皆のボタンメーカーで、『推しカプのどちらかが他の異性に言い寄られているのを見た時の反応の話を書く』を、両片思い期の本編ドラヒナで書きました。
パトロール中に、聖地巡礼に来ていた観光客に囲まれる主従を見つけた、ヒナイチくん。デレッとした彼を見て、胸中に蠢く何かを感じて…というお話です。
彼らと別れて、事務所に戻ってからのドラルクさんのモノローグを追加しました。吸血鬼殺しの設定に、一部捏造が含まれています。ご注意下さい。
個人的に、『ヒナイチくんが変なのに好かれやすい』設定は、彼女が吸血鬼殺しである+家族で一人だけ赤毛翠眼である(かつて、欧米では吸血鬼や魔女に近しい存在として、忌避されていた)事とリンクしていると思っています。
2025/06/09 に上げました。
@kw42431393
『これは美しいお嬢さん。この私に、何かご用かな?』
そう言われたのは、生まれて初めてだった。
私は、白い羊膜を被って生まれてきた『神の祝福を受けた』赤ん坊…吸血鬼殺しだと、期待されてきた。
さらに、実家は道場。周辺の大人達と幼少時から渡り合ってきた私は、『お嬢さん』どころか男の子扱いされて、育ってきた。
不在がちの父親代わりに育ててくれた兄は、若くしてエリート街道を突き進んだ、吸血鬼対策課の本部長。配属先でも19歳で、屈強な年上の男性達を部下に持つ立場として、厚遇されてきた。そのせいだろうか…所謂、逞くて頼り甲斐のある男性は、見慣れていた。
そして、彼らより私はずっと強かった。彼らに心をときめかせる事はなかったんだ。それなのに…
『おのれ!また、私を誑かす気か?』
自分は監視員だ、この吸血鬼は芋虫以下の雑魚なんだ…そう何度言い聞かせても、目の前のクッキーを口にせずにはいられない。
これからも、美味しい料理を用意して待っていて欲しいという、願望を止められない。
『こんばんは、美しいお嬢さん…さあ、お手を。』
勘違いだったのに、現実をつぶさに見たはずなのに。
『今宵も待っていたよ、こちらにおいで。私の可愛いクッキーモンスター。』
些細な事で死んでしまう、か弱いお前から…
『まったく…相変わらず、気障な奴だ。なぁ、今日のおやつは何だ?』
今でも、か弱いお前から…目が離せないんだ。
『あの~…やっぱり!ドラルクさんに、ヌーくんですよね?ロナ戦見てます、ファンなんです!』
『あ、握手もいいっスか?やっぱ、聖地巡礼来てよかったな!!』
『キャー!ジョンくんのお腹!ほんと、ふわふわ~!』
パトロールを終えて、事務所に向かう途中だった。
ドラルク達の散歩コースである川原から、興奮した若者たちの声が聞こえてきたのは。
『サインも!サインもお願いします!』
『写真も一緒に!ダメですか?』
『慌てない、慌てない。我ながらハンサムで、スペシャルキュートなこの畏怖さ。仕方ないよね~?』
『ヌッヒヒヒヒ。』
聖地巡礼か…。元々、(黙っていれば)イケメンで実力派退治人ロナルドの、邪悪な吸血鬼達から街を守る闘いを描いた『ロナルド・ウォー・戦記』。それが、天敵であるはずの吸血鬼…ドラルクとコンビを組んでから、ますます人気はうなぎ登りで、彼ら所縁の地であるこのシンヨコを、訪ねる観光客も珍しくなくなってきた。
その影響で、地元アイドルである退治人達だけでなく、三竦みの間柄である吸血鬼や我々吸対の面々も、様々なイベントや事件解決についても、協力する事も増えた。
おかげで街も潤っているし、理想的な秩序が保たれている…まったく、分からないものだ。
『は~い。じゃあ、撮りますよ~!!』
「やれやれ…畏怖い吸血鬼が、聞いて呆れるぞ。」
遠目に観光客達に囲まれた、一人と一玉を見る。
マスコットポジのジョンは当然として、208歳児の浮かれた顔は、どうなんだ…そう、ため息をつく。
心にジクジクと蠢く何か…それを誤魔化したくて、知らず、独り言が漏れる。
「あのシニヨンにした女性…綺麗だな。胸も大きいし…首が長くて、色も白い。」
いつだったか…あいつが隠し持っていたうなじAVと写真集が、脳裏に浮かぶ。中身まで見た訳ではないが…今、ドラルクの隣にいる女性と、似た感じなのではないだろうか。
「何を考えてる…私は、餌付けし甲斐のあるハムスター。いつも、そう言ってたじゃないか。」
事務所でみっぴきでいる時間が、一番楽しいんだ。兄が監査に来た時も協力して貰って、栄転のチャンスも蹴ったんだ。ずっと、みっぴきとあの事務所にいたい…それは、間違いない私の本音だ。
初めて出会った時の願望を、実現するのは…それを壊す事になる。
じゃあ…何故、彼が他の女性に囲まれているのを見ると、苦しくなるんだろう。
『あれ?ねえ、あそこにいるのは…』
『あ!やっぱり、そうだ!吸血鬼対策課の、ヒナちゃんだ!』
その時だった。ドラルク達と撮影している内の、何人かが私に気づいてしまったんだ。
「ち、ちん!!こ、これは…その、たまたま通りがかっただけで…。」
どうしよう。声もかけずに盗み見してたなんて、知られたくないぞ!!
『キャ~!ちんって、言った!ちんって!!』
『ロナ戦に書いてた通りじゃん、かわい~!』
「ち~ん。ロナルドの奴、要らない事まで書くから~。」
興奮した彼らに、取り囲まれる。どうしよう。
最近、企画ものに参加する事は増えたが…こういうのは、どうも苦手で。
「ヒナイチさんもこっちへ!一緒に、撮りましょうよ!」
リーダーらしい青年が笑いながら、こちらに手を差し伸べてきた。
逆光になって顔は見えないが、落ち着いた笑顔を浮かべた…シンヨコでは珍しい(?)、ごく普通の青年だ。清潔そうな白い歯が、印象的な…その時だった。
パシッ!
枯れ木の様に細い手が延びてきて、その手を払いのけたのは…。
「失礼。ヒナイチくんは、まだ勤務中でしてな。それは、また別の機会にして頂こう。」
私の目の前でザラザラと音を立てながら、ドラルクの手の一部が塵になる。
「え…、ど、ドラ…?」
おずおずと、彼の血色の悪い顔を見上げる。その声は、妙に重厚な威厳を湛えていた。
「ドラルク。その…。」
「そうだろう?ヒナイチくん。君には、真祖にして無敵のこの私を、監視する任務が残っているはずだ。」
「ヌンヌン。」
逆光になっているその顔は、とても険しくて…
「そ、そうだ。」
気圧されるままに、肯定する。
この雰囲気だ、と思う。今でも、『道化を演じているだけで、本当は強大な力を秘めた吸血鬼』ではないか、と思わせる『何か』を纏わせる事があるのだ。
「ウフ、そんな顔をしないで。『私』に怯える必要はない。だって、君は私の…」
「ふ…ぅんっ?」
顎にかけられた、華奢な手の感触。チュッという、微かなリップ音。
「んんっ…やら!ひとまへで…っ!?」
「可愛い獲物…そうしようと、思ってい『た』女性だもの。」
冷たい感触を唇に感じて…気が遠くなる。氷笑卿の魅了にかかった時と、よく似ていた。
いや、それ以上に強い力なのでは?Y談波の後遺症が残るこの体は、術の類に強い耐性を持つ。なのに、一瞬でも抗おうという気が、起こらない。
「っ…何だって?獲物?思っていた…って?」
「ごめんね、もう大丈夫。この中においで?」
「だ…だめだ。人前だぞ。」
「ジョンもいるよ?安心おし?」
「ヌヌイヌヌン、ヌッヌリ!」
「…わかった。」
闇を体現した様な、マントの中へと足を進める。そうあるべきかの様に、私は硬いその胸に頬を押し付けた。
もしかして…ドラルクは、師同様、魅了が使えたのだろうか。
「アハハ、まさか!使ってたら、今頃、君はちんちん連呼少女になってるはずだよ?」
「…?」
「つまり、これは君の意志。」
そうかもしれない…そう、答えようとした。だけど…
「ふわぁ…。」
唐突に眠気が襲ってきた…もう、目を開けていられない。
お仏壇の様な香りに包まれて、満たされて…奥で蠢いていた、何かが消えていく。
『あ…あの…』
『ヒナちゃん…大丈夫ですかね?』
動揺した若者達の声…それは、そうだろう。困惑していても、不思議はない。
聖地巡礼に来て、推しと写真を撮ろうとしたら、拒否されて、突然…その…見せつけられて…?
「フン、白々しい。時代かね、『昼の子の真似』も上手くなったものだ。それでは、諸君。私達も、これで失礼するよ。」
「ヌイヌーイ。」
確かに、任務の途中ではあるが…何故、ドラルクの態度が急変したのだろう。
そもそも…これは、現実にあった事なのだろうか。
「まったく…ほんと~に、君って子は。変な所で、隙だらけなんだから。」
「ヌンヌン。」
現実感のある声に、意識が浮上する。目を開けると、骨と皮でガリガリの…硬い胸がそこにあった。
「ちーん!?」
「ぎょわー!!ストップ、ストップ!ヒナイチくん、私達だったら!」
「ヌヌイヌヌン!ヌヌヌイテ!」
咄嗟に繰り出しそうになった、昇竜拳を抑え込む。それでも、少し遅かったらしい。塵がかかったらしくて、頭が少しジャリジャリする。
「はっ!!そ、そういえば、聖地巡礼に来ていた観光客達は!?」
抱き合ったままの恰好で、彼らの前から…ああ、恥ずかしい。出来る事なら、口止めしておきたい。
マントの中から、顔を出す…ここは、河原だ。ドラルク達のお気に入りの、散歩コースだ。
目を閉じる前と、全く同じ風景。おかしいぞ、私達は全く移動していない…だけど。
「なあ、ドラルク。あの人達は…?」
「さあて?帰ったんじゃないかね?」
彼らがいた場所を、確認する。
急に雰囲気が変わったドラルクに、恐怖を感じたのだろうか。
さっきの青年達の姿は…いや。
誰かがいた様な痕跡さえ跡形もなく…生ぬるい風に、雑草が揺れているだけだった。
白い羊膜を被って生まれて来た赤ん坊、神の祝福を受けた赤ん坊、幸運の帽子を被った赤ん坊…祝福?幸運?ふざけるな、と毒づきたくなる。
「す、すまない。全然、気づかなくて…。」
「いい歳して泥んこ遊びか?…ってか、これ。シミっていうか、手の形に見えね?」
「ち~ん!からかうのは、やめろ~!」
「うわっ!?今、何時だと思ってんだ!暴れんな!!」
後ろで騒いでいる5歳児と雛鳥にため息をつくと、私は目の前の白い制服を洗浄液を付けた歯ブラシで叩く。
単なる人間の目には、あの川原でついた泥染みに見えるのだろう。なかなか、落ちる気配がない…ヒナイチくんが心配そうに声をかけてきたのは、私の苛立ちが顔に出ていたのに違いない。
「ヌ~ン…。」
この手で払ったはずだった…あの近辺でたむろしていた、『彼ら』の執着の断片が憎たらしい。1欠片も残すつもりは、ない。
「吸血鬼殺し、我らと戦う為に与えられた祝福だって?冗談じゃない。クソ神にとって、ヒナイチくん達は…」
この吸対の制服と同じなのだ。獲物を物色する、夜の眷属達の目を引きつける為にデザインされた、この白い制服と。
「だから、私も彼らの事は言えないね。私も、その引き寄せられた一人。」
「ヌンヌヌヌ…。」
そんな事はない…か。ジョン、ありがとう。
でも、初めて出会った時の事を思い出すと、『そんな事はない』どころか、『その通り』としか言いようがないのだ。
「ヒナイチくんの体は、今や私の影響を受けた手料理で形作られている。だから、あの頃より我々にとって『美味しい』存在になっている事は、間違いないのだよ。」
たらいに水を張る。建前に漂白剤を混ぜてから…
「ス…ッナァァス!危ない、危ない。死んだらシリアスが台無しだ。」
「ヌー。」
自分の血液を一滴だけ垂らしておいた。彼らは、さほど強いモノ達ではない。だから、この中にしばらく漬け置きしておけば、全て消えてしまうはずだ。
「終わったか…ありがとう、ドラルク。」
遠慮がちなハムスターの声に、振り返る。何か言いたそうに、恥ずかしそうに、上目遣いで…こちらを見上げている。
「なあ…さっき、お前が言ってた…その…。」
ゾクリ、となる。小さなこの子を包んでやりたいという庇護欲と共に湧き上がって来る、この欲望は。
「えも…いや、何でもない。ちゃんと、聞いてた訳じゃない…から。」
出会った頃に抱いた、捕食者が獲物に対して抱く純粋な欲望でもある。だから…
「君に任せるよ。ただ、信じておくれ。」
自信なさげに萎れたアンテナを抓んで、口づける。その欲望を、『否定』する為に。
「…ああ。信じる…ぞ。」
我々の目を力無き人々から逸らす為に、神によって作られた君は…
「永遠に、信じておくれ。永遠に、私は…」
血液も、骨肉も、精気も…おそらく、その身体も私達を魅了する様に作られている。
「永遠に、君の為に美味しいクッキーを焼き続けてあげよう。」
だから、君が怯える事がない様に、この欲望を押さえ込んで親鳥を演じていこう。
欲望に身を任せて得られる極上の快楽より、ここで得られるただの日常の方が、ずっと価値あるものだと知ってしまった、今となっては。