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日溜まりの夜

全体公開 3 31000文字
2025-12-18 22:17:21

ニンゲン時代の探主が星の調査団の仲間と絵を描くだけの話です。流血表現はありませんが探主が怪我をしています。また、星の調査団のオリジナルの設定が大量に出てきます。

Posted by @ann_ko28

 目の前に、青い空が広がっている。
 その空は見た事もない程に透き通っていて、青色の宝石越しに世界を覗いたかの様にその色だけが何処までも遠く、遥か彼方まで続いている。
 一歩。
 その空に胸を締め付けられながら、足を踏み出す。
 くしゃり、と名前も知らない植物が体をしならせ、嗅ぎなれない香りがふわりと鼻に届く。
 もう一歩。
 優しく頬を撫でる温かい風に誘われ、吸い寄せられる様にその空に手を伸ばす。
 
 ああ、そうだ。
 わたしは、この空を……

 ふと、誰かに声をかけられたような気がしてそちらを振り向く。途端、膝が崩れ落ち、同時に妙な浮遊感を身体に覚える。
 足元を見れば、そこだけ世界が切り取られたかの様にポッカリと、黒い穴が空いていた。
 驚く間も無くその中へと落ち、そして──

「──っは!?」

 目が覚める。
 視界に広がるのは星の調査団の中にある見慣れた自室の天井と、薄暗い闇の世界。
 状況を確認しようと寝ている身体を起こそうとすると、脇腹の辺りにズキリと激痛が走る。

……ようやく目が覚めたか」

 痛みで再び意識が沈みそうになるも、暗い視界の外側から降りそそいできた凛とした声に何とか意識を保つ。
 横になったまま顔だけ声のする方へ向けると、これまた見慣れた細長い姿──相棒のジュプトルがアタシの隣に座っているのが見えた。彼は一瞬、安堵した表情を見せると、すぐに呆れた顔になる。

「まったく……。オマエは何度、無茶をすれば気が済むんだ」

 最早、目覚めの挨拶と同じくらいに聞き慣れた言葉に、痛む体と怪我による発熱で朦朧とする意識の中、段々と記憶が蘇る。
 ……確か、ディアルガの放った追手の攻撃から他の団員を庇って応戦しようとした所を、ふらついて崖から落ちたんだっけか。
 その割に傷が脇腹だけ、という事は……粗方、崖の高さがあまり無かったのか、運良くどこかの木の枝にでも引っかかったのか。
 まあ、どちらにせよ、今回もどうにかここに帰って来る事が出来たらしい。

「あぁ、でもそうか。みょーに現実的な浮遊感だったのは、気を失う直前に崖から落ちたから。っていうのがありそうだねぇ……
「浮遊感?何の話だ」

 アタシの額に乗っていたらしい布を取り水の張った小さな器に浸している彼の横でひとり、先程の夢の中で体感した感覚に納得していると、普段の彼からはあまり発せられない、困惑と心配が混じった声で聞かれる。
 そりゃあそうさ。目が覚めて早々の第一声が己の状況を確認する内容なんかじゃなく、浮遊感だなんだって言われれば、誰だってこんな反応になる。
 誰だってならなくとも、少なくともアタシと相棒はこうなる。

「今さっきまで見ていた夢の話だよ。安心しとくれ」
「なんだ、夢の話か」

 ジュプトルはホッとした表情を浮かべるとアタシの額に水を絞った布を乗せる。それから、部屋の隅に置いてある火起こし道具一式を引っ張ると、慣れた手付きで火打石と金属片を木屑の上で打ち合せ始めた。

「それで、どんな夢だったんだ?」

 集中力が乱れて危ないから。という理由で、火を取り扱っている間はあまり話をしない。と言う取り決めをしているのだけれど、今回はどうやら彼の好奇心が勝ってしまったらしい。
 その言葉に促されるままに目を瞑って、さっきまで見ていた夢の景色を頭の中に思い浮かべる。

「うーん、そうさねぇ……。目の前に青い空が広がっていて、それをただ何となく、ぼーっと眺めていたら突然、足元に穴が開いて、そこに落ちて行った……という夢だったよ」
「青い空……か」

 そう呟くと彼は手を止めて、四角く空いた枠も何も張られていない窓を真っ直ぐと見る。
 窓の外はというと先程まで見ていた夢の景色とはほど遠い、インクでもぶちまけて滲んだかの様な黒い空と、分厚い灰色の雲が呆れるくらいにどこまでも遠く広がり続けている世界があるだけだった。
 青い空。
 青空。
 アタシ達が生まれるよりも遥か昔。かつてこの世界の──この星の『時』が動いていた時代に広がっていたという、空の色。
 星そのものの動きが止まり、太陽の光も分厚い雲によって遮られてしまった暗黒の世界でそれを見るには、過去の資料を見るか、生き証人の話を聞いて朧げな想像を浮かべるくらいでしか、その術は残っていない。

「オマエが寝ている間に時空の叫びが発動した、という訳では無いよな」

 ジュプトルはアタシの能力について聞いてくる。
 アタシには触れたモノの過去や未来を視る事ができる不思議な能力が宿っていて、彼は今、それが今回の事に関係しているんじゃないかと踏んでいる。
 けれども、あの能力は条件を色々と満たしていないと発動しないし、その上で視えるモノも基本、映像にノイズがかかっているか、そもそも音声だけしかないものだったりする。

「では、ないなぁ。ノイズがかかっていなかったし、身体に倦怠感もないし。それに……

 あの風景に、どこか懐かしさを感じた。
 能力でも見た事がない、知らない場所の筈なのに。
 なんで……

「それに、どうした?」
……ああ。いや、なんでもない。そもそも、時の歯車と一切関係のない内容だったから、夢で間違いないだろうよ」
「それもそうか。野暮な事を聞いて悪かった」
「ん?別に構わないさ。むしろ、自分でもどんな内容だったか改めて確認するコトが出来たから助かったよ」

 そう相棒に笑いかけた後に、ふと、本当になんとなく、夢の中でしたように天井に向かって手を伸ばす。
 何かを掴むようにグッと手を強く握ってみるも、その拳はただ虚空だけを掴み、そのままトスッと軽い音を立てて寝床の上に落ちる。

……キレイだったなぁ」

 自分でも珍しいと思いつつ、はぁっと小さなため息を零す。
 その様子に一瞬彼も驚いたけれど、すぐにいつもの穏やかな表情を見せる。

「それほどのものだったのか」
「それほどのものだったんだよ。資料とか、能力でも見た事がないくらいに、キレイだった。……夢なのに」
……そうか」

 暫くの沈黙の後、カチカチと石と金属片がぶつかる乾いた音だけが狭い部屋の中に響く。小さな火花が一瞬、辺りを照らしては、暗闇の中に吸い込まれて行く。
 いくら記録が残っているとはいえ、昔話が聞けるとはいえ、資料の絵は色褪せ、話も結局は聞き手側の似ても似つかない想像の世界で終わってしまう。
 誰も、本当の空の色を知らない。 
 過去を垣間見る事の出来るアタシですら。
 …………いや。つい、さっきまで。
 もう一度目を閉じて、能力を発動させる時と同じ様にゆっくりと自身の精神を研ぎ澄まし、夢の映像を脳内に再生させる。
 耳元で鳴り響く風の音。心地よさを覚える植物達の匂い。目が眩むほどに眩しい青空──よし。
 まだ。
 まだ、思い出せる。

「決めた」

 怪我の事も気にせずに勢いよく身体を起こし、見慣れた空の様に黒く、だけれどしっかりと光の宿る相棒の瞳を見る。
 あの景色に懐かしいって感情が湧くってコトは、多分、そういう事なんだろう。
 だから、

「ジュプトル。アタシがアンタに、本当の青空ってもんを見せてやるよ」

……………………

 ついにこの部屋の時も止まってしまったんじゃないか、という位に長い沈黙の後、ジュプトルは凄く冷静な顔で床に落ちた濡れた布を拾い上げ、アタシの目の前に差し出して来る。

……どうしたんだオマエ、ついに熱で頭がイカれたか」 
「いやいや。確かにアタシは、健康的な日に対して、熱を出している日の方が圧倒的に多いような虚弱なヤツだけれどさ。話す事は常に全部マジメだぞ、一応」
……冗談だ。どうせいつもの急な思い付きだろ」

 と、いいつつも、彼の手は流れるようにアタシを寝かしつけて来るので、されるがままに横になっておとなしく布に包まる。……額に乗せられた布が気持ちいい。
 と言うか、真面目な顔で冗談を言われても、正直わかりずらいんだよなぁ。
 こう、もっと大胆に、ふざけた顔とか態度とか出来ないのかね、コイツは。
 
「それ以前に、だ。仮にもし、本気でそれを言っているのなら、どうやって見せようって言うんだ。エスパータイプの真似事でもして、オマエが見た夢をオレの頭の中に写す、とか言うんじゃないよな」
「そりゃあ…………今から考える」

 何も考えずに勢いで言ったのを誤魔化す様に笑うと彼は、やっぱりな。と言いたげな表情を浮かべながら、手元の作業に戻る。
 カチカチ鳴る心地の良い音を耳にしながら、目を瞑り、方法を考える。
 ……
 …………
 ……考える。
 …………
 ………………
 ……全く思いつかない。
 それどころか、眠たくなってきた。
 寝起きはいい筈なんだけれどな。
 駄目元でジュプトルに聞いてみようか。

「なあ、ジュプトル」
「なんだ」
「何か良い方法はないかい?」
「知るか」

 至極当然の返答が帰ってくる。
 まあそうだよなぁ。やっぱり、自分で言ったのだから、ちゃんと自分で考えないと。
 とか色々やっている内に、ボッっと、仄かに暖かく、小さな炎が火起こし用の木屑に宿る。
 ジュプトルは部屋の出入口付近に置いてあるランタンを手に取って、火種をその中に入れると、コトンとそれをアタシと自分の間に置いて、カチカチとダイヤルを回し始める。

「んー。方法、方法は……

 妙に真剣な顔つきでランタンの炎の大きさを調整する相棒を余所に、頭の後ろで両手を組みながら策を考える。

……んんー」

 リラックスすれば何か思いつくのでは。と思いきや、むしろ逆効果だったようで、だんだんと、意識が遠くなって行くのを、感じる。
 微睡む意識に身をまかせて、さっきの夢のつづきがみられたらなぁ……。なんて、あわい期待をうかべていると、突然ジュプトルから声がかかる。

「絵に描き起こしてみる……というのはどうだ?」

 見かねて一緒に考えてくれたらしい。
 流石アタシの相棒だ。
 今日のご飯を半分……いや、全部あげよう。

「あぁー、なるほど、絵かぁ。そう言えば、資料の挿絵なんてのも、実際の風景を描き起こしたモノだよねぇ」
「それに、地図用の簡単な絵ならオマエだって何度か描いた事があるだろ?なら、材料さえ揃える事が出来れば描けるんじゃないか?」

 言われるまで完全に頭に無かった。流石、頭のキレる奴は違う。

「なーんだ、案外なんとかなりそうじゃあないか」

 善は急げ。と言うワケで、もう一度体を起こして、頭元に畳まれて置いてあった深い緑色の上着を手に取る。
 
「なら早速、準備を……

 も、ジュプトルに肩を捕まれ、やんわりと止められる。

「待て。諸々の準備はオレがやるから、オマエはおとなしく寝ていろ」
「なぁに、これくらい平気さ。ほら、こうやって何事も無く起き上がれているんだし」
「オマエな、今の自分の状況を分かっているのか?」
「ああ、分かっているよ。けれど、これ以上の怪我をした時でも調査に向かった事だってあるんだし、少しくらいいいだろう?」
「あれは、そのときしか機会が無かったから致し方無く行ったものだっただろ。それとコレとでは話が違うんだ」
「怪我をする度に毎度毎度、部屋でおとなしくしているのも飽きてきているんだよ。なぁ、頼むよ~」

 ジュプトルは何か言いたそうに口を開いたけれど、アタシの顔を暫く見た後、やがて諦めた様にため息をつく。そして、部屋の入口辺りに転がっていた靴を手に取って、それをアタシの目の前に持ってくる。

「ほら」
「悪いね、ありがとう」

 口うるさく言ってきたり、面倒そうな顔をするのに、何だかんだ言って毎回、アタシのワガママに付き合ってくれるよなぁと思いながら靴を受け取ると、顔に出ていたのか、はたまた長年の付き合いで心を読んだのか、ジュプトルは苦笑いを浮かべながら口を開く。
 
「オマエは一度やると決めると、なかなか折れないからな。毎回、付き合わされる方の身にもなってくれ」
「悪かったって。でも、そこはお互い様だろう?」
 
 アタシの言葉に普段の行いを振り返ったのか、それとも思い出したのか、彼は頭を掻いて顔を背ける。

「それは……そうだな」

 あまり見かけない彼のその様子に思わず笑うと、ジュプトルは少し不機嫌そうな顔になり、ランタンを勢いよく持ち上げながら入口の方へと向かう。

「どうなってもオレは知らないからな。……後でアイツに怒られろ」
「はいはい。でももし、限界が来てぶっ倒れた時は頼むよ」
「全く、冗談じゃない」

 目覚めてから何度目か分からないため息を耳に入れながら、靴を履いて気合を入れる様に紐を結ぶ。
 上着に袖を通しつつ、ランタンを片手に部屋の入口で律儀に待ってくれている相棒の元へ小走りで向かう。

「待たせたね」

 彼にニッと笑いかけながら、上着のポケットに入っていた手袋を両手につけ、廊下へヒラリと踊り出る。

「じゃあ、行くとするかい」
「そうだな」

 一握りの小さな灯りを手に、ひとりと一匹、どこまでも伸び続ける暗闇の中へ歩みを進めて行くのであった。



 威勢よく自室を出たアタシ達だけれど、当然ふたりとも、しっかりとした絵の描き方を全く知らない。
 基礎の、そのまた基礎を知る為に、アタシとジュプトルは調査団の中にある資料室の前に来ていた。
 いつ壊れてもおかしくない程にボロボロの木製の扉に嵌められた小さなガラス窓を覗けば、中は暗く、資料室を使っている他の団員は居ないようだ。

「おっ、どうやら貸し切りのようだね」
「そうか。静かに調べられそうで何よりだ」

 扉から飛び出した細長い鉄製の取っ手を掴み、静かに手前に引く。
 キィ……と扉が低い金属音を鳴らした次の瞬間、中から黒い影がこちらに向かって飛び出して……なんてコトは起こりはしなかったけれど、代わりにカサリと、足元で何か軽い物が落ちた音がする。
 見れば、入口の近くに乱雑に置かれていたであろう紙の束が、扉を開けた際の衝撃でか、バラバラと床に散らばっていた。

「うわっ……まーた誰か、資料を戻さないでそのまま放置しただろ」
「仕方ないな、オレ達で片づけてやるか」

 足元に広がっている資料をふたりでかき集めて、トントンと床の上で揃える。
 過去の世界についてまとめられたモノ。星の停止が起きた原因が書かれたモノ。時を司る神様と時の歯車についてのモノ。その、どれも貴重な資料を近くにある棚の開いているスペースに適当に押し込み、なおも床に所々に散らばっている資料を踏まないように気を付けながら、中央に置かれている少し大めのテーブルに向かう。
 テーブルに備え付けている椅子の上に乗り、天井からぶら下がっている鎖の先端にランタンの取ってを引っかける。ダイヤルを回して火力を少し強めてやると、ランタンはボボッと燃料を強く燃やす音を出して部屋全体をぼんやりと照らし出した。

「よーし、探そうか」
「娯楽関連の本は確かあっちだったよな」

 床に歪な斑模様を作り出している紙の束を軽くまとめては、部屋の色々な所にある椅子の上やら近くの棚やらに突っ込んでを繰り返しながら、ある一方に向かってふたりで突き進む。 
 移動距離の割に中々の運動量だったらしく、目当ての本棚の前にたどり着いた頃には、顔に汗が滲み、息が軽く上っていた。なんだろう、調査とか戦闘とはまた違った疲れを身体に感じる。心なしか傷が先程より痛むし、流石に病み上がりには止めた方がよかったのかもしれない。
 
「さて、目当ての本はあったか……
 
 少し離れた所の椅子で休んでいるアタシと違って息の一つも乱していない相棒は、目の前に聳え立つ綺麗に整頓されたままの本棚を上から下にじっくりと見渡す。もっとも、種族的な関係で身長が全然足りていないから、思いっ切り背伸びをしても真ん中位までしか見れていないのだけれど。
 内心、その様子をもう少しだけ眺めていたかったけど、そろそろ何か言われそうだなぁーと思い、呼吸も大分整ってきたので、座っていた椅子を持って彼の元へ向かう。
 自分の横に置かれた椅子によじ登る相棒を横目に、本を一冊適当に引き抜いて、埃を落とすついでにパラパラと中を捲る。
 本の中身は花図鑑のようで、白や赤といった色々な花の絵と、少しばかりの文章が書かれていた。ただ、年代ものだからか、保存状態が悪いからなのか、花の絵はどれも色がくすんでいて、枯れている様になっている。
 夢の中に出てきた花はないかと何とはなしに探しながら、ふと、特に意味もなく頭に浮かんだ疑問を口にする。

「にしても、夢って不思議だよなぁ」
「何がだ?」
「いやぁ、前に本で読んだのだけれどさ。夢って確か、頭の中の情報や記憶を整理するために見るものらしくてねぇ。それで面白いコトに、普段から意識して色を見ていない場合、夢の中も白黒のものになるそうなんだ。で、黒とか、暗いものばかりしか見ていないのに、なーんで能力ぐらいでしかお目にかかる事の出来ない、キレイな色で、オマケに知らない場所の夢を見たんだろうなぁーと思ってさ」

 そもそも夢なんてモノ自体、普段はあんまり見ないし、たまに見たとしても毎回、青空なんてものとは真逆の、赤黒い、ドロドロした……

「オレも以前、その本を読んだ事があるのだが」

 ボーっとしてしまっていたからか、彼の声に驚いてしまう。
 目敏い彼の事だから、驚いたのを突っ込んで来るんじゃないかと思って、ちらっとそちらの方向を見やる。だけれども、そんな彼はアタシの杞憂に気づいていない様に、目線を本棚に当てたまま、淡々と言葉を続けた。

「夢は見ている者の無意識下の心理も働くらしい。だから、過去の資料や能力で視た映像に、オマエの中の何かしらが佐用して、そういった夢を見たんじゃないか?」
……なるほど?」

 つまりは、今まで見てきた過去の映像と、今回の場合だと、青空を見てみたいっていう気持ちが重なって、そんな内容の夢を見たってことか?

「んー。でも最近、能力を使ってはいないし、明るい空を見たいという気持ちはもちろんあるのだけれど、そこまで過去の世界に執着はしていないと思うのだけれどなぁ……
「あら。私には調査団の中で一番、過去に執着しているように見えますけれど?」

 部屋の入口の方から突然、神秘的で透き通った声が聞こえてくる。

「げっ」

 その声に、咄嗟にジュプトルの背後に隠れようとしたけれど、向こうの方が早い。足を踏み出す間も無く、自分の腕よりも遥かに太くて長いモノが、ぐるぐると身体に巻き付いてくる。

「ちょっ!オマッ!!まっ!!うわーーーー!!!!」 

 急に巻き付かれたのでバランスなんて当然、取れたモノじゃない。そのままの勢いで床に倒れこんで、そして、巻き付いて来たモノごとゴロゴロと資料室の中を転がる。

「うわああああ!!」

 回る世界の中、テーブルや本棚からバサバサと資料が落ちて行く様子が辛うじて見える。一区画とはいえ、さっき片したばっかりなのに……

「ちょっとニンゲンちゃん。ただでさえ散らかっているのに、これ以上散らかさないで頂ける?それに、貴女が受け身も取らずに私ごと転げ回るから……もう、目が回ってしまったじゃないの」
「いや、アンタのせいだろハクリュー!急に巻き付いて来てなんなんだい!!」

 身体を拘束されて床に倒れた状態のまま、頑張って首を動かして彼女の顔があるだろう方を見る。と、以外にも近い位置にあったらしく、視界いっぱいに彼女の瞳の紫と肌の青が広がる。

「あら?スキンシップよ。それくらい分からないの?」
「分かる訳がないだろう!スキンシップにしても、ほら、こう、もっと違う方法があるだろ!?」
「あらあら。残念だわ、私だって本当は他の皆と楽しく触れ合いたいのだけれど、この身体だからこれ以外、出来なくて……
……
「思えば、この調査団のメンバーで、手足のない種族って私だけなのよねぇ。他の皆は手を使って食事をしたり、足を使って地面の感覚を感じたりして……正直、うらやましいわ」
……っ、考えなしに言って悪かった」
「あら。私はただ単に自分の思っていることを口にしただけで、別に怒っても、気を悪くしてもいないのだけれどね。考え過ぎよ、ニンゲンちゃん」
……

 屈託のない笑顔でハクリューはこちらに笑いかけてくる。
 彼女の言う通り、彼女自身は全く怒ってなどいないし、なんなら本当に、アタシたちと同じように過ごしてみたいと純粋に思っていて、そして純粋に残念がっている。
 ただ……そう、本当にただ、素直過ぎるだけなんだ。
 もう、脳に直接、口がついてるんじゃないかって疑うくらいに、思ったことを反射的に直ぐベラベラと口にする。
 もちろん空気は読めるし、読んだ上で話しているのだろうけれど、ほぼ毎回こんな感じでこちらの口を挟む間もなく、次から次へと呪文のように言葉を羅列する。
 思っている事を包み隠さず口にするだけだし、裏表のない性格だからこの世界においてはむしろ信用できるヤツなんだけれど、本音を言うと、正直……苦手だ。

…………
「いだだだだ」

 無言でニコリと笑いながら、なおもハクリューはギリギリと体を締め付けてくる。彼女に心を読むといった能力は無い筈なのだけれど、今のアタシの考えを読まれた……のか?それに、心做しか傷口の辺りが熱くなっている気がするのだけれど……さっきの衝撃で完全に開いたんじゃないか、これ。
 助けを求めようと、勢いに負けてさっきから固まっているジュプトルの方を見る。
 …………
 いや、そんな関わりたくなさそうな目で見ていないで、助けてくれよ。泣くぞ。

「それで、ニンゲンちゃん。貴女はどうしてお部屋を脱走して、ここに居る訳なのよ」
「脱走って……聞こえが悪いねぇ。少しばかし知りたいことがあって、調べ物に来ているだけよ」
「調べ物?貴女ってば相変わらず勉強熱心ねぇ」
「ずっと寝たままなんてのも暇なもんでね。お前さんだって分かるだろう」
「まあ、私もそう言った状況には何度かなった事はあるから、分からなくはないわ。確かに、本当に何もする事が無いのよねぇ」

 はぁーあ、とハクリューはため息をつく。拘束が緩んだ一瞬の隙を見て脱出を試みたのだけれど、すぐにまた締め付ける力が強くなる。

「トカゲくんは?」
「コイツの付き添いだ。いつ、また倒れてもおかしくない状態なのに、出歩かせろと煩いからな」
「ふーん、律儀ねぇ」
「そういうハクリューは、どうしてここに来たんだい?」
「私?私はニンゲンちゃん、貴女を探しに来たのよ」

 じっ、と紫色の視線がアタシに降り注ぐ。こんな状況で言うのもどうかと思うけれど、洞窟の奥底でたまにみかける宝石みたいにキレイな色だと思った。

「アタシを?」
「ええ。だって、折角お部屋までお見舞いに行ったというのに、貴女ったらまだ怪我も治っていないのに居なくなっていたんだもの。団長に居場所を聞いても知らないって答えられたのなら、探すのは当たり前でしょう?」

 ハクリューに言われて思い出す。そう言えば、団長に報告するのをすっかり忘れていた。
 ジュプトルも本当なら、一匹で道具を揃えるついでに報告をするつもりだったようだけれど、どうやらいつもみたいに隣にアタシが立っていたからか、その考えが頭から完全に抜けてしまっていたようだ。

「そうかい、流石にそれは悪かったよ。けど、見ての通りもう全快しているから、安心しとくれ」
「貴女ねぇ、自分がどれ程ボロボロなのかご存知なの?」
「もちろん。自分の事は自分で一番よく知っているさ」
「ホント?じゃあ、どれ程長く眠り続けていたのか言ってみなさい」
「どうせ、いつも通り二、三日くらいだろう?」
「残念ながら、七日間よ」
「えっ、うそっ」
「嘘だと思うのなら、後で指令室に行ってみなさいな。きっちりその分、日数表に印が増えているから」
「あ、ああ。……まあ、最長記録を更新していないだけいいじゃないか」
「ええ、そうね。二番目に長い記録になるのだけれど」
…………

 相当ヤバかったらしい。
 そりゃあ、ジュプトルも止める訳だ。
 因みに最長記録は十日だったりする。
 ……というのは、置いといて。
 うん、かなり怒っているみたいだ。表情はあまり変わらないのだけれど、言葉の端々から怒りの感情が漏れ出している。気がする。
 いつもであれば、ハクリューもここまで執拗に言ってこないのだけれど……今回はワケが違う。

「私の方が貴女よりも丈夫で、怪我の回復力も早いのに……

 アタシが攻撃を庇った件の団員こそ、彼女なのだ。
 普段の彼女であれば敵に四方を囲まれようが、八方の何処かから不意を付かれようが、その圧倒的な種族の力を持って全てを薙ぎ払うのだけれど、連日の調査疲れ、隠れる場所の少ない峡谷地帯、敵の練度の高さ、その全てが重なってしまい、ほんの一瞬の隙を突かれてしまったのであった。
 もちろん、彼女の方が何倍も強くて何倍も逞しいのはわかっている。けれども、アイツらは確実に殺しに来ていた。彼女の頭を、首を、心臓を、確実に狙ってきていた。
 もちろん、ポケモンでもないニンゲンの自分がそんな攻撃を受ける訳にはいけないのは身を持って知っている。
 でも……それでも、自分の目の前で、また誰かを失うのは嫌だった。だから、考えるよりも先に体が動いた。

……生きててよかった」

 ぎゅっと、巻きつく力が少しだけ強まる。怪我をしている筈の脇腹ではなく、何故か胸が痛む。
 
「それは、その……ごめん」
……まあ、怪我するのも程々にしなさいな。そのうち、ここにある資料を全部読み尽くしてしまいそうだし」
「ん、気をつけるよ」

 その約束を守れる自信は殆どないから、誤魔化す為に笑いながら言うと、ハクリューは「……その言葉、私は信じるから」と小さく呟いて、巻き付いていた体を解く。
 流石に怪我の具合が気になってたので、服を捲って脇腹の方をちらりと見る。
 …………
 想像していたより少し多めの包帯がぐるぐると、自分の細いお腹に巻かれいていた。
 やっぱり、相当ヤバかったんだな……
 見た所、包帯に軽く血は滲んではいるけれど、それ以上の出血はなさそうだ。
 ……ん?いや、まて。相当ヤバい傷の上にさっき、開いた様な感覚があった筈なのに、どうして包帯に血が軽く滲む程度で収まっているんだ……
 まさか、ハクリューが巻き付いて来たのって……

「で、ニンゲンちゃんは何について調べ物をしているのかしら」
「えっ!なにっ……て、絵の描き方について……だよ」

 ハクリューの声に驚いてしまい、反射的に答えてしまう。
 ハクリューはアタシの反応に不思議そうな顔をしながらも、話を続ける。

「絵って、資料とか図鑑に載っているような?」
「そう、それの描き方を探しているんだよ」
「それはまた急ねぇ……今回は何が原因かしら?本?会話?それともご自身の能力?」
「えぇー、そこまで言わないとダメかい?」
「別に、言いたくないのなら言わなくていいのだけれど、やっぱりそこは気になるじゃないの。ねぇ、トカゲくん?」
「えっ……オレか?」
「あっ、ちょいと。コイツを勝手に巻き込むんじゃないよ!」
「あら、巻き込むつもりはないのよ。ただ、さっきからずーっと黙って私達を見ているから、暇なのかと思って話題を振っただけよ」
「それを巻き込んでいるって言うんだ!!コイツに話題をふるんじゃなーい!!」
「よくわからないが、落ち着け」

 本当によくわかっていなさそうな困惑した顔で相棒にたしなめられる。なぜ、コイツに話をふって欲しくないのかというと。

「まあ確かに、気にはなっているが……
「ほらー、こういった感じで、話さないといけないような雰囲気になるから嫌なんだよ……

 コイツは自分の気持ちに正直過ぎる所がある。そんな彼に面と向かって真っ直ぐと来られると、黙っていたい事も何故か黙っていられなくなる。

「アンタにはさっき話しただろう、夢で見たって」
「夢?夢ってあの、寝ている時に見るあれ?」
「ああ、そうだよ」
「コイツ、青い空が広がる世界の夢を見たそうなんだ。それで、その夢の景色を絵にしたいと言い出してな」

 はぐらかそうとしたのにどこまで話すんだ、コイツ。と言うか、普段はあんまり喋らないのに今回に限ってベラベラと……

「へぇ、夢で見ただけでここまでやろうとするだなんて、行動力があるにしても、ありすぎるじゃないの。何を持って、そこまでやろうとするのかしら」
「それはオレも思ったんだ。本物の空の色だという確証なんて持てないただの夢なのに、なんでそこまで動こうとする」
「うーーーん、…………懐かしいって、思ったんだよ」
「懐かしい……?」
「そう。時空の叫びで過去の景色を視た時はそんな事、全く思わないのに。ついさっき見た夢はなんでか、そう思ったんだよ」

 手で自分の胸の辺りを押さえる。
 胸の奥がギュッと締め付けられる感覚。それを懐かしいと言う言葉に表さないとして何と言う。

「懐かしいって感じたってコトはさ、もしかしたら、アタシが覚えていないだけで前にどこかで見たかもしれない景色で、それなら、本物の空の色なんじゃないかって思ってさ。だから、みんなにも見せてやりたいって思った……んだよ」
「なるほどねぇ。で、それっていつ見たのよ?
……分からない。でも、あの空が本物だっていう事は確か……なんだ」
「ふーーん、そんな不確かな理由でお部屋から脱走して絵を、ねぇ……
「ダメ……かい?」

 ハクリューは尻尾の先でアタシの額を指して、呆れたような顔で言う。

「駄目に決まってるでしょう。まだ怪我も治っていないのに勝手に出歩いて。それに貴女、ただでさえ身体が弱くてすぐに熱を出すのだから、これ以上無理しないでちょうだい」
「ううっ……

 真っ向から正論を食らう。ケガでいつもより弱っている所にコレは結構キツイ。
 更に言葉が続くのかと身構えてると、ハクリューは暫く無言でアタシの事を見つめた後「……でも、まあ」とどこか諦めつつも何かを認めるような表情で小さく頷く。

「ちょっとしたきっかけで何か大きな事をやろうとするその意気は、相変わらず凄いと思うわよ」

 そう言ってハクリューは拘束を解くと、砂埃も舞い上がらない程の小さな竜巻を本棚の方に飛ばす。竜巻はアタシ達が物色していた棚の一番上に入っていた一冊の本を抜き取ると、アタシの元まで飛んできてそっとそれを手の上に乗せて散る。

「はいこれ、受け取って頂戴」
「え……?ああ、ありがとう」

 不思議に思いつつ受け取った本の表紙を天井から降り注ぐ小さな灯りに照らしてみれば、確かにそれは絵について書かれた本だった。

「これ……
「前にここで暇を潰していた時に見つけたのよ。まあ、好きに役立てる事ね」

 ハクリューは尻尾を軽く振り、「じゃあ。私は改めて、団長にニンゲンちゃんが起きた事を伝えるから。途中で倒れないようせいぜい気張りなさいね」と言い残して、資料室から出ていく。

「はぁ、嵐の様に去っていったねぇ……
「全くだ。で、その本は……絵の参考書じゃないか」
「ああ。……アイツの考える事は相変わらず分からないけど、見つけてくれた事には感謝はしとくかね。さてじゃあ、早速読むとするかぁ」
「まて、その前に、オマエがぶつかってズレたテーブルと椅子の位置を直すぞ」
「はいはい。と言うか、アタシのせいなのかい、これ」

 テーブルと椅子を元の場所に戻した後、ハクリューから渡された本を開く。
 その本はまさにアタシ達が求めいたモノで、ご丁寧に絵を描く為に用意するべきモノから基礎、応用までその全てが載っていた。
 取り敢えず、必要最低限に用意するべき物は顔料とそれを混ぜる為の油、筆、紙のようだ。

「この中で一番、準備をするのが難しいような物は顔料か……

 顔料……説明を見るに、岩とか鉱石を砕いた粉らしい。いつも見ている無骨で無機質なモノが絵を描くための材料になるのかと思うと、不思議なものだ。
 
「どうする、近くの岩場まで行ってオレが取ってくるか?」
「んー。いや、大丈夫。むしろ顔料は一番用意しやすいさね」
「何か当てがあるのか?」
「ああ、むしろこれほどまでに適任はいないだろうよ」

 顔料の確保の為にこれから必要になるであろう物を頭に浮かべながら、席を立って入り口へと向かう。
 背後を付いてきたジュプトルに先に食堂の前で待っているように伝えれば、彼も当てになるそのポケモンに思い当たったようで一つ頷くと、本を抱えながらそちらの方向へと歩いていく。
 相棒の背中を見送りつつアタシは一旦、自室へと戻った。




 星の調査団基地、一階中央のその最奥。大きなテーブルとそれを囲むように置かれた沢山の椅子がある部屋にそのポケモンはいた。
 おおよそ二メートルはあるであろう巨体。灰色の鉄の鎧から覗く岩石の肌。そして、薄い青色の鋭い瞳。
 ハクリューの大きさを細く長いと表すのなら、目の前のポケモンは岩のように大きくずんぐりとしている。
 そんな岩石のように屈強なポケモン、ボスゴドラは凶悪な顔とは裏腹に、部屋に入ってきたアタシ達ふたりに対して心の底からにこにこと豪快に笑いかけてきた。

「よお、嬢ちゃんにボウズ。どうした?二匹で居るって事は、まーたなんか楽しい事でもやってんのか?」
「おはよ~、副団長~」
「おう、おはようさん。そういや嬢ちゃん、ブッ倒れてたんだったっけな。どうだ?身体の調子は、元気か?」
「ああ、おかげさまで元気だぞ」
「そうか、そりゃあよかったぜ」

 副団長はガハハと豪快に笑うと、バシバシと背中を叩いてくる。脇腹に響いて元気じゃなくなりそうになるけれど、根性で耐える。
 みんなでいつも囲んでいるテーブルの上を見れば、彼の席の前には色々な種類のきのみがいくつか盛られている大きめの皿が置いてあった。普段は岩石や鉱石を主食にしているのだけれど、今はおやつの時間らしい。
 ちらりと、お目当ての物がテーブルの上にあることを確認する。

「副団長、折り入って頼みがあるんだけれどさ」

 そういってアタシは机の上のきのみ──の隣のそれを指で指す。
 そこには、ランタンの光を受けて鮮やかに輝く宝石や鉱石がいくつか置かれていた。幾分かキレイな布の上に置かれているそれらは食用とはまた違う、彼の趣味で集めている観賞用のモノであった。

「その石、いくつか譲ってくれないかい?」

 副団長は指で指された方を見て、再び視線をアタシに戻す。当然、その表情は今までずっとしていた爽快なものから、困惑したものになっていた。

「こっちの石かぁ?きのみじゃなくて?」
「ああ。そっちの石さね」
「嬢ちゃん。もしかしてアンタ、まともに飯が食えねえって言うから、オレっちみてーに石でも食おうってか?ダメだダメだ!こーいうのはなぁ、オレっちみてーな体が頑丈で胃が丈夫なヤツが食べるもんで、お嬢ちゃんみてーにやわっこいのが食うもんじゃねーぞ」

 副団長は大きな腕でサッと石を
自分の元へ引き寄せる。石や宝石はガラガラと音を立て、小さく欠けた色とりどりの破片が点々とテーブルに散らばる。

「いやいや、流石に食べはしないよ。ちょいとやってみたいコトがあってね」
「やってみたいことぉ?」
「ああ、これを使って絵を描きたいんだ」
「え??絵ってーと、あの本とかになーんかごちゃごちゃ書いている、細けぇヤツか?」
「そう、それ」
「ほーーん、コレでそんな事が出来るのか。でも、石……石かぁ、うーーーーーむ」
「駄目……かい?」
「きのみだったら嬢ちゃんにたらふく食って欲しいから、たっくさんやるけどよぉ。石はなぁ、オレにとっちゃあ楽しみの一つと言うか。いや、でも嬢ちゃんが欲しいって言うなら、うむむ……

 副団長は腕を組んで悩み始める。
 きのみをやる、と言う副団長の気遣いは嬉しけれど、生憎、アタシの身体はあまりご飯を受け付けないモノになっているから、そこは毎度、申し訳ないと思っている。
 物凄く悩んだ顔でちらりと手元の石を眺める副団長の前に、自室から持ってきた蓋のついた小さめの木箱を置く。

「なら、これならどうだい?」

 蓋を開けて中を副団長に見せる。箱の中身はというと、副団長と同じく趣味で集めている変わった形の石や綺麗な色の宝石たちである。

「オマエ、また増えたな……。毎度こんなのを集めて何になるんだか」
「いいじゃないかい。何にもならないかもしれないけれど、少なくとも、どこで拾った物だっていう思い出くらいにはなるんだぞ」
「そうだぞ、ボウズ。今オレっちの手元にあるヤツだって、一個一個どこで拾ったものだって、ちゃーんと覚えているんだからな」

 アタシと副団長の反応に、ジュプトルは「そ、そうか。悪かったな」と反省しながらも、少し引き気味に言葉を返す。

「副団長。アタシのコレクションと交換するっていうのはどうだい?」
「ほぉー、なるほど。よし、大事な石を手放してでもやりてーっていう嬢ちゃんの心意気は分かった。それでいこう!」

 副団長はダンッと膝を叩くと、手元の石達をズラッとテーブルに広げていく。

「さーて。今、目の前にあるこいつぁどれも一級品だぁ!よーーく、見てってくれぃ!」

 テーブルの上に広々と並べられた色取り取り石を見る。もし、お店というモノがあったのなら、こんな感じなのだろうかと思うと、少しワクワクする。

「それで、どいつが欲しいんだ?」
「えーっと、そうさねぇ……

 夢でみた空の色を思い出しながら、それに一番近いモノを選ぶ。

「よし、じゃあこの青いのをおくれ」
「おっ、コイツか。お目が高いな嬢ちゃん!コイツぁ南の鍾乳洞の調査に行った時に拾ったやつだな!」
「あー、あの時のか!懐かしいねぇ」
「ははっ、だろ?……さてと、オレはコイツを貰おうかな」

 副団長を真似てテーブルの上に並べていた石の中から、彼は一段とデコボコとしたモノを選ぶ。

「こっちのキレイな宝石じゃあ無くて良いのかい?」
「おう。オレっちも観賞用の石をって思ったんだけどよ、どうにも食欲には勝てねぇってもんだ。コイツがどーしても美味そうでなぁ、つい選んじまった」
「へぇー、そうなのかい。因みにどんなトコがいいんだ?」
「デコボコが多いトコだな!こーいうのはの隙間のトコに砂が結構挟まってて格別に旨いんだよなー!がははは!」

 岩を主食にするポケモンの感覚が今一わからないけれど、まあ、副団長が良いならいいか。自分がご飯をまともに食べられない分、他の皆が美味しそうに食べている所を見られるだけで充分だし。
 今度それっぽい石を拾えたら、プレゼントでもしようかね。

「ありがとうな副団長。これでいい物が作れるよ」
「おう、それならよかったぜ。存分に使ってくれよな!……っと、それと、オマケだ」

 というと、副団長は何かを放り投げてくる。
 慌ててそれを両手でキャッチして見てみれば、モモンのみが手の中で転がっていた。

「やっぱり、嬢ちゃんには何かしら食って欲しくてな。それだったら何とか食えんだろ?」
「副団長……
「もちろん、ムリにとは言わねーけどよ。腹が減りすぎてまた倒れるのもアレだし、食わねーと治るもんも治んねーんだからさ」
……分かったよ。色々落ち着いたら食べるから」
「おう、そうしてくれ」

 潰れないようにきのみをポケットに仕舞い込んで次の場所へ向かう準備を始めると、副団長が思い出したように話しかけてくる。

「そういや嬢ちゃん、ハネッコのチビちゃんにはもう会ったのか?」
「いや、まだ会っていないよ」
「そうか。なら、すぐに会ってやりな。チビちゃん、嬢ちゃんが早く目を覚ますよう、薬の調合とか手当ての手伝いとか、とにかく色々やってたんだからな」

 小さな姿で懸命に手当てをするハネッコの姿が頭に思い浮かぶ。

「そうだったのか……。分かった、行ってみるよ」
「おう、飛び切りの笑顔で会ってやりな。きっと喜ぶぞ!」

 満面の笑顔で笑いかけてくる副団長につられ、アタシも笑う。

「じゃあ、石も貰ったしそろそろ行くとするかね。副団長、ありがとうな〜」
「邪魔したな」
「おうよ。ボウズ、嬢ちゃんの事頼んだぞ」
「ああ、勿論だ」
「ちょいとアンタ、何偉そうに頼まれているんだい」
「オマエが怪我をしているんだから、そう言われるのはあたり前だろ」
「みんな心配性だねぇ、これくらい大した事ないんだけれどっっ!?!?」

 怪我をしている付近の脇腹を軽くジュプトルに触られる。脇腹だけでなく、そこを中心に全身に痛みが走る。
 思わず落としそうになった石の入った木箱を両手でしっかりと持ちながら、しゃがみこんでその場で痛みに耐える。
 アタシのその様子を脇目に、ジュプトルは「ふん」と鼻を鳴らして足早に食堂を出ていく。

「あ、おい……置いてくなぁっ……!」
「ケンカはほどほどにな〜」

 副団長の呑気な声を後ろに、スタスタと廊下を歩く相棒の後をふらつく足で何とか追いかけた。




 食堂の隣り。扉もとっくの昔に壊れた入り口をくぐり、部屋の隅の机の上でボロボロの絵本を読んでいるピンク色の小さな存在に声をかける。

「ハネッコ、おはよう」
……えっ、おねえちゃん!?」

 声を聞きつけるなりハネッコは小さな後ろ足でジャンプして、アタシの方へと飛んでくる。
 ふわふわと飛んで来た彼女を両腕で受け止め、胸の前で抱きかかえる。

「いやぁ。心配かけたね、ハネッコ」
「おねえちゃん、よかった……もうおきないんじゃないかって……
「大丈夫だよ。ハネッコのおかげでここまでよくなったんだから、ね?」

 小さな目からいっぱいの涙を溢れさせる頭を優しく撫でる。
 自分より幼い子を泣かせてしまった事に心が傷んで泣きそうになってしまうけれけど、そうならないように顔に力を入れて無理矢理にでも笑う。

「コイツはオマエに言われると弱いからもっと言ってやれ」
……ちょいと、小さい子の前でそんな事を言うんじゃないよ」

 どこかイラついた様に言う相棒を睨むと、彼は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「おにいちゃん、おこってるの?」
……いや、怒っていないが」
「おねえちゃんも、おかお、こわいよ……?」
「あ、ああ、ごめんよ」
「えっとね……ケンカはイヤ……かな」
……はい」
……悪い」

 小さな子からのお咎めにふたりで反省をしていると、何かに気がついたのかハネッコがアタシの腕の辺りを見て驚きの声を上げる。

「あれ、おねえちゃん、またケガふえてる!なんで?!」
「怪我?いや、特に何もしてないのだけれど……

 そう言ってハネッコが見ていた腕を見ると、手袋と上着の間から覗く自身の白い肌に、見覚えのない痣があった。触れても痛みは無いが、出来たばかりなのか赤黒い色をしている。

……あー、もしかして」

 ハネッコを抱きかかえながら他の腕や足の辺りの服も捲って確かめる。やはりとも言うべきか、至る所に見覚えのない痣が出来ていた。ついでに頭も触ってみれば小さいコブも出来ているらしい。

「なるほどねぇ、さっきのかぁ……
「さっきって?」
「さっき、ハクリューに巻き付かれて、そのまま資料室の中を転げ回ったんだよ」
「あっ、だからさっき、ろうかがちょっとうるさかったんだ……!」

 医務室と資料室はほぼ反対側の位置にあるのだけれど、ここまで響いてたって事は相当暴れ回ったんだな、あれ。そりゃあ全身痣だれけになるよ。
 と言うより、ここより資料室に近い副団長は気が付かなかったんだろうか。いや、彼の事だからそもそも、いつもの事だと気にしていなかったのかもしれない。

「おねぇちゃん、そのケガいたくない?」
「大丈夫だよ。これくらい、たいした事ないさ」

 心配そうな顔で見つめてくるハネッコに優しく笑いかける。
 実際、ついさっき資料室で負ったケガよりも、調査先で受けた傷の方が何十倍も痛い。というかいい加減、痛すぎてしんどくなってきた所だ。
 ハネッコはもう一度痣を見た後、アタシの顔を見上げる。

「そうなの?でも、てあてしたほうがはやくなおるから、やらせて」

 力強い目でまっすぐと見つめてくるハネッコに、頼りがいを感じて頷く。この間まであんなに小さかったのに、こんなに成長して……

「じゃあ、お願いしようかね」
「うん!」

 ハネッコはふわりとアタシの手元から飛ぶと、薬品棚から薬瓶やら布やらを取り出して近くの机に置く。一通り治療用の道具が揃えられていく間に棚の近くに備えられている椅子に座る。

「よし、じゃあ上着を脱げ」
「はいはい」
 
 ハネッコではなくジュプトルにそう言われ、上着を脱ぐ。
 身体の特性上、ハネッコは手が小さくて片手で包帯やナイフを扱えない為、薬を作ったり準備をしたりするのが専門で、実際に包帯を巻くといった少々複雑な動きがいるモノは手を自由に動かせるアタシやジュプトルが主な担当だ。だけれど、たまにはハネッコに手当てされたいとほんの少し思っていたりもする。

「そうだ。ついでにお腹の包帯も巻き直して欲しいのだけれど、いいかい?」
「オマエまさか、傷口が開いたのか?だから、おとなしく寝ていろといったのに……
「いやいや、開いてはないよ。ただ、そろそろ替え時かと思ってね」
「本当なんだか……

 手当てしやすいように更に脱ごうか迷っていると包帯(という名前のただの細長い布)を持ったジュプトルが手を振って静止する。

「肌をあまり出したくないんだろ。お腹周りだし、捲るだけでいい」
「ん、ありがとう」

 ホッとしつつ服から手を離して、されるがままに二匹から手当てを受ける。少し痛みを感じる程キツめに包帯をお腹に巻かれている気がするけど止血する為だからだよな、仕方ないよな。
 されるがままなのも暇なので手当ての様子を見ていれば、ハネッコが小瓶に入った透明な液体をすり鉢に入れるのが目に留まり、そこでここに来た本来の目的を思い出す。

「っと、そうだった。ハネッコ、薬に使う油って余っていないかい?」
「?あるよー。でも、なににつかうの?ちょうさするときの、おくすりつくるの?」
「ちょいと、絵を描きたくてね」
「え?えって、おねえちゃん、えほんつくるの?!」

 ハネッコは薬を混ぜる手を止めると、ふわりと飛んで別の机へ降り立つ。そして、アタシ達が来るまで読んでいた絵本を見せてくれる。
 そのボロボロになった絵本の表紙には『きずなの星と糸』と書かれており、ひとりのニンゲンと一匹のポケモンがお揃いのスカーフを作るために世界中を旅して、その材料を集めるという内容のモノだ。アタシが小さい時、母さんに何度も読んで貰った絵本で、ニンゲンのあれやこれについては、全部これで学んだし、内容は今でも全部覚えている。

「そうか、絵本というモノもあったねぇ……。いや、絵本は作らないよ。ただ単に、描きたいものがあってね」
「なにかくの?」
「なんと、昔の空の絵だよ」
「むかしのおそらのえ!?えっと、じゃあ、じゃあ!」

 興奮気味に言いながらハネッコは絵本のページを開く。開かれたページの絵もやはり色がくすんでいて、夢で見たモノとはほど遠かった。
 
「この、あおいおそらのえをかくの?!」
「ああ、そうだよ」
「すごーい!わたしね、このおそらのえがすきだから、おねえちゃんがおそらのえをかくのすごくうれしい!」
「そうかい、じゃあハネッコの為にも飛び切り頑張らないとねぇ」
「うん、がんばって!えっと、じゃあ、アブラだよね」

 ハネッコは棚の方にふわりと飛んで、透明な液体が入った瓶の一つを抜き取る。瓶の重さでふらふと上手く飛べないので、ハネッコの方へ近づいて落とさないようそっと両手で受け取る。

「じゃあ、これどうぞ!」
「ありがとう。大事に使うよ」
「えへへ。たりないときは、またあげるから、いってね」
「ああ、分かったよ。楽しみにしていてくれ」
「うん!」

 その後も暫く二匹にあれよこれよと手当てをされ、眠気が襲いかかってきた頃にようやく終わる。

「おい、終わったぞ」

 どうやら完全に寝てしまっていたらしい。ジュプトルの声でハッと目が覚める。
 痣のあった所を見てみれば、いつもは水で濡らした布を乗せて冷やすだけの簡単な処置ものが、今回は丁寧にも包帯が巻かれていた。内側に何かが一緒に巻かれている様子だったので、軽く触れてみれば不思議とひんやりとした感覚を感じる。
 
「なんだいこれ。中に湿布か何かを巻いているのだろうけれど、それにしてはなんというか……冷たい?」

 えへへ〜。とハネッコは得意げな顔で先ほど薬を作る時に使った小瓶を持ち上げる。

「ぶつけたとき、ひやすでしょ?
でも、おみずだとずっとひやせないし、ほうたいがベチャベチャになっちゃうから、つめたいおはながないのかなって、ずかんでさがしたらね、ハーブ?ミント?がひんやりするって、おはなのずかんにかいてあったの」

 なるほど、さっきハネッコが薬に入れていた液体はいつもの軟膏を作るための油ではなく、そのミント?と言う植物の油だったのか。

「ハネッコは凄いねぇ。いっぱい知識があって、その上こうやって役立てもするから」
「えへへ、ありがとう。でも、これはぜんぶ、おねぇちゃんのおかげだよ」
「アタシの……?」

 何かしたか?と今までのアレコレを思い返してみるけれど、どれも思い当たらない。

「おねぇちゃん、わたしにもじをおしえてくれたよね。だから、たくさんほんがよめるようになって、いろいろできるようになったんだよ」

 アタシの悩んでいる様子が面白かったのか、ハネッコはクスクスと笑いながら答える。
 確かに、調査以外では本を読むくらいでしか暇をつぶせるモノがないからと、アタシを中心に団のみんなでハネッコに文字の読み書きを教えたのだけれど、まさかこうして感謝されるとは思っていなかった。
 むず痒いけれど、少し、嬉しいね。
 
「ありがとうね、ハネッコ。そう言ってくれてさ」
「おねぇちゃんも、ありがとう。ほんがよめてたのしいし、みんなのやくにたててすっごくうれしいよ……!」

 ハネッコの笑顔に胸が熱くなる。ハネッコがもっと笑って過ごせるようになる為にも頑張らないとな。
 手当も終わったので、上着を着て椅子から立ち上がる。

「おねぇちゃん、これでもうだいじょうぶだね」
「ああ、お陰さまで最後まで頑張れそうだよ。絵が完成するまで楽しみに待っといてくれ」
「うん!」

 ぜったいみせてね!、と笑顔で言うハネッコに手を振りながら別れ、医務室から出る。
 いつもよりほんの少しだけ軽くなった体で、基地の中央に設置されている大きな階段を相棒と二匹でゆっくりと上っていった。




 調査団の二階中央にある指令室。
 部屋の真ん中には正方形の机が置かれ、その上には水の張った少し深さのある丸い皿が乗っている。
 皿からは青い光が微かにあふれ出ていて、中を覗けば水に浮かぶ一本の銀の針と、底に沈む『時の歯車』の破片が淡く輝いているのを確認できる。針は南東の方向を刺していて、皿の淵に等間隔に記された二十四本の線を見ればおおよそ、今が朝と昼の間であろう時間だと分かった。
 同じく机の上に置いてある、一枚の紙に三十個のマス目が書いてある『日数表』を見れば、ハクリューが言っていた通りマルの数が確かに七個分増えていた。

「あっ、良かった~!!本当に目が覚めたんだね!!」

 机の上の『時計』で時間を確認していると、部屋の奥からこの調査団の長である、レントラーがボサボサの毛を携えながら笑顔で近づいてきた。

「ハクリューから目を覚ましたって聞いてたけれど、中々来ないからちょっと心配だったんだ~」
「すぐに報告に来れなくて悪いねぇ、団長。ちょいと色々やっているうちに遅くなっちまった」
「ううん、元気そうな顔さえ見せてくれればいいよ~。アレでしょ?今、絵を描こうとしてるんだっけ?」
「団長、それはハクリューから聞いたのか?」
「うん。早口で色々な事を話してくれたよ~」
「アイツ、相変わらずだねぇ……

 団長の前で永遠と話し続けるハクリューの姿が鮮明に思い浮かぶ。アイツ、団長の前だと早口になるんだよなぁ。試しに今度、突っ込んでみようかね。

「それにしても、その荷物の量。絵を描くのって色々必要なんだね~」

 そういって団長はアタシの両手に抱えられた石が入った箱と本、小瓶でパンパンに膨らんだ上着のポケットを見る。

「因みに、これでもまだ全部は揃っていないんだ。よければ団長も力を貸してくれないかい?」
「うん、僕で良ければ任せて~。何をすればいいのかな?」
「ありがとう。じゃあ団長、ちょいとばかし毛を分けてくれないか?」
「け……えっ!?毛!?ボクの!?」

 団長は驚きながら勢いよく後ずさる。種族的な能力で一瞬発生した電気に目が眩む。

「なになになに!?なんで急に!?怖いよ……
「オマエ。まさか、団長の毛をむしり取る気じゃ無いだろうな?」
「なんでそんな暴力的なんだい。仮にも身内だぞ、そんな手荒な真似はしないよ」
「えっ。じゃ、じゃあ、どうするの?」
「こうするんだよ」

 手袋を外して、ボサボサの団長の頭の毛に両手を突っ込む。

「ひゃっ」
「だんちょー、アタシが寝ている間にまた毛づくろいサボっただろ」
「だって~、面倒なんだもん……

 絡みに絡まった毛を根元から指で優しくほぐしていく。丁寧にかき分け、何度もとかしていくうちに、最初は絡まっていた毛は全て、自然な方向に真っ直ぐと流れていった。

「よし、こんなものか」
「いや~。ありがとうね。心なしか、なんだか頭が軽くなった気がするよ」
「だろうな……

 アタシ達の様子を横で見ていたジュプトルがちらりと、アタシ達の足元を見る。
 ふわふわとした細く黒い毛が、アタシの靴先を埋めるくらいに床に散らばっていた。
 
「毎度の事ながら、自分でも驚くくらいに抜けるよね〜」

 団長は少し照れくさそうに笑いながら、アタシと一緒に前足で毛を一箇所に集める。

「じゃあ団長、これ貰っていくよ」
「うん、どうぞどうぞ」
「なるほど、抜け毛か」
「ああ。毎度、団長の毛繕いをする度に、何かに使えないか考えてたんだ。だから今回、使い道が見つかって良かった」

 目の前の黒い毛の山を両手で掬う。……しまったな、何か袋でももってくりゃあよかった。思ったよりも軽くて、毛がはらはらと指の間から落ちていく。

「後は何か、欲しいものはある?」
「うーんと、後は……紙くらいか?」
「紙ね~。紙ならいつもの場所にあるから、好きなだけ持ってっていいよ~」
「ああ、ありがとう。有意義に使わせてもらうよ」
「貴重な資材なんだからな、少しは遠慮しろよ」
「もちろん、そこはわかっているさ」

 とりあえず毛は上着のポケットに突っ込んで、紙が入っている棚まで向かう。毛を吸ったのだろうか、後ろでジュプトルがクシャミをしたが気にしないでおこう。

……あっ、そういえば。紙で思い出したんだけど、キミが寝ている間に新しく調査したい場所が増えたから、後で地図を確認してね」
「ああ、わかったよ。次はどこいら辺だい?」
「うーんと、ここから東の方角かな?霧が濃くて危ないからって、今まで避けていた場所。キミのお母さんの日記に、あの辺が怪しいって書いてあったんだ」
……そっか。また、解読が進んだんだ」
「相変わらず、ほんの少しずつだけれどね。でも、それでもここまで来れた。……これだけの物を遺してくれたキミのお母さんには本当に、感謝してもしきれないよ」

 団長の目線につられて、作業机の上を見る。そこには焼け焦げ、泥まみれになった紙の束や日記が……アタシと母さんとの思い出が置かれている。意識的にそれらから目を反らして、いつも通り、いつもの明るい声で言う。

「なら、よかったよ。じゃあ、アタシはそろそろ帰るよ。材料も揃ったしね」
「うん、頑張ってね~。あ、もしかしたら途中で顔出すかも」
「ああ。良かったら、ぜひ見に来てくれ。凄いものを見せてやるから」

 笑顔の団長を背に部屋を出る。
 廊下に出た所で、ジュプトルが口を開く。

「次は東か。今回も無事に手がかりがあるといいんだが」
……今までそうだったんだ、今回もあるに決まっているだろ。なんせ、母さんが自分の命をかけて残した資料なんだから」

 母さんと過ごしていた頃の事を思い出し、手に力が入る。
 そうだ、母さんが叶えたかった事をアタシが成し遂げなきゃいけないんだ。

……あまり、思い詰めすぎるなよ」

 暗い廊下で彼の静かな声だけが聞こえる。顔は見ずに返事をする。

「分かってる」
……そうか。なら良い」

 自室のある方へ歩みを進める。ひたひたと、ふたり分の足音だけが耳に入る。
 その音が何故か嫌になったので、わざとらしく声を出し、後を歩く彼に向かって笑いかける。

「いやぁ、これで漸く材料が揃ったねぇ。部屋に戻って描くのが楽しみだ」
「そうだな。……やれやれ、やっと落ち着ける」

 彼のいつもの様子に無意識に張っていたらしい気が解ける。
 改めて彼と足並みを揃えて自室へと舞い戻った。




 全ての材料を持って自室に戻る。……も、紙の一枚すらまともに広げられない床の散らかり具合に踵を返して食堂に向かう。……確かにさっき石を取りに戻った時、多少部屋をちらかしはしたけれど、アタシの部屋ってあんなに散らかってたっけか?……いや、まさか敵襲か?

「オマエの部屋は元からあんな感じだぞ」
「!?」
 
 急に心の声を読まれて思わず相棒の顔を見る。両腕に抱えられた、団員たちから貰った材料と自室から回収した道具の数々が溢れ落ちそうになる。

「オマエの思っている事はだいたい顔を見れば分かる」
「いや、まあ、そんなこったろうとは思ったけれどさ。それはいいとして、嘘だろ……ショックだ」
「オマエ、自分の部屋がキレイだと思っていたのか?」
「ああ……。確かに、物こそ多いけれど、足の踏み場があるだけ他の団員の部屋よりはマシだと思っていた」
「普通は床が見える方が正しいんだからな」
「その条件を満たしているヤツなんて、この団にいるのかい……?」
「さあな、恐らくオレくらいしか知らん」
………………
……資料室といい、後で大掃除だな」
「そうさねぇ……

 とか言っていると、食堂に辿り着く。食堂にはおやつを食べ終えたらしい副団長に加えて、ハクリューが対面側の席に着いていた。

「おっ、ウワサをしていれば嬢ちゃんとボウズじゃねーか。どうだ?材料は揃ったのか?」
「ああ、おかげさまで揃ったよ」
「オレは散々連れ回されて疲れたがな」
「あら、それなら貴方だけでも途中で辞めれば良かったのに」
「それも出来ないだろ」
「相変わらず律儀ねぇ」

 確認の意も含めてテーブルの上に材料を並べて乗せていく。横一列に並べられたそれらは調査先から持ち帰ってきた成果物の様にも見えた。

「それで、これでどうやって絵を描くのよ?」
「あれだろ、石を使って何かすんだろ?そこだけは知ってるぞ!」
「手順は分かっているんだろうな?オレに聞いても答えないからな」
 
 横から後ろから頭の上から飛んで来る色々な声を浴びながら、参考書を開く。材料が全部揃っている事を確認し、みんなに見えるように机の真ん中にページを広げて置く。
 顔を寄せ合ってみんなが本を見ている横で、団長から貰った黒い毛を一房、糸で束ねて真ん中に細く真っ直ぐな枝を刺す。それから、長さが均一になるようにナイフで毛先を綺麗に切り揃える。

「嬢ちゃん。そいつぁ筆か?」
「ああ、文字を書くときに使っている物でも良かったんだけれど、墨で汚れているし、細いから絵を描くのには合わないかと思ってね」

 毛が沢山あるので予備用にもう何本か作って、ついでに文字用の細い筆もいくつか作る。

……で、次は絵の具か」

 自室から持ってきた調査用のバッグからすり鉢とハンマーを取り出して、青色の石を手に取る。
 ガンッ。と一つ、ハンマーを石に大きく振り降ろせば、石は鈍い音を立てて真っ二つに割れる。と同時に、破片が辺りに物凄い勢いで飛んでいった。

「うおっ!?」
「ちょっと!!」
「あ、悪い」

 こちらを睨みながら少し距離を取るジュプトルとハクリューの二匹に対し、副団長がずいっと横から顔を近づけてくる。

「ははは、嬢ちゃん。扱いがなってねーな」
「んー、そうさねぇ。すまないけれど、副団長。これをこの中に細かく砕いて入れてくれないかい?」
「あいよ。鉱物に関してならオレっちの出番だ」

 副団長は嬉しそうに石の破片の片方をひょいと持ち上げると、

「ふん!!」

 と言って粉々に握り潰した。サラサラと幾分か小さくなった青色の破片が副団長の手の隙間から落ちて、すり鉢の中に入っていく。

「わぁ~、やってるねぇ~」
「おねえちゃん!みんな!」
「団長にハネッコ。ああ、早速やっているよ」

 団長と、その頭の上に乗っかっているハネッコが来た事によって、食堂に調査団メンバー全員が揃う。召集や会議、ご飯以外でメンバーが揃う事はあまりないから少しだけ新鮮だ。

「楽しそうな声が聞こえたからね~、暇だし来ちゃった」
「悪いな団長、煩かったか」

 ジュプトルの言葉に団長はいつもの穏やかな顔で首を横に振る。

「ううん、賑やかなのは良い事だよ。この世界にもまだ希望はあるんだって、思わせてくれるからね」

 ハネッコをテーブルの上に降ろした後、ぴょんっと団長は軽くジャンプして近くの椅子に飛び乗る。衝撃に耐えかねた椅子がギシギシと音を立てたけれど、何とか持ち堪えて団長を乗せたまま静かになる。

「それで、今は何をやっている所なのかな?」
「今は絵の具を作るのに必要な顔料って粉を作っているトコだよ」
「あ~。だから石を砕いているんだ。ものすごく手間がかかりそうだね」
「まあねぇ。でもその分、良いものが出来ると思うんだ」
「確かに。やっぱり、何かをするには手間を惜しまず、ちゃんと準備しないとだよね」

 団長はうんうんと頷くと机の上の様子を改めてまじまじと眺める。
 
「君たち二匹が司令室に来た時から、両腕にいっぱい持ってるなぁって見てたけれど、こうやって散らばっているのを見ると本当にたくさん集めたんだね」
「ああ、みんなのお陰でね。でも、まだ完成ではないから、良かったら最後まで見てってくれよ」
「うん、勿論だよ~」

 すり鉢で更に細かく砕いた石の粉の中に、ハネッコから貰った油を入れて混ぜる。細い棒で練り合わせるもまだ粒が大きいのか上手く混ざらない。

「ニンゲンちゃん。色が斑だけれど、こう言うものなの?」
「んーー、こうって言われても、正解を知らないからなぁ」
「もしかして、混ぜ方が違うんじゃないか?軟膏のように均一に薄く練るモノなんだったら、平らな板の上でやった方がいいと思うが」
「あー、なるほど?ちょいとそいつでやってみようかね」
「それなら、いむしつにあるいたとヘラかしたげるよ!だんちょー、いーい?」
「うん、オッケー。じゃあ、またしっかり捕まっててね」
 
 ハネッコが再び団長の頭の上に乗り、二匹はそのまま医務室の方向へと走っていく。それから少しして、平らな石と鉄のヘラが入った袋を首から提げて戻ってきた。

「おまたせ~」
「あのね、いっぱいつかうとおもったから、いっしょによびのアブラももってきたよ!」
「おっ、ありがとうねぇ!」

 二匹からそれらを受け取って早速、石の上に絵の具のなりかけを垂らす。軟膏を作る要領で手早くヘラで練り混ぜていくと、段々と粘度が増してまとまって行き、それっぽい物ができた。

……うん、できたっぽいぞ、恐らく、多分、きっと」
「自信がないなら紙に塗ってみたらどうだ」
「それもそうさね」

 筆先に少しだけ絵の具をつけて紙の上に滑らせる。だけれど、粘度が高いからか上手く滑らない上に、色もなんだか違う。

「なーんか、ごわついてるわねぇ。まるで、粘土で文字を書いているみたい」
「うーーん、まだ材料は残っているし、ちょいと水で薄めてみるか……?」

 水分補給用にとジュプトルが汲んでくれたコップの水を絵の具に少し垂らして、筆でかき混ぜてみる。

「今度は水っぽくなってないか?」
「だし、色もさっきからなーんか違うんだよねぇ……

 もう一度夢の景色を思い出して、目の前の色と見比べる。

「確か、ここまで暗い青ではなくて、もう少し明るいような気がしたんだよなぁ」
「明るい……か。これまた難題だな」
「明るいと言えば……レントラー、貴方かしら?」
「えっ、ボク??」
「ええ。だって貴方、相手の目を潰せるくらいに明るく光れるじゃないの」
「うーん、確かに光る事は出来るけど……。だからと言ってボクが光ったところで、絵が明るくなる訳ではなさそうな……?」
「ものは試しだぞ、レントラー。一発、デカく光ってくれぃ」
「ボスゴドラがそう言うのなら……?」

 皆でワイワイやっていると、アタシのコレクションの石を眺めていたハネッコが、ぴょんと小さく跳ねてどこか誇らしげにアタシ達の顔を見てくる。

「あのね、だんちょーがピカッてひかったとき、まわりがね、しろくなるよ」
「白……?」
「うん!ピカってなるとおみずも、ガラスもいっしょにピカってなってね、しろくなるの」
「白……確かにそうねぇ、この白い紙もじっくり見てると、レントラーが光った時と同じ様に目が少ししチカチカするものね」
「そう言う事なら、白を混ぜてみようかね。えーっと、白い石はあったっけか……

 石を入れている箱を手に取ろうとすると、目の前にずいっと白い石が置かれる。顔を上げれば副団長がニコリと笑いながら していた。

「嬢ちゃん、これ使いな!」
「えっ、副団長。いいのかい?」
「おう。いっぱいあるからな!いっちょ、バーンッと使っちまえ!!」
「ありがとう!」

 青い石と同じ要領で白い絵の具を作る。材料にまだ余裕があるとはいえあまり無駄にはできないので、今度は極少量ずつ青と白の絵の具を混ぜていく。

「あら、色が変わったわね」
「お、何か近くなった気がする」

 試しに紙に塗ってみる。色はまだ違うものの、水分量が丁度良いのか先ほどの粘土のようにザラザラした感じは無くなって、紙にキレイに広がる。

「ここから、少しずつ近づけていくか」

 もう少し白色を混ぜていく。も、今度は明るく成りすぎたので青を足していく。……と、今度はまた暗くなる。

「あーー、難しいねぇ、こりゃあ」
「オレには十分キレイな色に見えるが、違うのか」
「違うんだよ、なんかこう……うーん、とにかく違うんだ」
「まー、とにかく色々やってみようぜ!何せ材料はまだまだあるんだからな!」
「それもそうさねぇ……よし」

 副団長の声に気合を入れ直し、紙を新しいモノに変えて改めて絵の制作に取り掛かる。

「つーワケで嬢ちゃん、他の石も使ってみるか?」
「そうだねぇ、色々混ぜてれば近くなるかもしれないし、やってみよう」

 別の色の絵の具を作って混ぜていく。

「おねえちゃん、ジャムもえのぐにならないかなぁ?いろんないろがあるし、キラキラもしてるよ」
「おっ、確かに。もっとキレイな色になるかもしれないし、いいかもなぁ」

 ジャムを絵の具に足して混ぜる。

「筆がボサボサになってきたね。またボクの毛を使うかい?」
「うーん、予備も心もとないし、そうさせて貰おうかね」

 団長から毛を貰って、大小様々な太さの筆を作る。

「ニンゲンちゃん、風景画?っていうものの描き方があったわよ。これ、参考になるんじゃないのかしら」
「どれどれ……。おっ、こりゃあ良いかもしれないねぇ」

 参考書の描き方を真似て色を作り、筆を滑らせる。

……おい、顔色が悪くなってきてるぞ。そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?」
「これくらい大丈夫。あと、もう少しだけ……!」
 
 縦に、横に、斜めに。
 怪我の痛みさえ忘れて、調査団内を駆け回った疲れさえも忘れて。
 ただ、ひたすらに、縦横無尽に、筆を走らせる。
 描いて、描いて、描きまくる。



…………できた」

 そうして、どれくらい描き続けただろうか。もう殆ど絵の具の材料がなくなって、何本もの筆の毛が抜け落ちて、手に力が入らなくなった頃。
 部屋中に散らばる様々な青色の中でも一番、夢で見たものに近い青空が描かれた絵が完成する。

「みんな、できたぞ!!」

 みんなのいる方を振り向いて、絵を見せようとする…………も、どうやらもう、とっくの昔に体力に限界が来ていたらしい。
 振り向いた拍子に足が縺れ、そのまま後ろに倒れ込む。
 受け身も取れずに硬い地面に身体を打ち付けたのであろう衝撃と、団員達の様々な声を最後に、アタシの意識は再び暗い世界に落ちていった。




……まったく、だから無茶をするなと言ったのに」

 もはや、目覚めの挨拶にしてしまっても良いんじゃないかと思ってしまうほどに聞き慣れた言葉に、自室で目覚めたアタシのぼやけた頭は倒れる直前までの記憶を一気に取り戻す。

……あー、今回は何日ほど寝ていたんだい?」
「安心しろ、一日として寝ていない。ほんの半日程だ」 
「そりゃあ良かった」
「オレとしては、オマエが起きている時間が長い方がいいんだけれどな」

 呆れた顔をしている相棒から目を逸らせば、見慣れた机の上に見知らぬ何かが乗っているのに気が付く。何かと目を凝らしてよくよく確認すれば、それは気を失うつい先ほどまで使っていた、絵を描く為の道具達だった。

「飯を食べるのに邪魔だったからな。あの後、勝手に片付けさせてもらった」
「ああ。そりゃあ手間をかけさせてしまってすまないね。ありがとう」
「それと、ほら」
 
 ジュプトルは同じく机の上に乗っていたらしい、一枚の紙を手渡してくる。
 それは薄暗い視界の中でもはっきりと鮮やかに見える、空の絵だった。

「オマエの部屋まで持ってくる時は水っぽくてベタベタしていたんだが、どうやらすっかり乾いたらしいな。ふやけて破れる心配もなさそうだし、明るい所で改めて見てみたらどうだ」

 そう言って彼はランタンに火を点けて天井の鎖に提げてくれたので、それに照らされるように絵を広げる。 
 炎の色でほんの少しだけ黄色っぽく見えてしまっているけれど、それでも間違いなく、夢で見たものと寸分違わない空の色だった。
 相棒もアタシの隣に座り直し、一緒になってその空の絵を見る。

「これが、空の色……
「ああ、アタシが夢の中で見たものさ。キレイだろ?」
……

 ジュプトルは無言で絵を見る。それから、不意に下を向いて何か考え込んだかと思えば、顔を上げて急にアタシの顔をじっと見つめてくる。

……な、なんだい。アタシの顔に寝跡でもついているのかい?」

 顔を少し反らしながらボサボサの頭の毛を整えれていれば、答えを得たのか、彼は納得したようにアタシの顔から離れて、思い出すような素振りをしながら口を開く。

「いや、オマエと出会って間もない頃の、オマエの目の色と似ているな、と思ってな」
「アタシの目の色?」

 相棒にそう言われて、自分の目元を触る。

……あ」

 そうだ。長く光を浴びていない影響で、今は白くなってきてしまっているのだけれど、アタシの本来の瞳の色は薄い青色なんだった。
 昔、母さんに、時が止まる前の空の色と同じだって教えて貰っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。

「そっか、何で忘れてたんだろ……

 手で、空の絵を優しく撫でる。
 目の事を思い出したからか、ぼんやりと、夢で見た景色と一緒に誰かの声を思い出す。
 そう言えば、母さんに教えられる前にも、空と同じだって誰かに言われた事があるような……。凄く懐かしいけれど、誰だったっけな。
 まあ、まだ頭が疲れているし、その内何かしらのタイミングで思い出せるだろうから、今はいいか。

「満足したか?」
「ああ。そりゃあ、もう。結構な枚数の紙と、大量の材料と、貴重すぎる時間を使ったからねぇ。……ただ、やっぱり材料を無駄にしすぎたかもなぁ。捨てるのは勿体ないし、どうしたものかね」

 食堂の机や床にバラまいた絵達を思い浮かべる。紙の枚数は数えていなかったけれど、そこそこの数を描いた気がするんだよなぁ。それこそ、この調査団基地の部屋一つ一つに貼れるくらいの枚数は描いてるんじゃあないかね。

「それなんだが。あの絵、皆それぞれ好きな物を持って行ったぞ」
「え?」

 思ってもいなかった返答に驚きと困惑が同時に訪れる。自分からしてみれば、あれらはあまり納得のいかなかったモノたちだ。

「いやいや、そんな。誰かにあげるつもりで描いたモノじゃあないのに。もし欲しいのなら、後でちゃんとしたモノを描くんだけれどなぁ」
「皆にとって良いものだったんだ。現に副団長とハネッコは早速部屋に飾っていたぞ」
……ふーーん、そうかい」
「ちなみに、オレも一枚貰った」
「えっ!!??」
「なんだ、その『えっ』って言うのは」
「いや……だってアンタ、そう言うの貰わないタイプだと思って」
「何だそれ。言っただろ、良いものだったんだと」
…………そ、そっか。……さーて、まだ頭がクラクラするし、もう一眠りするかね」

 いつも通りの調子で話せていただろうか。頬が吊り上がるのを感じて咄嗟に毛布を被り、彼とは反対の方向を向いてベットに寝直す。

「頼むからそうしていてくれ。オマエはまだ、怪我人なんだからな」
「はいはい」

 彼の小言とまだ残る眠気に従って目を閉じる。やはり体力が全く残っていないのか、すぐに意識が遠のいていく。

「おやすみ」

 いつものあいさつに返事は返ってこない。いや、多分返されたのだろうけれど、もはやそれすら聞こえない程に早く、深く、アタシの意識は闇の中に溶けていった。




 夢を見た。
 いつも見る、赤黒い景色なんかじゃなくて、青く、白い世界。
 目の前には青空が広がっていて、足元には相変わらず名前も知らない植物達が静かに揺れている。
 耳を澄ませれば少し遠くで、調査団のみんなが思い思いに景色を楽しんでいる声が聞こえる。

「──」

 ふと、誰かの発した懐かしい響きに振り返る。
 そこにはわたしの姿と形がよく似た一回り大きな影が二つ。
 何故か安心感を覚えるその影に向かって、わたしは思い切り笑って見せる。

 わたしは、この空を知っている。
 
 温かな日溜まりの下、遥か遠い記憶に見た青空だけが、どこまでも、どこまでも遠く広がり続けている。


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