温度差兄弟
ヘビー級2層前の話
※アルカディアネタバレ
何かしらの齟齬が生じた場合修正します
@yohima33
そこら中に転がっている空き缶のひとつを蹴り上げる。もっと小綺麗な住宅地方面でそんなことをやろうものなら、猛烈な非難の目で見られることだろう。が、ここでは空き缶が転がるなんていつもの事で、誰一人として見向きもしない。……ヘビー級の人気闘士が、二人もいるというのに。
「ジム・トライテール……ヒールにしちゃ、いい場所選んだんじゃねェか? なァ、レッドホット」
レッドホットは、無言である。否定がない、ということは同じ気持ちであるのだろう。あるいは、オーナーの筋書きにもう既に乗っているのか。弟分との難儀なコミュニケーションに、ディープブルーは小さく肩を竦めた。
ミララ族の取り立て屋とか、趣味の悪いストリートアートとか。ジム・トライテールから一歩先に踏み出すだけで、元々良いとも言えない治安が更に悪くなる。その境目にある建物なのだから、用事がなければ大抵の人は近付かない。そういう意味で、元は一般人である生身の挑戦者の隠れ蓑としては上出来だ。妙な冷やかしも自称ファンも、ここまで深くは潜れないのだから。
ジムの入口……は、特に何もする必要はない。中に入った時のインパクト、日常をぶっ壊される感覚。それを与えたい、だから最初に目のつくものは平常である方がいい。自動で開閉するだろう扉を蹴飛ばしたい衝動に駆られるが、ディープブルーはそれを地面にくれてやることにした。弟よりは、多少の我慢は効く方なのだ。
「あ、あ、あのっ! こ、このジムに、何か、用ですか……」
扉の開く音と同時だった。帽子を被った小さな子供が、震える体を抑えることもできないまま声を絞り出している。ここの経営は、たしかヘイザ・アロの姉妹が行っていたはず。この子供は、そのどれにも当てはまらない。無関係、なはずなのだが……。
チラリ、後ろで青ざめた表情の男を見る。腕が少しずつ子供の方へ伸びていることから、護らなければという意思が感じられた。親と、子供。このジムとどういった関係なのかは不明だが、見知らぬ親子を巻き込むのは本意ではない。ディープブルーは、レッドホットに視線だけで合図を出した。
「オレたち、ちょっと用事があるからさァ。怪我したくなけりゃ、ここで泣いて待ってな」
ディープブルーの言葉と共に、親子の目の前にレッドホットが立ちはだかる。一目で分かるその筋肉は、ハッタリをかますのに非常に便利だ。現に親子は震え上がり、その場から動こうにも動けない状態になっていた。
「行くぞ、レッドホット」
「……ああ、兄者」
レッドホットはようやく口を開き、わざと足音を立ててディープブルーの後ろをついて行く。これも、ディープブルーの指示。脅しをかけた相手には、最後まで油断しないこと。とことん脅し切れ、と耳が痛くなるほど聞かされてきたその術は、レッドホットの体に刻み込まれている。
受付らしい場所を通り過ぎ、少し進めばトレーニングルームにたどり着いた。……何者かが、気配を押し殺している。レッドホットがさらに奥へと進もうとするのを、ディープブルーは腕を掴み引き止めた。
「別に、誰がいたって構わねェよ。大事なのは今ここにあいつらがいないこと……そうだろ?」
「……分かった」
強ばっていた腕が、だらりと垂れる。すぐに火がついてしまうレッドホットを止めるなら、とにかく早い方がいい。燃え広がった後では、辺り一面焼け野原で取り返しがつかなくなる。それも悪くはないとディープブルーは思うが、今は役割というものがある。下手なことをして後からギャンギャン言われるのはごめんだ。
「さァて、どっから壊すかな〜」
改めて、トレーニングルームをぐるりと見渡す。棚に積まれたものは全て倒しておくとして……目につくのは、大きなモニター。どうせ最後は運営が金を出すのだろうから、壊したって問題ないが……それでもやはり、躊躇ってしまう。自室にも置きたくて、ディープブルーは何度かモニターのカタログに目を通したことがある。だからこそ、価値がわかる。これは高品質で、非常に値段が張るのだろうことを。
羨ましさにじっとモニターを見つめていると、レッドホットがそれに気付いたのかぐんぐん近づいて行った。ディープブルーを横切り、迷うことなくモニターへ。グッと構えを取り、腕の血管が浮き出ている。……あ、やっちまった。ディープブルーは、ヒュッと喉を鳴らした。
「フンッ!」
ガシャン。シャトナの長耳には耐え難いほどに苦痛な轟音。ディープブルーは折れた耳を思い切り掴むが、その程度じゃガード出来ないこともよく知っている。キンキンと痛む頭で、咄嗟にレッドホットに怒鳴り散らした。
「てめェ、レッドホット! デケー音出す時は先言えっていつも言ってんだろ!」
「ごめん、兄者」
大して心の籠っていない謝罪に、ディープブルーは心底うんざりする。いつも目の前しか見えていないレッドホットのこと、どうせまた周りが見えなくなってやらかすだろう。腹の底からため息をつき、ディープブルーは苛立ちのまま筋トレグッズの山を蹴り飛ばした。
「もういい。あれも、これも、全部! ひっくり返しちまおうぜ、こんなもん!」
「……分かった!」
ディープブルーの指示が出たことで、レッドホットはさらに生き生きと破壊活動に勤しんだ。蹴散らし、ひっくり返し、バキバキと音を立て。こんなにもたくさんの物を壊すのは、いつぶりだろうか。綺麗に整っていた場所を、全て台無しにする感覚。どうも気分が高揚して、気付けばふたりして笑みを浮かべていた。
「おいおい、やべェ! こういうの、こんな楽しかったっけか!?」
「兄者、それくれ。オレならもっと壊せる」
砕けたモニターの画面に、二人の顔が映り込む。その笑顔が示すのは、無垢で純粋な快楽。オーナーの筋書きがどうのなんて、とっくに頭の中から消え去っていた。
◇◇◇
肩で息をして、調子を整える。先程メテムから試合が終わったと連絡が入り、標的は早速こちらへ向かっているらしい。そんな時に、ぜえぜえ息をしているようじゃ格好つかない。カメラも入るのだ、それなりに映りを気にしなくては。
「オラ、髪乱れてんぞ」
くしゃりとなっていた髪を、手櫛で梳かす。レッドホットはされるがままで、否定も何もない。ひとたび腕をふるえば……簡単にやられる気もないが……いくらでも好きに出来るだろうに。律儀に大人しく弄られているものだから、それすらなんだかおかしくなってくる。
「……ハハ。なあ、あいつヤワじゃないといいな」
「どうだろう。兄者の出番はないかもしれない」
「ハッ、言うじゃねェか」
生意気にも口答えしてきた弟分の頭を軽く叩き、ディープブルーは足を組んだ。
扉の開く音が、遠くで聞こえる。足音は複数……待ちかねた、ようやく来た! 逸る気持ちを抑えるように、小さく息を吐く。口角を僅かに上げて、涼やかに。驚くだろう生身の挑戦者とそのお仲間たちに、魅せてやるのだ。
「よう、邪魔してるぜ……」
我らがエクストリームズ。次の対戦相手は、ド派手でクールな兄弟タッグだぞ、と。