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すこし大げさなくらいがちょうどいい

全体公開 アルカヴェ 42 4037文字
2025-10-29 21:59:22

アルカヴェ。借金完済後のちょっとだけ未来

Posted by @dounudon



 そろそろ自分たちの関係を共通の友人に話しておくべきだと思ったのだ。借金は実のところとうの昔に返済し終わっていたし、それ以降もアルハイゼンと同じ家に暮らしているのはカーヴェの事情でしかなかった。あるいはアルハイゼンの事情とも言えるかもしれない。同じ寝台で眠るには相手の同意がないといけないし、行ってきますのキスはひとりではできない。
 カーヴェとアルハイゼンはしばしばティナリとセノと一緒にテーブルを囲んだ。おいしい食事は絶対、アルコールもほぼマスト(すくなくともこのメンバーでお茶とお菓子の会を催したことはない)、特定の参加者の意向によってときどきカードも添えられた。この四人だと心を緩ませがちなカーヴェは途中で酒に意識を明け渡して会話から離脱することも多かったが、特にそれで気まずくなったことはない。要するに気のおけない間柄なのだった。
 そんな気のおけない間柄の友人に、自分とアルハイゼンが単なるルームメイト以上の関係にあることを隠しつづけるのは不誠実なのではないか。このところカーヴェはずっとこのことを考えていた。もしカーヴェがアルハイゼン以外の誰かとそういう関係にあったならすぐに報告するだろう。そう考えると、相手がアルハイゼンだから言わないというのはなおさら誠実でないように思われた。アルハイゼンにも大切な友人ふたりにも。
 そういうわけで大切な友人ふたりに公表するのはどうだろうかとアルハイゼンに持ちかけたのだ。リビングで休日の昼下がりの読書を満喫していたアルハイゼンはカーヴェの差し出したコーヒーを賄賂かなにかのように見つめ、次にカーヴェの目をまっすぐ見て、本を置いた。話に本腰を入れる意思表示でこれ以上わかりやすいジェスチャーはなかった。カーヴェはちょっと緊張した。もちろんこの話題においてアルハイゼンの意思はカーヴェの意思と同じだけ尊重されるべきであり、彼が拒否したらそれまでの話ではある。
「いいだろう」
 だが、アルハイゼンが拒むわけがなかった。僕と付き合っていることを教令院じゅうに知らしめてくれととち狂ったカーヴェがお願いしたとしたら一切の逡巡なくそのとおりにできる男だ。あれこれ尋ねられるのが面倒だからと自分の勤務時間と一緒に執務室の外へ掲示するかもしれない。『アルハイゼン書記官と妙論派卒業生のカーヴェは愛し合っている』――あまりにも臨場感のある自分の想像にカーヴェは背筋をふるわせた。むろんそこまでしたいわけではない。
「ここで?」
「ここで? って」
 アルハイゼンの隣に腰を下ろしたカーヴェはほんのすこし考えてのけぞった。
「この家に彼らを招いてってことか? まさか! 僕はいやだぞそんな、実は以前から僕らはそういう関係にあって、まさにこの家で一緒に暮らしているんですーって改めてご披露するみたいな。彼らは僕たちが一緒に生活してること自体はずっとまえから知ってるんだ、そんな……なまなましいだろ逆に!」
「事実じゃないか」
「事実だからいやなんだ! もっとこうクッションになるような、彼らの衝撃をうすれさせてくれる場所にしよう。そんなやり方はショッキングすぎる。彼らが倒れてしまったらどうするんだ? ほら、やっぱりランバドのところがいいんじゃないか。いつもの場所で、いつもの会話のさなかに、唐突に挟み込むんだ。教令院で最近話題の論文の話をしている最中にさ」
「逆効果だな。できるだけもったいぶって相手になにか重大な話をすると思わせておいたほうが、いざというときに拍子抜けして受け止めやすくなる」
「な、なるほど……たしかに?」
 アルハイゼンはこの手の理屈っぽいやり方にはめっぽう強い。そのことを知っているカーヴェは頷くしかなかった。すでにこれまで不誠実だった後ろめたさがあるのだから、大事な友人たちの衝撃は緩和されればされるほどいいのだ。
「いっそのこと親しい友人知人をまとめて集めてしまえばいい。君はこの重大発表を他人にはきかせたくないだろうから、貸切にするんだな。君の頼みならランバドも断らないだろう」
 この提案にはカーヴェもぎょっとした。反射的に腰を浮かしかけたところをアルハイゼンに肘を掴まれて押し戻される。
「集めるってなんでだ? 僕はティナリとセノに報告するだけでいいんだよ!」
「ほんとうに? ニィロウは君に公演の案内を送りたいのに君の居場所がわからないからいまでも俺の執務室宛にしている。それにファルザンはいまだに君が苦しく大変な生活をしていると思っていて、いつかかわいそうな後輩ににたらふくご馳走してやると息巻いているぞ。ティナリとセノだけに正直になって、彼女たちはなにも知らないままでいさせるのか? 共同生活を暴露するついでに関係性も報告するだけと考えたらどうだ。君はどうせ借金のことは公言しないんだから、はじめから恋愛感情で俺と一緒に暮らしていたと言えばいい。親しい人間への隠しごとがなくなれば君も楽になるだろう。なにもシティ全体に喧伝してまわろうとしているわけじゃない。君が望むなら俺はそれでも構わないが」
「望まないし僕は構う!」
 カーヴェの想像ではせいぜい教令院という限られた範囲だったものが、アルハイゼンにかかればシティ全体という途方もない広域になってしまった。砂漠も含めたスメール全体と言わなかっただけいいのかもしれない。アーカーシャの機能がいまも生きていたとしたら、アルハイゼンはそこで告知することすら厭わなかっただろう。カーヴェはその気概に慄いた。恥の概念を知らないのは誰なんだと言いたくもなるが、考えてみればアルハイゼンとの関係は恥じるようなものでもない気がする。恥じてはいけない気がする。もしもアルハイゼンが付き合っている相手がカーヴェだから世間から隠したいと申し出てきたら……それはたいそう落ち込むだろう。カーヴェはたぶん勢いで別れを切り出す。そんな相手と付き合うのは君のためにならない、とか叫んで家を飛び出すはずだ。メラックを連れて。
 カーヴェは唸った。その視点を持って振り返ると、アルハイゼンはいつも辛抱強かった。恋愛関係はおろか、のっぴきならない事情で同じ家に住んでいることすら他人に言いたがらないカーヴェの自分勝手な強情さを、急かすことも蔑むこともなくただただ許容していたのだ。じっと待っていた。借金という公にしたくない大義名分が失われてしまったいま、これ以上その強情さでアルハイゼンを待たせるのはよくない……ような気がしてきた。
 親しい友人知人たちはもちろん驚くだろう。むやみに驚かせることへの罪悪感はあるものの、彼らのことだ、どれだけ時間がかかってもやがて受け入れてくれるだろうと確信できるだけの気持ちも付き合いもあった。
……わかった。この際だ、ひとりひとりに説明してまわるよりそのほうが楽かもしれない。僕の心の準備も一度でいいし……
「まずは招待状だな」
「招待状だって? 単なる身内の集まりにそんな仰々しいものを?」
「俺たちが最高に星のめぐりのいい日取りを選んだとして、招待客にその日先約が入っていたらどうするんだ。出席の可否を返信できるかたちで招待状を出したほうが互いに都合がいいだろう」
「それは……そうかも? だったら招待状は君に任せよう。書くのは君の本分だしな。いや、でも廃棄書類の裏紙とかに書かれたら困るから紙とデザインは僕が決めよう。招待客も僕が決めたほうがいいな。君に任せてシティの住人全員を招待されても困るし……特別に呼びたい誰かがいたらそれは当然教えてくれ。共通の知り合いじゃない場合はかなり、かなり僕が勇敢にならなければならないけど、まあ僕だって君の要望にはできるだけ寄り添いたい」
 ティナリとセノを筆頭に招待客の顔ぶれを指折り数えていたカーヴェの手首をアルハイゼンの手のひらが包んだ。アルハイゼンの四肢はどこもかしこも持て余すほど長いが、例に漏れず長い親指がカーヴェの手の甲でしずかに円を描く。
「フォンテーヌに送りたいと言ったら?」
 低い声が耳もとで響いた。誰に、と言いかけたカーヴェはとっさに口を噤んでアルハイゼンと視線を交わす。冗談ではなさそうだった。
……それはすこし会合の趣旨が変わるんじゃないか。海を渡って来てもらうほどのことでもない。この報せが国境を跨ぐかどうかはのちのち考えよう。いまは眼の前に集中したほうがいい」
 アルハイゼンは肩をすくめた。すくなくともカーヴェの意思は汲んでくれる気のようだ。
「そうだ、せっかく僕たちの都合で集まってもらうんだから、せめて料理は盛大で豪華なものにしてもらおう。ランバドにはいっぱい包んで誠心誠意お願いしないといけないな。それまでにいろいろ飲み比べて酒も用意して……もちろんアルコールを飲まないひともいるからおいしいドリンクもチェックしないとな」
「ついでに君は楽器の練習でもするといい。パーティに音楽はつきものだ」
「うん、悪くない。僕の腕は大勢に披露するようなものじゃないが、こんなことに楽団まで雇うつもりはないものな。よし、それなら君にも付き合ってもらうぞ」
「より大仰にするなら酒場を花で飾るのもおすすめだ。場を飾り立てれば飾り立てるほどなにが待っているのかと期待した出席者はいざそのときになっていっそう拍子抜けするだろう。席次表もあらかじめ用意しておくといよいよそれらしくなる」
 それもそうだな、とすっかりその気になって笑いながら、そのときカーヴェはふと気づいてしまった。紙質や加工まで主催者の美学が反映された連名の招待状、花で飾られやや拙くはあるが心のこもった音楽で満たされた貸切の酒場、贅を尽くした料理の並ぶ席次の定まったテーブル――それはまるで、
 カーヴェはこっそりとアルハイゼンを見上げた。派手にまなざしがかち合った。
 冗談ではなさそうだった。


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