@kojika2018
っぽいなあ、と安室が思ったのは、梓と連れ立ってきたスーパーの青果品コーナーでのことだった。
入り口から入ってすぐ、目立つように置かれているのは苺だ。整然と並べられているそれらは赤い宝石のように瑞々しい光沢を放っている。今日の買い出しでは苺は必要ないのに、梓の視線は苺にまっすぐに向けられている。そういえば、と安室は思い出す。数日前に安室が試作したパンナコッタに苺を添えたら、梓の目が輝いていたことを。甘いものが好きな彼女だから、パンナコッタに目を輝かせていると思っていたが、実は違うのかも知れない。
「梓さんって、もしかして……」
安室が話しかけると、梓がはっと息を飲んだ。
「……バレバレです?」
梓が軽く顎を引いて、上目遣いでこちらを見る。たっぷりとしたマフラーに顔の下半分が埋もれている様子は年齢よりもあどけなく見えた。
「……お好きなんですね」
安室のなかの予想は確信へと変わる。
「フルーツの中で一番好きです」
「なるほど」
安室は、梓を見倣って苺に視線を向ける。苺に恨みはまったくないが、赤い色というだけで安室にとっては忌避するものだった。しかし、苺はビタミンが豊富でむくみを取るなどの効能もあり、摂取すべきものである。
「安室さん、赤いもの嫌いでしょう? だからこの前パンナコッタに添えて出してくれたとき、驚きました」
「ああ、あれは……八百屋に新しく入った田中君、分かります? あの学生さんが持って来てくれたんです。そういえば梓さんがお休みの日でしたね」
「え、あ、そうだったんですか。田中君が来てくれたときに、お礼を言わなくっちゃ。さ。行きましょう、安室さん。のんびりしてたらポアロが混む時間になっちゃう」
梓が苺売り場から一歩下がったので、安室は梓を引き留めた。
「買わないんですか? 苺」
「買いません。値段見て下さいよ。この時期の苺は、イベントが重なるから高いんです」
梓が少し不満げな顔をしたので、安室は苺の値段を確認した。なるほど、いつもより3割程度価格が上乗せされている。
「苺はかわいいのに、かわいくないお値段になるんです。もう少し安くなるまで待ちます」
梓が安室を促して、スーパーの奥へと足を向けた。今日の目的はカラスミと牛乳だ。梓の後ろを歩きながら、安室ははたと気づく。
「あ……、だからか」
「ん? なんです?」
「あ、いや、ひとり言です」
振り返った梓は、きょとんとした顔をしている。思わず声に出してしまったので、安室は苦笑いをしてやり過ごした。そのままカラスミを見比べている梓の背中を眺めた。
「……田中君は、梓さんが苺好きだって知っていたんだな」
安室は梓に聞こえないよう、小さな声で呟いた。田中君は、梓に食べてほしくて苺を持って来たのだ。しかし梓はあいにくお休みで、かわりに自分が受け取ることになってしまった。安室は、単純にポアロへの差し入れだと思い、田中君の苺は、そのあと遊びに来たコナンとその仲間達、それから風邪を引いたというマスターに食べてもらった。次の日出勤してきた梓には、パンナコッタに添えて出したが、田中君の意図したところではなかったように思う。
「……申し訳ないことをしたな……」
安室は後頭部を手のひらで押さえた。梓は、ちょうど良いサイズのカラスミを見つけ出し、こちらに笑顔を見せている。
「……田中君、いっつも差し入れくれるんですよね。私のこと、いつもお腹空いているって思ってるのかなあ……。私、食いしん坊に見えたりします?」
安室の隣に立った梓が、少しだけ眉をひそめて安室に尋ねてきた。気づいてないのかと思うと、田中君が哀れと思うし、梓の鈍感な部分に安堵もしてしまう。
「梓さんは、食べるの大好きでしょう? みんな知ってますよ」
「ええー、そうなんですか? 田中君にもそう思われてるのかなあ……。私年上なんですけど」
「年上は関係ないですよ」
梓とのどこかずれた会話に安室は心地よさを感じていた。梓の好物を差し入れする田中の気持ちがなんとなく理解できたように思う。それに好物を食べる梓の顔を眺めていたいと思った。
「梓さん、牛乳取ったら、苺売り場戻りましょう。僕が苺を買うので、梓さんは食べて」
「え? どうしたの、唐突に。それに、苺は赤いですよ。いいんですか?」
「まあ、赤いのは許してませんが、苺牛乳にしたら赤くはないし、練乳掛けたら赤は見えませんからね」
「安室さん、割と適当?」
梓がくすくすと笑う。
「……ではないんですけど」
「そうなんだ。じゃあ、安室さんの気持ちが変わらないうちに行きましょ。あ、牛乳」
「僕が」
安室は、牛乳を持つと梓と苺売り場へと足を向けた。