百々人が人魚になって話せなくなってしまう話。
逆人魚姫パロです。
鋭心視点。
@aki_051354
これはきっと、罪だ。
高校を卒業し、大学進学と共に一人暮らしを始めた。今は両親の勧めによりセキュリティの高いマンションに住んでいる。部屋の広さも一人暮らしであるならば十分なものだった。
オートロックを開錠し、静かなエントランスには受付が一人。彼にお辞儀をしてからエレベーターへと乗り込むと自分の階のボタンを押した。
自分の階へ着く間、 スマホのネットニュースに目が止まる。百々人のことが書かれていた。しばらくの間休養すること、活動は未定との記事だ。
ネットというのは面白い。事実と違うことが尾ひれを引いていき、それがまるで真実であるかのように錯覚させる。――それでいて怖いものだ。
長いフローリングを迷いなく歩いていき、奥の風呂場へと向かう。ぱしゃん、と風呂場から水音が聞こえた。それに口角を緩ませ、風呂場の戸を三回ノックする。「きゅ」とくぐもった声が中から聞こえた。ドアを開けると浴槽の中には嬉しそうに喉を鳴らす百々人の姿がいる。
「ただいま、百々人」
「お、かあ、り。えー、し、く、」
たどたどしく言葉を発する百々人は一件どこにも不調は見えない。浴槽から見える腹部のエメラルドグリーンの尾ひれを除いては。
「狭い浴槽ですまない」
「う、ぅん。ぼく。の、ほう、っそ。ごめ、ね?」
百々人をそっと抱きしめるとぬれ、ちゃ、うとカタコトの言葉が投げかけられた。それでも振りほどこうとしないあたり、百々人はこうして触れられるのが嫌では無いらしい。
花園百々人が入院した――というのは表向きだの話だ。事実、事務所では行方不明になっている。プロデューサーや秀さえも知らない。目の前にいる花園百々人が人魚になっている、という事実を俺だけが知っている。
百々人が人魚になったのは一週間前の事だった。その兆候は今思えばあった気がする。
例えば異様な程に水を欲しがったり、シャワーの温度が低すぎるところだったり、ぬるいくらいのお湯を苦手そうにしていたり。そういう時もあるのだろうとあまり気に求めていなかったが、ちゃんと指摘しておけばよかったのかもしれない。あまりにも「冷たくて気持ちいいよ」と穏やかな顔をしているから俺は何も言えなかった。そういえば、十日前はダンスレッスンの時にも足を動かしづらそうにしていたような――と、言い出してしまえばキリがない事々が脳裏を巡っていく。
「……百々人、体調は大丈夫か?」
「……ぅ、んむ?」
もごもごと鬱憤の溜まったように口を噤む百々人は上手く喋られなくてかなり不服そうだ。それはそうだろう。今までそつなく喋れていた言葉が上手く紡げないのだから。それでいて狭い浴槽だ、フラストレーションは溜まらないはずは無い。俺から離れ口元まで水面に浸かるといっそう窮屈そうに見える。
そっと頭を撫でると気持ちよさそうにふやけた顔が出てきた。
「えー、しん、く。……ぴぃちゃ、は。なにか、言ってた?」
「……仕事の件は心配しなくていいそうだ」
「そ、か……」
心配ないの一言に安堵を示しているはずのに何故だろうか、百々人は寂しそうにも見える。当たり前か、もう一週間も外に出られず、一日中こうして浴槽の中で過ごしているのだ。スマホもなく、一日の大半を過ごすには無理があるのだろう。元々人当たりのいい人間なのだ、花園百々人という人物は。こうも何日も俺以外の人間と話さないことは初めてなのかもしれない。
「……すまない、百々人……」
「どぅ、して。えーし、く……が、あやまる、の?」
百々人はいつも謝るなと言う。むしろ助けてくれて感謝しているのだと自分の寂しさをひた隠しにして笑みを浮かべていた。それが苦しい。お前が日中一人寂しくここにいるのは全部俺の勝手な欲エゴが原因であるというのに。
◆◆◆
ことの展開は一週間前に百々人からの着信だった。開口ひと言「たすけて」と告げられた時は執拗いファンに追いかけ回されているのかと思ったが、どうやら違ったようだ。現在いる場所を言われるままに一人暮らしをしているマンションの、少し薄暗い――人通りの少ない路地に向かうと、蹲る百々人がいた。蹲る、とは少し違うかもしれない。どちらかと言うと事件性が問われるような、壁に持たれるように力の抜けた百々人の姿だった。スマホさえも地面に手放した状態に揺すぶるのはダメだろうと判断し呼吸があるか? 心臓は動いているのか? 脈は? ――それらを確認し、百々人を呼びかける。
「百々人、意識があるなら反応してくれ」
「……だい、じょー、ぶ」
弱々しい声が漏れた。意識はあるようだが、到底大丈夫そうには見えない。弱々しい力で袖を引っ張る百々人に耳を傾けるとよほど余力が無いのか、肩に寄りかかってきた。
ちらっと見えた足首にはエメラルドグリーンの……ペンキだろうか。足首につくくらいの大きなキャンパスに描いていたのだろうか。……いや、よくよく見れば魚の鱗のような模様となっている。最近流行りのボディメイクだろうか。
「……」
「……いいよ、えーしんくん」
「え?」
「触っても。気になるんでしょう? 僕の……足首の、それ」
「……」
「どう説明すればいいのか、僕にも分からないから。……実際触ってもらった方が、早いんじゃないかな」
躊躇いつつもそっとそこに触れるとそこは肌の柔らかい感触はなく、冷たく固いツルツルとした感触が手に伝わっていた。ペンキなどではないそれは、本物の鱗だ。触っている間にも鱗はじんわりと増えていき、確固たるものになっていく。
「……足に、力が入らなくて。多分これが原因だとは思うんだけど……。病院、はなんて説明すればいいのか分からないし、ちょっと怖いし。えーしんくんのお家が、近くにあるのを思い出して……」
少しだけ休ませてくれる? という百々人の言葉へ返事をする前に横抱きにする。それは少し休めば治ってほしいという願いが切実に込められているみたいだ。そんな百々人の想いを、俺だって蔑ろにしたくない。
救いだったのは百々人が呼び出した場所は監視カメラが少ないルートだったことか。無意識に避けていたのかもしれない。たしかにこの鱗を人に見られるのも良くないと考え、裏口からマンションへ入る。ベッドへと寝かせ、毛布を掛けようとすれば嫌そうな顔で押し返してきた。
「嫌か」
「……うん……」
「肌触りは良いものだと思うんだが」
「肌触りはいいよ。ただ……」
「……暑いのは、嫌だ……」と間の空いた言葉を呟いた。そんなにか、と驚いていると百々人が躊躇いながら声量を落とし、「……誰も居なければ裸になりたいくらいには」と言った。俺のほうを見ずに赤らめる百々人の額へと手をやれば「熱い!」と手を払いのけた。その行動が予想外すぎて言葉を失ってしまう。そんな俺を見て一気に血の気の引いた百々人が弱々しい声で「ごめん、忘れて欲しいな」と謝ってきた。
「いや……俺の方こそ悪かった。熱を測ろうと思ったんだが……うん。熱はなさそうだな。……むしろ百々人の体温が冷たすぎるくらいだ。……寒くないのか?」
「……うん、全然」
「……。……百々人。そういえば脚は」
「……、」
ふと思い出したのは原因であるだろう脚のこと。あんな短時間に鱗が増え続けていたのだから、ここに来るまでにどれほど変化したのだろうか。願うことなら消えていることを祈っているのだが、百々人の反応を見るに小康状態にはなっていないようだ。
「脱がすぞ」
「えっ?! ちょ、待っ!」
口を噤んでいた百々人の制止も聞かずにスラックスと靴下を脱がすと太ももから足首の外側かけてエメラルドグリーンの鱗が一律に並んでいる。それらは現在進行形で内側へと広がっていた。百々人は申し訳なさそうにシャツの裾を引っ張りながら何とか見える面積を少なくしようとしている。下着姿が恥ずかしいというより素足とも言えない脚を見せるのが嫌なようだった。
「……気味悪い、よね。ごめん。ちゃんと服着るから、ズボン返して。えーしんくん」
「……気味が悪いとは思ってない。百々人の身体はいつも綺麗だ」
「え」
「……、……いや、なんでもない。俺の方こそ悪かった」
我に返って百々人へ謝罪する。手に持っていたスラックスを百々人へと渡しては気まずい空気に耐えられなくなり、逃げるように「水を持ってくる」と自室から遠ざかった。その時の百々人の表情はどんな顔をしていただろうか。あまりよく覚えていない。
「――俺は今、何を」
百々人の素足なんてレッスン終わりの更衣室で見ている。いや、でも。更衣室でまじまじとは見たことはない。状況が違いすぎるのだ。更衣室には常に秀と三人でいたが、今は俺の寝室で、百々人と俺しかいない。まして、自分が好いている相手の肢体。崩れかけそうな理性を引っぱたいて被りを振る。頭の中で素数を数えて落ち着かせようと奮闘し、キッチンへと足を運んでいく。
スラッとした無駄な筋肉のない細く綺麗な肢体。それに加えて太腿からふくらはぎにかけて煌めく鱗はやけに幻想的で、また触れてみたいと思った。手を払われるだけでは収まらないとわかっているくせに。心音が高く跳ね上がり、脈が正常じゃなくなる。自分ではどうしようもなく止められなかった。百々人への恋慕を自覚してからと言うものの、どうにも歯止めが効かない。意識をしていなければすぐに伝わってしまうのではないかと言うくらいには、この感情は大きい。
「……鍛錬が足りないな、俺も」
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して自分の部屋へと戻ろうとした瞬間、何かが落ちる大きな物音がした。もちろん、今の時間にいるのは俺と百々人の二人だ。何か物が落ちたのか? それにしたって大きい物音だった。揺れがあったわけでもないのに落ちる音が聞こえたのはちょうど……
「――っ百々人!」
自室へ駆け上がり乱雑に扉を開ける。真っ先に視界に入ってきたのは床に倒れ込む百々人の姿。何が起きたのか分からないというような表情の百々人が「えーしんくん」と呟いていた。百々人の身体を起こそうとしたところでペちん、となにかが尻に当たる。視線をその方へと向けると大きなヒレが動いていた。意思のあるように尻を叩くそれに引っ掛かっているのは百々人が履こうとしていたであろうスラックスだ。ペち、ペちと何回も叩いてくる尾ヒレはエメラルドグリーンの鱗が輝いている。引っかかったスラックスを振り払うように揺れ、ベッドの向こうへとスラックスが落ちると大人しくなった。しんと静まる室内を他所にゆっくりと目の前に尾ヒレが近づいて百々人と見合わせる。そのヒレを辿っていくと百々人の肢体と繋がっていた。百々人も尾ヒレが自分の身体の一部であることを気づいたらしい。ぺたぺたと自分の尾ヒレを触っては今まで見た事のないような困惑が瞳を揺らいでいた。
「……ももひと……?」
「……えーしんくん……僕、どうしちゃったの?」
百々人は、ものの数分で人魚になっていたという、あまりに理解し難い状況は俺たちを無言にさせるのに十分の出来事だった。それでも事態は止まってくれる訳ではない。尾ヒレが乾きそうになってきた数分後には百々人の顔が真っ青になっており、水を異様なほど恋しがっていた。風呂場へと連れていき浴槽に水を溜め、百々人を浸からせると尾ヒレは潤いを取り戻し、彼の顔色もだいぶ良くなっていた。肩が浸かるくらいまでになった頃にはペットボトルの水を与えるとちびちびと飲めるまで回復を取り戻していた。安堵をしたのも束の間だ。今度は水に浸り透けたワイシャツが肌にピッタリと張り付いている様が気になって仕方がなくなった。グレーのシャツはそれこそプカプカと水面に浮かび、百々人が揺れる度にその方向へとまとわりついている。その視線がわかり易すぎたのか、いつの間にか百々人の視線と交差していた。慌てて視線を逸らすと百々人が身につけていたミサンガや時計をゆっくりと外していく。
「……っも、もひとっ!」
「え?」
堪らずに百々人の腕を掴むと、不思議そうな顔でこちらを見ていた。触れた腕から百々人に伝わるのではないかと言うくらいには心臓の音がうるさい。まだ小物を取り外しただけ。分かっているわかっていても次は上を脱ぐのかと思うと、なんとも言えなくなる。どうしたの? というような瞳が突き刺さると自分でも自覚するくらいの動揺が走った。
「えーしんくん?」
「……百々人、それ以上は」
「それ以上?」
「いや、さすがにダメだろう」
「……え? ダメだった? 時計とかダメになるかもと思って外したんだけど。防水じゃないから……」
「……、……」
どうやら俺の考えは杞憂だったらしい。もとより百々人は上を脱ぐつもりはなかったみたいだ。自分の邪心につくづく嫌気がさす。百々人から目を逸らすとピンと来たのか、俺の顔を覗き込むように浴槽から身を乗り出してきた。
「……なぁに? えーしんくん。もしかして僕が服を脱ぐかもって思った?」
「っ」
「えーしんくんの、えっち」
耳元で囁く百々人はいつもより色っぽい声音だった。風呂場だからだろうか、反響する音もあってなのか言葉が喉につっかえてしまう。百々人の瞳に映るのは燃えるような赤い表情の自分がいた。それが予想外だったのだろう、百々人も言葉を失っている。真ん丸と見開いた目が探るようにこちらを見ていた。
――ああ、これでは隠す気がないみたいじゃないか。
「……、……えーしん、くん」
「……ももひと」
薄らと桃色に色づく頬が、揺れ動く視線が、モゴモゴと動く唇が、所在無さげに浴槽の縁に置いている尾ヒレが――満更でもないのかと錯覚させる。もしかしたら、百々人も俺と同じ気持ちなのだろうか。自分に恋慕を抱いているのだろうか。そんな期待を、してしまう。
「百々人、俺は――」
「えー、しん、くん……、ぼく」
がっと百々人が俺の腕の袖を掴んで瞬きを二つ。俺よりも幾分か小さな手が少し震えている気がする。俯いている百々人が今どんな表情をしているのかは分からないが、何かを懸命に伝えようとしてることは確かだ。
(まさか、本当に――)
「……なんか、しゃべりにくい、かも」
「……は?」
「さっきよりも、ろれうが、まわりゃな、くて」
ぎゅうっと喉の音で不安を表す百々人は自分が人魚になったことよりも上手く話せないことの方が怖いようだった。先程と打って変わって血の気を引いた百々人が「僕はどうなっちゃうんだろう」という表情をしていた。
◆◆◆
百々人が人魚になってから一ヶ月が経った。状況はあまり芳しくは無い。プロデューサーや秀に相談する状況はもうとっくの昔に過ぎていた。
百々人はほとんど言葉を話せなくなっていた。時折不思議そうな顔で俺の方を見るのだから、俺の言葉を理解しているのかも怪しい。
もう、百々人のあの柔らかな声も聴けなくなるのだろうか。冗談を言いながら笑い合うことも出来ないのだろうか。――俺は、なんてことをしでかしたのだろう。
今更ながらに罪の意識を自覚する。一時の勝手な欲を選択したせいで、プロデューサーにも秀にも心配をかけている。知らないふりをして百々人をここへ閉じ込めた自分にゾッとしてしまう。もう、百々人は人ではないところまで来ているのだ。もっと早くプロデューサーに知らせていたら、然るべき病院へ連れていったなら、こうも悪化しなかったかもしれない。
もう俺の話を聞いてくれる祖母もいない。誰も、いない。百々人も、もう俺の話は分からない。
「きゅう?」
百々人に呼ばれて我へと返る。不安そうな表情でこちらを見ていた。感情の機微は理解できるらしい。百々人は、どう思っているのだろうか。俺が親切心でこうして匿っていると思ってくれているのだろうか。本当はプロデューサーにさえ本当のことを伝えていない俺の事を信頼して? そんな馬鹿なことがあるか。きっと俺の愚かな選択に付き合ってくれたに過ぎない。そう思うと情けなくなってきて鼻がツンとした。
「……」
「きゅいっ!?」
ベッドで寝ろと言っているのだろうか。浴槽の縁で突っ伏す俺を揺さぶる百々人の声は心配そうだ。百々人が動く度に波を打っていた水が俺の衣服をじんわりと濡らしていくとともに、俺の心が歪んだ姿を取り戻していく。最低なことをしている自覚がある分、百々人のその優しさが今は染みてしまうみたいに。――ああ、だめだ。溜め込んでいたもの全てを吐き出してしまいそうだ。目頭が熱い。泣くな、お前に泣く資格なんかない。わかっている、分かっている。のに。
「……ももひと……」
声が聴きたい。お前のあの優しい声が。時々刺々しい言葉を紡ぐ声が。えーしんくん、と呼ぶ柔らかな声が。……聴きたいんだ、百々人。
自分で呟いていてあまりにも弱々しい声だった。そのまま死んでしまうと言われても信じてしまうくらいには虫の息のような音だ。そんな音でも百々人には聞こえたらしく、突っ伏している俺の頭をゆっくりと撫でている。
「……きゅー」
俺にはよく分からなかったが、なにかの曲を歌っているようだ。そのメロディーはどこかで聞いたことがあるようなもので、きつく心臓を締め付けられるような切ない曲調だった。
(これは、百々人の……)
ソロ曲だ、と気づいてしまえばもうダメだった。肩が震える俺に百々人がそっと背中を撫でる。昔祖母にされたようなあの感覚が襲ってきて気がつけば目尻から雫が零れていた。百々人は目をまん丸にしては歌うのをやめている。啜り泣く自分の声が浴室に響き、それを誤魔化すように、百々人に懺悔するように、ポツポツと今まで溜めてきたものを口から吐き出してしまう。
「……本当は、プロデューサーや秀には言ってないんだ」
「きゅい?」
頬を伝ってこぼれる雫が服が滲んでいく。声が柄にもなく震えた。百々人に懺悔を零す俺は、きっと傍から見れば滑稽なのだろうか。俺らしくないと言うのだろうか。
俺とは、なんなんだろう。もうグチャグチャだ。こんなの俺じゃない。俺らしくない。でも俺とはなんなんだ? 今選択するべき最適解はどれだろう。いや、どれでもないのかもしれない。こんなのただの自己満足だ。俺が苦しいことから逃れたいだけの、ただそれだけの。
「百々人は今、表向きは入院扱いになっている。百々人の仕事は俺と秀が、カバーしていた」
理解しているかも分からない百々人へと次々懺悔をして縋り付く。内々で行方不明になっていることを百々人に零した。あの日、百々人が人魚になってしまった次の日に百々人と連絡がつかないことをプロデューサーが聞いてきた。
始まりはほんの少しの欲だった。少しだけ百々人と一緒にいられると、俺だけを考えてくれると、そんな少しの欲が嘘を吐いたきっかけだった。LINKで『知らない』『何かあったのか』なんて聞けば『百々人さんが行方不明なんです、時間がある時に事務所に来てください』と返ってきた。そこで説明されたのは裏路地にスマホが置き去りにされていたことによる、連れ去りの可能性の示唆だった。最後に連絡をしていたのが俺だったから。だから何か分かることは無いか、些細なことでも構わない、とプロデューサーが聞いてきた。
答える声が震えたことを覚えている。俺は今、嘘をつこうとしている。その自覚があって、罪悪感が全くなかったとは言わない。ただ、動揺してはいけないと心臓を落ち着かせて表情に出ないようにいつも通りに演技をした。警察の問答だったら見抜かれていたかもしれない。成人しているとはいえ、まだ二十歳にもなっていない人間の情状酌量を慮ってくれたのだろう。あいつはそういう奴だ。知っている。知っているからこそ、心臓がいつになくうるさく打ち立てているのだ。
スマホを置き去りにしたことが行けなかった。そこまで気がやらなかったんだ。しかし位置情報を取得されたらそれでこそ俺が百々人を閉じ込めていることが分かってしまう。
それが失踪、ましては誘拐なんて大事になってしまって自分がどうすればいいのか分からなかった。最適解では無いことを理解しているくせに、自分の欲に勝ってしまった。
「……それでも、百々人が人魚になった時……一瞬思ってしまったんだ。これで百々人は俺のことだけを考えてくれると」
最初は意識してくれればいいと思った。その欲がどんどん溢れて、俺とだけ接する機会がなければ社会との機会も断絶される状況に酔いしれていた。百々人は俺がいなければ生きていけないのだと自負していた。百々人は分からないというような表情だ。そもそも俺の言葉を理解していないのだから当たり前なのかもしれない。
「どうしてか分からないって顔だな」
「きゅー?」
「……好きだ」
百々人をじっと見つめているとその大きな瞳に俺の情けない顔が映っていた。本当にらしくない。俺らしくない。ボロボロに涙を零しながらぐちゃぐちゃの表情を曝け出して惨めな告白をしている。こんなはずじゃなかった。もっと告白をするなら映画のようなロマンチックな場所が良かった。でも苦しい。こんな想いを背負うには重すぎた。だからどうせ理解して貰えないのなら全部、全部零してしまばいい。
「きゅい?」
「好きだ、好きなんだ……百々人」
きっと百々人はこれを聞きたくなかったと思う。だから人の時もそんな雰囲気にはわざとらしく話題を変え、秀やプロデューサーを呼び……をしていたのだと思う。
本当はわかっていた。この気持ちが百々人にとって迷惑でないということを。じゃあ俺はどうこの想いを昇華させたらいいんだ、教えてくれよ百々人。
百々人は苦しそうな表情で俺を見ていた。まるで俺の言葉が通じてしまったかのような、そんな気持ちにさせられ