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【舎花】拝啓、太陽のキミへ。①

全体公開 鋭百 2861文字
2025-11-08 22:28:28

舎花(鋭百)です。
花さん病弱、トキアサくんが双子の弟の独自設定あります。

Posted by @aki_051354

 拝啓、太陽のキミへ。
 こうして手紙をしたためるのはちょっと照れくさいなぁ。でも、別にキミに見せるわけではないし、気ままに書きます。
 これは僕とキミが出会った記録のようなものだから。
 キミと出会ったのは春先の、まだ少し冷たい時期だったね。
 あの時のキミがあまりにも当たり前に話しかけてくるものだからびっくりしました。裸足で座り込んでいる僕を心配してくれたキミがどれほど優しい人間なのかを知ることが出来て、キミに出会えてどれほど幸せなことだっただろうか――
 ……あの日、キミに出会わなければ、僕は今もあの家だけが僕の拠り所だったかもしれないと思うと、少しだけ怖い。

◆◆◆

 ――これは、一真が花と出会った日のことだ。
「っくし!」
 春先といえどまだ肌寒い。ムズムズする鼻を擦りながら緋色一真は人気の無い道を突き進んでいた。一見チンピラにしか見えない格好の彼も、実の所ただのしがない探偵の助手である。――歩く姿もチンピラにしか見えなくても、探偵の助手なのだ。そんな一真はと言うと、依頼である迷い猫の捜索中だ。探偵というものはもっとドラマチックな仕事かと思っていたが、今日も安定の猫探しだ。半年で慣れたのが悲しいものである。
「ミィ、いるかー?」
 にゃぁん。
 猫の鳴き声がした。境内の方だ。砂利道をそろそろと歩きながらまた猫の名前を呼ぶと鳴き声が聞こえる。大人しく捕まってくれれば万々歳なのだが。見つけてからが本番である。
「ふふ、可愛い」
 人の声がした。陽の光をこぼすような黄色のショートカットが風になびいて、落ち着いた色の着物を身にまとっている。女性にしては少しハスキーな声だろうか。甘い声を注いでいるのは――その人の物陰からひょっこりと顔を出したのは黒縁の猫――依頼された迷い猫だった。
「ミィ」
 キャリーバッグを静かに置き、おいで、と手を差し伸べると躾がしっかりされているのか、素直に近づいてきた。人懐っこいのかもしれない。いい子だ、と煮干しをあげると満足気な顔で食べていた。ゆっくりと抱き抱え、一真の雇い主であり、尊敬する探偵の泉家光之介へと連絡せねば、とスマホを器用に取りだしては、視線を感じてふと顔を上げる。
――っ」
 驚いたことに顔の整った人がこちらを見ている。マゼンダの瞳は柔らかで、加えてチャームポイントのようなハートのほくろが印象的であった。ポケットから取りだしたスマホが地面に落ちると、その音にびっくりしたようで猫が暴れだした。手の甲を引っかかれ、手の中から猫が飛び出してしまった。
「いっ……あ、スマホ、いや、ね、猫っ! ミィ!」
 幸いだったのは、猫が遠くへと行かなかったことだろう。そのまま猫は着物を着た人の影へと隠れて威嚇している。
……驚いちゃったね。大丈夫だよ」
 その人がそっと撫でると落ち着きを取り戻したようでにゃぁん、と撫で声を上げる。今度こそ、とキャリーバッグを静かに置いて、息を潜めた。おいで、と手を差し出す。ゆっくりと猫は一真の手の中に収まり、キャリーの中に入れると、やっと一息をつけた。
「悪いな、あんたも。……つーかあんた、裸足じゃねぇか! 危ねぇな。怪我でもしたらどうすんだよ。靴はどうしたんだ? 鼻緒でも切れたのか?」
……
 それじゃあ帰るに帰れないだろうと一気に声をかけたのが悪かったのだろうか。その人はびっくりしたような表情で一真の方を見ている。言い方がきつかったのだろうかと思ったが、怖がっている様子ではない。目付きが怖いとはよく言われるものだが、その表情は初めてのことだった。まるで幽霊でも見たような表情をしていたのだ。それに首を傾げていると、恐る恐ると言ったようにその人は一真へと問いかけた。
……キミ、僕が視えるの?」
(僕? 最近流行りのボクっ娘ってやつか?)
 一瞬眉が跳ねたところでその疑問もすぐに吹っ飛ぶ。ほら、と差し出した指先をじっとその人は見つめていた。ぱしぱしと長い睫毛が揺れ、一真の行動が理解できないというように一度一真の方を見た。
「当たり前だろ。……ほら、鼻緒くらい直してやるよ。出しな」
……うーん。靴、ないんだ」
「はぁ? あんた虐められてるのか? 俺が一発かましてやる。どこのどいつだ?」
……ううん、そうじゃなくて……
 少し困ったように微笑するその人は、大人びた表情をしている。なんと説明したらいいのか迷っているようで、そうだと零した明るい声とともに一真の腕に触れ――ようとしたところで、すり抜けた。空気が撫でたような感触だけが残り、皮膚が一瞬冷たくなった。
「え」と声が漏れる。指先の向こうで、その人の手が空気に溶けていた。
……僕、今は実体がないんだ」
 その一言で一真の意識が遠のいた。一真にとっては一瞬だったが、実際のところは十数秒と経っていたかもしれない。へろり、と地面へ座り込むと血の気が引いていく。先程は気づかなかったが、よくよく見ると身体が透けていた。
……大丈夫?」
「ゆ、ゆうれい……
 声が震えた。一真にとっては初めての経験だ。背中がぞわっと粟立ち、現実味がない。目の錯覚だと思いたかったが、瞬きをしても、目をこすってもその人はそこにいた。透けた腕、揺れる髪、確かに存在している《気配》。
……嘘、だろ……?」
声を出したつもりが、かすれた音しか出てこない。混乱するのも当然と言えば当然だろう。幽霊なんてこの数十年生きてきて見たことがないのだ。
 その人はどこか取り残されたような表情をしていた。この人と一真は別世界の人間なのだと思い知らされるような表情は、どこか胸を締め付けられる。言い方が悪かっただろうかと謝ろうとしたところで、すぐどこかへ吹っ飛んでしまったようにその人はふわりと笑った。
……うーん、幽霊とは少し違うかな。だって僕はまだ、生きてるからね」
……、生霊? ってやつか」
「どちらかというと幽体離脱……っていうのかな? そんな感じ」
……それって、大丈夫なのか……?」
 幽体離脱ということは意識身体から抜けているということだ。いわば臨死体験と言うことでは無いのだろうか。それなのにどうしてこうも落ち着いているのか。一真は不思議でたまらない。
「うーん。大丈夫ではないんじゃない?」
「大丈夫じゃないのになんでそんなケロッとしてるんだ……っ!!」
……何回も経験してるから……
 遠くを見つめる表情。まただ。何かを諦めたような表情。初めてあった人の事をこうも気になってしまうのは一真のお人好しのせいなのか、はたまた別の要因なのか。
 お前は探偵に向いてないよ。そんなことを光之介に言われたのはいつのことだろうか。何故かその言動を思い出した。それでも一真がする行動はひとつだった。
……俺は緋色一真。あんた、名前は?」
…………………………花」
 それがこの人――花との出会いだった。まだ少しだけ肌寒い、春の日である。


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