@xxxyueyunxxx
その日は日曜日であった。
日曜日といえば、大多数の会社員は仕事が休みである。それは黒木嵐――魔族のランフォードも同様であった。
秋も深まるそんな日、ランフォードは自室のベッドで幸せそうな顔をして眠っていた。起きる時間も忘れて。日曜日も一応目覚まし時計はかけているのだが、その目覚ましを止めての二度寝である。贅沢といえば贅沢な、時間であった。
時計の短針が十一を指したそのとき、部屋のドアがそっと開いた。するりと入ってきた人影は、ランフォードの姿を見つけると小さくため息をつく。
「……こんなことだろうとは思ってましたけど」
額に手を当てた切れ長の瞳を持つ女性、サティナは、ランフォードの眠っている横に音も立てずに立った。呆れ返ったような顔をして。
「こんなに心地よさそうな顔をしていたら、起こすのも忍びないけど……流石に時間がね」
ひとつまたため息をつくと、サティナはランフォードの鼻を容赦なくつまんだ。
「……むぐぐ、何だね?」
「起きて下さい、ランフォード。何時だと思っているんですか」
「……そ、そんな時間かね……?」
ランフォードは寝ぼけ眼で起き上がる。側に立つ妻の姿を目にすると、寝乱れたパジャマの胸元をなおした。
「目覚ましはまだ鳴っていないと思うのだけど」
「無意識に止めたのではないですか? 今の時間はもう十一時です。いつまで寝ていらっしゃるのです?」
ランフォードはぼんやりした瞳で枕元の時計に手を伸ばし――今の時刻を確認すると、飛び上がった。
「ほ、本当だよ! もう十一時を回っているじゃないか!」
「そんなところで嘘はつきません。――昨晩、遅くなってからジェフ様のところにお出かけになったのは存じておりますが、いつお帰りになったのですか。私が気付かなかったということは、相当遅かったのでは?」
図星である。昨夜遅くにジェフのところへ出かけ、共に星を眺めて、その後酒を酌み交わしたのだ。帰宅したのは、そろそろ空も白み始めようかという刻限であった。――サティナは怒っていても、ジェフに敬称をつけるのは忘れないのだね。他部族の長であるジェフにいつも敬意を払うのを怠らない妻を、こんなときにも誇らしく思った。
「三度寝はしないで下さいね、ランフォード。いい加減身支度をして、朝食にして下さい。もっとも、この時間ではブランチですが。それと、ご帰宅はもう少しお早めに。ジェフ様にもご迷惑がかかります」
「わかったよ、サティナ。今度からもう少し気をつけるよ」
サティナは来たときと同様に、そっと部屋を出て行く。ランフォードは立ち上がると、クローゼットから服を取り出して身支度をはじめたのであった。
――さて、そんなランフォードの相手をしていたらしいジェフはどうしていたのか。
自営業には日曜日も何も関係が無い。よって、今日もジェフの店『清遊堂』は休みではなかった。
(……頭が……)
いつもの椅子に座りながら、ジェフは頭を抱えていた。明け方近くまでランフォードと飲んでいて、そのまま寝ないで店に出ていたのだ。――寝てしまっては、開店時刻に店を開けられるか自信が無かったから。
一日くらい、眠らずにいても大丈夫だろう。そう高をくくっていたのだが、予想以上に辛い。人間に『擬態』している身では、魔族本来の姿でいるときのようにはいかないようである。
――気付けば、意識は完全に落ちていた。ジェフは座ったままこっくり、こっくりと船をこいでいる。普段眠るときよりもどこか幸せそうな顔をして眠るジェフは、清遊堂の少し重い扉が開いたのにも、全然気付かなかった。
開いた扉から入ってきたのは、小さな人影。栗色のお下げ髪を揺らして店に入ってきた少女、朝恵はジェフの姿を目にしてきょとんとしたようであった。その手には回覧板を持っている。
「おにいちゃん」
小さな声で、朝恵が呼びかけてくる。それでも、ジェフが目覚める様子は無い。
「……どうしよう。おこしちゃっても、いいのかな……?」
朝恵は一歩一歩、ジェフの方へと近づいてきた。朝恵が前に立っても、ジェフは目を覚まさない。
回覧板を渡さないと。何となく、気持ちよさそうに寝ている相手を起こすのは悪い気がしたが、朝恵は起こすことにした。大きな手を揺らしながら、そっと呼びかける。
「おにいちゃん。……こんにちは」
「……んん……朝恵ちゃんか……?」
ジェフの鋭い瞳がゆっくりと開く。目の前に気がかりそうな表情の朝恵が立っているのがわかると、一発で目が覚めた。俺様は……朝恵ちゃんが近付いたのにも気付かず、眠っていたというのか……!
「……悪かったな、朝恵ちゃん」
「ううん。わたしはだいじょうぶ。おにいちゃん、しんどいの? しんどいなら、休まないといけないよ」
しんどい――のだろうか。ただ、睡眠が足りていないというだけなのだが。
「朝恵ちゃんの用事は、もしかしてその回覧板か?」
「うん。かいらんばんが来たから、もってきたの。――はい、おにいちゃん。ここにおいておくね」
朝恵がジェフの仕事机に、回覧板を乗せる。中身を確認しないと――ジェフが回覧板に手を伸ばすと、その手を朝恵の小さな手に止められた。
「それはあとでいいと思うの。お母さん、いそぎだって言ってなかったから。おにいちゃんは、少し休んだ方がいいって、わたしは思うの」
朝恵の大きな黒い瞳が、ジェフを見つめてくる。ジェフのことを気遣ってくれているのが、それだけでよく分かった。
「――分かった。少し休もう。だからそんなに、心細げな顔は、しないでくれ」
「そうしてね、おにいちゃん。――おにいちゃん。わたし、何かお手つだいできる? おにいちゃんが休んでいるあいだのお店ばんなら、できると思うよ」
多分、この店に誰か来ることは無いと思うが――ジェフは自然と微笑んでいた。
「それなら、朝恵ちゃんに頼もうか。この時計が十二時になったら、奥に俺様を起こしに来てくれ。十二時にならなくとも、店に客が来たら呼びに来てくれたらいいからな」
「――はい!」
ジェフは奥の部屋へと向かう。振り返ったら、朝恵がいつもジェフの座っている椅子に座って、店を見つめている背中が見えた。
――おやおや、ふたりのねぼすけさん。
夜ふかしは、ほどほどにね。