第54回トワスト、テーマ「助手席」作品です。制作時間約45分。ランフォードとサティナの話です。
@xxxyueyunxxx
その日は会社が休みであった。
黒木嵐――魔族のランフォードは、妻のサティナを連れて買い物に出ていた。この日は郊外の大型ショップに出かけることにしたので、車で。
ランフォードが運転をして、サティナが助手席に座る。いつも通りの外出であった。なお、ふたりの娘であるソレイユは、ひとりで遊びに行っている。曰く「今日は友達と遊ぶ予定があるから」とのことであった。
車が渋滞に引っかかったので、ランフォードはサティナに声をかけた。
「サティナ。渋滞みたいだけど、お手洗いは大丈夫かね?」
「大丈夫です、ランフォード。……この混雑だと、あと三十分は到着までかかりそうですね」
「そうだね。さすが休みの日だ」
信号が赤に変わったのを良いことに、ランフォードはサティナの方に視線を向けた。サティナは膝の上でカバンを持って、窓の外を眺めているようであった。
そんな妻の姿を見ていて、ふと思い出した。――ランフォードの友人である男、ジェフが話していたことだ。助手席に座らせる相手は、選びたいと。
「うーん……」
自分ならどうだろう、と考えてみた。ランフォードが運転する車の助手席に座る相手というと、限られている。妻のサティナに、娘のソレイユ。あとは、友のジェフ。――部下のヴァレールを乗せたことも何度かあったか。
「ランフォード。車が動いていますよ」
「――おっと。ありがとう、サティナ。教えてくれて」
少し車が進んでいたので、ランフォードは慌てて車を動かす。相変わらず道は混み合っていたので、わずかな距離を進むとまた車は止まってしまった。
「ランフォード。車が進んでいないのを良いことに、何か考えてらしたでしょう」
「サティナには何も隠せないね。そうなんだ。ふと思い出したことがあってね」
ランフォードはサティナに説明した。考え込んでいたことの話を。
「そうでしたか……」
「そうだ。君にも聞いてみよう。サティナ。君ならどう考える? 助手席に座らせる相手は、選びたいかね?」
サティナが考え込んでいるのが、視界の端に映る。しばし黙り込んでいたサティナであったが、ゆっくりと話しはじめた。
「そう、ですね……私は、ある程度は選びたいかも知れません。運転中に隣に座る相手ですし」
「そうなのだね。サティナはどんな相手なら、隣に座っても良いと思える?」
「ランフォードは勿論ですし、ソレイユも大丈夫ですね。あとは、ご近所の奥さまなら別に構わないかも」
サティナは普段『主婦』という役目を演じている。そのため、ご近所付き合いもある程度こなしているのだ。
「知り合いなら構わない、という感じなのかね?」
「そうでもありません。例えばジェフ様のことはよく存じておりますが、隣にはちょっと。要らない緊張をしてしまいそうで」
ランフォード達とは違う部族の長であるジェフのことを、サティナは常に『ジェフ様』と呼んで敬意を払っている。そのことも、関係があるのかも知れない。
「そうなのだね。――ありがとう、サティナ。参考になったよ」
「どういたしまして。ところで、ランフォード自身はこの件についていかがお考えなのです?」
「助手席にどんな相手なら座って良いか、かね? 私は割と誰でも良いのだよ。サティナは勿論のこと、ソレイユも良いし、ジェフでも構わない。もっと言うと、会社の同僚でも構わないだろうなと」
そう、ランフォード自身は誰が助手席に座っても、割と大丈夫なのだ。相手を選ぶかというと、ほぼ選ばないと言っても過言ではない感じだ。
「私は本当に誰でも構わなかっただけに、ジェフが言っていたことに、驚いてね。――ジェフは、私か朝恵ちゃんくらいしか、積極的には助手席に乗せたくないと言っていたんだよ」
どうしてなのだろうか。たかが、車の助手席なのに。そうランフォードがぽつりと漏らしたのを、サティナは聞き逃していなかったようだ。
「……もしかしたらですけど、ジェフ様にとって助手席に座られるということは、心に踏み込まれるのに近いものがあるのでは」
「心?」
「ええ。助手席というのは、運転している間ずっと、近い位置にあり続ける位置でしょう。それが、己のプライベートスペースに踏み込まれた感じがするのかも知れません」
なるほど。――サティナの言うのにも一理あるかも知れない。
「ジェフ様はランフォードと、あと朝恵ちゃんという子なら大丈夫だと仰っていたのでしょう? それはすなわち、そのふたりになら自分のことを知られても構わない、ということかも知れませんよ」
私と、朝恵ちゃんか――サティナの言う通りなのなら、自分にそんな信頼を寄せてもらえたことを、心より嬉しく感じた。
「ランフォード。朝恵ちゃんってどんな子なのです? あのジェフ様が名前を挙げられる子なのでしたら、私も気になりますので」
「朝恵ちゃんか。あの子は良い子だよ。……私は、おじさんと呼ばれているがね」
「おじさんが嫌なら、その髭を剃られたらいかがです?」
「君までそんなことを言うのかね、サティナ? ジェフも言うんだよね、髭を剃れと」
ランフォードとサティナは顔を見合わせると、軽く笑った。狭い車内に、光が満ちる。
話が弾んでいるせいか、長い渋滞もそこまで気にならなかった。