X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

今日の主さまはくしゃみ日和〜キリシタンすり抜け主と刀剣男士〜

2025-12-07 21:49:28

ほのぼのどたばた

くしゅん、くしゅん、くしゅん。
控えめで可愛らしいくしゃみが三回響いたのが、ごくささやかな騒動の始まり。

「主さま、もしやお風邪ですか?」
今日の側仕えだった平野が真っ先にそう声を掛け、心配そうなそれを聞き付けた他の男士が一斉に振り返った。

この大きなテーブルの部屋は、小規模な軍議の際や、大人数で書類を広げる時、あるいは審神者が帰還した昼間に刀たちと談笑しながら書類を捌く時に利用されることが多い。
月に一度の帰還、今日も彼女は粟田口の短刀たちと楽しげに笑い合いながら、火急ではない仕事を捌いていたのだが。

「んーん、大丈夫だよ平ちゃ……くしゅっ」
笑って首を横に振ろうとした主人が、もう一つおまけに小さなくしゃみをしたので、いよいよ平野は表情を曇らせ、「主さま、失礼いたします」と断ってから、主人の額に素早く手をやった。

「熱は無さそうですが……
「え、主、風邪ばい?」
「なになに? 大将、風邪だって?」
「風邪?」
「え、あるじさん風邪なの!?」
「風邪!?」

皆が皆、一斉に書類を放り出して、どっと主人の周囲に集まったので、彼女は目を白黒させた。
「え、うんん、違う違う。違うよ、なんともないから」
ぶんぶんと大きく首を左右に振って、元気だよ、のアピールをする彼女に、周囲は揃ってどこか疑わしげな視線を向けた。
「ほら、熱っぽくもないし、喉も痛くないし、寒気もないし」
「本当ですか?」
「うん、ほんとだよ。まだインフルとか時期じゃないし、風邪の人を診たってこともないし、ほんとなんともないから」
「今日は一際冷えますから、お身体を冷やしたのでは?」
「んと、ちょっとだけ? でもほんとなんともないから」
「大将、そら、毛布使えよ」
「温石をお持ちしますね。寝床も整えてまいります」
「たーいしょっ! 俺、懐であっためてあげる!」
「温かい飲み物、淹れてきますね! 確か、厨に生姜が」
「あるじさん! 僕、薬研呼んでくるね!」
「え、いいよいいよ乱ちゃん! ほんと、ほんとなんともないから!!」
「石切丸さんもお呼びした方が」
「物吉も呼んだ方がいいんじゃないか?」

目まぐるしく動き出す短刀たちに、彼女は慌てて必死に首を振る。しかし誰も動きを止めようとしない。あっという間に毛布でぐるぐる巻きにされてしまう。
それどころか、部屋の外からどたどた、と慌てたような音がして、近くで待機していたらしき近侍の鶴丸が、襖をスパーン!と開け放って「きみ、風邪ぎみだって?」と駆け込んできたので、いよいよ彼女は目を白黒させた。

「えっ、鶴るん、だいじょうぶ、ほんと大丈夫だから! みんなちょっと大袈裟に心配してくれただけで!」
「きみの時代になれば流石にそうでもないだろうが……オレたちの時代はな、すべからく流行り病は今よりずっと恐ろしいものだったんだ。風邪ひとつと油断するとあっという間に他に盗られる・・・・

鶴丸が彼女の額に手を置いて、何度も熱を確かめながら心配そうな顔をするので、主は困ったようにくしゃりと表情を崩して苦笑して、心配性の鶴の背中をぽんぽんと優しく叩いた。

「病神に盗られるなんざ想像したくもない。そういう悪い驚きは御免だ」
「わかった。わかったよ、鶴るん。じゃあね、えーっとね、ほら、薬研にちゃんと診てもらって、うがいして白湯も飲んで、歌仙に蜂蜜とホットミルクもらって、ちょっと早いけど先にお風呂で体温めてくるから」
「光坊に消化の良いもの用意してもらおうな。残りはオレがやっとくから、今日は早く休むといい。あとで石切丸を呼んでおくから」
「ほんとにだいじょうぶなんだけどなあ」

くしゃ、と笑った彼女は、ひどくくすぐったそうに肩を揺すった。
「ふ、ふふ、ふふふ、みんな優しいなあ」


「まっ、つまり、心配しすぎだな!」
薬研の太鼓判をもらった上で、出た診断は『風邪未満』『冷え』であった。
湯上がりにほかほかのまま、温かい毛布にくるまって「だよね」と彼女は苦笑した。

「とはいえ、用心に越したことはないさ。幸い、俺らの多くは通常、そういった病にゃ掛らんが。万一、戦場から資材と一緒におかしなものを持ち帰ってたら事だ」
「ノミとかダニとか虫とかは、刻を遡行すると軒並み耐え切れずに死滅するから心配ない、だったよね?」
「万が一ってこともあるからな。兄弟たちの反応も笑えない。油断せずちゃんと疑えよ、大将」
「長義せんせーに言われた通り、そういうのはちゃんと念のためワクチン打ってるから。でも、そうだね、オーバートリアージは大事だね」
「こういう機会に、自分を労わる癖を付けとけよ、大将」
「大丈夫だよ、みんながいるから」

薬研はそれを聞くと物言いたげに小さく苦笑したが、何も言わずに首を左右に振って、カルテにカリカリ、と書き込んで筆を置いた。

「ところで、大将。つかぬことを聞くがな」
「ん?」
「看病してもらった経験、あるかい?」
「? 無いけど、どうして?」

事実を事実として、ただ陳列するように。
まるで『勿論』と枕詞すら付くような当たり前さで

ごく平然と答え、彼女はきょとんと首を傾げた。

……いや、少し気になっただけさ。そら、心配性な連中が気を揉んでるだろ。もう行っていいぜ」
「? うん、ありがとね薬研」

パタパタと医務室を出て行った彼女を、出待ちしていた連中が列をなして大仰に迎えた。
ぱたん、と閉められた医務室の扉、薬研が苦く嘆息した。

「あれなあ。無意識ってのはなかなか手強いもんだな」

自分で自分を労わるという発想が無い。心配されると、そんなことは初めてだとばかりにくすぐったそうに笑う。そんな姿がよく目立つ主人。
実用主義が過ぎる面のある主は、医術に通じているのもあって、いつだってあくまで合理的な『対処』でしかないのだ。この本丸の中では、一番脆いのは人である彼女だというのに。

だから余計に皆、心配して世話を焼く。
それが当たり前になることを願われている、ということに
本来聡いはずの彼女が一向に気付かない、と薬研が相談を受けた回数は、実のところ一度や二度では無い。

「こりゃ長期戦だな。焦らずやるしかない」

まったく、大将と来たら
これだけ多くの付喪神がそばに仕えているってのに

いつまで経っても一向に
健康や長生きに関しては、自分たちではない神に祈るばかりなのだ。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.