第56回トワスト、テーマ「最後のさよなら」制作作品です。制作時間約60分。ランフォードとサティナの昔に関する話です。
@xxxyueyunxxx
宝石をふんだんに使ったティアラ、腕利きの細工師によって作られた装飾品。そして、泡立つようなレースと光沢のある反物で作られた、煌びやかなドレス――
明日これを纏って、私は儀式に臨む。そう、婚礼という名の儀式に。
サティナは切れ長の黒い瞳で、自分のためにと用意された眩いばかりの品々を見つめていた。――明日になって儀式が済めば、晴れてサティナはひとの妻になる。そう、この部族の長である、ランフォードの妻に。その事実は、まだ実感を伴っていなかった。
サティナは、ランフォードに恋い焦がれる娘ではなかった。悪い感情も抱いてはいなかったが。焦がれる娘なら数多くいたのに、何故サティナが選ばれたのかと言うと、単純に力の大きさが要因だったようである。
当人同士の知らないところで、ふたりの結婚は決められた。そのためランフォードとの間でも一悶着あったが、結局サティナはランフォードの妻になることとなった。いろいろあったのに、ランフォードがサティナを拒絶しなかった理由は、未だによくわからない。
「私……うまくやれるのかしら」
サティナはひとつ、小さなため息をついた。どうしてだろう。身体の震えが止まらない。戦場ではこんなことは絶対無いのに。両手で身体を掻き抱いた、そのときであった。
「うまくやらなければ、と思わずとも良いのだよ。君は君らしくいてくれれば、私はそれでいいのだから」
ここにはサティナ以外誰もいないと思っていたのに、声が響いた。いつも穏やかな、少しおっとりとした声が。
サティナが振り返ると、そこには静かな黒い瞳を持った男が立っていた。前髪をオールバックにして、長い後ろ髪はそのままおろしているその男こそが、この部族の長――明日からはサティナの夫となる男、ランフォードであった。
「……ランフォード様……」
「君の家を訪ねたら、君は不在だと言われてね。それで、もしかしたらここかなと思って、来たのだよ」
ゆっくりとランフォードがサティナの方へと近付いてくる。気付けばサティナは、ランフォードの腕の中に抱きしめられていた。
「そんなに怖がらないでほしいな。私は君に、取り繕うことなく過ごしてほしいんだよ。これまでと、変わらずね」
「……それで、良いのですか……?」
「もちろんだよ。変わってもらっては、私は困るよ。私は君の自然な姿を見て、この結婚も悪くないなと思ったのだからね」
サティナはランフォードの顔を見上げる。ランフォードから返ってきたのは、やわらかな笑み。見ているだけで、ほっとするような笑顔であった。
「君は強くてしっかりしていて、頭も良く、それだけではなく、ときには勇気も胆力も発揮出来る女性だ。あのとき、私を助けるために最善の行動を出来たようにね」
「あのときは……必死でしたから」
――長であるランフォードが危うい。そう思ったから、サティナは自分に出来る限りの行動が出来ただけで。
「その必死さも、私は良いなと感じたんだよ。そうそう、あの行動はティファレトのジェフも評価しているのだよ」
「そんな……あのときは大変な無礼を働きましたのに……」
「大丈夫だよ、サティナ。本当にティファレトのジェフの気分を害していたとしたら、おそらくその場で君は消されているだろうから。それをされていないということは、彼は何も気にしていないということではないかね?」
「それなら、良いのですが……」
自然と笑みがこぼれた。ランフォードと話しているうちに、なんとなくほっとしてしまって。
「やっと笑ってくれたね。――では帰ろうか、サティナ。君の家まで、送らせてもらうよ」
ランフォードと目線が合う。すると蕩けるような笑みが返ってきて、胸が高鳴った。
ランフォードと共に、家へと続く道を歩く。その間ずっと、サティナはランフォードに肩を抱かれていた。
「あの……ランフォード様。こうしていたら、目立ちすぎると思うのですが……」
「いいのだよ、サティナ。私は君の婚約者なのだからね」
どうやら、やめてくれる気は無いようだ。傍らから伝わってくる体温を感じながら歩いていると、気付けば家の前であった。
「……ありがとうございます、ランフォード様」
「礼には及ばないよ。――そうそう、明日からはその『様』は外してほしいのだよ。夫に様付けは、何だか妙だと思わないかね?」
それもそうだ。なのでサティナは素直に頷いた。
「わかればいいのだよ、サティナ。では、私は帰るよ」
「はい。――さようなら、ランフォード様。お疲れの出ませんように」
「ありがとう。その君の挨拶も、今日で最後だね。最後のさよならだ」
「……え?」
サティナはきょとんとしてランフォードを見つめる。
「家族になったら、さよならという挨拶は使わないだろう? 余程のことがない限り、ね。私は君に、さよならはされたくないな」
ランフォードが目を細めてサティナを見つめてきたので、サティナも微笑み返した。精一杯の、気持ちを込めて。
後ろ手に手を振って返っていくランフォードの姿を、サティナはずっと見送った。
きっと、さっきのさよならが、最後のさよならになるだろう。少なくとも、自分からは言わないだろう。
――明日からは、あの人が私の伴侶になる。