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秘めるべきとこしえの貴方

全体公開 90 8434文字
2025-12-06 06:37:20

【必読】五夏/ロ兄専
キスの安売りをしてくる傑の話

今夜帳の中で【8】開催おめでとうございます!㊗️
下部の【mainに戻る】を押していただくと過去の作品の一覧ページに飛びますので、お時間があるときにどうぞ!
めでたい! ハッピー五夏👍✌️

Posted by @itou_888

 定期的に業者が清掃をしているものの、築年数という誤魔化せない貫禄がある食堂だ。
 そんな食堂で、先輩である五条と向かい合いながら朝食を摂っていた灰原は、ぺらぺらと軽快に話していた彼が突然静かになったのを観察していた。まるで何かを待っているようにみえる。
「おはよう悟」
 現れたのはもう一人の先輩、夏油だった。
 ここ呪術高等専門学校は、特殊な学校故に生徒数が少ない。灰原の先輩は彼らを含めて三人だけである。
 夏油は、寝癖がついた五条の前髪をワサっとかき上げると、額に軽くちゅっとキスをした。対する五条は蚊の鳴くような声で、はよ、とだけ返し、箸の先で卵焼きをつついている。かき上げられた前髪はそのままだ。
「灰原もおはよう」
「おはようございます!」
「朝から元気だね」
「はい!」
「あはは」
 さっきまで五条さんも早朝とは思えないくらい元気にお喋りしてたんですよ、と返したかったが、今の彼を見ても信じられないだろうから我慢だ。
 そのまま朝食を受け取りに行った夏油の背中を見送り、食事を再開する。具が多い味噌汁が寝起きの体にじんわりと染み渡った。
 少し遅れて同じように朝食に箸をつけ始めた五条だったが、暫くするとまたぴたりと動きを止めて何かを待つような姿勢になった。ふと上げた視線の先に、盆を持った夏油が戻ってきているのが見える。十中八九これが理由だろう。五条は背中を向けているはずなのに、よく分かるものだと感心して飯を頬張る。

 一つ間を空けて席に座ろうとした夏油より早く、五条が隣の椅子を引いた。ここに座れとは口に出さないが、態度は雄弁だ。察しがついたらしい夏油は、軽く礼を言うと五条の頬にちゅっと唇をくっつけてから椅子に腰かけた。
 しかし、五条も夏油も体格がいい。
 灰原と一歳差だとは思えないほど鍛え上げられた身体では、食堂のちっぽけな椅子は窮屈だ。並んで座ろうものなら、肩やら肘やら膝やらがぶつかってしまうのだが、五条は気にしていないようだった。
 身体の至るところを己にぶつけながら食事をする五条を見て、夏油は暫く困ったような表情をみせていたものの、観念したのだろう。箸をとり美味しそうな湯気をたてる朝食に手を付け始めた。
「そういえば、今日の任務は遠方なんだ。時間があったら土産を買ってくるよ。何がいい」
「えっ、そんな悪いですよ。煎餅とかおかきがあれば食べたいです!」
「灰原は本当に米が好きだね」
 ぱくぱくと食事を進める夏油の隣から、ぬっと手が伸びてきた。説明するまでもなく五条である。彼は、あろうことか定食のメインを飾る焼き魚が乗せられた皿を自分の盆に持っていってしまったのだ。
「あ」
「煎餅は色んな味が入っているのがいい? 梅ざらめとか食べられる?」
「自分はなんでも美味しく食べられます! じゃなくて、」
「おかきも一緒に入っているやつがいいよね。きっと七海も食べるだろうから、個包装でたくさん入っているやつにしよう」
「そんなにたくさんいいんですか」
「いいよ。灰原たちも先輩になったら分かるかもしれないな。後輩に土産を買って帰りたくなる気持ち」
 夏油が会話を止めないので、灰原も五条の動きを指摘できなかった。
 けれど、結果的にそうしなくて良かったのだと分かる。五条は焼き魚の大きな骨を綺麗にとって返していたのだ。
 驚きのあまり目を丸くするが、二人とも当然のように過ごしているから何も言わない。夏油は五条にお礼を言ってから、またキスをしようとして動きを止める。少し考えたような表情のまま魚を平らげると、朝食についていた缶詰めのみかんが入った小鉢を手渡していた。
「美味しかった。ごちそうさま。じゃあ、悟、また後で」
「おー」
「お気をつけて!」
「ありがとう。灰原も気をつけてね」
 気持ちよくなるほどの食べっぷりで爽やかに去っていった夏油に手を振る。会話の流れから同じ任務に向かうはずの五条はまだ貰ったみかんをちまちま食べていた。
 夏油の姿が見えなくなっても、先ほどのように話し出す気配はない。静かな時間が続いて、そうして耐えきれなくなったのか、五条からなんか言いたいことないのかよ、と言葉が漏れた。
「お付き合いしているって本当なんだなって思いました」
……ん」
 突如、呪術高専内を飛び交った噂。
 あの五条悟とあの夏油傑がお付き合いをしている。一部は荒れたらしい。灰原たちを含む既知の面々は、何を企んでいるんだと思いながらも静観していた。本当か嘘か分からなかったのだ。
 彼らならばやりそうだけれど、実際のところ分からない。誰もがそう考えていた。
 しかし、今日見た光景は、彼らがこれまでとは違う関係になったことを表していたように思う。
「五条さんが椅子を引いてあげたり、魚の骨をとってあげていたりしたので、やっぱりそうなんだって」
「そこ? いや魚はさ。アイツ骨までバリバリ食うんだけど、硝子が魚の骨は食わない方がいいって言うから……じゃなくて、他にあっただろ。決定的瞬間が」
「ええ? うーん、ちゅーしてたことですか」
「むしろ、それ以外ねーだろ!」
 怒っているのか照れているのか。色が白い人は赤くなると分かりやすいなあ、などと考えている間にも五条は話し続ける。
「アレだけじゃねーんだよ。おはようもおやすみも、行ってきますもお帰りなさいも、ありがとうもごめんも、ちょっとしたことでちゅっちゅちゅっちゅ」
「もしかして惚気ですか」
「あたり」
「ええ!? じゃあ何が問題なんですかあ」
「問題っていうか」
 みかんが入っていた小鉢を手の中でくるくるとまわしながら続ける。
「アレ見てどう思った」
「スマートだなって思いました」
「もっと詳しく」
「しょ、所作に慣れていて無駄がない動きだと思いました?」
 畏まった言い方が得意な七海を思い浮かべて、友人が使いそうな言葉で表現してみた。なかなかに上手く例えられたのではないかと反応を伺うと、そうだよそれ! と叫びながら五条が立ち上がった。
「慣れてんだよなんか。気軽すぎるっつーか。こういうのって、その、特別なんじゃねえの。こんな頻繁にちゅっちゅちゅっちゅ……
 まだ続くかと思われた五条の惚気は、痺れを切らしたらしい夏油からの着信で途切れた。静かになった食堂に寝起きの七海が現れる。
「何かあったんですか。五条さん、珍しく慌ててましたけど」
「んー、なんかラブラブらしいよ」
「はあ?」
「先輩たちの仲が良くて嬉しいってこと!」
 大盛りにしてもらったであろう米飯を笑顔で頬張る友人を見下ろした七海は、最近流れている噂に思い至った。特に言及するつもりもない。灰原が楽しそうならそれでいいのだろうと結論づけ、自身も朝食を受け取りに行った。

**

 年頃の人間がすなる恋バナを、五条は誰ともしたことがなかった。
 愛だの恋だのというものは、呪いの威力を高める負の感情に繋がりはするものの、五条にとっては、どうということはなかったからだ。恋バナしてえな、と思ったこともない。なんなら、恋愛自体に興味がなかったとも言える。

 そんな五条が元服させられながらも窮屈な生家を飛び出し、入学した呪術高専で気になる人間を見つけた。夏油傑。非術師の家系に生まれた呪霊操術使い。様々な面において五条の興味の扉をこじ開けてきた男である。
 夏油とは別に反転術式を他人に行使できる同級生もいた。家入と名乗る少女は、ノンポリと言いつつも非術師寄りの思考ができる女だった。つまりは夏油と話が合う。五条としては面白くなかった。
 たった三人の同級生において、一人を除け者にするのはどうなのか。そんな軟弱な思考を、今まで持ち合わせていなかったというのに人は変わるものらしい。

 さて、二人の会話は、五条が興味ねえなと思っていた分野にまで及んだ。恋バナである。とはいえ、情報を吐かされていたのは夏油だけだった。
「付き合っていたっていうか、うーん」
 煮え切らない反応を示す夏油を家入が肘で突く。面白い話が聞けると踏んだのだろう。
「いいなって思う子がいて、一緒に帰ったりはしてたかな」
「うわ〜」
「そういう硝子はどうなんだ」
「女子から貰うラブレターはそこそこ」
「ああ、ちょっと納得。大人っぽくて憧れの存在だったんだろうね」
 その後も盛り上がった内容を、五条は覚えていない。否、聞こえていたし覚えているけれど、重要な箇所に意識を持っていかれたままだった。
 付き合っていたっていうか。いいなって思う子がいて。
「──とる。さとる、悟!」
「なに」
「どうしたんだ、ずっとぼんやりして。具合が悪いのかい」
「付き合お」
「は?」
「俺と付き合おう、傑」
「待て、何を……ああ、もしかして硝子と話してたやつ?」
 放課後。教室に残っているのは五条と夏油だけだ。家入は早々に自室へ戻ったらしい。うわの空で座学を受けていた五条を案じて声をかけ続けてくれたようだ。そんな夏油に対して放った突然の要求は、当然のことながら相手を驚かせるに至った。
「そ。俺もお付き合いってやつをオマエとしたい」
「それって、」
 全てを遮り、腹の虫が鳴いた。
 そろそろ夕食の時間だった。
 在籍生徒が両の手で足りるくらいしか居ない呪術高専において、食事が足りなくなることも、食堂の席が埋まることも起こりえないものの、腹の虫は黙っていない。恐らく夏油もそう判断したのだろう。額を親指の背で擦った後に、大きなため息をついて、いいよと承諾したのだった。

 あの日から、五条は夏油とお付き合いをしている。
 自分から言い出したこととはいえ、何かが変わる想像をしていなかった。ただ、自分がしたことのない交際というものを、最も身近で信頼のおける友人と試してみたかっただけなのだ。
 しかし、夏油は違った。この男は形からしっかりと入るタイプだったらしい。
「おはよう、悟」
 毎日ことある毎に額や頬へ落とされるキス、接吻、ちゅー。いい加減、慣れても良さそうなものだが、自分でも呆れるくらいに慣れないでいる。都度都度、妙に意識してしまうのだ。
 だって、付き合う前の夏油はこんなことをしてこなかった!

 さて、夏油の着信に急かされつつ出発し、出現条件が厄介な呪霊の祓除を終えて、五条たちは帰路に着いていた。
 補助監督が運転する車に揺られながら、窓の外を見る。雲行きが怪しい。呪術高専に着く頃には雨が降るだろう。
 果たして、五条の予想は的中した。
「予報では雨になっていなかったのにね」
 白い糸のように降り続ける雨を見た夏油が眉を下げる。補助監督が用意していた傘は一本しかない。
「悟、傘に入れてもらいなよ」
「オマエはどーすんの」
「呪霊を雨避けにするさ」
 真面目な表情で言い切った夏油の額を、指の腹で軽く押した。間抜け面を晒す友人の手を引いて車から降りる。五条たちに降り注ぐはずだった雨粒は弾かれて二人を濡らすことはない。
「無下限呪術か」
「そ。なんで無下限使える俺が傘に入って、オマエが呪霊に頼るんだよ」
……そうだな」
 夏油の肩に手をまわし、引き寄せて抱えるようにして寮までの道を急ぐ。補助監督に挨拶したきり静かになった夏油を不思議に思いつつも無事に寮へと到着した。
「着いたぞ。ほら、傑」
「え、ああ。ありがとう、助かったよ」
 五条の腕の中から出てきた夏油は、礼を言って背中を伸ばした後に、はっと何かに気づいたような表情をみせた。その変化を見て五条も気づく。コイツ、お礼のちゅーをし損ねたと思ってるな。
 夏油の顔が五条の方を向き、ほんの僅か踵を上げて頬に口付けようとした瞬間。ガッと両手で夏油の顔を掴み、ど真ん中、その唇にキスをおみまいしてやった。
「んーッ! ん゙!」
「なに」
「っぷは、は!? なに、は私の台詞だよ。急にキスしてくるから驚いた」
「オマエ、普段の行動を分かって言ってる? 高度なギャグ?」
「私は……別に、急じゃないだろう。然るべき時にしか、してないし」
 珍しく歯切れの悪い言い方だった。常ならば真っ直ぐと話す相手を見つめながら会話をするというのに、今はうろ、と視線も泳いでいる。
「然るべき時ィ? 大体さ、こういうのってさ、義務とかじゃなくてさ」
 夏油の挙動不審さが移ってしまったのかもしれない。五条は嫌に熱くなる顔と汗ばむ両手を持て余しながら、なんとか口を開いた。
「と、特別な時にすんじゃねーの。付き合ってんだから」
 返事が無いので、逸らしていた視線を正面に向けてみれば、ぽかんとした表情の夏油と目が合う。これ以上、熱くなりようがないと思っていた顔がまた温度を上げた。
「だから! しなきゃいけないとかじゃなくて! いや、オマエは分かるだろ。なんか、いい感じの相手が過去に居たらしいし? 過去にな。でも、でも俺は」
「居ないよ」
「へ?」
 頬を赤らめた夏油が、悟って心臓に悪いね、などと失礼なことを言ってきているが一先ずおいておく。それよりも、夏油は何と言ったのか。
「いいなって思ってた子が居たのは事実だけど。あの時の私は、自分にしか見えない呪霊の存在で手一杯だったんだ。それに、見えない子と一緒にいて不用意に怖がらせるのも悪いだろう。だから、呪術高専に入学するまで誰とも付き合ってない」
「つまり? いひゃい」
「言わせたがりには正当なお仕置きだろ。悟が初めてだよ」
「あ、あはっ! マジ?」
「マジだよ」
 頬を軽く摘んできた夏油の手をとり、ぶんぶんと振り回す。愉快な気持ちが溢れて止まらず、緩みっぱなしの表情をしていると思うが、構わなかった。夏油だって嬉しそうな顔をしているのだから、いいだろう。
 ひとしきり振り回し終え、そのまま手を繋いで部屋まで帰る。途中、誰ともすれ違わなかったが、なんだか見せつけたい気分だったから残念だ。

 週刊の漫画雑誌を買ったという発言で、向かう先は夏油の部屋になった。何度も訪れており、勝手知ったる部屋なのだが、並んで手を繋いだままベッドに腰かけて眺める景色は、ひと味違うような気がした。
 そのまま、にぎにぎと手を握ったり、指を絡めたりして遊んでいた五条は、ふと夏油が静かなことに気づいた。そういえば、任務の帰りもこんなふうに何も話さない時間があったように思う。気になって顔を覗き込んでみると、平然とした表情を保っているものの、特徴的な福耳は真っ赤だ。
「あ゙? なんで顔あけーの」
「そっちはどうしてキレてるんだよ」
「いやズルいだろ。俺の心臓捻り潰そうとか考えてる?」
「そんな物騒なことを考えているわけないだろう」
「だって、オマエ、だってさ。あんなに、ちゅ……キスするのは慣れてる感じだったのに、今さら手ぇ繋ぐだけで照れるとかある?」
……あれは私にとっての対処療法というか」
 五条に手を握られながら、夏油が語るには、あのちゅっちゅちゅっちゅカマしてくれたキスは、お礼だからと義務的にしていたわけではなく、そういう理由にかこつけてキスをしたかっただけらしい。
「悟が誰かと交際してみたいって言ったとき、たぶん深く考えてないんだろうなって思っていたよ。実際、私もそこまで難しく捉えていなかったんだ。私たちの関係に、他の呼び方がついたって何も変わらないだろうって」
 一度言葉を切った夏油が、ひたりと五条に視線を定める。見ているこちらの首筋が粟立つほど真剣な顔つきをしていたかと思えば、眉を下げてへなりと力が抜けた笑顔をみせる。
「でも、変わるものだね。悟のことを、そういう意味で好きになってしまった。だから、時々たまらなくなって、触れたくなって。悟にはそんなつもりないのに、どうしようかなと思った末の対策案が、その」
 アレなんだけど、とごにょごにょ尻すぼみになる語尾に合わせて伏せられていく夏油の顔を空いた片手で掴む。金色にも紫色にも見える黒の瞳が剣呑に燃える寸前、額をぶつけて至近距離から見つめ返した。驚く夏油の視界いっぱいに自分が映っていることに満足して口角を上げる。

 ついに、五条の心臓は握り潰された。
 そう言えるだけの感情のうねりが身体を支配している。生粋の呪術師がなんという体たらくか、なんて冷静なフリをしている自分が叫ぶけれど、その"自分"だって本当は気づいていた。
「そんなつもりがなかったら、傑に付き合おうなんて言ってない」
「微塵も素振りを見せなかったくせに」
「今気づいたけど、今じゃないっていうか。もっと前から分かってたのに、当たり前すぎて意識してなかったってだけ」
「ふうん、つまり?」
 言わせたがりにはお仕置きなんじゃねーの、と返してやってもよかったが、目の前の瞳が期待に輝いていたのでやめた。頬を掴んでいた手を後頭部へと滑らせ、綺麗にまとめられていた髪をほどく。
「傑が好き」
 間違えようのない言葉で放った告白は、夏油の赤らめた頬によって嬉しそうに、しかしどこか複雑そうに受け止められた。
「これは、聞き流してもらっても構わないんだけど」
「なに」
「悟って、こう、ちょっとした仕草に慣れてるというか。悟の方こそ、そういうところがあるよ。今日だけでも、車を降りる時、部屋に戻った時、髪だって」
「傑」
「なんだ、ん!」
「ん、オマエさ、ほんとさ」
「ちょ、おい! んぶ、ふ!」
 まだ何か言いたげだった口を塞いでやる。そのままぎゅうぎゅうと抱きしめて、これは自分以外の、誰にも見せてはならない姿だと理解した。

**

 今日も今日とて年季の入った食堂で朝食を摂っていた七海は、向かいに座る灰原の気持ちよい食べっぷりを眺めていた。
 そうして、そろそろメインの焼鮭に手を伸ばそうとした時だった。朝早いというのに制服に身を包んだ夏油が食堂へ入ってきた。
「おはよう。灰原、七海」
「んぐ、む。おはようございます!」
「おはようございます」
「今日は焼鮭か。いいね、もらってこよう」
 いつもと変わらない雰囲気の夏油に、二人は顔を見合わせる。
 実は、呪術高専には新たな噂が流れていたのだ。それは、ここにいる夏油と、彼の友人である五条との「お付き合いごっこ」が終わったというものだった。
 けれど、七海たちは知っている。五条と夏油は本当に付き合っていた。だというのに、そんな噂が流れるということは。考えたくないけれど、破局してしまったのだろうか。
 元気よく米飯をかきこんでいた灰原の眉が下がっている。七海とて複雑な心境だ。
「あれ、二人ともどうかしたのかい」
「いえ……
「あの!」
 トレーを食卓に起き、首を傾げる夏油へ、意を決したように灰原が口を開いた。直後、どこか緊張感のあった食堂に新たな人影が現れた。五条だ。
「なんで起こしてくんないんだよ」
「ノックしただろう。ワン切りもした」
「ちゃんと起こせよ!」
 やいやいと夏油に絡みにいく姿は、本当にいつもと変わらない。この「いつも」は二人が付き合う前のことであり、それはつまり。
 可愛い後輩が世話になっている先輩の関係性に悩んでいるともつゆ知らず、当事者たちはいつの間にか朝食を受け取り、二人の近くに腰かけていた。
「いいかい、悟」
「はいはいはい」
「おい」
 あ、と声を漏らしたのはどちらだっただろうか。夏油に何かを注意され、聞き流している風の五条の手が焼鮭に伸びる。本人のものではない。夏油の皿だ。そこから大きな骨を取り除くと、再び夏油のトレーに戻している。
 七海と灰原は再び顔を見合せた。もしかすると、大丈夫なのかもしれない。
「ありがとう。鮭の骨は食べてもいいって聞いたんだけどな」
「身を食えよ」
「身も食べるけど、骨が強くなるって言われて育ってきたから」
「もしかしたらそうなのかもしれねえけど、とりあえずデカいのは止めとけ。硝子がビビってたぞ」
「そうか」
 何やらブツブツ言い合っているが、気まずそうでもなければ、変に距離があるわけでもない。というか、元より距離が近すぎてよく分からない。しかし、なにやら、心得たり! という表情をした灰原が食事を再開したので七海もそれに習うことにした。
 お先に、と声をかけたのは夏油で、背を向けたまま手をひらひらと振ったのは五条だ。彼らが食堂から出る寸前。五条の腕が夏油の肩にまわったのを見て、なんともお騒がせな二人だったな、と安堵の息を吐いたのだった。

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