獅子神+園田。CP要素無し。大晦日に里帰りする雑用係の園田を、獅子神さんが見送る小話です。この後、フレンズと過ごす初めてのお正月になります。
変わっていくことを、それぞれが受け入れてきたから。
@5_bluedaisy
三方に半紙を載せ、裏白とゆずり葉を置く。左右対称に、綺麗に広がるように注意しながら整えて、大きな昆布とするめを重ねた。
買ってきた餅の包みを解き、大小の餅を出す。いちばん綺麗そうな部分を正面にして、既に置いたものがずれないようにそうっと大きな餅を載せた。続けて、小さな餅と葉の付いた橙を手に取る。ごろっと硬い柑橘は思ったより底がごつごつしていて、餅のてっぺんから転げ落ちそうになったけれど、少し位置をずらして向きを変えると何とか落ち着いてくれた。
「よし、と……」
数歩下がって、出来ばえを確かめる。ネットで調べながら見よう見真似で飾ったわりには、悪くなさそうだった。床の間なんて無いから玄関だけれど、まあいいだろう。
これで正月らしくなった、と思いながら、スマートフォンを尻ポケットに突っ込んだところで、足音が近づいてきた。
「獅子神さん」
雑用係の園田だった。マフラーを巻きダウンジャケットを着込んで、すっかり出かける仕度を整えている。手には数泊ぶんの着替えが入っているであろうボストンバッグと、大きな紙袋を提げていた。
「おう、準備できたか」
「はい、ありがとうございます。あの、お土産もこんなにたくさん」
紙袋を持ち上げて、園田が頭を下げる。オレは軽く首を振った。
「そんなの大したことねぇって。むしろ荷物になっちまって悪ぃな」
「いえ! とんでもないです!」
園田はがばっと顔を上げた。
「お袋は甘いもの大好きだし、きっと羊羹は喜ぶと思います。日本酒も……親父と酒飲むのなんて、何年ぶりになるのか」
「……よかったな。しっかり親孝行してこいよ」
なるべく口調が変わらないように気をつけて、オレは応えた。はい、と頷いた園田は、しかし靴を履こうとはせず、何かを迷いながら視線を投げてくる。
「何だ?」
「いや、その……」
園田は困ったように口元を引き攣らせたが、ひと呼吸すると荷物を置いた。
姿勢を正して、まっすぐにオレを見つめてくる。
「あの……本当にありがとうございます。こうして俺が実家に帰れるのも、獅子神さんのおかげです」
「……」
「去年までは、もう全然……帰っても親に仕事はどうするんだ、とかぐちぐち言われて、喧嘩になるだけだから寄りつきもしなかったし。多分あっちも、もう俺には愛想尽かしてたと思うんですよね。でも」
園田は目を伏せて、床に置いた紙袋を見た。
「今年は土産も持って、親戚の子達にお年玉だってやれるし、胸張って帰れる。それも全て、獅子神さんが俺たちを雇ってくれたおかげです。本当に……ありがとうございます」
最後は深々と頭を下げながら、園田は言った。
言い終えても、頭を上げようとしない。
その姿は、少し——オレの胸を苦しくさせた。
賭場で負けたコイツらを、買い上げて跪かせていた頃。
真経津に打ち負かされる前の、どうしようもないオレ。
雑用係の二人は、その頃の記憶に直結している。
あんな扱いをされていたのに、どうしてオレの元に残ると言ったのか。
オレもどうして、コイツらを全て切り捨てずに、雇うことにしたのか。
まだ、オレはうまく言葉にできない。
それでも。
今はもう、大事なウチの一員だ。
オレも、コイツらも変わった。
きっとこれからも変わっていく。互いに、ずっと。
「……残りたい、て言ったのはお前らだろ」
まだ頭を垂れたままの園田に、オレは言った。
「真経津に負けて、王様気取りもできなくなったオレなのに……そんなオレのところで働くって決めたお前らの奇特さが生んだ結果だ。上手くいった、て思うんなら、選んだ自分を褒めればいい。オレは何もしてねぇよ」
「いえ、違います」
園田が顔を上げた。
しっかりとオレを見て、微笑む。
「許してくれたのは、獅子神さんです。だから……感謝してます」
「…………フン」
鼻を鳴らしたけれど、勢いのない音になってしまった。
熱くなってくる顔を誤魔化したくて、早口で吐き捨てる。
「オレにされたこと、もう忘れたのかよ。オマエ、お人好しが過ぎるだろ」
「獅子神さんほどじゃありませんよ」
おかしそうに、園田が笑う。すっかり荒んだところの抜けた、人懐っこい笑顔で。
賭場に来る前のコイツは、きっとこういう奴だったんだろうと思った。普通の家で、普通に両親に育てられて、ちょっと何かがうまくいかなくなって、たまたま道を外れてしまって。
ただ、それだけで。
本当は——
「——もういいだろ。行けよ」
しっしっと手を振って、顔をしかめてみせた。
これ以上は、雇っている相手に向かって話すコトじゃない。オレの苦しさは、オレだけが背負うものだ。
「早めに戻って来ようなんて考えるなよ。ちゃんとゆっくり過ごして、Uターンラッシュは外して電車に乗れ」
「はい。ありがとうございます」
園田はもう一度お辞儀をすると、ボストンバッグと紙袋を持ち上げて、靴を履いた。
「では、一週間ほどお休みを頂きますね。よいお年を。獅子神さん」
「おう、オマエもな」
「お土産、たくさん持って帰ってきますので。楽しみにしててくださいね!」
「え? おいコラ、そんなことは……」
オレが最後まで言うより早く、園田は笑って玄関を出て行った。
静かに、丁寧に扉が閉められる。
「……ふぅ」
三和土に下りて、鍵を閉めてからため息をついた。視界の端に、さっき飾ったばかりの鏡餅が飛び込んでくる。大きな餅、鮮やかな橙の色。
縁起を込めた品々を、小手先の付け焼き刃で飾って。
そんなこと、したこともないクセに。
「いや……」
違うだろ、と傾きかけた思考を引き戻した。
今までやったことが無くても、正月を祝って悪いワケがない。従業員を送り出して、料理をしてお飾りを準備して。そんな当たり前の年末らしいことをやる機会が、オレには今訪れたってだけだ。
得られるわけがないと思っていた、いくつもの出会いによって。
人にはいろんなカタチ、いろんな生き方があって、いろんなコトで変わっていく。
ただ、それだけなんだ。
オレには、帰る家なんてものは無いけれど。
ここにやって来る、アイツらがいる。
それで、いい。
「さて、と。料理の続き、やっちまうか」
キッチンへ向かおうとしたところで、ぶるっと尻ポケットでスマートフォンが震えた。引っぱりだして画面を叩くと、新しいメッセージが表示される。
早めだがもうすぐ着く、と言う食いしん坊のお医者サマと、着いたら熱い紅茶を所望する、というワガママな神様。たまたま送信のタイミングが被ったのか、来る途中で一緒になったのか。
どっちにしても、来たら飽きもせずにツノ突き合わせて、うるさくなるんだろう。すぐに真経津や叶も揃うだろうし、そうしたらさらに凄いことになって。
面倒で、でも賑やかで。
去年までは思いもしなかったような、楽しい年越しと正月に。
「……ホント、わからねぇよなぁ」
くっくっ、と知らず漏れてくる笑いを噛み殺しながら、スマートフォンに指を滑らせる。どっちも了解、でもつまみ食いはさせねえぞ、と添えて、了解のスタンプをとん、と送り返した。