カルみと クリスマスの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
12月1日の朝、家を訪れた縞斑は神無に大きな紙袋を差し出した。
「はいこれ、あげる」
「んぇ、なにこれ?」
何が入っているのかも言わずに手渡されたそれを受け取った神無は、首を傾げて紙袋の中を覗き込む。
そこには家の形をしたペーパークラフトに赤と緑を基調としたカラフルな数字の振られた小さな引き出しがいくつも付いていた。
幼い頃に絵本で見たことのあるその見た目に、神無はますます不思議そうに逆方向に首を傾げる。
「アドベントカレンダー?」
「そう。ニトとリトにもあげたから、神無ちゃんにもあげるよ」
「……えっ、子供扱いしてる??」
アドベントカレンダーとは、一日ひとつずつ日付の記された引き出しを開けて中のお菓子を食べながらクリスマスを待つものだ。
知識として知っている神無だが、実際に贈られたことはないため子供扱いされたという若干の不満はあれどまじまじとそれを眺める。
「これがたくさんお菓子を食べても合法になるカレンダー……」
「一日一個食べないと違法だよ?」
「分かってるよ!さすがに子供扱いしすぎ!」
「去年シュトーレンを一日で食べてディーノちゃんにめちゃくちゃ怒られてたの誰だったっけ?」
「ゔ、」
去年の12月は縞斑が美味しいシュトーレンを贈ってくれたのだが、そのあまりの美味しさに我慢が効かず一日で食べ尽くしてしまったのだ。
クリスマスまで一切れずつ食べることを想定した高カロリーの菓子を一日で食べきってしまった神無は、その後縞斑とアサギリに呆れられ、ディーノから厳しい食事制限を強いられることになったのである。
去年の苦い記憶を思い出した神無はぐっと言葉に詰まると、うろうろと視線を彷徨わせて言い訳を探した。
「あれは自分で切るシステムだったから!自制できなかっただけだし!これは最初から小分けにされてるじゃん!」
「分けられてなくても自制してくれよ、いい大人なんだから」
「うううううるさい!!!」
正論に対して怒鳴ることしかできない神無は、真っ赤な顔でアドベントカレンダーを取り上げられないように背中に隠す。
そんな子供のような仕草をけらけらと笑った縞斑は、不満げに唇を尖らせる神無の機嫌を取り持つように頭を撫でた。
「クリスマスには会えるように仕事頑張るから、最後の日は一緒に開けようか」
「う……うん、約束だから仕事さぼんなよ」
このカレンダーが空になる頃には、また縞斑に会える。そう考えた途端25個のお菓子がよりいっそう待ち遠しいもののように感じた神無は、ぱっと顔を上げて1と記された箱を指差した。
「ね、さっそく今日の分あけていい?」
「いいよ。何が入ってるのか俺も気になるな」
手元を縞斑に見守られた神無は、わくわくと嬉しそうにカレンダー1日目の引き出しをそっと開く。
そこにはサンタの形をした小さなビスケットが収まっており、神無は思わずその可愛さに頬を緩めるのだった。
※
「神無、今日はチョコレートですね」
終業時間になった途端神無がポケットから取り出した色鮮やかな包装紙を覗き込んで、ディーノが声を掛ける。
その声色に甘いものの摂取を咎める旨が含まれていないことを確かめると、神無は得意げに笑って手の中のチョコレートをかざして見せた。
「そう!マカダミアナッツチョコレート!」
「はい。とてもおいしそうです」
「だろー?今日で24個目!」
あれから三週間近く、神無は縞斑との約束を守って毎日ひとつずつアドベントカレンダーを開けて行った。
最初は開けると同時に味が気になって齧っていたお菓子だが、終わりが近づいた寂しさから最近は終業後のおやつとして大切に食べている。
本日もツリーのオーナメントを模した明るい色の包装紙を丁寧に解いた神無は、チョコレートを舌で溶かしてゆっくりと味わう。
「んー……おいしい……」
「いつも言ってますね」
「だってどれも美味しいんだよ!明日は何が入ってるのかなー……」
明日は縞斑と共に最後の箱を開ける予定だ。
ここまで入っていたお菓子はどれも美味しく、最後にはいったいどんなとっておきのお菓子が入っているのだろうかと神無は期待に胸を膨らませる。
いつもより時間を掛けてチョコを味わった神無は、ナッツの香ばしさが残る口内に満足感を抱きながら席を立った。
「じゃあディーノ、また明後日な」
「はい。明日の休暇、楽しんでくださ…………」
いつものように別れを告げる神無を見送ろうとしたディーノが、ふと瞳に淡い光を抱いて固まる。
それが彼のメッセージを受信した合図であると知っている神無は、急ぎの仕事だろうかと足を止めた。
「………え、」
「ディーノ?誰からだ?」
ところが、いつもならすぐに通信の内容を共有するディーノは唖然とその場に立ち尽くしている。
困惑したように瞳孔を模したスクリーンが収縮しており、彼の緊張を表しているその様子を心配に思った神無が歩み寄った。
「ディーノ……?」
「かみ、な」
正面から顔を覗き込むことで、ようやく相棒が神無を視界に映して僅かに肩から力を抜く。
どうしたのだろうか。そんな思いを込めて首を傾げて見せれば、躊躇うようにうろうろと視線を彷徨わせていたディーノはやがて、意を決したように小さく頷いて口を開いた。
「……アサギリから通信です」
「アサギリ?」
「…………だらだら先輩が、負傷したと」
きんと耳鳴りがして世界から音が遠ざかる。
聞きたくないと無意識にその言葉を拒絶したけれど、そんなことをしても沈黙は神無を待ってなんてくれなかった。
ーーー……。
息を切らして駆けつけたスパローのアジトでは、縞斑が幾重もの包帯に巻かれて眠っていた。
「麻酔で眠っていますが、ひとまず命に別状はないとのことです」
周囲に置かれたいくつかの装置に緊張感は募るが、案内したアサギリの言葉を聞いてゆっくりと上下する胸に視線を落とした神無はひとまずほっと胸を撫で下ろす。
「よかったぁ…………」
「心配をお掛けしてすみません、神無さん。少し言葉が足りませんでした」
「んーん、大丈夫。急に押しかけてごめんな」
ディーノに届いた通信は縞斑が負傷したという旨だけだったため、居ても立っても居られなかった神無は顔面蒼白でアジトへと向かったのだ。
辿り着いた神無とディーノのことを迎え入れたアサギリは、傷の具合について詳しく連絡を行わなかったことを謝ると血に汚れたジャケットを丁寧に畳んで片付ける。
縞斑の怪我は確かに命に別状はなかったが、敵対組織のアンドロイドが放った弾丸が脇腹を掠ったらしい。止血に少しだけ時間を要したことにより貧血になっているが、弾丸が体内に残らなかったことは幸いだったと言える。
「麻酔が切れたら起きるってこと?」
「えぇ。最短でも明日の昼頃、時間が掛かる場合は明後日の朝頃かと」
「そっか……先輩が起きるまでの間に手伝えることはある?」
「マスターが治療前に口頭で私に引き継いでくれたので大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
どうやら、仕事を引き継ぐ余裕がある程度には負傷後も意識が残っていたらしい。
安堵のため息を吐いた神無は眠る縞斑の髪をそっと撫でると、これ以上長居するとかえって迷惑になってしまうと席を立った。
「俺たち一旦戻るよ。何かあったらいつでも連絡して」
「えぇ、ありがとうございます。神無さん、ディーノさん」
「アサギリ、連絡ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるディーノと共にアジトをあとにした神無は、彼をドロ課のメンテナンスルームに送り届けると改めて帰宅することにした。
当然ながら、明日の予定は見送ることになるだろう。そう考えると何をする気も起きず、風呂に入るのを渋ってぼんやりとベッドに転がっているうちに時刻は日付を回ってしまった。
「もう25日か……」
窓の外は薄明るくなり始め、灰色の空からは今にも雪が降り出してしまいそうだ。
積もったら明日の出勤が憂鬱だと考えながら窓辺を離れた神無はふと、部屋に飾ったアドベントカレンダーに視線を向ける。
最後の一日は縞斑と一緒に開ける予定だったが、おそらく今日彼に会うことは叶わないだろう。目を覚ましてからしばらくも治療に専念するだろうし、会えない期間が続くのであれば諦めてひとりで開けるしかない。
「なんのお菓子が入ってるのかなー……」
そんな気分にはとてもなれないが、かといって開けないまま放置をして中のお菓子を腐らせてしまうのも本意ではなかった。
のろのろと立ち上がった神無は一人きりの部屋で寂しさを紛らわせるようにそう呟くと、最後の引き出しをそっと開ける。
「……ん?箱?」
そこに入っていたのは、もう一回り小さな箱だった。
これまでのお菓子が入っていた包装に比べて随分シンプルなデザインのそれに首を傾げると、神無は手に取ってそっと箱を開く。
「え、」
そこにあったのはお菓子ではなかった。
上質な緩衝材に守られるようにして、シルバーのリングがひとつ収まっていたのだ。
「へ……え?なん、で?」
思わずそれを手に取れずに箱を両手で持ったまま困惑する神無は、カレンダーの引き出しを改めて確認するが、やはりどれだけ探してもお菓子は見当たらない。
「俺に……?」
だからアドベントカレンダーを受け取ったあの日、縞斑は25日の朝には必ず会いに行くと告げたのだろうか。
それまでの彼の言動に合点がいった神無が途方に暮れていると、部屋に着信音が鳴り響く。
びくりと飛び上がった神無が枕元に駆け寄れば、充電中の端末には縞斑の名前が表示されていた。
「っ、もしもし!?先輩!?」
「……ごめん神無ちゃん、今起きた」
通話越しに聞こえるのは、苦々しげな様子の縞斑の声だ。まだ傷が痛むのだろうかと心配になった神無は、それまでの動揺を忘れて慌てて声を掛ける。
「け、怪我大丈夫かよ?!」
「あー……うん、それはもう痛くないから平気」
予定よりずいぶん早く目を覚ましたようだが、まだ麻酔が残っているのか傷口に痛みはないらしい。
安堵に胸を撫で下ろす神無の一方、未だ縞斑の声色は晴れない。そうして彼は珍しく、様子を伺うようにおずおずと口を開いた。
「…………開けちゃった?」
その問いを聞いた神無はふと、手の中に握ったままの小箱の存在を思い出す。
開いたままの最終日のカレンダーと、小箱の中に収まる指輪のことを交互に見下ろした神無は、つい先ほどまで自身が困惑の渦の中に居たことを思い出した。
「っ……あけたよ!!」
「遅かったかぁ……」
ぐしゃぐしゃと頭を掻く縞斑の気配を感じ取った神無は、彼がカレンダーの中に隠したプレゼントを把握していたことを確信する。
その瞬間、箱を開けたときの喜びと、この場に彼がいないことへの悲しみがない混ぜになって爆発してしまい、神無はじわりと目に涙を浮かばせた。
「なんだよこれぇ……一人で開けちゃった俺の気持ち考えてくれよ……!!」
「ごめん……本当にごめん。さすがに俺も最終日の朝に怪我で寝てるのは想定してなくて」
本来なら、家を訪れた縞斑と共に最後の引き出しを開けて、そこでプレゼントを改めて渡される予定だったのだろう。
前日の仕事中に負傷をして翌朝まで眠ることになるとは縞斑も思っていなかったらしく、ひとり指輪を見つけてしまった神無の心中を察して彼は何度も謝っていた。
神無自身も昨晩の件に関しては予想外の事故であると認めていたが、感情が爆発して縞斑を責めずには居られなかったのだ。
そんな神無の心境も理解しているのか、縞斑はしばらくずびずびと鼻を啜るだけになってしまった神無が落ち着くまで静かに待っている。
「……25日の引き出しに戻しとくから、元気になったらちゃんと渡しに来て」
「うん」
「それまで俺にも先輩にもクリスマスは来ないからな」
「わかった。本当にごめん、待っててくれてありがとう」
ようやく涙が止まった神無が唇を尖らせてそう注文すれば、縞斑は申し訳なさそうに小さく笑ってそれを受け入れた。
神無が思う以上に反省しているのか、素直に謝ってワガママに付き合ってくれる縞斑の様子に気が収まった神無はこくりと頷く。
「はやく元気になってよ」
「任せて。ちゃんと仕切り直しするから」
世間にはクリスマスが訪れてしまったけれど、神無の家のアドベントカレンダーは彼が来るまで待つしかない。
きっと彼のことだからすぐに引き出しを開けてくれるだろうと考えた神無は小さく笑うと、彼の完治を祈るように小箱を丁寧に仕舞うのだった。
終