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錦秋の街にて

全体公開 幻水 10 3087文字
2025-11-01 11:25:15

「星の祝祭7」Webアンソロ企画作品。お題は「紅葉」ゲームエンディング後のボルスとロラン。

 ブラス城にその年の秋で一番の木枯らしが吹きつけた日。
「お前ら! 落ち葉で遊ぶんじゃない!」
 冬隣りの澄んだ空気を劈くような声が、城下町に響く。
「山になっていたのにぐちゃぐちゃじゃないか!」
 追い打ちをかけるように怒号が放たれるが、道行く人々はくすくすと笑むばかり。見張りとして門前に立つ兵士も、ヘルムの合間から送る視線は穏やかそのものだ。
「おい、聞いているのか!?」
「きゃー! ごめんなさーい!」
「逃げろぉー!」
 怒鳴られた子供たちと言えば、反省どころか怒られるのも遊びの内のひとつといった様子で、満面の笑みを綻ばせて散っていく。
「もうするんじゃないぞ!」
「はあーい!!」
 きゃっきゃと甲高い声を上げて離散する子供たちの背に向けて、騎士ボルス・レッドラムは叫ぶ。子供たちは元気に応えるも、足を止めることなく次の遊び場を求めて駆けていった。
「まったく……
 ボルスもそれ以上追うようなことはせず、振りかざしていた拳をやれやれと下ろして腕を組んだ。野暮用で城下に出るなり子供たちのいたずらを見かけて思わず声を上げてしまったが、今日は非番だ。危険なことさえしなければ、これ以上子供たちを追及する必要もない。
 横目に見た先には、子供たちによって盛大に崩された落ち葉の山“だったもの”。城下の住人たちが丁寧に掃いて山にしたと思しき赤々とした落ち葉は晩秋を迎えるブラス城下につきものの存在だが、散らかりっぱなしは景観としてよろしくない。通例では道具屋の主人あたりがこれを燃料に芋でも焼き始め、終わりと同時に捨てられるのだが、実現するにしても改めて掃除をする必要がありそうだ。
「うわっ」
 不意にびゅう、と強めの風が吹き、ボルスは思わず顔を下に向ける。この時期特有の木枯らしは強く、冷たい。落ち葉だけでなく民家に干されているシーツを容赦なく巻き上がらせ、奔放に舞って去っていく。
 ――まるで、風に遊ばれているようだ。思いながら顔を上げると、舞い上がった紅葉は城下のメインストリートにまで及び、石畳の上にうっすらとした絨毯のように広がっていた。
「これでは掃除もひと苦労だな」
「新兵の訓練にはちょうどいいでしょう」
 ひとりごとのつもりが、背後から返事が降ってくる。自分よりも高い位置からの視線を感じ、ボルスは振り向きつつ目線を上げた。
「ロランか」
 いつの間にか後ろに立っていたロランは、目が合うなり軽く会釈する。そこに特筆する表情こそないものの、ボルスは気心知れた相手の登場に声を弾ませた。
「見回りか?」
「ええ、事務仕事の息抜きに散歩でもと」
「そうか。しかし、新兵の訓練にするというのはいいアイデアだな」
 ボルスは再び落ち葉の絨毯に目を向ける。往来する人に蹴られ、踏まれ、その範囲は更に広がり強固なものとなりつつある。湿ったブーツに踏まれようものなら、剥がすのはひと苦労だ。良い足腰の鍛錬になるだろう。
「最近はどこの部隊の兵も気抜けしているしな」
「ええ。平和なのは良いですが、たるむのは違いますからな」
「まったくだ」
 呼応して頷く。
 ――ティント共和国と領土を巡ってのひと悶着が収束してからしばらく、戦後処理を終えたゼクセン騎士団の兵たちにはすっかり平穏が戻っている。数か月に渡って広がっていた緊迫から一変、穏やかさを取り戻しているのはいいことだが、いまひとつ兵たちの締まりがないのも事実だ。訓練に身が入っていない者、寝坊、さぼりを繰り返している者もいると聞く。騎士としてゼクセンの盾であるならば、平時こそ気を引き締めなければならない。ここ最近で、ボルスが強く感じていることであった。
「よし、城に戻って新兵たちの尻を叩くとするか」
「ですが、ボルス殿は非番では。用事があったのではないのですか?」
「ん? ああ、大したことでもないから明日でもいいさ。ロランも兵の声かけにつきあってくれるか」
「もちろんです。――ん?」
 ボルスが踵を返して城内に向き直ると、声かけに応じたロランが何かを見つけたような声を上げる。
「ボルス殿」
「どうした?」
「頭に落ち葉が」
 呼び止められて振り向くと、ロランは手を伸ばし、ボルスの頭頂部あたりに触れる。そうして差し出されたのは、地面に敷かれたものと同じ、一枚の紅葉だった。恐らく、先ほどの木枯らしのいたずらで絡まったのだろう。
「ああ、すまない」
「いえ」
 短いやり取りを交わしながら、なんとなく差し出された落ち葉を受け取ってしまう。
……
 落ち葉の柄の部分をつまみ、くるくると遊ばせながら、ボルスはその先に立つロランをまじまじと見つめ――否、見上げた。
 ――その背丈は、目を見張るほどの長身だ。騎士団の中には上背のある騎士も数多いが、恐らく現在はロランが団内で一番の高身長だろう。従騎士時代に初めて対面したときは強い羨望を抱いたものだ。……いや、正直なところ、今も羨ましくはある。
……もう少し、伸びると思ったんだがな」
 ぼそりとつぶやきながら、無意識に己の頭に手を触れて軽くさする。
 ボルスとロランの背丈は、頭ひとつ分以上の差がある。子供の頃から背を伸ばすためにずいぶんいろいろと頑張ってきたのだが、残念ながらこれ以上差が縮まることはないだろう。なかなかつらい現実だ。
「ロランに並びたい」とないものねだりを言うつもりはない。――だが。
「せめて、サロメ殿くらいまで伸びていればなあ……
 我らが副団長の姿を思い浮かべながら、本音をこぼす。一方のロランといえば、聞こえていなかったのか特に反応するでもなく、無表情でこちらを見下ろしている。
……ん?」
 ふと、ボルスは違和感に気づく。ロランの右の前髪あたり、特徴的な薄紫色の髪に紅い葉が飾りのようについていたのだ。
「ロランの頭にもついてるぞ」
「おや」
 ロランは表情を変えぬまま、右手をこめかみあたりにあてがう。
「もうちょっと上だ」
「ここですか?」
「違う。もっと右だ」
 ロランの長い指先は、絶妙に落ち葉に触れずさまよう。ボルスはもどかしさに手を伸ばしたくなるが、あいにく絶妙に届かなさそうな高さだ。
「もっと。もっと横だ!」
「どこですかね」
「お前、わざとやってないか!?」
「まさか。……あ」
 ようやくロランの指が落ち葉をとらえ、はらりと地面に落ちる。一枚の落ち葉は足元に敷き詰められた他の落ち葉に紛れ、もはやどの葉であったかもわからなくなってしまった。
「取れましたか」
「ああ……
「ありがとうございます」
 言いようのない疲労感に包まれ、ボルスは脱力する。すると、ロランはそこでようやくうっすらと笑んだ。
「なんだ」
「いいえ。少し昔を思い出しただけです」
「昔?」
「ええ、以前もボルス殿に似たような眼で見上げられたな、と」
 ――以前。それがいつの頃合いを意味するのか、ボルスには皆目見当がつかなかった。ただ、自分を眺めるロランの双眸が、嫌味はなくともやけにむず痒く感じるものであることはよくわかった。
「なんだか知らんが、もう行くぞ! 掃除をさせる兵は――十人もいればいいか」
「ええ。退屈していそうな兵に声をかけましょう」
「よし、そうと決まれば戻るぞ!」
 ボルスの号令にロランは頷き、今度こそ共に歩みを進めた。
 びゅう、と強い木枯らしが再びブラス城に吹きつける。風は石畳の地面に敷かれた落ち葉を更に巻き替え、先ほどよりもより複雑な模様の絨毯を描く。
 冬は、もうすぐそこだ。


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