていく。
一人はじーさん。たぶんさっきの声のヤツ。短い白髪と、コート。両手に拳銃持ってるのがわかる。武器だけ見ると、前に見たローブのヤツを思い出す……けど、動きがぜんぜん違うな。いや、なんだコイツ。まだ戦ってもいないのに、動きの一つ一つで強さがわかる。たぶん、場数がすげぇんだ。
他の二人と合わせて見ると、歳がバラバラっぽかった。じーさんの他は30くらいと、40くらい?でもこの二人も何者なのかよくわからない。
30くらいの短髪の男はスーツ着てて、なんか紙みたいなもんを一枚、指で挟んでる。もう一人の男は逆にカジュアルっつーか、めっちゃ私服。腰くらいまである長い髪で、なんか場違いな感じがする。
「コイツら、なに?」
「頼れる戦力さ。それぞれ違うエキスパートでね」
「ふーん……」
しばらく見てると、じーさんが敵を見つけて撃ち始めた。……ヤバい。すげースピードで一人一人撃ち抜いて、リロードも今まで見た誰よりも早い。親父とはまた違う、ばけもん。こんなじーさんがいんのか。
でも、それだけじゃなかった。他の二人は、変な光を使って敵を攻撃したり、光でできた壁を作ったりしてた。敵が何十人も向かってんのに、ぜんぜん負けてない。
「なんなんだよ、これ」
「銃で戦っているのは歴戦の殺し屋。他は、霊能力者と道術使いだ。本来は対人専門ではないが、サポートしてもらっている」
「……アンタほんと誰と繋がってんのかわかんねーな…」
「驚いてる場合ではないよ、そろそろ出番だ。四方天も行ってくれ」
「わかった。じゃあメイ、よろしくな」
「うん、まっかせて!」
腰に無線機を入れるポーチ、耳にはワイヤレスイヤホンを付ける。これで二人と話しながら、屋上を目指す。
車を出て、指定されたポイントに向かえば、電子ロック付きのドアが見えた。本当は暗証番号と指紋認証が必要らしいけど、ドアノブ回したら鍵なんて無いみたいに開いた。佐藤もメイも、ほんと敵にしたらこえーよな……。
佐藤がルートを教えてくれるから、その通りに進む。よほどあの三人が暴れてるのか、アタシの方には誰も来ない。でも。
「屋上に梧桐が見えたよ。やはり、最後の砦というわけだね」
……この作戦の、倒すべき壁。そしてアタシにとって、壊さなきゃいけない因縁。胸が高鳴るのがわかる。呼吸が激しくなっているのも、手に汗を握ってるのも。……怖いんだ。わかってる。だから、だからここで終わらせなきゃダメなんだ。
屋上の扉を開ける。……いた。アタシと似た髪色と瞳で、ムカつくほど自信満々なニヤケヅラした、クソ野郎。
「メグミが来たか。ははっ、暴れたかいがあったってもんだ!」
「は?なんのことだよ」
「佐藤に散々嫌がらせしてやったんだよ。アイツの“駒”……かどうかは知らねーが、駒になりそうなヤツを一人一人潰してやった。ま、こっちもめんどくせー仕込みされまくってダルかったけどな」
一言一言がすげぇムカつく。でもちょっと納得できた。だから、先に突入するメンバーが見慣れないヤツらなんだ。たぶん、佐藤にとって本当に信頼できるヤツを、使わなきゃならなくなったんだ。
「メグミ、どーせお前は嫌がるだろうから答えは聞かねーぜ。俺に抱かれて、その後で死ね」
この、クソ野郎は、どこまでも。
アタシは、ありったけの声で、叫んだ。
「テメーが死ね!!!!」
走って、蹴る。これくらいは防がれるけど、構わない。最初はいい。防がれても、何度も蹴って、殴って。余裕そうに捌いてるのを見て、確信する。
ーー今なら、入る。
「喰らえよ、クソ野郎」
蹴りと同時に、脚からアイツの顔へ向けて“力”が爆発するのを意識する。蹴り自体はガードされる。けどその瞬間、爆発した“力”がアイツの腕を襲う。
「アァ?!」
急に蹴りの威力が増したことで、親父の体勢が崩れた。今だ。
「うらぁっ!!!」
回し蹴りに“力”を加えて、今度こそ顔に一撃。親父が、衝撃に耐え切れず吹っ飛んで、倒れた。
「どーだよ、この野郎!そのまま死ね、クソが!」
絶対に、攻撃は緩めない。倒れた親父に向けて、踏みつけに行く。さっきので、もし意識があっても動けやしない。
ーーはずだった。
「イテェなぁ、くそ」
コイツは、あっさりと横に転がってかわして、その場で、起き上がりと同時に、アタシの腹を蹴る。
「うっ…!」
重い。体勢はそこまで整ってないはずなのに、この威力。でも、アタシの“力”とは違う。ただただ、自分の身体能力だけで、このダメージを出してるんだ、このばけもんは。
「はっ、楽しくなってきたじゃねえか。お前に妙な力があるなんて知らなかったぜ。まぁ、だがな……それで勝てると思ってんのか、クソガキがよ!」
来る。蹴りが来るのが見えて、とっさにガードする。けど、受け切れない。アタシは衝撃に耐えられなくて、倒れかける。なんとか踏みとどまったものの、まずい。次が来る。
「オラァ!!!」
親父も絶対に、攻撃を緩めない。どんな攻撃が来てるのかわからないけど、とにかくその場から離れる。さっきまで顔があったところに、鋭く空を切る音と一緒に拳が通っていった。あんなもの、顔に喰らえば一発で意識が飛ぶかもしれない。
「くそ…!」
やってやる。攻撃でしか勝ち目が無いのがわかりきってる。なら、攻めて攻めて攻めまくる。
「覚悟しろよ、カス野郎!!!」
「かかってこいよクソガキ!!!」
……悪くは、なかったと思う。きっと、どう考えてもこれが最善だった。実際、攻め続けてくうちに何発かはちゃんと入って、しっかりダメージも与えた。なのに、うめいているのは、アタシだ。
「……あ、ぐ……」
想定以上に……コイツがばけもん過ぎた。一発当てるまでに、アタシは三発喰らう。あっちは一回も倒れないのに、こっちは何度もダウンさせられる。いつのまにかイヤホンも壊れて、何も聞こえなくなった。
アタシは“力”ってズルみたいなもん使ってんのに、コイツは自分の体だけで、圧倒してくる。なんなんだよ、これで人間なのかよ。
「……ばけもんがよ」
「よく言うぜ。お前も普通に比べりゃ十分バケモンだろうが。ま、俺は格が違うけどな」
格が、違う。その通りだ。規格外って言葉が、コイツには似合う。あぁ、痛い、体中が痛い。あちこちから血も出てる。アイツは、やっとちょっと怪我したくらいだってのに。
「メグミ、もう諦めろよ。父親としては心苦しいんだぜ?その体を、プレイの前に傷付けるのはもったいねぇ。キレーなもんを汚すのが楽しいんだろ、最初から汚れてちゃ2割減だぜ」
……。なんか、言ってる。ダメだ、わかりたくない。コイツが何を言ってるのか、知らないでいたい。ただ、一つだけ、耳に残ったことがある。
「……じゃあ、残念だったな。アタシはとっくに、汚れきってるよ」
「あ?」
「体も、心も。汚れてないとこなんか、ねーんだ。お前と同じでさ」
そうだ。アタシは、とっくに。
「知るかよ。今、目の前のお前がキレーかどうかの話をしてんだ。お前がどこで何してたかなんて興味も無ぇ」
あ、。こ、いつ、は。どこ、まで。どうして。
むかつく。むかつく。むかつく。むかつく。
しね、くそ、かす、げどう。
アタシの。人生を。興味も無い?
コイツが、アタシの、親父?
「ふざけんじゃねぇよ!!!」
「お?」
叫んだ。体の痛みなんて、もう、感じられないほど、頭に血が昇って。
「アタシにだって、アタシの人生があんだよ!母さんとの思い出も!辛かったことも!さみしさも!恩人も!仲間も!恋も!たくさん、たくさんあったんだよ!」
自分が涙を溢してることにも気付かないほど、アタシは、キレていた。
「それなのに、父親のお前が!!!気にしなきゃいけないお前が!興味無い?抱いてやる?バカ言ってんじゃねえ!どんだけ人でなしなんだよ、お前は!お前なんか父親じゃねぇ!人間ですらねぇ!タダのカスだ!!!」
溜まってたもんが全部、コイツへの憎しみに変わって、言葉になっていく。
「アタシも!母さんも!お前のせいで人生終わっちまった!!お前さえいなけりゃ、こんな思いしなくてよかった!!!死ねよ、さっさと死んでくれよ!!!生きてんじゃねぇよ、お前が!!!」
自分が何言ったのか、ぜんぜん、認識できない。吐き捨ててるだけだ。混乱して、浮かんだものが、全部出ていく。息切れまでして、必死で。
ーーあぁ。でもいまさら。いまさら、やっと、わかった。
アタシは。アタシがコイツを殺したいのは、コイツのせいだけじゃなくて。
コイツがいると、アタシは、駿太の気持ちを、いつまでもモヤモヤにしかできないんだ。それが、嫌なんだ。
変わりたい。アタシは変わりたいから。この因縁をぶっ壊すことで、気持ちに区切りを付けたい。変わっていいんだって、思える心になりたい。
……つまり、コイツに八つ当たりしたいんだ。
めちゃくちゃな理屈かもしれない。でも、なんとなく、そんな確信があった。だから。
「死ぬほど殴らせろ、ゴドー!!!」
「やれるもんならやってみろよ、メグミ!」
そこからは、体が勝手に動いてた。生きてきて、一番良い動きして。さっきより当てれて、かわせて。
今までで最強の“四方天慈巳”だった。
……。
「ちっ……俺が手こずるとはな。俺の血はすげぇなぁ、メグミ」
なんで、だよ。どうして、コイツは倒れないんだよ。十発以上は、全力をぶち当てたはずなのに。
もう、体に力が入らない。血を流し過ぎた。骨もいくつかやられた。……違う。立てないのは、そんな理由じゃない。
勝てない。どんなにあがいても、アタシはコイツに、勝てない。それが、わかっちまったから、心が、折れかけてる。……いや、もう折れたのかもしれない。
「随分ボコっちまったが……まあいいか。楽しめるとこだけ楽しんで、その辺から捨てちまうか」
死ぬんだな、アタシは。は、はは。……なんで、こうなんだろ。ねぇ、みんな……アタシさ、すんげぇワガママなこと言うとさ。
しあわせに、なりたかったな。
とびらの、開くおとが聞こえた。
「ん?こっちの増援……じゃねえわな。佐藤のヤツなら“ここまで”は読めてるはずだ。……あ?女……?」
そっか、後からふたり来るっていってたよな。じゃあ、もう、まかせればいいか。
…………おんな……?
「しほーてんさん、立って!!」
……え?
「おいおい、嬢ちゃん。……いや、ちげぇな。お前、男か」
メイ…?声は、たしかに、メイ。いや、何言ってんだ。メイがここにいるわけ……メイは男じゃねぇだろ。
頭が混乱する。夢か?とっくに気絶してて、いま、夢を見てる?
「しほーてんさん!!!起きろ!!」
……違う。本物だ。本当に、メイが来てる。
「い、でぇ……」
急に、体が痛む。さっきまで、ぜんぜん動けなかったのに、今は、動ける感覚がある。
でも、ダメだ。メイ。来ちゃダメなんだ。こいつは。
「残念だぜ、女なら抱きたかったんだがな。男じゃあしょうがねぇ。死ね」
「めい、っ!」
ゴドーが走るのが見えて。止めに入ろうとしたけど、起き上がるのも簡単にいかない。間に合わない。メイ……!
「アア?」
ゴドーのパンチが、途中で止まった。いや、違う。“壁”で止められたんだ。メイの力で、見えない壁が作られてる。
「お前も能力者かよ、めんどくせぇな!」
ゴドーが構わずに殴り続ける。壁は壊れない。……いや、壊れてるんだ。壁は普通の攻撃じゃ破れないくらい硬い。でも、ゴドーの攻撃には耐えられない。
メイはそれがわかってて、最初から何重にも壁を張ってる。だからなんとか防ぎきれてるけど、いつ張るのが間に合わなくなってもおかしくない。間に合ったとしても、力を使い続ければメイが消耗して、そのうち壁が張れなくなる。
「しほーてん、さん…!」
メイの必死な声が聞こえる。そうだ。アタシだ。アタシが、動かなきゃダメだ。動け、動け、折れんな。アタシのために来てくれた、メイのためにも。
立って、戦え、四方天慈巳!
「ああぁぁぁ!!!」
筋肉が切れてくような痛みに耐えて、立ち上がって、走る。そのままゴドーの頭に、蹴りをぶち込む。
「ぐ、こいつ…っ!」
“力”はもう、あんま正確に打ち込めなくなっちまったけど。いい。とにかく、攻めろ。
蹴る。蹴る。殴る。そんで、蹴る。
効いてるかどうかなんて知らない。効け。そう願って、力を振り絞る。アタシは、生きるんだ。生きてやるんだ。
生きたい、のに。
「う、ぜぇんだよ!!!」
たった一撃。腹に、キックを喰らった。それで、アタシのあがきは、終わった。
こころは、まだ折れてない。立て、立て、そう何度も力を入れる。なのに、もう、体が痛みに耐えられない。
顔だけでも、メイに向ける。あぁ……アタシのために、必死になって叫んでる。アタシとの間に壁を張って。でも、そんなことしたら。
ゴドーはメイへと向き直って、距離を詰める。もちろん、壁がある。けど、それはまた何度も割られて。十回もしないうちに、メイが膝をついた。肩で息をしてるのがわかる。限界だ。もう、ゴドーの攻撃は防げない。
「め……い…」
声もろくに出ない。それでも、手を伸ばして、少しでも、助けたくて。でも。
メイが、蹴られた。疲れ切った体じゃ、すぐには立てない。ゴドーにもそれがわかったのか、今度はアタシに向かってくる。
よく見れば、ゴドーもかなり弱ってはいるみたいだ。はは、ざまーみろ。……けど、もうダメだ。精いっぱい力を入れても、全然立ち上がれない。
悔しい。ごめん、メイ。アタシのせいで、メイも殺される。ごめん。アタシが弱いから。アタシのせいで。
…………?
いつのまにか、ゴドーの足が止まってた。まだアタシとは少し距離があるのに。
……その後ろ。扉の辺りに、また誰かがいる。人影は一つだけ。
アタシは、信じられなかった。うそだ。来るわけない。その気持ちは、ゴドーも同じだったみたいだ。
「……まさかお前がここに来るとは、佐藤」
佐藤が、いた。最前線に佐藤が来たことなんて一度も無い。作戦に無い動きを自分でするヤツでもない。佐藤が誰かのピンチに駆けつけるわけもない。なのに、なんで?
「やっぱメグミに目ぇ付けてんのか?それとも最初から作戦の内かよ」
「……どちらも的外れだよ、梧桐。何があっても、私がここに来るはずではなかった」
「そーかよ。で?ここに来たからには、あの怪物もいるかと思ったが……見当たらねーな」
「残念ながら、彼は直射日光に弱くてね。この場では戦力外だ」
「ほう。じゃあなんだよ、死にに来たか?」
「いいや、殺しに来た」
佐藤が懐から銃を取り出した。
……そりゃあ、佐藤が銃を持っていてもおかしくないはずだ。けど、あまりにイメージが無さすぎて、アタシも、ゴドーも、驚きを隠せなかった。
「お前、まさか!」
「意外かい?当然だろうね、人前で構えるのは実に30年以上ぶりだ」
「ちくしょうがよ!」
ゴドーが佐藤に向けて走り出す。いや、走り出そうとした瞬間、踏み込む足が滑って、膝をついた。
「貴方がそこまで消耗したのは初めて見るね。それほどに、四方天とマーシャが強かったということだ」
「テメェなんかに、この俺が…!」
「すまないね、四方天。決着は私が奪わせてもらう」
銃声が、鳴った。ゴドーの頭が撃ち抜かれて。
「う、おおおおお!!!! お、おおぉ、……」
断末魔が、消えていく。そして、ゴドーの体は、力なく横たわった。
……誰でもわかる。ゴドーは、死んだ。
「さ、と……」
声がまともに出ないアタシのもとへ、佐藤が歩いてくる。
「……これが貴方にとって良かったのか、私には判断できない。不服であれば、後でいくらでも文句を言ってくれ。下の戦いは先ほど決着した。予定通り、こちらに2人、隣のビルに1人、向かっているところだ。救護要員も呼んであるから、少し待っていてくれ」
どうしてだろう。佐藤の声が、すごく悲しそうに聞こえる。ゴドーが死んだのに、計画通りに進んでるのに、なんでそんな声で喋るんだよ。
「……さて。あとは司教だけだ。もうすぐ終わる」
少しして、メイがなんとか立ち上がるのが見えた。
「マーシャ。無理しなくていい。後で救護要員が来る」
「ううん。うごけるよ。……ごめん、勝手なことして」
勝手なこと?
「……四方天、マーシャは貴方が危ないと見て、飛び出してしまったんだ。自分の役割を放棄してまでね。まぁ、必要な作業は済んでいたから作戦に支障は出ていないものの」
メイがバツが悪そうに俯いてる。アタシのために、あんなヤツの前に立ってくれたんだ。ずっとカメラで見てたはずなのに、自分が死んじまうかもしれないのに。
「め、い。あり、がとな」
「ううん。しほーてんさんは、喋らなくていいよ。死にかけなんだから」
「……うん」
「でも、びっくりしちゃった。MMまで来るんだもん」
「……私も驚いてるよ。いったい何歳の頃の感情を思い出したのやら」
佐藤の言葉の意味が、よくわからない。それはメイも同じみたいで、見るからに顔にハテナが浮かんでる。わかりやすい。
そんなことを思ってた時、また扉から人がやってきた。今度は2人。カメラで見たやつらだ。
私服っぽいやつが佐藤に話しかける。
「佐藤、予定時刻2分前だ。問題なく進行している……が、どうした、何故お前がここにいる」
なんか……やけに偉そうだな、コイツ。
「イレギュラーがあってね。気にしなくていい。2人とも怪我は無いかな」
これには、若い方が答えた。
「俺だけ軽い怪我しましたが、他2人は無傷です。安井さんはともかく、任さんがあの歳であの動きなのは信じられませんよ」
「60年以上現役で殺し屋を続けている人だ。人間の到達点の一つと言っていい」
「……そんな人が実在するんですね、知らない世界だ」
「貴方の界隈もそうだろう?」
「それはそうなんですが」
何を話してるのかはあんま理解できないけど、やっぱ佐藤はこの2人……いや、じーさん含めたら3人を、相当信頼してるみたいだ。なんとなく、距離感が近い気がした。
「それで、俺たちはここで待機。必要に応じて任さんを支援。その後、地下の片付け、で合ってますね?」
「作戦と相違ない。そのままよろしく頼むよ」
……なんだろう。今の話、ちょっとだけ違和感があった。任ってのが、あのじーさんのことだよな。……あのじーさんの支援?
「佐藤、秦野。見えたぞ」
私服の男の言葉に反応して、全員の視線が隣のビルに向けられる。そこには、両手に銃を持ったじーさんが見えた。佐藤が無線でじーさんと話し始める。
「時間通り、もうすぐ司教が現れる想定です。作戦に変更はありません」
「坊、オメェどうしてそこにいる」
「……柄にもなく、衝動に駆られまして」
「ほう?俺ァそんなオメェをしらねぇぞ」
「はい。こんなことは40年近くありませんでしたよ」
「なら良かったじゃねぇか。オメェもまだ人間だったってこった。じゃあな」
「……はい」
佐藤が敬語使ってる……。今日は知らない佐藤の一面をいっぱい見る日だな。
じーさんは、司教が出てくるっぽい辺りから見えないところに隠れた。出てきてすぐ地下に戻られたら追えないからか。
アタシは動けないし、痛みが酷すぎて気も失えないから、ただ眺めるだけ。メイもアタシのそばに来て、周りを眺めてる。アタシのことは直視できないみたい。あんま血だらけとか得意じゃなさそうだもんな。
少ししたら、ビルの扉が開いた。中からいかにも偉そうな格好した外国人が出てくる。一目でわかる、あれが司教だ。
すぐには引き返せないところまで来たあたりで、じーさんが声をかけた。
「おいアンタ。終わりだ」
じーさんは容赦なく、頭を撃ち抜く。これで、作戦の目的は達成……したはずなのに、佐藤たちの警戒は、じーさんの方に向きっぱなしだ。
アタシもそっちを見てみると、司教が、起きあがろうとしてるのが見えた。頭を撃たれて即死のはずだろ…?!
司教のヤツはついに立って、じーさんに話しかける。
「……やれやれ、話をする余地もなく発砲ですか。日本人はいつからそんな野蛮になったのですか?」
「国は関係ねぇだろ。テメェの国じゃ怪物作んのが日常か?」
「怪物ではなく使徒ですが……確かに日常ではありませんね。失礼、貴方たちが野蛮なだけだと訂正します」
「ワリィが気が短ェもんでな。死ぬまで撃つぜ」
「いえ、もう遅いです」
「っ!!」
一瞬だった。司教の体から何かが伸びて。それも、黒い何かが、10本以上は出て。じーさんが何本か避けても、残りがじーさんを貫通していた。
こっちの2人が、司教に向かってなんか光を飛ばしたけど、向こうは黒い何かで防いでしまう。
「ぐ……テメェも怪物か、よ」
「使徒です」
「いいや、怪物だ」
強気に言い返したじーさんの頭が、さっき避けられた数本で刺される。あれは……もう助からない。
その時、全身に寒気を感じた。きっと、この場にいる全員が感じたんだ。みんな同じところを、佐藤を、見た。
「…………」
目を見開いて、何も言わないで、じーさんを見ている。佐藤から伝わる空気が、あり得ないくらい冷たく感じる。そんな佐藤の様子に気付いたのか、司教が煽り始めた。
「いや見事見事。貴方たちのせいでここはもう使い物になりません。しかし我々の、使徒の力をみくびっておられたようだ。そのせいでほら、ご老体はこの通り」
黒い何かがうねって、じーさんの体が屋上から地上へと投げ捨てられる。司教以外の誰も、何も言えない。今の佐藤から出る圧が、言わせない。
「では私はこれにて。使徒の子を半ばで失うのは非常に心苦しいですが、まあ、使徒の命に比べれば小さなものです。そちらの2人は危険そうですからね、退かせてもらいますよ」
「……佐藤」
40くらいの方が、重い空気の中で声をかける。
「追えはする。やろうと思えば私自身も追跡は可能だ。お前はどう判断する」
「…………」
沈黙。その間にも、司教は階段を降りていくのが見える。
「佐藤!!」
「……動向を追うのに安井の力は使わなくていい」
そう言うと、佐藤が深呼吸をした。次に喋る時には、もういつもの佐藤に戻っていた。
「それより地下の対応に注力してくれ。人員があちらのビルから逃走するかもしれないが、既にビルは囲まれている。司教以外は逃さないだろう」
「……わかった。私と秦野はこのまま地下に行く。……守れなかった、申し訳ない」
「……あの攻撃は、誰にも防げない。貴方たちの責任ではないよ。行ってくれ」
秦野って男は会釈して、安井とかいうヤツと一緒に地下への階段に向かった。何がどうなってるか、全然頭が追い付かない。でも、これだけはわかる。
佐藤は、大切な人を、殺された。
それでも、佐藤は。
「さぁ2人とも。そろそろ救護要員が到着する頃だ」
平気そうな顔をするんだ。
……。
あの日から、四ヶ月が経った。
アタシとメイは入院して、メイはすぐに退院。アタシは全治四ヶ月って言われて、お見舞いに来た駿太にボロ泣きされて、ものすごい罪悪感に苛まれた。……もう、大怪我したくねーなー……。
病室で静かな時間が来た時、アタシは、今まで起きたことをやっと振り返れた。こんな怪我してんのが何よりも現実だって証なのに、現実味を感じなくて。
けど。ゴドーと戦って、キレて、叫んで、メイが来て、佐藤が来て、ゴドーは死んだ。思い出せば、どれも鮮明な記憶だ。本当に、起きたことなんだ。
……心のどこかに、ぽっかりと、穴が空いてる感覚がした。
なんでかはわからない。一つ言えるのは、アタシの中で、何かが変わった。それは、なんとなくわかる。具体的に何なのかは、退院した今でも掴めてない。
そんなアタシに、電話がかかってきた。佐藤だ。
「貴方とマーシャに話したいことがある」
そう言われて、予定を決めて、そんで当日が、今日。
待ち合わせ場所は、高そうな中華料理店。佐藤もメイも先に来てた。中に入ると、個室に通される。メニューにはいつもじゃ絶対に見ない金額の料理がずらっと並んでる。
「うわぁ……」
「私が払うから好きなものを頼むといい」
「好きなものっつっても……」
「やったー!何にしよー」
なんか、こういう時のメイののんきさが羨ましい。まぁでも、せっかくだし普段食べないもん頼もう。
「北京ダックとか頼もうぜ」
「いいね!あとねー、これと、これと…」
結局メイがほとんど決めて、みんなで好きに取って食べることにした。メイ、意外に食事好きなんだなぁ……知らなかった。注文が終わった時、佐藤が話し始める。
「ここはあまり労せず、人に話を聞かれない場所として使えてね。便利なんだ」
「そういうの、アンタなら電話で済ませるか人が住んでないとこに集めるんじゃねーの?」
「今回は仕事じゃない。私のお願いとして直接、聞いてほしいことなんだ」
佐藤がそんなこと言うのは初めてだった。全部依頼か一方的な話で、お願いなんてもの絶対にしないヤツだと思ってた。メイも同じだったみたいで、とても不思議そうに質問する。
「そんなに聞いてほしいことって、なに?」
「……私の目的について、だ」
「MMの目的……」
佐藤の目的。考えたことがなかった。投資家だっつーから金儲け……いや、全然そういうタイプに見えねーんだよな、コイツ……。
「私の目的。それは、人の秩序を乱す“人ならざるもの”を滅ぼすこと」
「……え?」
「噛み砕いて言えば、人に危害を加える怪異の類を、すべて滅ぼしたいんだ」
アタシもメイも、ぽかんとしてしまう。佐藤は、そんなことを考えてたのか…?
「当然、納得しづらいだろう。限られた人間にしか明かしてないことだからね」
「……いろいろわかんないんだけどさ、まず、なんでアタシ達に話したんだよ」
「……。エゴだよ」
「エゴ?」
「ゴドーの殺害に成功したあの日のこと、覚えているね」
「そりゃあ、忘れねーよ」
「……白状しよう。あの日、私は四方天が殺されると読んでいた」
「…………」
それは、実は。
「……なんとなく、わかってたよ。あの日はそんなこと考えてらんなかったけど、入院中は暇だったから。考えてみりゃ、あの日の佐藤は変だった」
「……そう。私は、四方天が梧桐に殺されると考えていた。そう仕向けたかったわけではないよ。人員の都合上、梧桐には四方天を向かわせないといけなかったからだ。これは、私の力不足だった」
「なんでそうなるんだよ。他に人を割いてて余裕が無いのはしょーがないだろ」
佐藤は横に首を振る。
「梧桐と決裂してからの二ヶ月、私は数多くの工作を仕掛けられていた。拠点、人員、設備。投資家としての私と、貴方達を使う立場としての私を、梧桐は両面から攻撃してきたんだ。当然、相応の仕返しはさせてもらったけどね」
アタシに依頼がほとんど無かった二ヶ月か。……ん?
「あの施設の攻略で忙しかったのに、ゴドーともやり合ってたってことか?」
「正確には、前々から私が攻略対象にしていた宗教組織に、梧桐が自ら協力を持ちかけたんだ。あちらは利害が一致し、組織的に動いてきた。随分と手こずってしまってね」
「……なんでアタシを使わなかったんだよ。そういう時、いきなり電話かけてきて“頼んだよ”とか言ってくるやつだろ、アンタ」
この質問した時、なんでかメイが割り込んできた。
「たぶん、しほーてんさんを守りたかったんじゃないかな」
「……アタシを?」
「……マーシャの言う通り。私は、私の判断で、四方天を関わらせないようにしていた」
「なんでだよ!どうして佐藤が、アタシを守るってんだ!」
「……人は、幸せであるべきだ。その幸せをやっと掴みかけている貴方を、梧桐との戦いに可能な限り巻き込みたくなかった。……結局、限界が来てしまったけれどね」
佐藤が、アタシの幸せのために、無理したってのか?
「そんな、勝手な……」
「そうだ、これは私の判断で行ったことだ。けれどね。私はそれほどに、貴方を守りたいと思ったんだ」
「…………」
「そして、あの日。梧桐と対面した貴方が、全力を尽くしているにも関わらず劣勢に立たされた時。まず、マーシャが貴方を助けに行ってしまった」
「メイ……」
「……ごめん。がまんできなかった」
「そして、私は、四方天とマーシャが2人とも梧桐と対峙するとなった時。行くべきではないと考えながら、その考えを投げ捨てて、貴方たちを助けに向かった」
「どうしてそこまで……」
「貴方達を、人として大切に思っているから……そう表現して、信じてくれるかな?」
信じるわけないだろ……って、前なら言ってたかもしれない。けど、信じたら納得できる。
「……人が駒にしか見えてないと思ってたけどな」
「見ていたさ。見ていなければならなかった。目的のためには、必ず犠牲が出てしまう。その一つ一つの犠牲に心を痛めていては、人ならざるものを滅ぼすことはできない。だから、35年以上前から人間を駒として見続けるようにしていた」
佐藤の視線が、アタシたちを通る。
「……そんな私が、見捨てられなくて、あの屋上に向かってしまった。私にもまだ人の心というものが残っていたらしい」
……。詳しい事情はまだ知らない。それでも、佐藤から覚悟と悲しみを感じた。
「それじゃあ、アタシ達に話した理由って…」
「私はこれからも2人の力を借りるだろう。ただの駒として使うなら、最低限の話だけ伝えればそれでいい。しかし今後は、重要な仲間として貴方達を扱いたい。だから、全てを打ち明けることにした。私がこれから何と戦おうとしているのか。なぜ戦おうとするのかをね」
佐藤はずっと真剣に、聞き取りやすいように喋り続ける。アタシもメイも、佐藤の覚悟を雑には扱えなかった。だから、話に耳を傾けて、言ってることを一つでも理解したい。
「話は、私が幼い頃まで遡る。私の両親は詐欺師でね、ある組織に所属していたが、金品を盗んで逃げ出した……呆れるほど考え無しの夫婦だった。この夫婦は、幼い私をも犯罪の道具とし、数々の人間から金品を奪い続けた」
初めて聞く、佐藤の人間らしい過去。けどこれは、あまりにもアブノーマルすぎる。
「私はあの夫婦から生まれたとは思えないほどに知恵が優れていたが、子供の非力さと世界の狭さは如何ともしがたかった。抜け出そうとしても両親に捕まり、犯罪に加担させされ続けた。幸せなど、一瞬たりとも無かったよ」
……幸せが無い、子供時代。それって……まるで……。
「貴方達にも、似たような覚えがあるかな?だからかもしれない、私が貴方達を特別に見てしまうのは」
「……」
「しかし、10歳の頃、私は1つの希望と巡り会った。少し年上の女の子。温もりを知らずに生きていた私にとって、触れるのが怖いほど暖かい声色で、話しかけてくれた」
……10歳の佐藤が全然想像付かない。いや、大事な話だ、集中して聞かねーと。
「彼女の通学路と、当時の“ターゲットの家”が近かったから、週に数回は偶然会うことがあった。他愛もない話題ばかりだったが、だからこそ、私にとっては安らぎの時間だった。……あの日までは」
佐藤が、思いを馳せるように遠い目をする。
「あの日、私たちの前に1人の老人が現れ、こう言ってきた。“暇なんでお前たちの話を聞かせてくれ”、と」
佐藤の声と表情に苦々しさが混じる。
「私は強く警戒したが、あの子は不用心で、快く日常の話を教えたんだ。家族の話や、ペットの話なんかをね。それからも老人は同じ場所に現れ、その度に女の子は話したらしい」
「……その話、佐藤の目的と繋がるのか?」
「もちろん。なぜなら、その老人こそが怪異であり、私にとって唯一の希望だった女の子を殺めた存在なのだから」
怪異に、殺された…?
「どういうことだよ」
「その老人の正体は、“星の欠片”だそうだ。地球が持つエネルギーの一部が独立し、意思を持って、怪異となった。何の目的もなく、ただ暇を潰すだけの存在だが……問題は、その潰し方にある」
「その女の子の命で暇を潰したってことか?」
「少し違う。……怪異が現れてから3週間が経った頃、私はたまたま目撃してしまった。怪異の力によって、女の子が“星に溶けてしまう”のを」
「星に、溶ける……?」
佐藤の目が、悲しんでるように見えた。今がどうじゃなくて、ずっと昔から佐藤の中にある悲しみな気がする。
「怪異が言うにはこうだ。女の子のペットが死んだ。女の子はペットに会いたいと言って泣いていた。……“だから星に溶かした”そうだ。死んだ命はいずれ星に溶ける。この星の一部になるという形で、女の子とペットは実質的に会えるのだ……と」
「そ、そんなの……」
「勝手だろう?人間への理解が浅い怪異は、タチが悪い。有り余る力を、暇つぶしのために振るう。本人への確認さえしない。“良かれと思って”ですらなく、“できるからやる”なんだ」
そう説明する佐藤の声が、どこか、荒んで聞こえた。口調はいつもと変わらないのに。
「私は糾弾した。人殺しだ、戻せ、と。だが怪異は、無情にもこう返した。“海の中に垂らした水を、お前さんは見つけられるか?戻りゃしねぇよ”」
……ひでぇ。
「あまりにも、勝手だ。理不尽だ。そんなふざけた感覚で、私の希望は消え去った。私は無謀にも怪異に殴りかかろうとしたが、止められた」
「……その怪異に?」
「いや、霊能力者だ。先日一緒になった秦野の師匠……の更に師匠にあたる人物でね。彼は怪異が現れた時点から気配を感じ取っており、発生源を探していたのだそうだ」
秦野……あの、紙を指で挟んでたスーツの男か。
「霊能力者は怪異を退散させた。しかし、あの怪異は強力過ぎるので“一時的な退散”に過ぎない、と説明された私は、許せなかった。一時的にではいけない。あんな、人の秩序を身勝手に乱す怪異など、完全に消滅させなければ、気が済まない。……そこからだよ、私の人生の目的が定まったのは」
人を傷付ける怪異を、滅ぼす……ってやつか。
「私はまず、霊能力者に協力を仰いだ。すると彼は“頼みなら金でしか動かん。金持って出直してこい”と言って、名刺を渡してきた。私個人に依頼料など用意できない。両親をどうにかしなければならないが、当時の私では手立てが見つからない。手詰まりな状況の中、私の人生を変える出来事が起きた」
「それは…?」
「詐欺師夫婦への制裁。二丁拳銃を持った若い殺し屋が、私の両親を目の前で殺害した。その瞬間、これは好機だと考えた」
「マジかよ。普通はそんなすぐに思えないだろ」
……やっぱ、佐藤も昔から人としてなんかおかしいんだな。……そんな集まりなんだよな、アタシたちは。
……って、二丁拳銃持った殺し屋って。
「その殺し屋ってもしかして、こないだのじーさん?」
「その通り。殺し屋の名前は任。私は、任さんに自分を売り込んだ」
「売り込んだ?」
「私は死にたくない。どうしても滅ぼしたい存在がいる。それを滅ぼすためなら、どんな努力もするし、貴方の役に立つ。私は頭が良い。それを証明するので、貴方の仕事を手伝わせてほしい……そんなことを伝えたよ」
「それで認められたってことか」
「そう、何せ私は賢いからね。……と言いたいけれど、実際には違うだろう」
ん?佐藤なら頭の良さで認めさせたでも納得できたけど。
「相当に訝しがられたよ。私が賢いのは事実だが、だからこそ良くも悪くも危うい存在だった。その場を口八丁で生き延びた先で、著しく秩序を乱す存在になりかねない。子供であっても今のうちに殺すべきではないか。……後から思えばそんな警戒心があったのだろうと考えられる」
「じゃあ、どうして殺されなかったんだよ」
「滅ぼしたい存在とは何かを聞かれた私は、一切の誤魔化しもなく、すべてを話した。それまで子供なりに理路整然と話す努力をしていた人間が、突然、怪異の話をし始めたんだ。さぞ混乱させただろう」
「あー……そりゃ、ビビるな。勉強できるやつの命乞いの理由が“お化けを倒したいから”だったみたいなもんだろ」
「それが、任さんの銃を下ろさせた。警戒が解かれたわけではないが、少し様子を見ようと考えたようだ。その日から、私は任さんを師として、裏社会での生き方を学ぶこととなった」
ふと気付いたら、話を聞いていたメイが悲しそうな顔をしてる。
「じゃあ、じんさんが死んじゃったの……かなしいね」
あの時の佐藤は、誰でもわかるくらい動揺してたもんな。すぐに、取り繕ってたけどさ。
「……あぁ。私にとって父のような存在だった。悲しいし、許せない。……ここまでが私の経緯であり、目的の理由。はっきり言おう。これは私の“復讐”なんだ」
復讐……。仕事柄、すごく馴染みのある、シンプルな動機。佐藤も、その熱に動かされて生きてきた一人だった……。
「そして……正しく調べれば誰でもわかることだが、これも伝えておこう。私は投資家。佐藤敏夫、MMなど様々な偽名を使っているが、本名は一ノ瀬護人。これまでの説明を聞いた上で、もし可能なら。どうか、これからも力を貸してほしい」
……疑う気になれないほど、真っ直ぐな声で真剣に、俺たちに頭を下げる佐藤。……いや、一ノ瀬。
「ズルい」
「どうしたの、しほーてんさん」
「別に断る気ねーけどさ。これ断ったらこっちが悪いみたいじゃん」
「あはは、そーだね。MMがここまでしてるのにーってなる」
「……私にそんなつもりは無かったが」
「わかってるよ。アタシが勝手に気に食わねーだけだ。……いいよ、これからも依頼してこい。とっくに、アタシらは共犯だろ」
「そーそー。今までと同じでいいよ。MMのやること、アタシたちはダメって言わない」
「四方天、マーシャ……ありがとう」
ビックリすることだらけだったけど、でもスッキリした。何かが変わるわけじゃない。ただ……そうだな。少しだけ、アタシは一ノ瀬に優しくなれる気がした。その少しが、たぶん、大事なものなんだ。
「あのさ、結局司教ってやつ、どうなったんだ?」
「包囲を突破し、行方をくらませている。いずれ組織に戻るだろうね」
「……アイツも怪異だった、ってことだよな」
体中から出てた黒いうねうね。すげぇ速さで動いて、あのじーさんが瞬殺された。あんなの、近距離じゃぜってーかわせねぇ。
「いや。あれは怪異の力を取り込んだ人間だよ」
「え…?」
「制圧した地下を調べた結果、彼らは怪異を生み出す研究だけでなく、人間に怪異の力を与える研究も行っていたことが判明した。あの司教が責任者であり、自らの体を実験台に成功させたんだ」
自分の体に、怪異を混ぜたってのか。……狂ってる。
「……嫌になるよ。私自身の限界が、犠牲を生んでしまった。任さんを失い、四方天やマーシャも死にかけた」
かける言葉に困るアタシに代わって、メイが返事をする。
「でも、怪異の研究はとめれたし、アタシたちは生きてる。MMのおかげだよ。ありがとう」
そうだ。伝えてなかった。
「アタシからも、ありがとう。一ノ瀬が来てくれたから助かったし……守ってくれたのも、ゴドーと戦えたのも、アタシにとっちゃ良かった。感謝してる」
「……優しいね、貴方達は」
「ばっ、ちげぇよ!感謝ぐらいするだろ!」
なんか顔が熱い。
「しほーてんさん、顔あかいよ。かわいい」
「メイ、からかうなよ…」
「ふふー。いーじゃん」
よくない。
「……マーシャ、貴方について、四方天に話していいかな?恐らく誤解されている辺りについて」
ん……誤解?
「あー、いいよ、かくしてないから」
「四方天。これは訂正する必要も無いことではあるんだが、貴方を想って教えておこう」
「な、なんだよ」
「マーシャは性自認こそ女性だが、体は男性だよ」
「え……あえええ!?!?」
あまりのことに、変な声が出ちまった。え、メイが、メイの体が、男……?
「気付いていないのは知っていたが、女性扱いは適切だし、訂正する理由が無くてね」
「え、あ、……え??」
「うーん。なんかちょっと罪悪感」
「……メイが男……あ、あぁっ!!!だからゴドーの野郎が男っつってたのか!!!」
「そー、すぐわかってたね、あの人。めずらしい」
「女性への嗅覚が鋭いのだろうね」
「…………」
さっきとは違う意味で言葉が出ない。ぽかーんとしたままのアタシを見て、一ノ瀬が笑い始めた。
「くく、あっははははは!」
「な、わ、わらうなよ!」
お前が本気で笑うの、初めて見たぞ。……よりにもよって、こんなことで!!
「いや笑うだろう。この半年近く、世間的にはもっと信じられないような出来事が貴方に襲いかかり続けていた。それなのに、今が一番信じられなさそうだ。ふふ、おかしなことだ」
笑いを堪えられない様子の一ノ瀬を見てると、はずかしさと、むかつきで、余計に顔が熱くなる。くそ、こいつ……!
「……だが、私たちの間はなるべく“明かせる関係性”でありたいと考えている。だから、私のことも、マーシャのことも、こうして明かしたわけだ。信頼の証だよ」
ぐ……。
「それと、これとは、別だろ!」
精いっぱいの抗議。メイまで、にまにましながら見てくる。くそぅ、覚えてろお前ら……!
「ところで四方天。菊地原には、話すのかな?」
……駿太。そう、アタシもずっと考えてた。でも、結論は最初から変わらなかった。
「全部話したい。アタシのこと。……もしいいなら、一ノ瀬のことも」
「……いいだろう。菊地原の仕事ぶりは高く評価している。厳格さも冷徹さも大きく欠けているが、柔軟かつ問題のないようには対応し続けてくれている。あれは能力というよりも性格から来る才能だ。信頼に足るよ」
「わかった。アタシから話しとくよ」
「あぁ。久しぶりの甘い時間をたっぷりと過ごすといい」
「今の話そんなんじゃねえだろ!」
「おや、甘い時間にはならないかな?」
「……」
う……ムカつく、否定できねぇ……。
「ひゅーひゅー」
「メイはぜってーよくわかってねーだろ!」
「え、だって好きな人と2人の時間って感じじゃないの?」
「……それは、合ってるけど」
「じゃあ、しあわせじゃん」
……単純だな、メイは。……でも、それで、いいんだよな。
「いっぱい話しなよ。それで、いっぱい甘えていいんだよ。たぶん」
「……なんでそこで“たぶん”なんだよ」
「アタシはパートナーできたことないもん」
「あぁ……」
パートナー、か。……甘える……うぅ。
「アタシには似合わねーよ、甘えるなんて……」
「似合う似合わないなんてないよ。甘えたいから甘えるでいいじゃん。その人がいいなら、いいんだよ」
「……彼氏いねーくせに、正論言いやがって…!」
「あ、イジワルなこと言った。やだ」
「やだじゃねーよ、ったく……」
……。でも本当に、否定できねぇ。恋人なら、幸せでいいし、甘えていい。そりゃそうだ。……自分のことじゃなけりゃ、アタシだってそう思う。
結局その後も、これまでの話も、これからの話もして、解散した。……決めた。明日、駿太んとこ行って、全部話そう。
たぶん今なら、時間がかかっても、全部ちゃんと話せるから。
翌日。アタシは駿太の家に向かった。なんか、久しぶりで緊張する。入院中に何回も見舞いに来てくれて、ただ、その時はアタシの中で迷いがあった。
どこまで話していいのか、どこまで話したいのか、どうやって話すのか。
退院まで待ってほしいって言ったら、駿太は「待つよ」って言ってくれた。……ちょっと頼もしく思えて、なんかシャクだった。
今日、全部話す。……合鍵でドアを開けて、大きい声で駿太を呼んだ。
「来たぞ、駿太」
すると、奥からドタドタと足音がする。あ、やっぱこうなるよな…。来るぞ、アレが。
「メグミぃぃ!!!おかえりいいい!!!」
ボロ泣き即ハグの出迎え。ほんとコイツは涙もろい。マジでよく泣く。疲れるんだよ、これ……。
……でも、それも今は、こう思えるようになった。
アタシの分まで、駿太は泣いてくれる。
だから、これは泣いてもいいことなんだって、わかる。
何が幸せで、何が不幸なのかを、教えてくれる。
それが今は、ありがたかった。
「……ただいま、駿太。お待たせ」
「うん、待った、まったよ!」
「……とりあえず、入れてくれよな」
「あ、ご、ごめん……」
もうちょっと感情のコントロールはしてほしいけどな?
アタシと駿太は、ベッドの上で話した。アタシの人生のこと。一ノ瀬と話したこと。これからのこと。すげぇ時間使ったけど、駿太は、最後まで真面目に聞いてくれた。
「……そっか」
なんて言われるだろう。改めて話してみたら、アタシの過去は自分でも目を覆いたくなるくらい、ほとんど暗い話しかない。罪だらけの、この手足と体。
やっぱり、アタシにとって“四方天慈巳”は、幸せになっちゃいけないやつにしか思えない。
だけど。本当に自分勝手だと思うけど。
駿太に“アタシ”を好きでいてほしいと思う気持ちは、もう、何より強くなっていた。だから、どんなに醜いアタシでも、全部、見せるんだ。
……でもそれとは別に。力だの、怪異だの、普通じゃない話が多いのも、どう受け止められるかわからなかった。そっちの方に拒絶感が出てもおかしくない気がする。
怖かった。汗がひどいし、喉がすげぇ渇く。声が震える時もあって、アタシの弱さが伝わってしまうことにも、怯えてしまった。頑張って、最後まで言い切ったけど。
駿太……駿太には、アタシがどう見えた……?
「メグミ……」
思わず、唾を飲み込む。
「生きて帰ってくれて、本当によかった……」
また、泣き出した。え、あ……。あの長い話で、一番に出る感想がそれ、なのか……。
……うれしい、な。
「生きてる。みんなが助けてくれたから」
「うん……佐藤さんも、メイさんも、助けてくれてよかった……。その状況を招いたのも佐藤さんではある気もするけど……」
まあ、一ノ瀬が全部繋げたって意味では、そうだな……。
「……全部、信じてくれるのか?」
「……今の仕事やってるとさ、信じられないようなこと書いてあるメッセージも多いんだ。最初はヤバいのが結構混じってるなと思ってたけど、ずっとやっててわかってきた。佐藤さんが選んだ商談相手だ、そこには必ず意味がある」
たしかに一ノ瀬は、意味のない商談をしてくる相手とは関係を持たなそうだな。
「俺が生きてた世界は、すごく小さかったんだな……って気付いた。それにメグミの話だから。信じるよ」
「……ありがとな」
駿太の言葉一つ一つが、アタシに安心をくれる。……でも、もう一つ、気になることを聞かなきゃいけない。聞くのが怖いけど、逃げちゃいけないんだ。
「なぁ、駿太。アタシはこれからも、戦う。どんなに気を付けても、また死にかけることも、あるかもしれない。……嫌、だよな」
嫌じゃないわけ、ないもんな。聞かなきゃいけないのに、聞きたいことが真っ直ぐに聞けない。自分の弱さが嫌になる。勇気を振り絞ろうとしていたら、駿太の方から質問された。
「ねぇ、メグミ。メグミはどうして戦うの?仕事だから?自分にできることだからやってる、って、前言ってたけど……今でも?」
……。言われて、すぐには答えられなかった。あの時は、反射的に出た言葉を言っただけ。どうしてかなんて、本当のところはわからなかった。
今ならどうなんだろう。……あぁ……認めたくないけど、嫌だけど。言葉に、できる。
「……違う。あの時も、本当は違ったんだと思う。アタシは、アタシを大事にしてくれる人のために、戦いたい。今なら、そう言える」
アタシを助けてくれた人のために。アタシを仲間だと思ってくれる人のために。アタシを好きでいてくれる人のために。
そのためなら、何だってする。どうせ汚れきったアタシだからこそ、どんな汚れ仕事もしてやる。それで守れるのなら。気持ちに応える手段になるのなら。
……ムカつくけど、アタシは、「縁」のために、戦ってるんだ。
駿太は、頷いてくれた。
「わかった。なら、止めない。それはメグミにとって、命と同じくらい大事なんだよな。……だけど、一つだけ、約束してほしい」
「……どんな約束?」
駿太は、アタシを抱きしめる。
「絶対に、生きて帰ってくること」
……あぁ。駿太、お前は。
「どんな危険なことしても、どんなに辛くても、どんなに嫌なことがあっても。俺のところに、生きて帰る。そう約束して」
ずっと我慢してたのに、涙が流れた。ダメだ。アタシは人前じゃ泣けないのに。駿太は、アタシを泣かせる。悪いやつだ。本当に、悪くて、情けなくて、泣き虫で、かっこよくて、頼りになって……
「かえる、よ。ぜったい帰るよ。約束する。好きだ、駿太。好き……」
「うん。好きだ、メグミ。約束だ。破っちゃダメだからね」
「うん、守る……」
……言葉にならない気持ちが、胸をいっぱいにする。
いい感情も、わるい感情も、うずまいてる。
一つ一つが何かなんて、わからない。
けど、言える。一つだけ、今なら言えるんだ。
“アタシは幸せだ”。