三次創作のサイズバグアジクロ
@otohitoe_
『クロウリー』
スマートフォンの向こう側、今にも泣き出しそうな声で呼ばれてしまえば返事は一つ、「どこに行けばいい?」だけだった。
獣道すらない木々の中に縮こまるようにして膝を抱えたアジラフェルを見つけたときは思わず溜め息が漏れた。半分は呆れて、もう半分は好奇心で。
まだ少し離れているところでベントレーを停め、弾みそうになる足取りを抑えながら近付くクロウリーをアジラフェルは黙ったままじっと見つめていた。
「一体全体どういうことだ」
「わからない…」
「ここで何があった?」
「こうなったのはここじゃなくて…いつも通りわたしの書店で過ごしていただけなんだ。そうしたら突然、こんなふうに…」
「体がでかくなった?」
「そう…それで…このままじゃ店を壊してしまうと思って、奇跡を使って急いで広くて人のいないところに体を移して…」
「ふうん」
まず危惧するところが店の心配なのが実にアジラフェルらしくて良い。
「日も暮れてきて、辺りがどんどん暗くなってきて」
「そりゃ民家も街灯も無いからな」
「でも体は元に戻る気配すらなくて」
「みたいだな」
「すごく心細くなって…」
地球から見える月より大きな青い瞳を見上げる首が痛くなりそうなほど近付いたところでクロウリーは歩みをとめた。こんな大きさの生き物を抱えるのはこの星も初めてのことだろう。
クロウリーは再び小さく溜め息を吐いた。アジラフェルがあんまり不安そうにするから却って落ち着いてくる。だってこんなの大した問題じゃない。
「おれが来たからもう心細くはないだろ」
「それは…そうだけど…でも、」
「おれがいるだろ」
そう冗談めかして言うと、アジラフェルは僅かに唇を噛み、それからじわりと滲むような微笑みを浮かべて「うん」と肯いた。
わざとらしい慰めに乗ってくれたに過ぎないのに、うっかりクロウリーのほうがうれしくなってきてしまう。
「何日だって一緒にいてやる。おまえの店やおれのフラットから場所が移っただけ。いつも通りだ。だろ?」
「うん…」
「…いや、待てよ」
「え…」
「一つ問題があるな」
「な…何?」
一瞬不安そうに目を丸くするアジラフェルをまっすぐに見上げたままのクロウリーがぱちんと指を鳴らすと、反対の手元にはピクニック用のいつものバスケット。中身はもちろん、今夜に相応しいとっておきのワインボトル。
「そのナリじゃあ、一本や二本じゃ到底酔えないな」
「………、」
「今日はイブだぞ、アジラフェル。今夜はここでパーティーだ」
「でも…こんな状況なのに、アルコールなんて、とても…」
「たまにはこういうクリスマスも悪くない」
そう言ってバスケットを掲げ、少しの間見つめあったあとお互いにふっと笑った。アジラフェルもここでようやくゆっくりと顔を上げた。そうそう、それでいいんだよ。別にいつもと何も変わらないだろ。厄介事を背負い込むおまえと、それを助けてやるおれ。
「ほら、ここに手出せアジラフェル。そんでおれを乗せて持ち上げてみろ。そしたらこれをおまえの口に流し込んでやる。一本も入れれば味くらいはわかるだろ」
「ふふ…」
「つまみはどうする? チーズをホールで放り投げてやろうか」
「なんだか勿体ない気がするね」
「勿体ないことなんかあるか。クリスマスパーティーなんだから」
地に下ろされた手のひらに遠慮なく踏み込んで、アジラフェルの肩まで乗せてもらう。六千年も一緒にいて、こんなにも簡単にまだ知らない景色を拝めるとは。クロウリーは堪えきれなくなり、コルクを抜きながらくっと笑った。
「おまえは本当におれを飽きさせないな」
手の届きそうなほど間近に迫る大天使の瞳。瞬きの音さえ聞こえてきそうだ。