X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

菫色の残像

全体公開 神無三十一受け 6 17 4817文字
2025-12-18 16:52:43

カルみと 女装する話
シナリオネタバレあり

 

 女性キャストたちのキラキラとした笑い声と、場を盛り上げる黒服の掛け声。
 店を満たす酒と煙草の香りにもすっかり慣れてしまった神無は、次から次へと声を掛けてくる客たちに笑顔を振りまいて歩いていた。

 「ミナミちゃん!こっち来て飲もう!」
 「うん!あとでテーブル行くね〜!」
 「お!今日ミナミちゃんいるの!?ならもっと早く来たのに〜!」
 「あはは!ありがと!あとでいっぱい話そ!」

 神無が一歩を踏み出すたびに、丈の短いすみれ色のワンピースがひらひらと蝶々のように揺れる。
 散りばめられたスパンコールが店の照明に反射して輝く様と、その輝きに負けない弾けるような笑顔に誰もが魅了されて頬を緩めていた。

 アンドロイドの部品を違法取引している客がいると通報を受けて神無が訪れた店は、今時珍しいアンドロイドの接客を一切禁止しているキャバクラだったのだ。
 アンドロイドの関与しない店で何故、と最初は首を捻った神無だったが、相談をした店長の話を聞いていくうちにこの場所で取引する理由が彼にも理解できた。
 この店で働くキャストや黒服たちはアンドロイドに慣れていない者が多く、店長も高齢で機械に疎い。そんな場所だからこそ今までは、アンドロイドの部品を取引していると悟られずにいたのだろう。
 そうして神無は、数日前から取引現場を証拠として押さえるべく店にキャストとして潜入しているのだ。

 「ミナミさん、大部屋でご指名です。後ほどヘルプも向かわせます」
 「はーい!」

 この店にはアンドロイドの気配がなく、店側が協力的なこともあってキャストや黒服たちも皆親切である。
 初めての潜入任務と聞いて緊張していた神無だが、持ち前の整った顔立ちと人懐こい性格を駆使して、今では店でも上位に食い込むほどの人気キャストへと上り詰めていた。

 「俺ってば顔が良くて困るな……

 しみじみと自画自賛しながら廊下を歩く神無は、呼び出された部屋の前に辿り着くと手鏡で軽く前髪を直してドレスにしわがないことを確かめる。
 最後に綺麗に編み込まれたウィッグをひと撫ですると、彼は営業用の明るい笑顔を浮かべて部屋に足を踏み入れた。

 「お待たせしました〜!ミナミでーす!」
 「おぉミナミちゃん!待ってたよ!」
 「山田さん!こんばん、」

 自慢の頭脳に客の顔と名前と好みの振る舞いを叩き込んだ神無がいつものように挨拶をして顔を上げたその時、ぱちりと翡翠の瞳と視線が絡んだ。
 室内にいたのは神無を最初に指名したお得意様と、その知り合いらしい見覚えのない数人の男である。
 そんな男たちの奥、ソファに腰掛けて薄い笑みを浮かべるその人物に神無は見覚えがあったのだ。

 「だ、ぇ?」
 「あぁミナミちゃん、彼らは私の取引先の仲間でね!こういった店にあまり経験がないと言うから連れてきたんだ!」
 「へ……へー!そうなんです、ね……?」

 相槌を打った神無は、まじまじと紹介された男の顔を凝視する。どうか人違いであってほしいと願う神無だったが、そんな彼の願いを打ち砕くようにお得意様が男に話を振った。

 「どうだカルマ!この子が最近入ったミナミちゃんだよ!かわいいだろ?」
 「確かに綺麗な子ですね〜」

 カルマと呼ばれたその男はやはり、縞斑狩魔その人で間違いがないらしい。

 「よ、よろしくお願いします〜!山田さん!こっちで座って話そ!」

 だらだらと冷や汗をかいた神無は慌てて顔を逸らすと、縞斑から一番離れた席に指名した客を誘導して腰を下ろすことにした。
 ちらりと視線を向ければ、すでに縞斑の隣にはヘルプで呼ばれたキャストが腰掛けて話をしている。
 こちらを見向きもせずに酒を傾けるその姿から察するに、おそらく自分が女装をした神無だとバレていないのだろう。
 こんな場所で遭遇するなんて夢にも思っていなかったが、違法取引が行われているのと同じ理由で、この場所ではアンドロイド関連の密談をするのに適しているのかもしれない。

 「ミナミちゃん今日も可愛いね〜」
 「う、うん!ありがとう!山田さんが来るって聞いてたからお化粧いつもより頑張っちゃった!」

 はっと我に返った神無は、目の前のお客の相手をすることに集中しなければと思い直して笑顔を作り直す。
 健気な年下キャラを売りにしている神無の発言が胸に沁みたらしく笑顔で酒を追加する客に礼を言いながら、神無はちらりと縞斑の様子を盗み見た。

 「カルマさんお仕事何されてるんですかー?」
 「んー、内緒かな」
 「えー?なんだろ、当てていい?」
 「あはは。たぶん当たらないと思うよー」
 
 ヘルプの女性たちもまさか、目の前にいる男が犯罪組織のリーダーであるとは思わないだろう。
 元同僚であり、現在はアンドロイド解放組織スパローの長である縞斑と、神無は現在恋人という関係にある。そんな彼に内緒の潜入がバレなかったことは喜ばしいが、女性にチヤホヤされている恋人の姿は見てて面白いものでは決してない。
 付き合いで来たという話はキャバクラ好きを公言する指名主に免じて信じるつもりだが、自分が知らないところで鼻の下を伸ばしたことについてはいつか言及しなければ。
 そう神無が固く拳を握りしめていると、インカムに擬態するよう作られたドロ課支給の無線機から相棒の声が届いた。

 『……神無、ターゲットの座標が移動を開始しました。店の奥へ移動しているので、おそらく取引を行う予定かと』

 ターゲットをあらかじめマークしていたディーノからの連絡を受けて、返事の代わりに一度マイクを爪先で小突いた神無は席を立つ。

 「ごめんなさい!ちょっとだけ席外すね!」
 「えっ……今夜はミナミちゃん独り占めしようと思ってボトル追加するつもりだったんだけど……
 「そんなことしなくてもすぐ戻ってくるから安心して!ちょっと急ぎの電話が掛かってきちゃっただけ!」

 不思議そうに首を傾げる客を誤魔化して、ちらりとヘルプのキャストと黒服に目配せをした神無は部屋を出た。

 ディーノから指示を受けた座標はバックヤードの近くだ。この場所は個室からずいぶん離れているため、客が訪れる機会はほとんどない。

 「いた……!」

 神無が急いでその場所へ向かえば予想通り、物陰では二人の男たちが小さな部品を懐から取り出して金と交換している最中だった。
 スカートの内股からお手製のサングラス型コンピュータを取り出した神無は、すばやくその端末を操作して男たちの取引現場をレンズに収めることに成功する。

 「ディーノ聞こえる?今データを送ったから」
 『はい、確認しました。これがあれば証拠はばっちりです』
 「オーケー、ひとまず見つかる前にここを離れて個室に戻る。着席次第また、」

 そうして小声でやり取りをしながらそっとこの場を離れようとした神無は、取引を行う二人に注目していて背後から近づく人影に気付くのが遅れてしまった。

 「おいお前、ここで何をしてる?」
 「っ、い」
 
 背中に掛けられた声にぎくりと肩を揺らした神無が振り返ると同時に、細い手首が声の主によって掴まれる。
 加減をまるで知らないそれはぎちりと神無の手首を強く締め上げ、思わず彼は痛みに顔を顰めた。
 物陰から姿を現した犯人の仲間らしいその男は、取引を行っていた二人の前へと神無を引きずっていく。

 「お前ら、小ネズミに見られてたぞ」
 「な……店のキャストか?!」
 「この女……確か最近店に入ったやつだったはずだが、まさかこのために……!?」

 バックヤードに戻ろうとした途中だったのだと言い訳をしたい神無だが、男の腕の力が強くて上手く声が出てこない。

 「どうする?キャストを誘拐すれば騒ぎになるぞ」
 「水商売の女が失踪なんてよくある話だ。誰も捜索したりしないさ」

 そうこうしている間にも雲行きは徐々に悪くなり、取引を目撃した神無の身分がなんであろうと証拠は消さなければという不穏な空気が流れ出す。
 店の外には念のためにディーノたちが待機しているが、今のままでは神無が人質として扱われてしまう危険があった。
 取引現場を見た今なら彼らを現行犯で逮捕できるが、生憎なことに女装している現在の神無は武器や装備を携帯していない。そうでなくとも肉弾戦で男三人と戦うのは無謀である。

 「仕方ないな、コイツは一度アジトに連れ帰って処遇を……

 そうして男たちがひとまずその場を離れようと意見をまとめ、歩きだそうとしたその時だった。

 「あ、いたいた」

 この状況にはなんとも不釣り合いな、間延びした男の声が廊下に響く。
 肩を揺らして歩みを止めた男たちが弾かれたように顔を上げ、その聞き覚えのある声を辿るように神無も視線を持ち上げた。

 「だ……、」
 「おねーさん。あんまり可愛いから指名しようと思ったのに、急にいなくなっちゃうから探したよー」
 
 こつこつと淀みない靴音を鳴らして男たちの前へ歩み寄った男……縞斑は、それまで浮かべていたわざとらしいほどの笑みを消して薄目を開く。
 苛立ちに揺れる翡翠の瞳が男たちを射抜いた瞬間、自分に向けられたものではないにも関わらず迸る緊張に神無は思わず生唾を飲んでしまった。

 「で……その子になにやってるのかな?」
 「スパローのカルマ!?」
 「お前みたいなヤツがなんでここに……?!」

 男たちはどうやら、縞斑たちのことを敵視していたらしい。狼狽えて後ずさる彼らに腕を引かれた神無は、その拘束が僅かに緩んだ隙を見逃さなかった。

 「っ、この!!」

 男の腕を掴み返して支えに変えた神無は、そのまま背後へ向けて大きく足を振り上げる。
 神無の放った渾身の蹴りは男の股間に直撃し、拘束の手を離した彼は冷や汗を掻いてその場に崩れ落ちた。

 「っ、押さえろ!コイツは人質に使える!!」
 「大人しくするんだ!!」

 同じ男として若干の罪悪感はあるが、油断するそちらが悪いと言い聞かせた神無が男の拘束から離れて距離を取ると、動揺した男たちがそんな神無を再び拘束しようと動き出す。
 ところが、一歩早くそんな男たちに向かって駆け出した縞斑は、懐からスタンガンを取り出すと神無に近づく男の一人にそれを押し当てた。
 ばつんと重い音が響いて男が床に崩れ落ち、動揺した最後の一人は無傷の拘束を諦めると神無に向けて拳を振り上げる。
 咄嗟に前へ出た縞斑がその拳を受け流すと同時に、態勢を低くした神無が拳を握って相手を正面に捉えた。

 「しまっ、」
 「食らえッ!!」

 男が身構えるより早く、神無は男の顎を目掛けて下から勢い良く打ち上げる。
 衝撃にぐらりと頭を揺らした男は、そのまま意識を手放して力なく廊下へと仰向けに崩れ落ちた。
 廊下に数秒の沈黙が走る。倒れた男たちを念入りに拘束する縞斑の背を眺めていた神無は、そろりそろりとその場を離れようと後ずさった。

 「じゃ、じゃあおれ……私はこれで………
 「神無ちゃん」

 逃げ出そうとした足がぎくりと止まる。
 今すぐにでもこの場から駆け出したい気持ちは山々だったが、そんなことをすれば明日以降どんな目に遭うか分かったものではない。
 おずおずと神無が俯いていた顔を上げればそこには、それはそれは綺麗な笑顔を貼り付けた恋人の姿があった。

 「どういうことか、全部説明してもらえる?」
 「…………ひゃい」

 明日が休みでよかったかもしれない。頭の片隅でそんな現実逃避をしていた神無は、どう説明をすれば彼のお説教が最低限で終わるかという当面の問題に頭を回すことにしたのだった。



 


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.