@psychic_eclipse
『君のいる場所に』
「ケイ! これは僕からの挑戦状です!」
仕事を終えた更衣室で、シリウスの馬鹿でかい声が響き渡る。
俺は慌てて周囲を確認したあと、人影のないことに安堵して息を吐いた。
「お前な……勝手に喋るなって言ってるだろ」
「ぴえん! ちゃんとお仕事が終わるまで待ってたじゃないですかぁ~」
「それは進歩だけど……んで、挑戦状ってなんだよ」
勝手についた携帯画面を覗き込むと、ひらがなが沢山並んだ大変読みづらい文章が表示されていた。
「なんだこれ? したしからしはししすしぃ……?」
「暗号です! ケイのレベルに合わせて、難易度は小学生レベルに落としましたよ!」
「喧嘩売ってんのか……」
適当にスクロールしていくと、一番下に省電力シリウスがポーズをとっているイラストが表示されている。
恐らくこれがヒントということだろう。よくあるやつだ。たぬきのたの字を抜くと本来の文章が浮かぶみたいな。
となると、シリウスの頭文字のしの字を抜けばいいのだろう。
そう思って見返すと、確かにしの字が異様に多い文章だった。
「た……から、は、すばる、の、へやのつくえの、ひきだしに、あり……かな」
「凄いですケイ! 天才ですか!?」
「小学生レベルって言ったのお前だよな?」
大袈裟に手を叩くシリウスに適当に相槌を返しながら、私服に着替えて帰路につく。
何故唐突に宝探しが始まったのかはよく分からなかったが、こいつの提案が突拍子もないのはいつものことだし考えても仕方ないだろう。
「勿体付けといて、結局家に向かわせんのかよ」
「はっ! 遠いところに隠すべきでしたか?」
「いや、それはもっと面倒くさいからいい……」
マンションに着き、七階までの階段をだらだらと上る。
最初はエレベーターがないことに不便さを感じていたが、慣れればどうってことはない。
(スバルは未だに毎回ぜーぜー言ってるけど……)
「ただいまー」
「おう、おかえり」
家の扉を開けると、同居人のスバルが居間から顔を出した。
この時間だと大体夕飯の香りがするのだが、今日はまだ調理に入っていないようだ。
また何かの作業に集中していたのかと思ったが、パソコンを触っている様子はない。
ひとまず暗号の答えを確認してみることにして、本を読んでいたスバルに声をかけた。
「ちょっと部屋入っていい?」
「暗号は無事解けたみてーだな。感心感心」
「スバルも噛んでんのかよこの遊び……」
「当たり前だっつの。体のないそいつが現実で何か隠せるわけねえだろ」
「そりゃそうか」
「えっへん!」
「褒めてはないし……」
許可もしていないのに勝手に映像投影モードになっているシリウスを通り過ぎ、スバルの部屋にお邪魔する。
暗号にあった机の引き出しを開けると、そこには綺麗にラッピングされた包みがあった。
それを見て、もしかしてと思い当たる。
「……これ、俺の誕生日プレゼント?」
「遅いですよぉケイ! 今気づいたんですかぁ!?」
「いや、だって誕生日来週だし」
「仕方ありませんよ……あちらの都合がつく日が今日しかないらしく――」
「あちらって?」
「早く開けてくださいよぉ! 僕からのプレゼントですから!」
「あからさまに話をそらされた」
引っかかるワードがあったものの、貰えるものは普通に嬉しいのでスルーする。
そのままできるだけ丁寧に包装紙を開けると、手のひらより少し大きいくらいの携帯ゲーム機が入っていた。
「あ、ゲーム機。でも見たことない形だな……」
「ジャンク品に色々とソフトをインストールしておきましたから、今は絶版になったレアなゲームも遊べますよぉ~」
「あんまり外には持ち出さない方がよさそうだ……」
シリウスが自分で作ったのだろうか。多分スバルが協力しているのだろうが、詳しく聞くのも野暮だと思った。
「まあでも、嬉しいよ。ありがとシリウス」
「えへへ、喜んでもらえてよかったです! おまけとして、僕のソロライブの視聴権利もお送りします! 回数はケイ限定で無制限ですよ!」
「うーん、それはまあ……うん、壁が分厚いところで使おうかな」
どんなに歳をとっても、祝ってもらえるのは嬉しいものである。
貰ったゲーム機を自分の部屋に置いてくると、今度はスバルに封筒を渡された。
「なにこれ」
「次の暗号だよ。こっちは俺からのプレゼントな」
「スバルまでやんのかよ……」
「まあ付き合いってやつだ」
ほれ、と渡されたのは、新しい上着だった。
ここ数年は同じものを使いまわしていて、肘のところが薄くなっていたのが気になっていたのに気付いていたのだろうか。
着ているものを脱いでそれを着直すと、スバルがちょっとだけ笑ったのが分かった。
「うわ、あったか! 最近寒くなってきたからちょうどいい! ありがとな、スバル!」
「おう。そんじゃそのまま着て次の隠し場所に向かえよ」
「へっ!? 俺の夕飯は!?」
「宝を見つけ終わってからな」
「食べてからでもいいじゃんかぁ」
俺の誕生日のサプライズイベントだということは理解していたが、労働後の空腹に抗えないのは許してほしい。
ぶーぶーと文句を言ってみたが、スバルは頑張れよーと他人事みたいなエールを残してさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
「こうなったら……速攻で暗号を解くしかねえな」
「その意気です! ケイ! がんばれがんばれ、がんばれー!」
「……また訳わかんねー言葉だな……。これも頭文字を抜けばいいのか? でも、これは絵が描いてないし……」
今回の暗号には漢字や数字も混じっていて、シリウスの出してきた暗号よりレベルが高そうな感じがする。
縦から読んでみたり、適当に文字を飛ばしてみたりしたが、どうやっても意味のある言葉にはならなかった。
「い、一気に難しくなったんじゃねえか……?」
「レベル的にはそうでもないんですけどねぇ」
「シリウスは分かったのかよ」
「えっへん! 僕は優秀なAIですからね!」
「ヒント! ヒントちょうだい!」
「もうですか!? まだ考え始めて2分20秒しか経っていませんよ!?」
「腹減ってんだよこっちは……!」
俺の剣幕におされたのか、シリウスが仕方ないですねぇと大袈裟に肩を竦めた。
なんかムカついたが、長くなるのも嫌なので我慢する。
「ヒントです! 紙がそのままでは読めませんよ~」
「そのままでは……? あー、火で炙ってみたら文字が出るとか?」
「ケイはコンロの使用は禁じられていますから、炙り出しの選択肢はありませんね」
「作ったのがスバルだから、火だと思ったんだけどなー」
暗号の紙をひっくり返したり電気に透かしてみたりしながら考えていると、ふと思いついて机に向かった。
そのまま折り紙の要領で紙を折りたたみ、一つだけ折り方を知っている星を折った。
そうすると、ちょうど星の尖った部分の表面に『西区珈琲店』という文字が出現する。
「お見事! 正解です~!」
「やったぁ! メモの紙が正方形で折り紙っぽいなぁと思ってさ」
「こんな複雑な折り方、よく知っていましたね?」
「逆に俺、これしか知らないし。スバルにも昔折り方教えてあげて――」
まあ、それ故にこの形の暗号になったのだろう。
確か子どものころに父さんに教えてもらって、それをそのままスバルに自慢しに行って、一緒に沢山の星を折った。
完成した大量の星をよりにもよって接着剤で壁中に貼りまくって、母さんに怒られたのはいい思い出だ。
「ケイ? 解けたなら行ってみましょうよ!」
「……あ、うん、そうだな」
シリウスに促され、一度置いた荷物を持ち上げる。
スバルに一言断ってから、俺は再度マンションの外へと出かけた。
「西区のコーヒーショップ……そういえば一軒だけあったなぁ。入ったことないけど……」
コーヒーなんてぜいたく品は、この西地区ではあまり流行らない。
中央地区にはもっとオシャレなカフェがあるが、そちらと比べたらいつもガラガラな印象の店だった。
まあでも何か意味があるのだろうとそのコーヒーショップを訪ねると、扉を開けた瞬間見知った顔の人物と目が合った。
「おや、ヨルシカさん。予想より早かったですねぇ」
「いっ!? み、ミカゲさん……!? ミカゲさんも絡んでんの!?」
「僭越ながら、参加させていただきました」
「ってことはリヒトも……」
「当然でございます。坊ちゃんのご都合に合わせていただいたようで、感謝いたします」
「なるほどぉ……」
となると、シリウスがさっき口を滑らせた『あちら』が誰のことかにも納得がいく。
ミカゲさんもリヒトも忙しいだろうに、俺のために時間をとってくれたと思うとなんだかむず痒い気持ちになった。
「こちらがヨルシカさんへのプレゼントになります」
「あ、ありがとうございます……。えっと、開けても……?」
「中身は現金ですので、治安の悪いこの場ではおすすめしませんが」
「現金……」
「一番効率的なプレゼントだと思いませんか?」
たしかにある意味大変効率的な、ミカゲさんらしいプレゼントといえばプレゼントだろうか。
ありがたくいただくことにしてポケットに封筒をしまうと、ミカゲさんがにこにこと微笑んだまま続けた。
「ではこちら、ご要望いただきました暗号でございます」
「ご要望はしてないけど……」
続けて渡されたのは、巻物のように巻かれた一枚の古紙だった。
それを開くと、夜空を思わせる星座図が紙いっぱいに描かれていた。
「星座の絵……?」
「ご明察通りです。流石、お詳しいですねぇ」
「好きなだけでそこまで詳しくはないけど……えっと、これがオリオン座で……こっちがわし座で……なんか、夏の星座と冬の星座がごっちゃになってるな……? 形が違う星座もあるし――」
多分そういうものが暗号を紐解く鍵になるのだろう。
星関係の暗号なら、俺でも解けるような気がする。
今の時期には見えない星を隠してみたり、位置が違う星座を繋いでみたりしていると、なんだかワクワクした気持ちになった。
「分かった! 間違った星を塗りつぶして、それを線で繋ぐんだな! えーと、ご、ご……そくろう……? かけるが、ダイイチ、ドーム、まで……おこしいただきたい……?」
「素晴らしい。難易度が高くて難しいのではないかと思っていたのですが、坊ちゃんが言った通り……問題ありませんでしたね」
「これってリヒトが作った暗号なのか?」
「ええ。どうせなら楽しんでほしいと、色々と調べていらっしゃいましたよ」
「そっか……」
忙しいだろうに、俺の誕生日のためにそんな風に準備してくれたことを知り、胸がじんわりと温かくなる。
星の線を繋いで出たメッセージを再度見つめて、また嬉しいようなむず痒いような気持ちになった。
「さて、では参りましょうか。アカツキさんも拾っていく手筈になっていますので」
「え? え? なんで?」
「行く前にこのコーヒー、よろしければどうぞ。口はつけておりませんので」
「飲まないのになんで頼むんだよ……」
「場所をお借りしたお礼ですかねぇ」
勿体ないのでコーヒーはいただいて、スバルと合流してから地下鉄で第一ドームに向かった。
そのままミカゲさんに案内されてリヒトの家を訪ねると、扉を開けた瞬間――ぱんという破裂音と共に色とりどりの紙吹雪が舞う。
「うえ!? な、なんだよ、これ……」
「む、日本ではサプライズにクラッカーを使うと聞いたのだが……間違っていたか?」
「間違ってはない……けど、リヒトがそういうの持ってるの、なんかちょっとイメージが……」
「よく分からないな。……よく来てくれた、遠かっただろう?」
「ううん。ゲームみたいで楽しかったよ。暗号、リヒトも考えてくれたんだろ? ありがとな」
「楽しんでもらえたならよかった。……それと、これは私からの贈り物だ。貴方は何が喜ぶだろうと考えたんだが……」
「なんだろ。開けていい?」
「ああ」
リボンのついた包みを開けると、その中にまたいくつかの小さな包みが顔出す。
そのうちの一つを開けると、植物の種が入っていた。
「それは小松菜の種だ。そっちはオクラとトウモロコシ。かぶの種も手に入ったから――」
「マジで嬉しい……! 食べられる種って全然手に入らねぇから……!」
「……! 喜んでもらえただろうか」
「もちろん! ありがとう、リヒト!」
「……なんだか僕らの中で一番喜んでませんかぁ?」
「別に優劣つけるもんではねーだろ、そういうのは」
「つけますぅ~! 僕が一番ケイを喜ばせる存在でいたいのにー!」
「あっはっは。ヨルシカさん大人気ですね~」
様子を見守っていたスバルたちが、なんか三人で盛り上がっている。
そちらに気付いたらしいリヒトが、はっとしたように表情を引き締めごほんと咳払いをした。
「そうだ。ささやかだが、祝いの食事を用意している。よければ食べていってくれ。スバル・アカツキもな」
「あ、あー! それでスバル、今日ご飯作ってなかったのか! 台所にすら立ってなかったから変だと思ったんだよ!」
「ま、そういうこった。事前にお前の好きなもん、色々聞かれてたからな」
「ミカゲの料理は美味しいぞ。期待してくれていい」
「光栄ですねぇ」
「わーい! 俺腹ぺっこぺこ!」
思いがけない賑やかな食事には、シリウスの歌うバースデーソングが響き続ける。
何度も告げられるおめでとうの言葉に、俺は心底――幸せだなぁと思った。

END
Illust:水縹ソウ
SS:イチハ