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エビチリもひとりでは旨からず

全体公開 幻水 17 3732文字
2025-11-01 10:59:01

「星の祝祭7」Webアンソロ企画作品。お題は「食欲」若かりし頃のクリスとレオ殿。

 ゼクセン騎士団の本拠であるブラス城。橋上に居を構えるその砦の一角には、広々とした食堂が設けられている。内装は決して豪華ではないものの、厨房は広く設備も整っており、騎士や城内で生活する者たちの胃袋を支えている。
 食堂には朝昼夕とひっきりなしに騎士たちが出入りし、深夜までかまどの火が落ちることはない。料理の腕を奮うのは一流のシェフでこそないが、騎士たちの力になりたいと志願した者たちが中心となって温かな料理を提供し続けている。
 午前の訓練を終えた騎士レオ・ガランは、心地よい疲労感を携えて食堂に足を踏み入れた。
 食堂は今日も今日とて賑わっている。見渡す限り空席はほとんどなく、入団したての士官候補生からベテランの円熟した騎士までが混在して食事を摂っており、ガヤガヤとして騒々しい。
 ――グラスランド士族たちとの領土をめぐる紛争の再発から一年余り。長く続く戦いは停滞しつつあり、ここ最近は出陣も減りつつある。膠着状態ではあるものの、騎士たちの士気は悪くなく、それぞれの表情は活気に満ちている。
 レオは厨房横に設けられた注文カウンターに足を向けた。
「すまん、注文を頼む」
 喧噪にかき消されぬよう声を張って呼びかけると、厨房の手前で鍋の番をしていた顔なじみの女性が笑顔で応じてくれた。
「いらっしゃい。今日は少しゆっくりだね」
「うむ。ガラハド様との手合わせに熱が入ってしまってな」
「それは結構なことで。でも、訓練で無理しすぎちゃいけないよ。張り切りすぎて出陣前に怪我しちまう子たちを何人も見てきたからね」
 彼女はブラス城の城下町で生まれ育ち、長らくこの食堂に務めるベテランだ。レオが入団した頃から在籍しており、気安く言葉を交わす仲になっている。
「それで、今日はなんにする?」
「今日の定食はなんだ?」
「エビチリと肉団子だよ」
「む、それは迷うな」
 それはレオにとって非常に悩ましい二択だった。食堂では朝昼夜とで毎日二種類の定食メニューが提供されているのだが、そのどれもが絶品で迷いがちだ。訓練後の空腹状態に直面する選択となると悩みの深さはひとしおで、どちらも食べてしまいたくなる。午後の訓練に影響が出るためぐっとこらえるが、夕方頃には「もう片方も食べておきたかったな」と後悔することもあった。
 本日も非常に悩ましい。甘辛ソースのエビチリか、手ごねのジューシーな肉団子か。究極の選択である。
……うむ、今日はエビチリにするとしよう」
「あいよ。ご飯は大盛りでいいかい?」
「もちろん」と強く頷き、レオは流れるような足取りで食事を提供される厨房直結の窓口に移った。
 食事は程なくしてトレイに盛りつけられ、窓口から差し出された。鮮やかな赤色のソースが絡んだ大ぶりのエビチリを中心に、サラダ、スープ、大盛りの白米が載せられている。
 レオは胸を躍らせながらトレイを両手に持ち、改めて食堂を見渡した。腰を下ろせる席を探すためである。
 食堂内は相変わらずの混雑っぷりで、なかなか空席が見当たらない。――が、レオはふとに窓際の席に違和感を覚え、そこに視線を集中させた。
 込み合う食堂の中、窓際の一角だけがぽつんと空いている。四人掛けのテーブル席に着席しているのは、ただひとり。昼食時ではまずありえない光景だ。
 ――席に座っているのは、ひとりの少女だった。豪胆な騎士たちの食堂にはおよそ似つかわしくない細身の少女が、もくもくと食事を摂っている。混雑防止のために食堂では上座や下座を問わずとにかく空いている席に座るよう言い渡されている中で、ひときわ異様な光景だった。
 レオはトレイに乗ったスープをこぼさぬよう静かに足を進め、その空席のエリアに向かった。
「相席してもいいか?」
 テーブルを挟んだ少女の向かいに立ち、尋ねる。すると、少女は視線を片手に持っていた茶碗からレオに向け、はっと目を見開いた。
「あ、あなたは重騎兵隊のレオ様!」
 茶碗をトレイの上に戻し、反射的に立ち上がった少女は、遠巻きに見やった印象と同じく、細く華奢だった。だが、纏う衣服はゼクセン騎士団に所属する士官候補生および従騎士に配られるそれに相違ない。
 ――ゼクセン騎士団に初めて女の士官候補生が入団したという噂は、彼女の入団初日のうちに団内に広がった。もともと女人禁制という規則などないのだが、この五十年足らずの歴史の中で「騎士」という職を選択する女性は誰ひとりとして存在しなかった。その歴史を覆したのが彼女――クリス・ライトフェローである。
 かつて優秀な騎士として名を馳せたワイアット・ライトフェローのひとり娘。その出自と性別は、団内の注目を集めるには十分すぎる材料だった。
 クリスは緊張に顔を強張らせてレオを見上げる。一方のレオは、眼前の騎士候補の性別よりも、そのあどけない面差しに純粋な微笑ましさを感じていた。ガラハドから聞くには、確かまだ若干十三歳だったはず。
「空席がここ以外に見つからなくてな。失礼するぞ」
「も、もちろんです!」
 上ずった承諾の言葉にレオは頷き、テーブルにトレイを置いてどすっと椅子に腰を下ろした。
 改めてトレイの上に並ぶ本日の昼食を眺める。先ほど見たときと変わらぬ温かなエビチリ定食の姿に満足げな笑みを浮かべつつ、レオは箸を手に取った。
「座ったらどうだ? 食事が冷めてしまうぞ」
「は、はいっ」
 そのまま棒立ちになっていたクリスに声をかけると、はっと我に返った少女は言われるがままに着席した。
 周囲からなんとも言えない視線が集まっているのを感じる。しかし、レオはまったく気にすることなくスープを啜った。程よい塩味と野菜の出汁が溶け合ったコンソメスープが、疲れを癒してくれる。
 それを見たクリスも、戸惑いは残しつつ、中断していた食事を再開した。
……ん?」
 その様をちらと眺めながら、レオはあるものに気づき、目を見張った。
「あの、なにか……?」
 じっと凝視すると、その視線に気づいたクリスがおずおずと尋ねてくる。
「いや、定食のおかずを肉団子にするかエビチリにするか悩んだものでな」
 ――そう、クリスが食べているのは自分が選ばなかった肉団子定食だったのだ。
 ひとつひとつ丹念にこねられたひき肉の団子には、白米が進むあんかけがたっぷりとかけられている。その魅力的な姿に、レオはごくりと唾を呑んだ。決してエビチリが食べたくないわけではない。だが、隣の芝生は青いように、隣の肉団子もまた魅力的なのだ。
「やはり、肉団子もうまそうだな」
「えっ」
「今日の定食はひときわ選択に悩んでな。エビチリも良いが、肉団子も捨てがたかった」
 レオは語る相手が一回り以上も年下の騎士見習いであることも忘れ、しみじみと語る。
「夜になればまたメニューは変わるし、毎日悩みは尽きないのだがな。いや、変なことを言ってすまない」
……あの、よろしければおひとついかがでしょうか?」
「なに?」
 真摯な眼差しでこちらを見据えるクリスが、肉団子の乗った皿をす、と差し出してくる。皿の上にはごろんとした肉団子が五つ、魅惑の眼差しをレオに送っている。
――良いのか?」
「もちろんです」
「午後からの訓練は大丈夫か?」
「ひとつ食べられなくてもどうってことありません。ご飯も大盛りにしましたし」
 至って真剣な言葉が返ってくる。見やると、茶碗の白米はすでに半分ほどは平らげられているが、レオと同じく大盛用のサイズだ。――うむ、この少女、素質がある。
「では、ありがたくいただこう。代わりと言ってはなんだが――
 言いながら、レオは自分のエビチリの皿を差し出し、肉団子の皿と並列に並べた。
「俺のエビチリもひとつどうだ」
「い、いいんですか?」
「当然だ。むしろ、これで正しい交換が成立する。育ち盛りの騎士見習いからおかずをもらうだけでは、な」
 言うと、少女の瞳が見開かれる。直後、やんわりとした笑みが象られた。張り詰めた表情から一変した、実に子供らしい笑顔だ。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて……
 きれいな所作で箸を伸ばしたクリスが、エビチリをひとつとらえ、茶碗を片手に頬張る。一度、二度と咀嚼すると、その顔は満悦に満ちたものに変わった。
「おいしいです」
「ああ、やはりここの飯は最高だな」
 言いながら、レオもクリスの皿から肉団子をひとつ頂戴し、口に運んだ。甘酢のあんかけと、肉質感たっぷりの肉団子の味が口内にじわりと広がった。
「うん、うまい。今日は両方のおかずを食べられて、良い日だな」
「はい」
「午後からも訓練に励めよ。期待している」
……ありがとうございます!」
 歯切れの良い返事と共にクリスは頷き、レオも満足げに笑んだ。唖然として眺める周囲の騎士たち視線は、もはや気にもならなくなっていた。
 ――それ以降、食堂の窓際の席でおかず交換をするふたりの姿は頻繁に見かけられるようになった。食堂で働く者たちはその微笑ましい姿に心をつかまれ、少しだけ、ふたりに盛るごはんの量を増やすようになったという。


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