カルみと お酒の話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
風情なんてものを重んじるような性格では無いが、なんとなく月が綺麗な日だからと日本酒に手を伸ばした。
小さな猪口の中に映る丸い月に唇を寄せて水面を揺らした縞斑は、喉から腹の奥へと滑り落ちていく熱い感覚を味わいながら顔を上げる。
窓の外に映るぽっかりと浮かんだ金色は、そういえば恋人の髪の色に似ているような気がした。
「あ、先輩お酒飲んでる」
そんな考え事をしていると、まさに頭の中に思い浮かべていた恋人の声が背後から届く。
そちらへ視線を向ければ、そこには風呂から上がって髪を乾かした神無がほかほかと湯気を纏ったまま歩いてきていた。
月明かりに照らされてきらきらと輝く金糸のような美しい髪に、そうそうこの色、と一人納得して縞斑は喉で笑う。
「酔って寝たりしないでよ?せっかく久しぶりに作った二人の時間なんだからさ」
「誰かさんみたいに弱くないから、これくらいなら大丈夫だよ」
「う、うるさいなぁ……」
猪口の一杯や二杯で酔うほど酒に弱くない縞斑がそう揶揄うと、発泡酒一杯で簡単に顔が赤くなる神無は眉を寄せて悔しげに呻いた。
そうして薄暗い部屋を歩いた神無は、そっと窓辺に腰掛ける縞斑の側へ歩み寄る。気がついた縞斑が隣に空間をつくれば、彼はお礼を言ってその場所にちょこんと収まった。
そのままじぃと神無は縞斑の手元を見つめている。穴が空きそうな神無の視線を受けた縞斑は、酒を飲み終わるのを待っているのだろうかと解釈して声を掛けた。
「ごめんね、これ飲み切ったら終わるから」
「あぁいや……それはいいよ、ゆっくり飲んで」
「その割に随分熱烈な視線じゃなかった?」
「それは……うーん、いや……これ言うと俺がめちゃくちゃガキっぽくていやなんだけどさ」
「神無ちゃんは元からガキ……いたたたごめんごめん無言で蹴らないで」
考えを打ち明けるか悩む神無を茶化せば、言い切る前に縞斑の足へ神無が蹴りを入れた。
唇を尖らせて眉を吊り上げた彼はごすごすと何度も縞斑のすねを狙って攻撃すると、気を取り直したように口を開く。
「だからぁ……一人でお酒飲むの大人だなーって思っただけ。先輩ってそんなにお酒好きだったっけ」
「うーん、嫌いじゃないよ」
「じゃあ好きじゃん」
「好き嫌いで分けられるものじゃないかな。思考を止めるための道具というか、なんというか……」
かつての縞斑は確かに、酒を娯楽のひとつとして楽しんでいたのかもしれない。相棒とくだらない話をしながら傾ける酒は、どんな安酒でも格別に美味かった。
けれど今は、酒の味を純粋に楽しむ機会が減った気がする。
ようやく稼ぎが安定して美味い酒を手に入れられるようになったというのに、今の縞斑は酒を思考を止めて体を休めることができる頼れる薬程度にしか捉えていない。
「……そっか」
隣の神無が神妙な顔でひとつ頷く。
その声を聞いて感傷に浸り掛けた思考を連れ戻した縞斑がフォローに口を開くより早く、神無は窓辺を離れるとぱたぱたとその場を去ってしまった。
暗い話になって気を遣わせてしまっただろうか。そう考えた縞斑は酒を傾けながら、神無が消えていったキッチンの方へ視線を向ける。
白瀬恭雅の一件はあのとき話し合って蟠りを解消したつもりで、縞斑も必要以上に神無を苦しめたいとは思っていなかった。
思い出話くらいの軽い気持ちだったが、いまだに自分のせいだという罪悪感を抱えているらしい神無には居た堪れない話題だったかもしれない。
神無の後を追ってフォローした方が良さそうだと判断した縞斑は、猪口の中に半分ほど残る酒を飲み干す。
くらりと揺れる頭を軽く押さえた縞斑が顔を上げれば、そこにはいつの間にかリビングに戻ってきた神無が立っていた。
「えっ、どうしたの」
相変わらず神妙な顔をした神無の両手にはグラスと缶チューハイが握られており、キッチンに向かったのはこれらを持ってくるためだったのだと納得する。
とはいえその酒で何をするつもりだろうかと縞斑が尋ねれば、神無は何かを決意したような面持ちで口を開いた。
「俺も飲む!」
「飲むって……お酒を?大丈夫?」
「明日休みだし平気だって!」
言いながら缶を開けた神無は、慣れない手つきで中身をグラスに注ぐ。
いつかの時に買って飲みきれなかった酒を冷蔵庫の奥に眠らせていたらしい。ぱちぱちと弾ける炭酸の爽やかな音と共に、室内に桃の甘い匂いがふわりと広がった。
「だからさ、一緒に飲もうよ」
「一緒に……」
「俺じゃ代わりにはなれないし、きっと先輩はなってほしくないと思うけど……」
ぽつぽつと考えを整理するように話していた神無は、縞斑の隣に戻って座り直すと至近距離で彼の顔を見上げる。
「お酒って、楽しいものだと思うから。だから……えっと、」
縞斑はきっと、神無に白瀬の代わりなど望んではいない。
神無は神無としてそばに居ればそれで良いとは神無自身もわかっているつもりだが、それでも縞斑が落ち込む時は元相棒がそうしたように支えたいと願ってしまうのだ。
神無の葛藤と願いは縞斑にも十分伝わっている。助けになりたいと動いてくれた心優しい恋人のことを、一体誰が邪険に扱えようか。
「じゃあ……一杯だけ付き合ってくれる?」
「……!!うん!」
柔らかく笑った縞斑の顔を見て安心したらしい神無は、ぱっと花が咲いたように顔を綻ばせると両手でグラスを持つ。
縞斑も徳利に残っていた酒を猪口に注ぐと、笑顔の神無と軽く器を触れ合わせた。
「かんぱーい!」
「はい、乾杯」
※
「よいしょ……っと」
すやすやと穏やかな寝息を立てる神無を抱えて寝室に入った縞斑は、ベッドに彼の体をそっと寝かす。
シーツの感触に僅かに眉を寄せて身じろいでいた神無は、すぐに安心した様子で深く息を吐いた。
「チューハイ一本であれほどご陽気になって寝落ちできるなんて、相変わらず燃費いいなぁ……」
あのあと缶チューハイを半分も飲み終わらないうちにいつもより赤い顔でけらけらと笑うようになった神無は、縞斑が酒を飲み終える頃にはすっかり眠たげに舟を漕いでいたのだ。
元々普段から酒を飲む習慣がなく、あまり強くもない神無がこうして声を掛けたのは、他でもない縞斑を元気付けるためなのだろう。
気持ち良さそうな神無の寝顔がいつも以上に愛おしいものに思えた縞斑は、眠る彼の額にキスをして抱きしめる。
「ありがとう、神無ちゃん」
「せんぱい、ケーキたくさん、だいすきー……」
「物に釣られてるなぁ」
不思議な夢を見ているらしい神無の鼻先をつついた縞斑は、洗い物を終えたら眠ろうと足音を忍ばせてベッドを離れた。
今晩のお礼に、明日は神無が前から食べたがっていたケーキの美味しいカフェに行こう。きらきらと目を輝かせる恋人の無邪気な姿が目に浮かんだ縞斑は、静かに寝室の扉を閉めるのだった。
終