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焼け落ちたその先できみと〜キリシタンすり抜け主と燭台切光忠の旅路〜

2025-11-17 21:01:04

◼︎光忠と彼女、そして鶴丸の暁前。光忠が極の旅に出るまでのこと。審神者ちゃんが光忠と一緒に徳川ミュージアムに行って、黄金の鎺溶ける焼身を観にいく話。
◼︎前日譚の「加州清光が極めるまで」はこちら
→ありし日、沸の話〜赤椿開花前線より〜https://privatter.net/p/11719563

この本丸の初期刀、加州くんが極の旅に出た。
緊急事態に備えて鳩は手元に用意してあったけど、僕らの主はふわふわ笑って「待つ時間も楽しいから」と旅の無事を祈りながら待つことを選んだ。四日四晩の後、無事に帰還した加州くんは、ひどく頼もしく心を定めて帰ってきたみたいだ。

極の旅。自分は何者か、自分自身で見極めて定める旅。
己が誰で、誰に打たれ、誰に使われた何者か、自分自身で決める旅。
そうして、その果てに。どうやって折れたかすらも。直視する旅だ。

加州くん、加州清光は。
1864年7月8日、池田屋事件の激戦にて帽子さきが折れたと今日へ伝えられている。
打ち直すことができない鋒が折れるのはあまりに致命的だ。その場で見切りを付けられ破棄されてもおかしくないほど。彼もまた、どうにか修復を試みたものの、不可能だったため破棄されたと伝えられている。
だから極の旅で、それを直視したに違いないのに、過去から戻ってきた彼は、より一層のこと固く鋭くしなやかに、そして、美しく華やかに磨き上げられて帰ってきた。

刀身に満ちるは誓いと愛だと胸を張って憚らない彼。
同じ刀の側から見ても、彼の輝きはまぶしいくらいだった。


幸いにして、僕、燭台切光忠は、ひどく大切に未来に繋いでくれた数多の人々のおかげで、折損せっそんを今日まで経験せずに済んだ刀だった。
だから、僕にとって加州かれの池田屋に当たる出来事はたった一つ。

1923年9月1日午前11時58分、発生した関東大震災。
他がすっかり焼け落ちたその後、水戸徳川家の蔵にて。
扉を開けた瞬間の爆発的燃焼バックドラフト

この国中が未曾有の大震災にパニックになっているその最中、中の宝物ぼくらを心配して蔵を開けようとしてくれた人がいたことが、かえって致命的な事態を引き起こした。

可燃性ガスが蔵に充満した状態で、ほんのわずかに残った火種が不完全燃焼を起こして表面上だけ鎮火した、その状況下で。
扉を開けてしまい、酸素が流入したことによる爆発火災。

記憶はいささか曖昧だけど、一瞬だったと思う。
あの瞬間、水戸徳川家に数多く伝来していた刀は一瞬にして業火で焼け落ち、溶け、灰に埋もれ、ここで朽ち果てる運命だった。
それでも埋火の中で必死に声を上げていた僕らを、瓦礫を掻き分けてなんとか回収しようとしてくれた人が確かにいたことを、僕は確かに覚えている。

あの日、蔵の瓦礫と燃え殻の中から回収できた刀は、そう多くなかったと聞き及んでいる。当然だ。当時、どれほどの人々が大地震と多発火災で命を奪われたことか。
折れる前に回収してもらえたことが奇跡なぐらいひどい大災害だった。僕はその内の一振りだった。

僕らを残灰から回収してくれた水戸徳川家の人々は、当時あの灰の中から回収できたわずか何振りかの刀達を、焼けてもなお生き残ろうとする力が強かったからこそ、灰に埋もれず今に残っているのではないかと感じると、後世へ語ってくれたらしい。
僕がそれを知ったのはずっと後のことだったけれど、涙が出るほどに嬉しかった。物言わぬ僕らの魂を、叫びを、確かに聞き届けて未来へ繋いでくれた人は確かにいたのだ。


焼けると鉄が著しく脆くなる。名刀として讃えられた鑑賞に耐えうる美しい刃文を失い、実践で使うにはあまりに頼りない強度。
そうして焼け落ちて美術品としての価値が落ちた刀を、被災刀剣と呼ぶ。僕は、水戸徳川家に残された被災刀剣の一振りだった。

それでも、僕は間違いなく幸運だったと断言できる。
僕を未来へ繋いでくれた水戸徳川家の人々は、被災してもなお僕らを家宝として扱い続けてくれたからだ。被災刀剣は一律に破棄される場合も少なくない当時では珍しいことだった。

被災前から僕の姿を非常に緻密に描き残して伝えてくれていたし、焼け落ちてもなお僕を宝物として、繰り返し人々の前へ展示に出してくれた。
焼け落ちればただの焦げた鉄、被災刀剣がそう呼ばれることも少なくなかった当時、展示はかなり躊躇われたという話だ。にも関わらず。

後に、数多くの人々が、伊達政宗公に愛された当時の僕の姿を見たいと熱望してくれた時。
打ち直しと復元の案も出ていたにも関わらず、打ち直さずともこの刀は家宝であると、折れるリスクを避けたいからと、打ち直しではなく記録を元に写しを作ろうと、そう決断をしてくれたのも水戸徳川家の人々だ。
だから僕は焼身の身でありながら、とても美しい出来の写し刀の本歌としても愛してもらった。それがどれほど稀有で幸運なことか。

この国では長いこと、焼けた刀を刀とは認めないと、法によって固く定められていた。
にも関わらず、僕、燭台切光忠は、この国にこの法ができて初めて『日本刀である』と法で公的に広く認められた被災刀剣だった。
2205年の未来では、この出来事は全ての審神者教本にも書かれた、後に被災した刀剣男士を数多く生んだ分岐点、ターニングポイントであるとされている。故にこの出来事は、政府における主要改竄防衛点として固く警備されているという話だ。
そこに至るまで、僕を愛してくれたあまりに多くの人々が、そして何よりも僕を未来へ繋いでくれた水戸徳川あのいえの人達が、どれほどの思いで尽力してくれたことか。

だから、僕は間違いなく言える。
焼け落ちたことすらも、僕の物語。僕の誇り。
愛してもらった僕の宝物。

僕の身には、焼き刻まれたあの日の炎の痛みを遥かに上回る愛が、確かに流れているのだと。誰に恥じることなくそう言える。


だからこそ。
そう、僕は怖かった。

今の僕の主人は、そういった歴史教育を何ひとつ受けていない彼女は。

焼けた僕のことも、等しく愛してくれるだろうか、と。




焼け落ちたその先できみと



重ねた誉の祝いにと、その日、好きな褒美をねだって欲しいと彼女に言われ、僕はこう願い出た。
僕と一緒に、里帰りをして欲しい、と。


幸いなことに、僕の今代の主人は、とても無邪気で心優しい、あたたかな女性だった。

以前、僕が何気なく「いろんな刀剣男士の郷土料理を作ってみたい」と言ったことを覚えてくれていて、こうしてたびたび機会を与えてくれては、各地を旅行して僕と椀を分け合ってくれた。
彼女は少ない休暇をそうしてこの国を回ること、刀剣男士たちを知ることに惜しみなく使ってくれた。
そんな、僕らを間違いなく大切にしてくれる主だった。

僕や貞ちゃんを連れて、東北にも何度も足を運んでくれた。
伊達政宗公の足取りを巡る旅は、当時の記憶をなぞる旅は、彼女と過ごした大事な思い出だ。

だから、僕が。共に里帰りして欲しいとそう口にした時、彼女は二つ返事で頷いてくれて、すぐに東北へのチケットを取ろうと腰を浮かせてくれたけれど、そんな彼女を止めて、僕はゆっくりと首を横に振った。
不思議そうに僕を見上げる、きょとんとした金色の眼。彼女の生来の霊力の色は、不思議と僕や貞ちゃんと似通っている。

「うんん、伊達の家のことじゃないんだ。僕のもう一つの故郷に、きみに来て欲しいんだ」

何度も練習したそのセリフは、スムーズに口にすることができたけれど、内心では声が震えないかと気が気でなかった。
口がカラカラに乾いて、どんな酷い戦でもこうはならないぐらいに心臓がばくばくとうるさかったけれど、どうか気付かないでいて欲しいと願った。

彼女は、それがどこかもまだ知らないのに、やはり二つ返事で頷いて微笑んでくれた。そうして迷わず僕の手を両手で取って、ぱあっと花のように笑ってくれた。
「嬉しい! みっちゃんのもう一つの故郷、連れてってくれるんだ。嬉しい、嬉しい、ありがとう」

小さくて柔らかくて、熱いぐらいにあたたかい手のひら。
黒手袋ごしにすら伝わるその柔らかさとあたたかさが、早鐘を打つ僕の心臓を優しく包んでくれた。


時の政府の施策として、審神者は刀剣男士と歴史に纏わる学習が励行されている。
そしてその政策の一つに、各時代の刀剣男士の本霊の源を保管する美術館への、政府を通じた条件非公開のインビテーションがある。

年に数回、完全招待制で
休館日に貸切展示をしているのだ。

政府に申請して
刀剣男士と共に向かう人のためのものだ。


僕はそれを知っていた。
だいぶ前から政府に申請して、密かにその招待状を手にしていたけれど、なかなか彼女に言い出せないでいた。
ようやく勇気を出したのが、たまたま先日の誉の褒美を聞かれた時だった、というだけ。もちろん、それを彼女に悟らせないように、完璧にエスコートする自信もあったし準備も欠かさなかったけれど。



普段の旅行では、多くの刀と思い出を分け合いたいからと笑う彼女に合わせて、現世の近侍は時間ごとにくるくると入れ替わりながら過ごすのが常だけれど、みんなと鶴さんに無理を言って、今回の旅はすべて僕に譲って貰った。

特に鶴さんにはきっと、何もかもお見通しだったと思う。
現世警護を指揮する鶴さんとしては、太刀の僕が始終供につくのは不安材料だっただろうに、何も言わずに背中を力強く叩いてくれたから。



この本丸では、初期刀に次ぐ初鍛刀として、短刀ではなく太刀の鶴さんが呼ばれた特殊な経緯がある。
僕はその次に呼ばれた。加州くんが極めた今、けれど鶴さんは、当面の間は他に修行道具を譲るつもりだ、と僕に教えてくれた。
鶴さんには鶴さんの考えがある。特に、彼のようにとても多くが見えている、見えすぎている刀にとっては。
この本丸に必要なことなのだろう。鶴さんの考えなら、きっと間違いないと思う。

だからこそ。
鶴さんに次ぐ、最古参としてこの本丸に呼ばれた刀として。

二つ目の修行道具が揃った瞬間から、僕は修行を意識せざるを得なかった。


顕現から修行まで何年もかかることも少なくない普通の本丸とその流れを思えば、あまりに早い。早すぎる、といってもいい。
なにせこの本丸では、月に一度しか審神者と本丸で過ごせないのだから。僕自身、本丸で主とゆっくり過ごせた機会は数えられるほどしかない。

それでも、加州くんが旅に出たのは、なかなか手に入りにくい修行道具を急ぐようにかき集めて、揃ったその瞬間だった。彼はずっと前から決意していたのだろう。そして鮮やかに切れ味を増して帰ってきた。

かっこよかった。胸を張る加州くんは。
こんなにも早く旅に出る決意を迷わず固められる彼が、彼女のために自分の全部を躊躇いなく注げる彼が、本当にカッコイイと僕は思った。

だから僕は、ここにきた。
茨城県水戸市。どうしても踏ん切りを付けられなかった、最後の一歩のために。


彼女は、焼身の僕をどう思うだろう。
僕にとっては誇りだけれど、きみは同じように思ってくれるだろうか。
極めに行く前、僕には最後の決心が必要だった。


スマートなエスコートを装って手を繋いだのは、僕の恐れの現れだった。
口より、言葉より、出てしまうものだから。反射というものは。
僕は、きみの手を握って目を見てさえいれば。
落胆や嘘を、無意識の誤魔化しのその一瞬の反射を。どんなに取り繕っても見分けられる自信があったから。



彼女に目を閉じるようにお願いすると
なんの疑問もなく彼女は目を閉じて、ぜんぶを僕に委ねてくれた。

やがて至る、徹底的に磨き抜かれた透明な展示ケース。
その中に収まる、漆黒の刃が、金色を纏ってきらりと光を弾いた。

黄金の鎺溶ける黒き焼身。その前に立つ。
今は泡沫の眠りの中でまどろむ僕の前に。

「いいよ、目を開けて」

祈るように口にした。

彼女のまつ毛が、ゆっくりと綺麗に震えて
開かれていって、光を取り戻す、その数瞬。

僕は、僕のぜんぶを賭けて
折れてもいいぐらいの気持ちで身を投げたつもりだった。


彼女の瞳が、大きく見開かれて
映すセカイのぜんぶが、僕で満ちる


その瞬間、大きく息を呑んだ彼女の手が
カッと熱くなった。

彼女の瞳を薔薇色に染めたのは
美しいほどに鮮やかな歓喜だった。


「わあっ、きれい! 金色の龍みたい!」


そう口からこぼれた彼女の喜びを
ぜんぶ余すことなくその目に焼き付けて


「みっちゃんだ! きれいな黒鉄に黄金の龍、みっちゃんだ、みっちゃんなんだ」

夢中になって見つめる彼女が、ぎゅうっと手を強く握って
次の瞬間、彼女は屈託なく笑って振り返った。

「かっこいいねえ!!」

胸にぐっと押し寄せた歓喜と幸福感を
世界の全てに祝福されたような歓びを

今すぐ掻き抱いて、固く抱きしめたい気持ちを必死で抑えて、繋いだ手のひらを引いた。
手の甲へ触れずに落とすリップ音は、敬意と感謝。

「ありがとう、主」

泣き出したいほどの歓喜を
どう口にしていいか分からない、だから。

「きみがそう言ってくれれば、それだけで僕は」

だから、僕は。
きみの、きみのためだけに。
世界一かっこいい刀になって戻ってくるからと

きみのためなら、もう一度あの焔の中にだって
飛び込んでみせるからと、声なく誓った。


「ありがとう」



きみと、きみに出逢うこの一瞬まで
僕を未来へ運んでくれた全ての愛に、感謝を。


「ねえ、きみ。お願いがあるんだ」
「なあに?」
「僕の修行には鳩を使って。きみと同じ刻の流れに、一秒でも長くいたいんだ」

彼女の柔らかい手のひらを、そっと額に押し抱く。祈るように。

「そうして、鳩を出したら、目を瞑って僕を待っていて。今日と同じように」

繋いだ手のひらを、触れたきみを。その焼け付くように優しい体温を、固く心に刻み込む。
きみこそが、今の僕のいちばんの宝だった。

「そしたら、いちばんにきみに見せるよ。もっと格好良くなった、きみだけの僕を」





月高く登る夜更けに、彼女をすっかり寝かせてから、光忠は帰ってきた。

暗い部屋で寝待ち月だけを肴に、白い背中を月光に晒していた鶴丸国永は、帰還した光忠をゆったりと出迎えた。

まだ手の付いていない盃が、ふたつ。


「答えは出たかい、光坊」
「うん」

ぱたん、と襖を静かに閉めた光忠は、振り返って晴れやかに笑った。

「行ってくるよ、鶴さん」
「そうか。今から楽しみだな」

鶴丸は、まるで少年のように明るく破顔した。
光忠の決意を祝福するように。

「帰ってきたきみが、オレたちをあっと驚かせてくれるんだろう?」




「さて、とはいえ、きみといい加州といい、とにかく早いな。それにも驚かせてもらったが……

とくとくとく、と透明な酒が注がれる。
光忠は有り難くその盃を受けた。

月光を吸った透明な酒が、二人きりの部屋の静寂しじまに満ちる。

「予想よりだいぶ早い。加州のやつはともかく、きみたちは流石にもう少し後から続くものだと思っていた。こうして驚かせてもらったのは嬉しいが……少々、心配になるのも事実だな」

鶴丸は顎を擦ると、畳に視線を落とし、まるで深くて見えない水底を睨むような目をした。

本来なら少しずつ主の為人を知って、審神者の指揮の下で死線を潜りながら、長い長い極への道を少しずつ登っていく。それが本来の在り方。本来の流れ。
だが、この本丸では彼女が月に一度しか帰城せず、指揮も名代の鶴丸が振るう間接的なもの。そんな中で、初期刀の加州清光が、さらに異例と言える速度で極めた。

栴檀双葉せんだんのふたばとは言うが
早く焼き上げた器が、割れやすくなっては事だ。

「彼女もこの本丸もまだまだ青い。せっかくの決意に水を差すのも無粋だが……焦りに足を取られていやしないかい」

柔らかくまろい声だった。心から光忠を案じる想いだけを乗せた、まだまだ頑是ない坊やを見守るような優しく老成した眼差しだった。
長船の祖たる僕らへとそんな眼を向けてくれるひとはいっとう限られている。

「ありがとう鶴さん。心配してくれて」
「オレだけじゃなく、加州のやつも心配していた。自分があまりに早く極めたせいで、続く刀たちが過度に急かされてやしないかと」

鶴丸の纏う白絹へ月光がやわらかく降り注ぐ中、光忠は静かに微笑みを返した。

「そうだね、確かに少し、焦りすぎてたみたいだ。でも、今は違うよ。自分が斬るべき迷いがちゃんと見えてるから」
「そうか、余計な老婆心を出してすまんなぁ。無駄に歳を取ると余計な心配ばっかりしちまう」

ゆったりとそう口に乗せ、鶴丸は盃をくっと仰いだ。
白陶磁の面差しが、柔らかにたわむ。

「主の傍らには打刀連中が控えてる。太刀のきみが極めれば心強いのはもちろんだが、元来オレたち太刀は大器晩成だ。……本当にいいのかい? ゆっくり練り上げたって、誰も責めやしないと思うぜ」

良い酒と共に注がれる、優しく案じる眼差しを感じながら、光忠はゆっくりと盃を煽った。清酒がやわらかに喉を潤していく。

「うんん、ありがとう。でも、もう決めたから」
「わかった。なら後は信じるだけだ。良い旅をな」
「ありがとう。行ってきます、鶴さん」

「それに、……一つ、どうしても気がかりなことがあって」
「なんだい?」
「最初は僕もそう思ったんだ。まだ時間はある、早過ぎるって。けど、思ったより時間がないかもしれない」
「なに?」
「彼女、なんでも笑って受け入れてしまうんだ。よくわかった。普通の人間ならあるはずの負の側面を欠損してる。戸惑わないんじゃない、戸惑えないんだ、きっと」

わずかな戸惑いも見せなかった彼女
焼き焦げた光忠の刀身を、薔薇色の頬で受け止めて笑ってくれた僕らの主

「麻薬みたいだ。きっとそう遠くないうちに、誰かが足を滑らせて踏み外す。その時、止める刀が必要なんだ」

強すぎる光は、戦場では絶えず誰かを狂わせる。そう、政宗くんがもういないはずの織田信長かれの影に始終焼かれていたみたいに。
誰かを惹きつけながら惑わせる。人も、刀剣男士も、否応なく。

彼女、自覚がないんだ。
誰かがバランスを取らないと。



それを聞いた鶴丸は、じっくりと物思いに沈むように、光忠の言葉にしばし深く思い悩んでいた。



直感、とも言うべき光忠の懸念は当たり、これからまもなく鶴丸が足を踏み外す。
彼女を愛しすぎたが故に、その欠落に惹かれすぎたがために、その自覚も無いまま、最も慎重であったはずの彼が修羅に片足を沈めてしまった。


そこからこの本丸は、彼女への愛ゆえに狂った鶴丸と共に、転がり落ちるように幾つもの死戦を潜ることとなる。



強すぎる光は、誰かを惹きつけながら惑わせる。人も、刀剣男士も、否応なく。

夜空に浮かぶ躊躇ためらい月が、眩しいほどに美しい暁前だった。


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