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忘却に残る

全体公開 神無三十一受け 4 21 5220文字
2025-11-13 16:52:27

カルみと 記憶喪失の話
シナリオネタバレあり
刑事探索者宿舎時空

 

 「記憶喪失……?」

 救急で運び込まれた病院の診察室で、神無は医者の説明を反芻すると怪訝な表情で首を傾げた。

 「いや……でも俺、ちゃんと自分の名前とかみんなのこと覚えてるけど……
 「三十一ちゃんが忘れたのは昨日の記憶かな。おそらく、過去へ時間を移動した影響だろうね」

 医者の説明を補佐するように口を挟んだ聖の言葉に頷いた神無は、確かに言われてみれば非番だったはずの昨日の記憶が一切残ってないことに気がつく。
 神無のその異変に真っ先に気がついたのは、共に未来から過去の世界で時間を移動した縞斑だった。
 彼は到着した直後に行った確認の最中に、神無の反応や違和感から昨日の記憶が抜け落ちていることに気がついたのである。

 「一日くらいならまぁ、そんなに支障はないからいいけどさ……

 説明を受けた神無は、ひとまず昨日が非番だったおかげで今日この世界に来た任務内容などを忘れていない頭に安堵してそう呟いた。
 ところが説明に立ち会った帰代は、そんな呟きをこぼす神無の前に苦い顔で顔を顰めると頭を掻く。

 「そういう問題じゃないでしょうが……!転送装置の不具合ならすぐにでも原因を究明して解決しないと、取り返しのつかないことが起こってからじゃ遅いんだぞ!!」
 「今回は一日で済んだからいいけど、全ての記憶が奪われたりしたら俺たちで責任取れないもんなぁ……
 「そ、それはそうなんだけどっ!とりあえず今回は小さい被害で不具合に気付けてよかったってことでいいじゃん!!」

 神無以上に転送装置の安全性についての怒りを露わにしている帰代と、医療面でも帰代の肩を持つ以外に選択肢がない聖のぼやきを聞いた神無は、自分の不運によって処罰を受ける開発者たちのことをフォローしようと声を上げた。
 一日分の記憶が消えたという事実はもちろん神無にとっても不安だが、実際に生活に支障があるというわけではない。
 どうにかこの場は怒りを抑えてもらおうと視線を彷徨わせた神無は、自分の隣で珍しく笑みを消して口を噤んでいる恋人の袖を引いた。

 「だらだら先輩!もし俺が大事なこと忘れてたら教えてくれるよな!」
 「……あぁ、うん。いいよ」
 「ほ、ほらっ!先輩もこう言ってるし!とりあえず俺は大丈夫だから!仕事しようって!」

 神無の説得を聞いた帰代と聖は、ひとまず不満や不安を飲み込んで原因の究明をゲートを作った技術者に任せることにした。
 改めて二人を呼び出した理由について説明を始めた彼らに、神無は意識を集中して耳を傾ける。
 縞斑の反応はいつも以上に落ち着いていて、いっそ余所余所しさすら感じるものだったが、神無はそこに抱いた違和感を言及するほどの余裕がなかったのだ。

 ※
 
 その日の仕事は滞りなく終わった。
 帰代たちは終業後に技術者たちへの原因確認と苦情があるらしく、神無と縞斑の二人は一足先に宿舎へ帰る運びとなかったのだ。

 「疲れた……
 「お疲れ様。今日は早く休んだほうがいいね」
 「だなぁ……無事に終わってよかった」

 相変わらず神無の記憶は戻らない。
 しかし、抜け落ちた記憶が非番の日だったのは不幸中の幸いである。おかげで仕事には支障もなく、無事に定時までに報告書を作り終えることができたのだ。
 大きく伸びをして息を吐いた神無はふと、隣を歩く縞斑の顔を見上げる。
 
 「ねぇ先輩。俺、上手くやれてた?」
 「うん、問題なかったと思うよ」

 神無への返事に躊躇いはない。しかし、その声色はやはりどこか余所余所しく、神無を避けているようにすら感じるのだ。
 縞斑は意味もなくそんな行動をとる人ではない。
 ならば考えられる原因はやはり、神無が昨日の記憶を失っていることにあるのだろう。
 自分と歩幅を合わせて素知らぬ顔で歩く縞斑を見上げた神無は、絡まない視線に少しだけ眉を下げると緊張した様子で口火を切る。

 「あのさ……俺ひょっとして、先輩に昨日何かしちゃった?」

 縞斑が歩みを止めて、僅かに驚いたように薄く目を開く。
 ようやく自分を映した翡翠の瞳をじっと見つめていれば、珍しく動揺した様子の彼は視線を泳がせたまま返事をした。

 「いや……神無ちゃんはなにも、」
 「……だって先輩、俺がこうなってから全然目合わせてくれないじゃん」
 
 仕事中も休憩時間も、縞斑は片時も神無のそばを離れようとしなかった。
 おそらく記憶がない神無が少しでも不安に思うことのないようにと気を遣っていたのだろうが、それ故に神無は縞斑と全く目が合わないことに気がついてしまったのである。
 指摘されて初めて自覚したらしい縞斑が驚いたように目を開いた。そんな彼の未だ気まずそうな顔を見上げた神無は、こくりと小さく唾を飲んで口を開く。

 「ひょっとして俺……何か大事なこと忘れてるんじゃないの?」
 「それは……
 「喧嘩したとか、嫌いって言ったとか、そういうひどいことして、だから先輩は俺のこと避けてるのかなって」
 「……違うよ。神無ちゃんはそんなことしてないから安心して」

 縞斑が自分を避けるほど酷いことをしたというわけではないのならなおさら、自分は一体何をしてしまったのだろうか。
 縞斑の否定を聞いてますます不安が拭えなくなった神無が表情を曇らせていれば、ついに彼は言葉に悩むように視線を地面に向けたまま口を開いた。

 「…………昨日は、少なくとも俺にとって、とても大切で忘れたくない話をしたんだ」
 「……先輩と会ってたの?」
 「あぁ。お互いに痕跡は残してないから、気が付かなくて当然だと思うよ」

 神無と縞斑は恋人という関係にあるが、お互いの身分上逢瀬の時は細心の注意を払うようにしている。
 予定は全て口頭で確認し、スケジュールにも決して記録を残さない。これは万が一にもスパローと警察が敵対関係になったときに、神無が警察内で自分の立場を失ってしまわないように二人で決めたことだった。
 最初は自分を守るためだけにあるその提案に反対した神無だが、結果として縞斑が動きやすいのであればと了承したのだ。
 いつものように口頭で約束を交わした二人は、昨日も一緒に過ごしていたらしい。昨日の記憶が抜けたことによりその約束すら覚えていなかった神無が目を瞬けば、縞斑は素直に首を縦に振って言葉を続ける。

 「……君が忘れたことを責めるつもりは今もないし、内容を伝えることで神無ちゃんが困るところは見たくないからね」
 「でも大事なことなら教えてくれれば……
 「なにより、思った以上に君に忘れられて落ち込んでる自分の女々しさを認めたくなかった」

 神無が昨日の記憶を失っていると分かった時、縞斑は真っ先にその思い出が消えてしまったことにショックを受けた。
 神無の身の心配より先に自身の思い出を案じてしまった自分の我儘さに自己嫌悪した彼は、その気まずさから神無と目が合わせられなかったのである。
 俯く縞斑を前に息を呑んだ神無は、一歩踏み出すと彼の居場所無さげな手のひらを捕まえた。驚いて顔を上げた縞斑と視線を合わせて、彼はきっぱりと口を開く。

 「何があったか教えて」
 「……、」
 「お願い。先輩にとって大事なことは、俺にとっても絶対大事なことだから」

 思い出すのを待っていては、いつまで経っても縞斑の心が晴れないままだ。それは神無も本意ではないと懸命に伝えれば、やがて彼は小さく息を吐いて口を開く。

 「……笑わない?」
 「笑うわけない!!」

 そんな確認を取るような話をしたのだろうかとますます疑問が募る神無に、縞斑は意を決した様子でぽつりと呟いた。

 「神無ちゃんからキスして……好きだって言われた。それが昨日の思い出」
 「おれが……?」

 昨晩、神無は自分から縞斑にキスをして、恥ずかしそうに「好きだ」と囁いて見せたのだ。
 普段から愛情を表現することが苦手な神無は、自分からキスをすることはもちろん、縞斑が囁く愛に頷くことが精一杯だった。
 そんな彼なりに、縞斑へ日頃抱いている愛情を伝えたいと悩んだ結果なのだろう。驚いて抱きしめる縞斑の腕の中で、彼は恥ずかしそうに笑っていたのだ。
 神無からの言葉や行動が嬉しくて、縞斑は柄にもなくはしゃいでいた。その直後に神無が記憶を失ってしまい、あの夜が自分だけのものになってしまったことがどうしようもなく苦しかったのである。

 「……ごめん」

 縞斑の苦悩が痛いほど伝わった神無は、思わず俯いてそう謝ってしまった。それすら彼を傷つけてしまうと分かっていても、覚えていないという罪悪感から逃れることができなかったのだ。
 眉を下げるそんな神無を見下ろした縞斑は、ふっと小さく笑うと慰めるように頭を撫でて見せた。

 「神無ちゃんは少しも悪くないでしょ。これはただ、運が悪かっただけの話だ」
 「でも、」
 「たとえ君が思い出せなくても、昨日のことが嘘になったわけじゃない。だから大丈夫だよ」

 この話はこれで終わりだというように会話を締めくくった縞斑は、何事もなく道を歩き出す。
 そんな彼の大人な対応に黙って甘えることが、今神無に出来る最大の気遣いなのかもしれない。
 しかしそれでも、神無はその背に甘えることができなかった。たとえこの先の発言が二人の間に気まずさを生んでしまったとしても、伝えない後悔よりずっとましだと思えてしまったのだ。

 「まって先輩!お願い、少しだけ聞いて……!」
 「神無ちゃん……?」

 縞斑の手を取って引き留めた神無は、ぎゅうと目を閉じると恥じらいを捨てて思いの丈を全て打ち明ける決意をする。

 「記憶のない俺の話なんて、聞きたくないかもしれないけど……でも、でも俺は今、たぶん昨日の自分と同じことを考えてるんだと思う」
 「……、」
 「いつも先輩から伝えてもらってばっかりだから、俺からも先輩に伝えて、触れたいって思ってたんだ」

 昨日の記憶がなくなったとしても、それまで大切に積み重ねてきた縞斑への想いはひとつも変わってなどいない。
 縞斑から昨日の自分の話を聞いた神無は、自身の行動をすんなりと納得したのだ。だってそれは、以前からずっと思い続けていたことだったから。
 ようやく勇気を出して行動に移したのに、よりにもよってそんな大切な日を自分は忘れてしまったのだろう。
 悔しさに唇を噛んだ神無は顔を上げると、せめてここから先は縞斑を傷つけることなく寄り添いたいと口を開く。

 「でもきっと……今すぐに行動しても、先輩は俺が気を遣ってるんじゃないかって不安に思うだろうから……もう少しだけ待ってて」
 「待つ……?」
 「うん。必ずまた俺から好きって伝えてキスするから、もう一度腹を括る時間がほしい」

 今すぐにでも縞斑に愛を伝えたい神無だが、ただの埋め合わせだと思われてしまったら互いに幸せになれない。
 だからこそもう一度決意を固める時間が必要なのだと神無が必死で頼めば、それまで静かに神無の話を聞いていた縞斑が破顔した。

 「……わかった。待ってる」
 「ありがとう先輩!」
 「こちらこそ、ありがとうね」

 神無なりに縞斑を大切に思う気持ちが伝わったのだろう。頷いた縞斑はいつものように目線を合わせて笑うと、神無の手を取って歩き出す。
 いつも通りに戻ろうという彼の誘いに乗って指を絡めた神無は、安心した途端にくぅと鳴き声を上げる素直な腹を押さえて笑った。

 「晩ご飯なんだろうなぁ」
 「唐揚げ作るって言ってたよ」
 「やった!帰代先輩の唐揚げ楽しみ!」
 「デザートはプリンだってさ」
 「ほんと!!?!?!?楽しみ!!!!!!」
 「音圧の差がすごいな」

 デザートを楽しみにして子供のように飛び跳ねる神無の手を引いて、改めて縞斑は宿舎までの道を辿る。
 ご機嫌の神無に相槌を打つ縞斑は内心で、先ほどの神無の言葉を反芻していた。
 『いつも先輩から伝えてもらってばっかりだから、たまには俺から先輩に伝えて、触れたいって思ってた』という言葉は、昨晩彼が一字一句違わず伝えてくれたものだ。
 やはり神無は記憶を失っても神無なのだろう。彼からの愛情を再確認することができた縞斑は、今はそれだけで十分だと幸せそうに笑った。

 「好きだよ、神無ちゃん」
 「え?!!あ、えっと、お、俺もだけど?!」
 「はは、うん。知ってる」

 今は少しだけ、自分だけが知っている神無の本音が存在するという事実が嬉しい。
 そう満足そうに笑った彼は、不思議そうに首を捻る神無を連れて暖かな灯りの灯る宿舎へのんびりと歩いていくのだった。



 


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