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ライトフェロー家執事日記

全体公開 幻水 5 2112文字
2025-11-01 14:32:06

2026/3/20の赤ブー幻水オンリーイベントで発行したいパークリ本の冒頭文。
ほぼネタ出し的な感じなのでいろいろ変わる可能性大です。ちなみに、冒頭にはふたりとも出ていません。

 太陽暦四七七年、十一の月。
 庭先の植物に霜が降りたと、ステファンから報せが入る。ここのところ冷え込む日が続いていたが、いよいよ冬の到来が近づいていることを実感させられる。
 長らく庭の手入れを務めているステファンにとっては心寂しい季節が始まるが、今年の彼はいつもと少し様子が違う。「春まで庭いじりもお預けか」と嘆きつつも、プランターを片づける表情は緩んでいて、どこか楽しげだ。彼と共にこの屋敷を守り始めて二十年余り経つが、ここまで嬉しそうな彼を見たのは久しぶりのように思う。
 なにか嬉しいことでもあったのか。そう尋ねると、ステファンは少し照れたような面持ちで頷き、「実は、旦那様と遠乗りに出ることになりまして」と教えてくれた。それで、合点がいった。
 二十数年前にステファンが当時の主人に連れられてやって来たのは、馬車で主人を運ぶための「御者」としてだった。当時、ゼクセン騎士団の馬房を管理する者として務めていたステファンが団内のいざこざに巻き込まれて職を失い、路頭に迷っていたところを当時の主人――現当主の祖父が手を差し伸べたのが始まりだったという。私とステファンが出会ったのもその時で、当時はぼんやりとしたマイペースな性格に気をもむことも多かったが、今や気の置けない頼れる存在である。
 家にやってきてからというもの、ステファンは御者として務めを長らく果たして来たが、現当主の代になり、状況に変化が訪れた。当主がゼクセンの騎士に志願し、ブラス城に移って留守がちになったことによって、彼の仕事は激減してしまった。それでも、彼は職を辞することはせず、新たな試みとして、屋敷の庭をいじるようになったのである。
 花を愛した現当主の母が病死してから殺風景だった庭先は、ステファンの手により見事に蘇り、咲き誇る花々は街に住む者たちの評判にもなっている。馬だけでなくガーデニングの才も持ち合わせていたことを称賛すると、ステファンははにかみながら喜びを滲ませていた。
 庭師としても優秀なステファンだが、それでも本職は「馬」だ。そんな彼が、旦那様と遠乗りに出るのは望外の喜びであろう。
 ――現当主のクリス様が旦那様を屋敷にお連れしてから、一週間。久しぶりに加わる新たな家族に、屋敷は沸きに沸いた。前回のワイアット様の時はご結婚前から住み込みをされていたために大がかりな準備は不要だったが、今回は満を持しての受け入れだ。手続きやら何やらで、日々は瞬くうちに過ぎていった。
 そうして、ようやく少し落ち着いたところでの遠乗りの誘いなのだろう。「馬」を愛するステファンにとって、旦那様は以前から憧れの存在だったという。齢としては当然年下ながら、旦那様が引きつれてきた愛馬の素晴らしさと、その馬の世話を任せてもらえる誇りに、初日から涙を流していたほどだ。「生きていてよかった」と振り絞るようにつぶやいた彼の声が、今も忘れられない。
 旦那様――パーシヴァル様は、噂どおりに聡明な方だ。貴族の出ではないとはいえ、若くして騎士団の一部隊を預かる長になり、国内でもその名に焦がれる者は多い。名声に奢り気取ることもなければ、出自を過剰に自虐するでもない。それでいて、私たちに気さくに接してくださる様は、どこか先代の人柄を思わせる。似ているかといえば決してそうでもないのだが、距離を感じさせない心地よい雰囲気に懐かしさを感じるのも事実だ。
 お迎えするまでは当然ながら不安もあったのだが、今ではお嬢様に良き人が現れた喜びしかない。私も老体になり、引退の文字が見え隠れし始めている頃だが、誠心誠意、仕えたいと思う――
「お父さん!!」
 バン! と激しくドアが開かれ、私は日記に走らせていたペンを止めた。突然の声に驚いて文字を間違わなかったのは、奇跡である。
「騒がしいですよ、リネット、それに、仕事の最中は父と呼ぶのはやめるよう言ったはずですが?」
「あ、す、すみません、執事長!」
 リネットは私の娘であり、今年からメイド見習いとして屋敷に住み始めた新米である。体の衰えにより、ひとりで屋敷を切り盛りするのには限界が来ていたため、娘の志願は大変嬉しいものではあったのだが、いかんせん、まだまだ未熟だ。
「どうしたのです、そんなに慌てて」
「あ、あ、そうだった! あのね、いや、あのですね、大変なんです!」
 まだ致命的なミスは犯していないものの、娘はそそっかしい。ここ最近では見たこともない慌てように、一抹の不安が募る。
「落ち着きなさい。一体なにがあったというんですか」
 ペンをデスクの上に置き、リネットに向き直る。娘は肩で息をしながら、両手をぎゅっと握り締めている。恐らく、ここまで走ってきたのだろう。
「そ、それが、旦那様が……
「旦那様が?」
「旦那様が、枯れたお庭の掃除をしちゃってるんですう!」
 リネットの悲鳴に似た声が、屋敷に響く。私はその言葉に耳を疑い、硬直してしまった。
 私はフィリップ・オルブライト。ライトフェロー家に長く務める執事長である。
 これは私が見守る家族の物語。私が見届ける、最後の家族の物語である。


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