温度差兄弟
※アルカディアクリア後
何かしらの齟齬が生じた場合修正します
@yohima33
ジム・トライテールの先の道。ディープブルーは、突き当たりにある自販機と睨み合いをしていた。隣では金を飲まれたらしい男が、怒りのままに蹴りをくれている。バカだな、そっちの自販機はここしばらくずっと故障中だぜ。わざわざ口にはしないが、ディープブルーはハッと鼻で笑った。
悔しそうな男を横目に、ガコンと音を立てて落ちてきた缶を手に取る。壁の向こうの連中から言わせれば、体に悪そうな色。蛍光ブルーの炭酸水をくるりと揺らし、一気に喉奥へと流し込んだ。シュワシュワ、パチパチと耳に残る音。灼けるような喉の痛みに、食道を通る冷たい感覚。
「ッあ゙〜〜……」
ディープブルーは、炭酸水が好きだ。今回飲んでいるものは特にお気に入りで、売り場が少ないことをいつも嘆いている。ジム・トライテールの近くに来るのはどうも気が重いが、常に在庫があるのはここだけ。ジムの管理者姉妹が出てこないことを祈りながら、時折いそいそと飲みに行く。
「いッ……てェ! 口ん中切ってんな、これ」
左の頬に、鋭い痛み。何の味か全く分からない謎の甘さに隠れ、鉄の味が口内に広がる。ディープブルーはブクブクと泡が浮くのを見ながら、痛みが治まるのを待った。
レッドホットと、殴り合い蹴り合いの喧嘩をした。まあそんなのいつもの事で、最早原因だって思い出せない。それなりにお互いがボロボロになった頃、頭を冷やすためにしばらく単独行動をする。それもいつもの事だった。
「クソ、目立つとこ殴りやがって」
頬の腫れを少しでもマシにするべく、少し冷えた缶をそっと添える。ディープブルーとて上裸のレッドホットの腹を蹴り飛ばしているのだから、正直お互い様ではあるのだが。闘士としては怪我など日常茶飯事なので、何ら問題ない。
ディープブルーは、レッドホットがこの時何をしているのかを知らない。レッドホットも、ディープブルーがこの時何をしているのか知らないだろう。それを詮索した事はないし、これからもする事はない。が、今会うのは少々気まずいため、どこにいるかぐらいは把握しておきたかった。
「プールか、飯。あとは駐車場とかか?」
何を考えているのか分からない弟分の行動パターンを思い出す。食事はともかく、プールも公道レースも普段なら提案するのはディープブルーから。レッドホット一人で行くとは思えなかったが、それ以外でどこに行くかが分からない。行きたくなければきちんと断るタイプなので、全てがディープブルーの意思という訳ではないはずなのだが……。
「ッだァクソ! 全ッ然分かんねェ!」
「うわっ! あ、アンタは……!」
苛立ちに頭を掻きむしっていると、聞き覚えのある凛とした声がした。
「ディープブルー? なんでアンタまで……」
若干の距離を取りつつも、ジュースを買いに来たらしい彼女……ブラックキャットは、ディープブルーに向けて思い切り顔を顰める。ガコン、と缶が音を立てて落ちた。
「別に、喉乾いただけだよ。もうお前らのジムなんか興味ねーッて、安心しろよ」
「……ふうん、そう」
シッシッと追い払うような手つきでディープブルーはあしらうが、ブラックキャットには全く効かない。視線を外さないまま、ピンク色のエナジードリンクをクッと流し込んでいる。
「……レッドホットは、一緒じゃないんだね」
「はァ? 何であいつが出てくんだ?」
一瞬手に持っていた缶がメキリと音を立て、慌てて平静を装った。……少々指の形にへこんでいるが、まあ残りを飲めないことはない。ディープブルーは小さく息を吐き、なんて事ないように取り繕った。
「よく勘違いされんだよなァ。オレたちって常に一緒なわけでもねェの。今もそう、分かるか?」
「な、何怒ってるんだよ……。変な事聞いたなら謝るから」
ブラックキャットは、更に距離を取る。……どうやら、まだまだ頭は冷えていないらしい。そんな自分にすら腹が立って、ディープブルーは誤魔化すように残りの炭酸水を飲み干した。弾けるような音は抜けて聞こえず、生ぬるい感触に最悪な後味。舌打ちして、思い切りゴミ箱に投げ捨てる。
「……それじゃあ、今回は本当に何も企んでないんだ?」
ぽそりと小さく、ブラックキャットが呟いた。シャトナの長耳は、大地の声すら聴くという。この距離でディープブルーが聞き逃すはずはなく、またその発言に少し違和感を覚える。一度襲撃したぐらいでそこまで疑われるような事……あるが……そこまでではないはず。それに先程の発言。『なんでアンタまで』と、確かにブラックキャットはそう言ったのだ。どういう意図で、何故その発言に至ったのか。嫌な予感と共に、点と点が線になっていく感覚。
「何で、そう思った」
「あ、本当に知らないんだね」
ブラックキャットはパチパチと瞬きをして、なんて事ないように言ってのけた。
「少し前にさ……」
◇◇◇
ディープブルーは、あんぐりと口を開ける。ジム・トライテールのど真ん中。トレーニンググッズに囲まれたムキムキのマッチョに、見覚えしかなかったからである。ウィケッドサンダーのアドバイスを受け、新たなトレーニングへ取り掛かろうとした時。ようやく、入口近くで立ち尽くしているディープブルーに彼は気付いた。
「あ、兄者。何の用だ?」
「いや、お前……何してんだよ……」
ようやく絞り出したかのようなディープブルーの様子に、レッドホットは首を傾げる。レッドホットとしては、どうも体が動かし足りずに悶々としており、そういえばジムがあったことを思い出し突発的にやってきて現在に至る……というだけ、なのだが。彼にとっては特別な事はそこにはないので、何を聞かれているのかがよく分からなかった。
「何って……トレーニング、だ。兄者も筋トレしに来たのか?」
「ちげーよ! するわけねェだろ!」
スパァンと小気味いい音が響き、レッドホットは頭を叩かれる。イテ、と対して痛くもないのに呟く弟分に、ディープブルーは更に怒りを募らせた。
「突然ジムに押しかけたどっかのバカの回収係だよ!」
「ありがとう、ヤーナ。ディープブルーを連れてきてくれて」
「いや、偶然だったんだけどね……ごめん、レッドホット。実は、そろそろ次の予約が入っててさ」
ウィケッドサンダーとブラックキャットは申し訳なさそうにレッドホットに苦笑いを向ける。
「でも、さすが。当然だけど、筋がいい。今度は予約して、しっかり時間を取って見させてくれる? ……お兄さんも、是非ね」
小さく微笑むウィケッドサンダーに、ディープブルーはゲエッと思い切り舌を出した。しっかり時間を取って? 冗談じゃない! 全身が悲鳴をあげる程の筋トレ地獄なんてごめんだ。
「……まァ、気が向いたらな」
「えっ、行く気があるのか?」
「お前はもう黙ってろ!」
レッドホットの小さな耳を引っ張って、ジム・トライテールを後にする。またおいでとでも言うように手を振る姉妹に、ディープブルーは心の底で悪態をついた。何ともまあ人の好いこと。あのジムをかつてめちゃくちゃにしたのは、間違いなく我らエクストリームズだというのに。
「……お前、なんでアルカディアの控え室の方行かなかったんだよ。そっちでも筋トレ出来るだろ」
「そっちは、兄者がいると思った」
「はァ? オレがいるとダメなのかよ?」
「? だって、オレたち……喧嘩中」
当然のように言ってのけるレッドホットに、ディープブルーは再び大きく口を開ける。レッドホットは火がつくのは早いが、一度爆発してしまえば消火するのも早い。どれほどディープブルーを怒らせていても、ケロッとした態度で隣に居るのがこの図太い弟分……ディープブルーの中ではずっと、そういう認識だった。そんな彼が、少し時間の経った今でも喧嘩をしていたことを覚えていて、それを気にして行く場所を変えた? 数秒程、ディープブルーの思考が停止した。
「……お前、なんで喧嘩したか覚えてんの?」
「…………」
「そこは覚えてねえのかよ」
「兄者は覚えてるのか?」
「……くだらねェ理由だろ」
「覚えてないな……」
歩く速度がゆっくりと、更に遅くなっていく。口の中はまだ痛みが残っているし、腹の足あともしっかり痣になっている。それでも、一度爆発させた後に遺恨を延々と残し続けるのは、彼らの性にあわないため。
「なんか腹ァ減ったわ。飯でも食いに行こうぜェ」
「たくさん食えるところ」
「わーッてるよ。エアスピナー取りに行くぞ」
また、いつも通りへ戻っていく。彼らの喧嘩の終わりに、謝罪は存在しない。殴り合いになったところでその後お互いの意見を擦り合わせるなんてしないため、結局毎回何も解決していないのだ。それぞれ正しい主張をした、そこに謝る道理はない。ずっと、そうして生きてきた。これまでも、これからも。
意見も主張も噛み合わず、相互理解の上手くいかない全く別の生き物。それでもディープブルーとレッドホットは鏡合わせで、兄弟で。誓いを果たすその時までには、ひとつになれるぐらい分かり合えるのだろうか。ディープブルーの腹に溜まった炭酸水が、ゆらりと揺れた。