@tirichann
目の前に座る彼は、私の店の常連となっていた。金メダリストがただのスマホ販売店に来ることも、スマホ修理に常連がいることもおかしい。彼――夜鷹純は今日もひびの入ったスマホを差し出して、「お願いね」と言った。私がスマホを修理したり買い替えた方がいい可能性を調べたりしている間、夜鷹さんはじっと座っている。それが一度や二度ならいいのだけど、そうではないのだから思わず聞きたくもなってしまう。
「何でこんなに壊れるんですか?」
夜鷹純がスマホを壊してやってくるのは月に数回の頻度だ。しかも、担当には毎回私を指名する。当然ながら私に他を凌ぐ技量があるわけではない。私がスマホを修理せず、買い替えて終わりの時もあるのだ。夜鷹純は、コートのポケットに手を突っ込んだ。
「最初はイライラして壊してた。でも最近は、君に会いたくて」
私は少しの時間を置いて考えた。今、夜鷹純は何と言ったのだろう? もしかして告白のような真似をされたのではないか。好きと言われたわけではない。でも、それに限りなく近しい。今私は一人の女として夜鷹純の気持ちに言及するのではなく、スマホを壊す理由の方を詰めなくてはいけないのだろう。今の私は、腐ってもスマホ販売店の店員なのだから。
「会うためだけに?」
敬語も忘れて窺うように尋ねる。夜鷹純に連絡先を聞かれて断る女の方が少ないだろうに、それをせず毎回スマホを壊すのはいささか非経済的すぎる。夜鷹純は自分の財布事情にあまり興味がないようだった。
「別にスマホくらい大した買い物じゃない。何台買おうがどうでもいい」
私は夜鷹純が自分のせいでお金に困る場面を想像してみた。その時責任をとれと言われたら、私は元アスリートの生活を支えられるだろうか。というか、困ったから家計を一緒に支えるというのも、ある意味恋愛関係になるのと同じなのではないだろうか。交際をすっ飛ばして結婚しているようなものだ。
「壊さなくても会いますから」
私は夜鷹純に新しいスマホを用意し、連絡先を登録しておいた。できれば夜鷹純と店で会うのはこれが最後にしたい。プライベートなら、別に会ってもいい。私は夜鷹純に惹かれているのだろうか。告白まがいのことをしてきた人を意識するなと言う方が無理だ。夜鷹純は自分の新しいスマホを眺めた後、すぐさま立ち上がった。
「またね」
それはまたスマホを壊すという意味か、私に連絡するという意味か、どちらなのだろう。