雪が降っているのを見て、ヌヴィレットがどんな感情を抱いているのか気になるリオセスリ。
パレ・メルモニアでお茶をいただきながら、ヌヴィレットの感情と欲望について触れる話。
@otroom0v0
温かい紅茶が美味しい季節になった。すっきりと香るオレンジの匂いが、気持ちを落ち着かせてくれる。リオセスリはヌヴィレットが書類に目を通している間、ソファに座ってゆったりとくつろいでいた。窓に目を向ければ、ちらちらと雪が舞っている。フォンテーヌも冬へ差し掛かり、じきに積雪の日が増えるだろう。凍った水辺で遊んだ子供時代の記憶が蘇り、ふっと笑みが浮かぶ。あの頃と違って、今のリオセスリはいつでも好きな時に、水辺を凍らせることができるようになった。そこでふと、あることが思い浮かぶ。
「なぁ、ヌヴィレットさん」
呼びかけると、彼が書類から顔を上げる。
「雪が降るときは、どんな気分なんだ?」
「……どう、とは?」
「雨が降ると、水龍は泣いているんだろう。なら雪の日は? やっぱり悲しいのかい?」
「君は私を何だと思っているのだ」
「偉大なる水の龍王、だろ?」
ふふん、と笑えば、ヌヴィレットが呆れた様子でため息をつく。
「雨が降っているからといって、必ずしも悲しんでいるわけではない。そして雪は、冬の雨が凍ったものだ」
「じゃあ、やっぱり悲しいのかい?」
「今の私が悲しんでいるように見えると?」
質問を質問で返されて、リオセスリは笑う。確かに、今のヌヴィレットはちっとも悲しそうじゃない。本当にただの自然現象のようだ。
「いや、今のあんたは真面目に仕事をしているだけだ。からかって悪かったよ」
「理解してくれたのなら、それでいい」
ヌヴィレットが微笑んで、再び書類に視線を戻す。もっと喋りたい気持ちはあるが、邪魔をすれば帰りが遅くなる。大人しくお茶を飲みながら過ごしていると、不意にヌヴィレットが「そういえば」と切り出した。
「私が君に贈った茶葉は、まだ残っているのか?」
思い出してしまったリオセスリは、ふふっと笑う。
「半分以下になったよ。看護師長の指示に従って、飲みすぎないようにしてる」
「そうか。迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「いや、むしろ嬉しいよ。紅茶を飲むと頭がすっきりして、書類の整理が捗るんだ。読書のお供にもいい。熱中しすぎて、冷めちまうこともあるがな」
リオセスリの話を聞いたヌヴィレットが、眼差しを緩める。凛とした目元が柔らかくなる瞬間は、いつ見てもいい。すると彼が言った。
「私の贈り物が君の日常になるというのは……少し、気分がいい」
思いがけない言葉を貰って、リオセスリは少し照れくさくなった。これは独占欲の片鱗だろうか? 意外と俗っぽいところがあるんだな、と興味を引かれる。
「なら、衣服や装飾品はどうなんだ? くれるならありがたく貰うが」
「いや、そこまでしたいわけではないのだ。もちろん、リオセスリ殿にふさわしい品があれば、いつでも贈る心づもりではあるのだが」
「そうなのかい?」
「ああ」
発言には気を付けないといけないな、とリオセスリは緩みそうになる口元を隠した。うっかりヌヴィレットの前で「このピアスいいな」などと口走ったら、迷わず貢いでくるだろう。すると彼がさらに言った。
「私の与えたものが、君の一部になる……その感覚に、喜びのような感情を見出す時があるのだ。過去の審判で、似たような感情に触れたことはあるのだが……未だにそれが何なのか、はっきりと分かっていない」
リオセスリは言葉を失い、むず痒い気分でうなじを撫でた後、つい笑ってしまった。
――人の形をしていて、人間の社会で生きていても、やっぱりこの人は水龍なんだな。
改めてそう思うと、リオセスリは言葉を返す。
「さて、何だろうな。俺にも分からないよ」
心から湧き出る感情の名前は、自分で定義しなければならない。他人にラベリングされたものは、都合よく勝手に推し量って決めつけられたものだ。そんなものに価値はない。この考えが伝わったのか、ヌヴィレットが「そうだろうな」と言って含み笑いを浮かべる。そして目を通していた書類にサインをすると、リオセスリを見て言った。
「少なくとも今の私は、恋人に会えて嬉しく思っている。ゆえに、この雪は悲しみの雨ではないのだ」
それを聞いたリオセスリは、声を上げて笑ってしまった。
「なるほどな、俺もそう思っていたところさ」
立ち上がってヌヴィレットの傍に行くと、差し出された書類を受け取る。記入漏れがないか確かめたところで、リオセスリはひとつ提案をした。
「この後、よかったら一緒に食事をしないか? 久しぶりにあんたとゆっくり過ごしたいんだ」
デートのお誘いに、ヌヴィレットが微笑んで「喜んで」と応えた。