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加州清光とお揃い共走曲〜キリシタンすり抜け主と加州清光〜

2026-01-13 22:25:48

次→沖田組〜寒い夜に手を繋ぐみたいに〜https://privatter.net/p/11840091

《加州清光とお揃い共走曲コンチェルト

「しんっっっじらんない!!」

清光は絶叫した。
頭を掻きむしる加州清光に、きょとん、と主は、不思議そうに首を傾げた。

「本丸に居た間はなーーんも無かったからしょうがないと思ってたよ!? でもここ現代じゃん! 何でもあるじゃん!!」
「別に髪傷んでも病気になるわけじゃないし
「本丸じゃ分かんなかったけど、あるじ思ったよりすっっごい雑だね!? シャンプーだけで洗いざらし、リンスも無いトリートメントも無いドライヤーも無い! 元々の髪質が綺麗だからこんな酷使されてるってわかんなかった! せっかくの綺麗な髪が泣くよ!?」

清光が初めて主人の住処に足を踏み入れたばかりの頃だった。

特殊な経緯で赴任した彼女は、歴史を守る戦いや刀剣男士について政府から何一つ知らされない状態で、なんと半年近くも本丸に軟禁されていた。こんのすけの来訪でそれがようやく判明してまだ日が浅い。

広く立派な本丸の建物以外には、大した資源も物品も支給されておらず、与えられた生活物資もごく質素で、日々の忙しい任務をこなすだけで精一杯。
そのため目を向けるゆとりが無かったが、こうして便利な現代に生活の拠点を移した途端あれこれと浮き彫りになった。

この主、こちらのことはなにくれと大事に手を掛けてくれたが、こと自分自身となると妙に無頓着だ。

思えば本丸に居た時からその兆候はあった気がする。
清光のために堆肥を頭から引っ被ってみせたことだってある。

俺たちのこと、こんなに大事にしてくれる人なのに。
自分のことになるとあまりに雑すぎる。
せっかく綺麗なのに素材が泣く。

女の子の一人暮らしとしては立派な住まいでてっきり裕福なのだと思っていたが、もしかして切り詰めなければならないほど貧しいのだろうか。
などと気を揉んでもみたのだが、彼女はあっさりと首を横に振って
「うん? お金ならいっぱいあるよ、ほら」
と隠し場所らしき場所から平然と預金通帳を取り出してけろりと清光の前に掲げた。
なんと桁が一つも二つも違う目の毒な程の額面にぎょっと目を剥いた清光は、慌ててべしっと通帳を閉じて
「だ、だめじゃん! こんな額、隠し場所教えたら!」
と大大大冷や汗を掻いたのだが、彼女はきょとんといかにも不思議そうに
「かしゅーに隠し事する必要ある?」
と首を傾げた。その無頓着さに清光は悲鳴じみた声を上げた。

「俺が悪い奴だったらどーすんの!」
「かしゅーならいーよ」

清光は思わず派手に頭を抱えた。

かしゅーはそんなことしない、ではない。
かしゅーなら悪いことされてもいいよ、などと本気で言ってしまえる主人に、初期刀に選ばれた根っから善良で常識人な清光は悲鳴を上げたい気分だった。
だめだ、俺がしっかりしなきゃ



「あれ、あるじ、足の爪、割れちゃってるよ」

またある時はこうだった。
血の滲むほどではないが、そこそこ派手な割れた方をしてしまっている。つい先ほど角にぶつけた時だろうか。

ちなみに、何かにぶつかったり落としたりすると、彼女は誰もいなくても「あ、ごめんね」と自然に言う。それが人でも、棚でも、机でも、本でも、柱でもだ。いつの間にか身についたごく自然な習慣らしい。
出かける時にも、無人の家に向かって「行ってきます」と言って、帰ってくると部屋に向かって「ただいま」と言う。
当たり前に物へ声を掛けてくれる、そんな主の気性が、清光は嬉しくて好きだった。

「あ、ほんとだねー」
清光の主人は、爪切りを取り出し、ぱちっと切ってそれで終わりだった。
……?」
加州はしばらく待ってから、訝しげにこう尋ねた。
「え、終わり?」
「うん? 痛くないよ」
「補修は? ベースコートは?」
「? 無いよ。かしゅー欲しいの? 買ってくる?」
……
清光は盛大に天を仰ぐと、片手で顔を覆った。

三十分後、ドラッグストアに駆け込んだ加州は
「雑ッ!! ざっつ!!」
と言いながら主人の爪に保湿オイルを擦り込み、ネイルファイルでやすりをかけ始めた。割れた爪に強化剤の入った補修液を、それ以外の爪には透明なネイルを塗っていく。
「切れば済むし
「そーゆーの大事にしないと自分を雑に扱う癖が付くよ!?」
「そーいうもの?」
「そーいうもんなの!!」

そうお説教をしながら、加州清光は頭が痛そうにこめかみを押さえた。

やがて、ふう、とひと仕事終えた顔をして、加州は額を拭う。
宝石のように艶やかに磨き上げられた両足の爪を見て、主は目をキラキラさせた。
「わあーっ、ぴかぴかだぁ!」

まるで幼い子供のようにはしゃいだ声を上げて、何度も何度も何度も足をパタパタさせると、「ふふ、ふふふふ」とくすぐったそうに彼女は笑った。
「なんか、くすぐったいね。かしゅー、ありがと」
「どーいたしまして! でも、このぐらいならそんな難しくないんだから、ちゃんと自分でやんなきゃだめだよ!」

どうにも見てられなくて思わず横から手を出して何から何までやってしまったが、無邪気で子供のような主とはいえ女の子の足に触れながらあれこれ塗って手入れしてしまったので、ちょっとだめだったかも俺、と内心清光は反省した。本当はもっとあれこれやってあげたかったが、やり過ぎは良くない。初期刀の俺がその辺りに無頓着だと後に続く連中が真似をする。
だから次は自分でとあえて釘を刺してみせたのだが、天衣無縫な主はくすくすと笑って幼子のように足をぱたぱたさせながらこう続けた。

「それもだけど、ありがとはそうじゃなくてね」
「?」
彼女は、にぱぁっと、ひどく無邪気に笑った。
「誰かに爪切ってもらうって、こんなにくすぐったくてわくわくするんだね。知らなかったぁ」

あれ、と清光は既視感を覚えた。

そのどこか鮮明な、古い古いデジャヴに、清光は首を傾げながら記憶をさらって、やがてはたと大きく目を見開いた。

ひどく幼いこの眼、この仕草。この喜び方。
そうだ、見たことがある。

ずっとずっと昔。
振り返れば、もう数百年は昔のこと。
清光が生まれた、河原で。



「加州清光、川の下の子、河原の子ってね」

平安時代から戦国時代にかけて、この国で特に貧しい被差別階級の人間は河原者と呼ばれていた。
川辺は税が免除されているためそこ以外で暮らせず、死体処理や糞尿の清掃などの仕事でなんとか糊口をしのいでいたためだ。

江戸時代になると、河原者と呼ばれるこの人々は、人間に非ず、と書いて非人、と呼ばれるようになる。
非人小屋と呼ばれる場所で激しく差別されながら管理され、穢れが多いと侮蔑されるこれらの不衛生な仕事に従事したり、物乞いとして日々を必死に生き延びていた。

そして加州清光を打った刀工は、この非人小屋に入れられながら清光を打った。乞食清光とも呼ばれている。
川の下の子、河原の子。清光の生まれは、どう逆立ちしても高貴や名声とは真逆の場所にある。


当時その場所にいた特に貧しい人々の多くは、どこにも行き場の無い孤児や、病気の罪人などだった。貧しければ貧しいほど身を寄せ合わなければ生きてはいけない。
人に非ずと蔑まれても、その場所で多くの人が生きていた。

それが、清光を打った人だったのか、あるいはその場にいた別の優しい人だったのかは、もう定かではない。
ただ、酷くぼんやりとしたその記憶で、どこかの元服もまだの孤児が、優しい誰かに頭を撫でられてぽかんとした後、ひどく嬉しそうに笑ったのだ。生まれて初めてだ、と。

そうした被差別階級の人々の暮らしのすぐそばで打たれた清光は、やがて新撰組沖田総司の下に至り、その逸話を以て刀剣男士として顕現する。

先ほどまでただの鉄の塊だったはずの両の手を激しい驚きと共に眺めながら、ふとその手を己の頭にやってみた。
撫でる、という仕草は、己にやってみても特に胸をくすぐることはなかった。
ああ、とすぐに理解した。これは、両の手があるだけでは駄目なのだ、と。
いつかどこかの加州清光はこう鮮明に思った。

いいなあ。
ああ、俺もあれが欲しい。




「かしゅー?」

はっ、と清光は深い物思いから目覚めた。
目を見開いて急に固まってしまった加州に、今の新しい主が不思議そうに首を傾げている。

「かしゅー、だいじょーぶ? どうかした?」
もみじのようながんぜない手のひらが、清光の頬に触れる。優しく温かな手のひらに、清光は笑み崩れた。
「あっ、と、ごめんごめん。なんでもない。ちょっと昔のこと思い出して」

古い、古い物思いだった。
どこかの古い加州清光おれの遠い昔の哀愁だった。

生まれて初めて与えられた、ごく他愛のない優しさに、この上なく嬉しそうにした、顔も朧な子供。
愛を乞う子供は清光だった。そして、あの日の淡い光景に、彼女の嬉しそうな瞳は、幼い笑顔は、既視感を覚えるほど、ひどく似ていた。


そういえば、まだ何も聞いたことがない。
彼女がどこで生まれ、どこで育ち、どんなふうに生きてきたのか。特に子供時代のことは、何も。

彼女の家には、何も無かった。写真とか、アルバムとか、そういった昔を思わせるものが。彼女に甘えて強請ってみたこともあるが、無いやと言われただけだった。

でも、清光は、なんだか、何も聞いていないのにわかってしまったのだ。
爪を切られるのが初めてだとくすぐったそうに笑った、ただそれだけで。その眼がひどく幼い子供ようだった、それだけで。

彼女があの日の清光と同じ、愛に飢えた子供だったことが。

理屈じゃなかった。強いて言えば、直感とでもいうような、それだけ。
自分たちはおんなじなんだ、と。
清光は思ったのだ。


「あー……っと」
清光は視線を泳がせて、いかにもそれっぽい言い訳を探した。ふと自分の爪紅に目を止めると、清光はさも今思いついたようにこう続けた。
「まー、新しい爪紅買ってくれたら、しょーがないから、またやったげてもいーけど?」
「ほんと!?」

ぱぁっと表情を明るくして、彼女は目を輝かせた。
断られるかもしれないと思ってそんな可愛くない言い方しかできなかったが、彼女はこの上なく嬉しそうにきらきらと目を見開いた。

「あした! あした! 一緒にお買い物いこ! ね!?」

清光の裾をくいくいと引いて、無邪気に笑う、子供のようなその笑顔。

まるで、ずっと欲しかったおもちゃを買い与えられた幼子のように、ひどく無垢でがんぜない。


翌日、清光にいちばん似合うと言って買い与えてくれた赤い色を、清光は自分の手に塗る前に、彼女に塗った。

ぴかぴかに仕上げたその紅を自分にも塗って、清光は「お揃い。いーでしょ」とにんまり笑った。
彼女は目を輝かせて、首が取れるんじゃないかというぐらいぶんぶんと首を縦に振って、嬉しそうにきらきら笑った。


《加州清光とお揃い共走曲コンチェルト


それっきり、清光は彼女の生い立ちについて、何も聞いていない。

やがて仲間を通して少しずつ漏れ聞こえてくる話から、いくつか憶測は立てられたが、その後も清光から彼女の昔を詮索することはしなかった。彼女もまた、清光の生まれの卑しさを詮索しなかったからだった。

けれど、清光の中に思いがはっきりと芽生えたのは、今思えばきっとこの時だったように思う。

愛をただ乞うばかりじゃない。
彼女が惜しみなく与えてくれた愛情を、自分も返していきたいと。

鏡の中の自分のような彼女の眼を見て、
清光はそう思ったのだ。


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