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陽射しの中を歩いて行ける

全体公開 その他色々二次創作 4120文字
2025-11-09 21:48:42

悪魔城ドラキュラのドラリサ
NetflixキャッスルヴァニアS4最終回、二人が永遠に生きる存在になった可能性もあるがこれって人間になったのでは?と思ってその先を書いた
宝塚からすっ転んだので設定ごっちゃです

Posted by @syuu_29

 靴擦れも、布地も縫製も粗末な服に袖を通すことさえも、何百年と生きたところで経験どころか想像もしない事であった。なにしろドラキュラは生来伯爵であったし、そもそもが人間でさえなかった。
 今や陽射しは皮膚すら燃やさず、柔らかく降り注ぐばかりであった。妻と息子が見ている世界はこのようなものだったのかと、彼は太陽を見上げて思わず目を細めた。
 拝借した農民の服の布地のごわつきにまず驚いたし、しばらく歩けば足のあちこちに火がついたかのように痛んだ。燃えるような痛みは生命の危機を感じるようなものではなく、ただ煩わしくも思考の邪魔をし続ける。それは彼にとっては目を見張るに値する事だった。
 人の世でヴラド・ツェペシュと物騒な二つ名を冠したところで、彼はちっとも人間のことなど知らなかった。それこそリサに出会い、人間のまね事をするようになったところで、それは表層をなぞる行為だけの振る舞いであったからだ。
 今も彼の瞳は変わらず赤く、爪は鋭く長いまま、耳先だって尖っている。牙もすこしだって丸くはなっていなかった。けれどもまあ、すでに吸血鬼ではないらしかった。なにしろ鏡に姿は映り、靴擦れひとつさえ治癒できず、またそのじくじくとした痛みが眉を顰めるほどにはある。
 人の身というのはこのように脆弱でよいのか。そして、貧しさとはこのように肌に触れる物一つさえ違うのかと、彼が驚くことはどうにも尽きそうになかった。
 鏡に姿が映ることや、日差しのぬくもりなどよりも、そんな些細な事柄に困惑する夫をリサは「あなたは貴族の生活しかご存じないから」と意地悪い言い回しで慰め、しかしうっとりと目を細めて手を引いた。
 民家で服を拝借しようと提案したのも、街に出ようと決め、宿を見つけたのだって、もちろん彼女だった。なにしろそうしなければいつまでもヴラドは我が身に起きている驚きを理解しようとその場に留まったに違いなかったからである。
 ヴラドとしては、自分を先導するリサにあらがうつもりはなかった。むしろ触れていいのならずっと触れていたいと思っているので、彼女がそのように手を引く事は望むところでさえあった。地獄で自分を待っていてくれた彼女の魂を見つけ、身を寄せ合ってからはなおさらだった。
 ヴラドの名前で宿を取り、これからの展望を語らいながら床についてもまだ、信じられないような気持ちがあるのは二人とも同じようだった。
 蝋燭の火が落ちた部屋の中は窓から差し込む月の明かりだけが照らしている。リサには少ししか見通せない闇の中と言えるが、ヴラドにはいまだ違っていた。眩しさが消え、見慣れた世界の中に戻った彼は横たわり、妻と繋いだ手を握り直した。夜のとばりの内でリサはそっと手を握り返してくれ、「夢みたいね」と声を潜めた。それからすぐに彼女が眠りに落ちる気配があり、ヴラドは夢ではないと答える代わりに手をつないだまま、指先で彼女の手をそっと撫でた。そして彼女の左手薬指の付け根にあるはずのものがないと、そこで気づいた。贈った指輪がそこにない。自分の左手も同じだ。地獄では違っていたはずだ。しかし蘇った二人は下着の一枚さえ身につけていなかったのだから、当たり前のことかもしれなかった。

 ヴラドは握った妻の手に引かれるまま、低い階段の段数を胸の内で数えながら上り、丘の上にたどりついた。苔生す緑の中、海を見るように白い墓石が立ち並んでいる。修道院と小さな教会があり、そこへ向かってゆるやかに伸びる小道を二人で歩いていた。空は曇っていたが、リサのまばゆい金髪はそんな天気でさえもきらきらと輝き、彼女の魂にはいつも陽が差しているのだとヴラドに感じさせた。空に浮かぶ雲のように白いドレスと風に揺れる長い髪がなびくさまにたまらず目を細める。
 リサ、と彼女の名前を呼ぶと「なあに」と甘やかな声が降ってきた――目の前ではなく、頭上から。
 そこでヴラドはぱちりと瞬きをした。
 彼は寝台に横たわっており、ごわつくシーツの上で、同じように隣へ横たわる妻が自分をみつめていた。ヴラドが驚きで瞬いていると、リサは「あなたが眠るのをはじめてみたわ」と微笑んだ。
 ヴラドは目の前の美しい女が言った言葉を咀嚼して、ぽつりと答えた。
「夢か、これが」
 そして自分が見ていたものが儚く解け消える前につかんでおこうと黙り込む。「ううむ」と瞼を下ろして考え込む夫に、リサは言葉を続けるのを辛抱強く待ってくれた。
 やがてヴラドは「君と、海辺の丘にいた」と夢の中の光景を語った。丘を覆う緑。立ち並ぶ白い墓石。薄暗い曇り空。それから君だ、君がいた、と微笑んでみせた。微笑むと、不思議とシーツに触れる頬がひやりと冷えて感じられた。
 話を聞いていたリサの瞳に涙が幕を張り、瞬きでとうとう雫をこぼれる。どうしたのだ、と彼が名を呼ぶと、静かに涙を拭ってリサは答えた。あなたこそ、と彼女は言って、夫の頬とシーツの間にほっそりとした指を差し入れた。
 それでようやく、ヴラドは自分の頬を冷やしたのが涙であったことに気付いた。たまらず腕を伸ばし、彼女の体を引き寄せる。暖かく華奢で、どれほど力を込めてよいのかわからないのは人間になっても変わらないようだった。
「君に泣かれるのは困る」とヴラドは言った。息子のような幼い言葉ではないかと我に返り恥じる気持ちがこみ上げたが、リサはふふふと柔らかく笑い、ヴラドの喉元へキスをした。
「人は嬉しくても泣くものなのよ、旦那様。だってあなたが泣くなんて!」
 彼女は力いっぱいに夫の体を抱きしめかえした。それから「ああ」と震える声でため息をついた。
「心音まで聞こえる――
 彼女が額を押しつけた胸元がじわりと湿る。ふいに彼女が我が子の心音の間隔に不安がっていた時のことを思い出し、ヴラドは心臓が脈打つのを感じた。どくどくと血が脈打ち、体中に巡り流れるのがわかる。
 実に奇妙な感覚だった。こうして目覚め直す前であれば、人間の血の巡りを感じ取ることができた。その微かで力強い気配を甘美な響きだと思いもしていた。しかしそれが我が身に起こることとなれば、まるで違う出来事だった。
 杭を打ち込まれたときとは違う。剣が身体を貫くときとも違う。鷲掴みにした心臓の鼓動を手のひらに感じる感覚が一番近いものだった。
 思わず動きを止め、驚きで自分の胸を押さえるヴラドにリサは上半身を起こした。
「どうしたの」
 奇妙な感覚をどのように言い表すべきかヴラドにはわからなかった。
「胸が、痛む」
「どんな風に」
 患者を診るときのように冷静な声でリサが訊く。その真摯な眼差しに、またもヴラドの心臓は強く脈打つ。困惑して「激しい」と素直に言い、それから「君を見ていると、人の心臓に触れたときのように感じる」と言い添えた。
「まさか、体を折るほど痛い? 呼吸もむずかしい?」
「いいや、ただ早く脈打つだけだ」
 ヴラドの言葉にリサはしばらくの間眉をひそめて瞼を下ろし、黙り込んだ。それからふいに瞼を押し上げると、狼狽えるままの夫の顔をまじまじと見つめ、ややあって顔を赤らめた。
「リサ……?」
「ええと……もしかしてそれはすごく健康なんじゃないかと思うわ」
「このような胸の痛みがあっても?」
「多分……私があなたに触れるとどう感じる?」
 リサは華奢な手をヴラドに伸ばし、そっと彼の顎先に手のひらを寄せた。ヴラドは彼女のほっそりとした指に手を絡めて答えた。
「さらに痛む。いや……脈が鋭くなるようだな」
「なるほど。では、私がこうしてあなたを見つめていると……嬉しい?」
 肉体の様子ではなく、気持ちを問われてヴラドは言葉なく彼女を見つめた。
……これ以上はないほど満ち足りた気持ちだ」
 ヴラドの言葉に、それなら私も同じだわ、とリサは表情を緩めた。それから、自分に絡められた夫の手を自分の胸元に寄せる。そうするとヴラドにも彼女の心音が感じられ、自分と同じように少し早い脈だとヴラドは気づかされた。
「つまり――ときめき、なのではないかしら」
 リサの推理に、ヴラドは鸚鵡返しをして瞬いた。ときめき。概念はわかる。それらしいものをこの妻に覚えることは多々あった。しかし彼にはこれまで心臓が動いていた試しがないので、このように反応するものだとは知らなかった。
「君は、いつもこのような痛みを?」
「痛み、と言うほどかはわからないけれど。でも、そうね、嬉しくて泣くのと同じよ。人間は喜びでも胸を弾ませるものなの」
 リサは笑い「人間初心者だったわね」と胸元に重ねたヴラドの手をもう片方の手で抱きしめた。
「まさか、願いが叶うなんて」

 飾り窓から朝陽の差し込む寝台は柔らかいとは言い難かったが、二人はそこへ寝転んだまま、これからなにをしようかと眠りにつく前のようにあれこれと話し合った。
 ヴラドには夢の光景に覚えがあり、あれこそウィットビーの丘であったと語った。それは人のように世界を旅して回ったときに立ち寄った先であった。リサはもちろん頷いた。
「長旅になるわね」
「どこかで旅費を稼ぐ必要はあるだろうな」
「そうね。あなた、労働でお金を稼いだことが?」
「君は意地悪だな。ご存知のとおり、税計算が精々だったとも」
 笑いながら腕の中に抱き寄せた妻とヴラドはキスを交わした。人同士の柔らかな肌。心地のよいぬくもり。
 人でない頃でさえ、彼女のぬくもりはヴラドにとって暖かく心地のよいものだったが、その満ち足りた感覚に脈打つ心臓が甘美な痛みを足してくることで、今は笑みを零さずにはいられない。
 ヴラドは妻が自分と息子を人間にできないかと研究を続けていることは知っていても、そこへの特別な感情はなかった。人になりたいと思ったことなど一度たりともなかったからだ。それは眷属になることを拒んだ彼女がいつかは死に向かうこととどのように折り合いをつけるべきかを考えるだけで、手いっぱいだったということもあった。しかし今となってはずいぶんと無欲で無知な事であったと思えてならなかった。


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