ヌヴィレットの素手を初めて見たリオセスリが、触れ合うことで好意を募らせるお話。両片思いになりかけの2人です。
@otroom0v0
「――とまぁ、あんたが気にしていた事の経緯はこんなもんだ。報告書にまとめておいたから、目を通しておいてくれ。お望みなら執律庭に手を貸そう」
そう言ってリオセスリはヌヴィレットに書類を手渡した。現在、水の上で起きている犯罪に、メロピデ要塞の罪人が関与していた可能性がある……そのことでちょっとした「お使い」をしてきたところだ。書類を受け取ったヌヴィレットがひとつ頷いて、リオセスリを見上げる。
「確認するので、少し待ってもらえないだろうか」
「ああ。休憩時間だと思って、ゆっくりさせてもらうよ」
にっこり微笑んで、リオセスリはソファに座らせてもらった。静かな執務室に、紙の擦れる音が響く。しかし、その音の乱れに気づいて、つい視線が向いた。見れば、ヌヴィレットがかすかに眉間に皺を寄せて、何かと格闘している。気になってそうっと覗き込めば、ページがめくれず困っているようだ。リオセスリはふっと笑って、ヌヴィレットに歩み寄る。
「手伝おうか?」
「結構だ」
しびれを切らしたのか、ヌヴィレットが手袋を外した。露わになった白い指が、滑らかにページをめくる。初めて見る彼の素手を、リオセスリはまじまじと見つめてしまった。そんな視線に気づいたヌヴィレットが、ちらりと見上げてくる。
「……何か気になることでも?」
「いや、あんたの素手を見たのは初めてだな、と思ってな」
失礼、と詫びて彼の左手をとる。ひんやりとしていて、滑らかな肌だ。しっとりと馴染む触り心地に、つい夢中になってしまう。指でゆっくりと甲を撫でて、形を確かめながら握りこむ。爪の形も綺麗だ。艶々としていて、印象と違わない清潔さ。きっと日頃から手入れを欠かさないのだろう。こんなところにまで気を遣うところに、ヌヴィレットの几帳面な性格を感じた。ふっと笑って手を握ると、気まずそうな咳払いがひとつ。彼を見れば、戸惑った様子で視線を泳がせていた。
「……何故、そのように私の手を観察するのだ?」
「いつも隠れているものが見えると、つい気になっちまうのさ。あんたの手がこんなに綺麗だなんて、知らなかったよ」
ぱっと手を離して解放すると、ヌヴィレットが安堵した様子で肩の力を抜いた。こうして触れられることにも慣れていなさそうだな、と察する。そこでヌヴィレットが、自身の手を撫でながら言った。
「人は外見でその人の性格や地位を探る。そう知った時から、所作や服装に気を配るようにしたのだ」
「最高審判官としての威厳ってやつかい?」
「ああ。信頼に足る人物であることを、見た目からも判断してもらわねばならない。こうした積み重ねが、今の私を形作ったのだ」
「なるほどねぇ……」
それは随分と肩身の狭そうな生き方だ。崇高な考え方ではあるが、リオセスリにはとても真似できそうにない。しかし、日頃の考え方が身なりに影響している……ということはありそうだな、と考えを改めた。程よく真面目に、抜け目なく。リオセスリのそうした考え方が、この適度に緩めた制服の着こなしに影響している、といっても過言ではない。
「卵が先か、鶏が先か、ってやつだな」
「……?」
「はは、ちょっとした思いつきさ。気にしないでくれ」
笑って話を流すと、ヌヴィレットがわずかに口角を上げた。
「こうして気安く接してもらえるのは、個人的に嬉しく思う。立場上、人と深く交流することがないのでな。君との会話は新鮮で、楽しいと感じる」
そんなこと言って、ヌヴィレットがリオセスリを見上げた。そこにいたのは厳格な最高審判官ではなく、私人ヌヴィレットで。初めて見る柔らかな表情に、心が揺れるのを感じた。
「あんたのような人にそう言ってもらえるなんて、光栄だな」
無難な言葉しか浮かばず、それだけ動揺している自分に気づかされる。すると、ヌヴィレットがリオセスリの手をとった。
「人と直に触れあうこともなかったが、君はとてもあたたかで、力強い手をしている。今まで苦労も多かったのだろう。まるで、リオセスリ殿の生き様を見せつけられているかのようだ」
「……そうかい」
ヌヴィレットのしなやかな指が、割れ物を扱うみたいに優しく触れてくる。ただ触って観察しているだけなのに、なぜか胸の中がざわめいた。そんな感情を誤魔化すように、リオセスリはヌヴィレットの手を握って、頬へ誘う。
「あんたの手はひんやりしてるな」
からかうつもりで、自身の頬にヌヴィレットの手を添えた。心地よく馴染む手のひらに、ふっと表情を緩めると、ヌヴィレットが驚いた様子で手を引っ込める。
「不躾だったかい?」
「いや……少し、驚いただけだ」
表情に乏しい横顔から、感情を読み取ることは難しい。常と変わらぬ凪いだ表情で、ヌヴィレットが手袋をつけた。これ以上邪魔をするのもよくないか、と遠慮したリオセスリは、ソファに戻ってくつろぐ。
しかし――触れられた手や頬に、彼の素肌の感触がいつまでも残って。ちっとも心が休まらない。
自分だけかと思ってヌヴィレットを見ると、その白い頬がほのかに紅潮していた。