続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。このお話(旅立つ前に… →https://privatter.net/p/11699241)から3か月経ち、魔女の健康状態も落ち着き、生まれた卵達もスクスク育った頃、旅立ちの準備が整います。
公私ともに忙しく、イラストにも手を出す様になってから、更新も新規のお話も遅れて、すみませんです。
2024/06/08に上げました。
@kw42431393
「まじょさま、ヒナイチひめ。こんにちは。」
「こんにちは。今回も持ってきてくれたのか。」
魔女の別宅で暮らす様になってから、3か月が経った。
こうして魔女と共にいると、入れ替わり立ち代わり、様々な者達が訪れている事が分かる。
それだけ、ドラルクはウィッチ・ドクターとしても、かなり名前が売れていたのだと、つくづく思う。
今、目の前にいるカガミダイの子供もそうだ。もっと幼魚だった頃に命を救われた対価として、週に一度、獲物の一部を、魔女の元に届ける事になっている。
それで、今回はマメアジを持ってきてくれたのだ。
「ヒナイチひめ。たまごのようすはどうですか?」
「フフ、お蔭様でな。見ていくか?」
カガミダイの子供を連れて、居間に向かう。
最近、やっと膜越しに姿が見える様になったんだ。魔女ほどではないが、私も子煩悩なのかな。
皆に見て貰いたいと思う。
「おや?ヒナイチ姫。どうかしたかね?」
いつも通りの調剤室で、すり鉢で薬剤をすり潰していた魔女が振り返る。
やっと体が回復してきて、だいぶ以前の姿に戻って来た。何より…
「カガミダイの坊やにも、見せてやってくれないか?私達の卵を。」
「い、いいんですか?まじょさま。」
「いいよ。この子達も大きくなったら、また、君の世話になるかもしれないもの。ねえ?ジョン。」
ドラルク様も、ああ言ってるヌ。遠慮する事ないヌよ?
定期的に死んでしまうが、必ず甦る事が出来る…というのは、幼い頃から『死の恐怖』に怯えていた魔女にとって、救いではあるらしい。それに、卵を守っている、という張り合いがある。顔が明るくなったよな。
「さあ、どうぞ。まだ、触れないけどね。お前達も挨拶をおし。」
魔女が、閉じていたローブを寛げると、華奢な胸に下げた育児嚢が、姿を現した。
私達人魚も千差万別でな、卵生もいれば、卵胎生、胎生の者達もいるのだ。
私の血筋は卵生だから、本来は1年近くアコヤ貝の上に安置しておくんだけど…魔女が心配症でな。タツノオトシゴを真似て、こういうのを作り出したんだ。
聞けば、祖父の竜大公様もこうして、お父上を育てられたのだと聞いている。血は、抗えないのかもしれない。
「ありがとうございます…わあ、かわいいなぁ。」
卵を預けたら、すぐにドラルクを治す治療薬を作る為に旅立とうと思っていたけど…うん、ちょっと待ってよかったかな。
緩めた合わせ目の隙間から見える、私達の卵。燕の子安貝を使ったから、繁殖能力の弱い人魚としては、珍しく5つも生まれたんだ。交接腕を挿入した魔女が胎内の卵に触れた時、驚きながらも嬉しそうな顔をしたのを覚えている。
「こうして姿が見えてくると、ますます楽しみだな!」
私も、一緒に覗き込む。
魔女と私に似た顔立ちのメンダコが、2人。兄とお母上とドラルクのお祖母様(…らしい。肖像画でしか、魔女も見た事がないという)によく似た顔立ちの人魚が3人。性別は、まだよく分からない。
ロナルド王子達と蓬莱島に行って、治療薬を作って帰ってきたら、やっと私達4人と1匹の楽しい毎日…いや…
「この子達とロナルド王子の子供達も含めて…何人になるのかな。」
「クスクス、気が早いねえ。」
「この子達がロナルド王子のお城へ行って遊んだり、ロナルド王子んちの子がうちに遊びに来たり…兄妹同然に大人になっていくんだろうな!なぁ、ジョン。」
「ヌフフフ。」
そして、魔女の体も治ったら…本当に私達両家族の、幸せな毎日を手に入れる事が出来るんだ。
「そういえば。お前、足を洗うんじゃなかったっけ?」
それから、さらに数日経った頃の事だった。
遊びに来てくれたロナルド王子が、私の手元を覗き込みながら、そう言ったのは。
そこには、紫色に光るパスポートが積み上げられているのだ…次の抽選者達に配る為の。
やっと、帰郷目的の者達のラッシュは落ち着いた。陸と海を繋げる計画の、本来の目的は果たしたのだ。しかし、今度は両国、さらに、交易に賛成し始めた国々が、視察目的で移動を始めている。
まだまだ、両方の世界で、魔女達の協会はてんてこ舞いの忙しさなのだ。
「う…そのつもりだったんだけどね。ヒナイチ姫を連れて帰って、今度こそ親孝行するつもりだったのに。やるにしても協会から脱退して、ささやかな診療業務をのんびり…その予定が。」
「…魔女、すまん。兄と約束した時、お前が深海の王族だと、知らなかったんだ。」
「言ってましたね。なるほど…育児休暇もあげないとか。カズサ王も、ひでー事しやがりますよ。」
私は知らなかったのだが…ヒナイチ姫はかつて、『この計画が成功したら、自分は永遠に魔女の共にいる』『ドラルクを、イナ海国の王族として迎え入れる』という約束を、取り付けていたのだそうだ。
ヒナイチ姫としては、多くの恨みを買っている私に何かあった時に、母国に救援を要請出来る様に、と心配してくれたのだ。それが…
『うむ。それはそれとしてだな…魔女殿。もとい、義弟殿の構築した技術は、まだまだ改良の余地がある。帰郷目的の者達だけなら、ともかく、それ以上…世界中の者達が移動出来る様にするには、後継者達が育っていない。妻の実家…いや、一族をかけた事業の為に、まだまだ隠居はさせてやれん…頑張れ。』
『ちょっと…王様!私は、生き返ったばかりですよ!それに、この子達だってまだ孵化していな…』
『うむ、これが噂に聞く育児嚢か。まぁ、外回りはヒナイチや他も者達にやらせよう。リハビリがてらの細やかな業務ぐらいなら、それに守られているので、問題はあるまい?実際、診療業務は復帰しているではないか?』
『ぐっ…にぎぃ~。』
『あと、今日持って来たタルトは、美味かったぞ。次は、プリンで頼む。』
「口の中を噛み殺しながら、言っておったわ。不死身なだけで、病人なんだぞ。こき使いおって。」
まぁ、そういう訳でね。一応、協会からは脱退出来たのだけど…どちらかというと、名誉顧問というか特別待遇というか。
向こうも私を架け橋として、有力な王族達との繋がりを得た訳でね…近々、公的機関として認められる事が約束されている。以前、私が行っていた様な悪事に、魔女と呼ばれる者達は関わっていく事はなくなっていくのだろう。我々のネットワークは広い、王国からの支援があれば、もっと進歩する可能性はある。
これで、よかったのかもしれない。
『ドラルクや、パパが来たよ。いるかね?』
その時、玄関の方からお父様の声が聞こえてきた。呆れた様な友人達の視線が、とても痛い。
「…だとよ、ドラ公。おやっさん、しょっちゅうだな。」
「仕方ねーですよ。初孫ですし…ちょっと、頻度が多いですね。」
そう、そうなのだ。孵化するまでまだまだ時間があるのに、数日に1度は、この子達を見に来る。
実家に帰っていたら、もっと構われていただろう…それでは、新婚気分も味わえない。友人夫妻との時間も欲しいし、別宅でよかったかもしれない。それはそうとして…
「これは…あの人が、来たのかな。」
「あぁ、お父上の声が違う。もっと、デレデレした声のはずだ。それに…少し、冷えてきた。」
さすがは、自慢の『太陽の魔女』だね。少し前までの、無邪気なお子様と同一人物とは思えない。
ヒナイチ姫が、棚のファイルと羽ペンを取り出してくる。挟んであるのは、オレンジ色に光る契約書。
ヒナイチ姫がお父様達と結んだ契約書と、師匠である氷笑卿と結んだ契約書だ。
「…なんだ?親父さん以外に…なんか、ヤベー気配が。」
「…ヤベーには違いないですが。サンズちゃんには、心当たりがあります。」
4人と1匹で、玄関に向かう。そこには、緊張気味の表情をした私の父と、師匠の姿。
そして…
「おひさ、ドラルク。そして、ヒナイチ姫にフレンド達。ハワユー。」
想像通りだ。この別宅の岩場よりも大きな、漆黒の竜がこちらを覗き込んでいた。
「ヒナイチ姫。遅くなってすまないね。でも、やっと…。」
「太陽の魔女、今日もお美しい。再び会えて、光栄ですな。そして、不肖の弟子よ。つつがなくて、何よりだ。」
何がつつがなく…だ。ヒナイチ姫に『お爺様』呼ばわりされた上で、やり込められたくせに。
よくヌケヌケと恰好をつけられるものだとも。
「あぁ、お父上に氷笑卿。この度は、協力を感謝する。これで、今度こそ貴方達の…何より、私自身の願いも叶うのだ。」
そう言って、ヒナイチ姫が二人に契約書と羽ペンを差し出す。
これで、『私の命を救う』事の対価にヒナイチ姫が求めた、『竜大公を冬眠から目覚めさせる』『蓬莱島に上陸出来る様に、海流を変える』『北海と国交を開く』『ヒナイチ姫達が蓬莱島に向かう際、領海を通る事を許す』という契約の一部が果たされた訳だ。
いよいよ…
「それにしても…でっけえな、お前のじいさん。ほんとに、こんなガリヒョロと血が繋がってんのか?」
「サンズちゃんは、会った事があります。いよいよですね、ロナルド王子。」
お祖父様、もとい…深海に住まう竜大公が、ここに来た理由。契約通り、蓬莱島周辺の海流を変えてくれたのだろう。そして、ヒナイチ姫は、ロナルド王子夫妻と共に蓬莱島に旅立つ。
私と卵達を置いて…
私の体を治す、治療薬を作る為に…
「魔女…。」
毅然としたお姫様の声に、振り返る。情けない顔は、見せられない。
私達の望みを叶える、最後の詰めに入らなければならないのだ。
私の役割は卵と共に、貴女が帰る場所を守る事。
始まったばかりの、この計画が頓挫しない様に、カズサ王達に協力する事。
「あぁ、それで頼むぞ。旅立ちの用意をしなければ。あとな…しばらく、魔女の料理が食べられないんだ。今夜と明日のお弁当は。」
こそっと、耳打ちされたセリフにため息をつく。
あぁ、こんなに立派になったのに、そこだけはブレないのだね。困った子だ。
「ヌフフフ。」
「笑うなんて、酷いぞ。ジョン、大切な事だ。」
可愛いお姫様の頭を撫でる。私達こそ、貴女の大好きな顔をしばらく見られない。
辛いよね、だから、この目にしっかり焼き付けておかなければ…
「はいはい。貴女とロナルド王子達の好物を、たくさんたくさん、詰めておくとも。」
貴女の小さな手が、私の胸に下げた育児嚢を愛おしげに撫でる。確固たる意志と威厳を持って。
「期待しているぞ。あと、お前達…お母様がいない間、お父様を頼むぞ。いい子で待っているんだぞ。」
必ず、ここへ帰ってきておくれ。
貴女達と夢見た未来予想図を、今度こそ現実にする為に。