ォョだろ
@kurato0o
呪いのような祝福
寝付けない夜がある。
それは慢性的なもので、普段から快眠というわけでもない。
特に夏の蒸し暑い日には息苦しくなる。
今日も布団に入って、何度も寝がえりを打っている。
たまに、過去と決別しろとか、忘れろというような人間がいる。辛いことや悲しいことを忘れて、今を生きろと宣う善人の皮を被った幸福な羊たち。そういうものの所為で失われていったものを抱えて生きているウォロにとって、忘却は明確に罪深いものだった。
どう足掻いても忘れることなどできない。捨て去ることもできない。
そういう気持ちが胸の中で淀みとなって、ぐるぐると渦巻く。
どうしてという声のない慟哭が、喉につっかえて、息も出来ない。頭が痛くなってくる。視界がぐわんぐわんと地響きのように揺れる。
目を瞑っているのに、眼球がどこにあるのか気になっておかしくなりそうだった。汗が滲む。体勢を変えると、汗を含んだ肌がじっとりとして気持ちが悪い。
眠れない。
いっそのこと、このまま息が止まればいいのに。
そんな馬鹿げたことを考えながら小刻みに震えていると、そっと張り付いた髪を肌から払う手がある。
「――…ウォロさん?」
涼しげな、透明な声がウォロの頭上に振る。
ウォロは目を閉じたまま、自分の額から髪をゆっくりと払う手に身を任せる。
「大丈夫ですか? 随分、魘されてるみたい」
心配そうな声。こちらを慮る声色に、ウォロは、ああと呻き声のような返事をした。
寝苦しい。
それだけのことなのに、世界にただひとりのような、だだっ広い真っ白な雪の中にぽつねんと立っているような、汗は浮かぶのに寒くて、どうしようもない気分なんだ。
そんなこと言えるはずもなく、好きなようにさせる。
「子守歌でも歌いましょうか。それとも起きて少し散歩しますか? あたしはどっちでも良いですよ」
彼女は優しくそう告げる。
いつものことだ。
彼女が優しいのは決してウォロが相手だからではない。彼女はイキモノというものに酷く甘いのだ。自分が特別なわけではない。
いつものように、そんな甘ったれたことばかり言っているとまた利用されますよと呻くと、彼女はふふと小さく笑った。
「だとしても、今苦しいのはウォロさんの方だから」
――…そうだろうか。
苦しい時に、苦しいからといって、優しさを享受することは間違っていないだろうか。
一度罠に嵌めて、酷い目に遭わせた人間が自分に奉仕することなんてあるだろうか。
いや、あるような気がする。
彼女はそういう人間なのだ。自分とは違う。
世界そのものさえ恨んで、変えてしまっても良いだろうと思うような人間性はしていないのだ。
それが彼女の業だとしても、心地の良い手の感触には抗えなかった。
聞いたことのある曲が、彼女の唇から紡がれる。
どうして彼女が古いシンオウの子守歌を知っているのだろう。
自分が教えたのだろうか。そんなこともあったような気がする。
そうしている間に、少しずつ眠気に襲われる。
あれほど気になっていた汗や外気の感触が気にならなくなっていく。
どろんとした思考の中に、古い歌が涼やかに流れる。
目を閉じて、暗闇の中、知っているその歌が終わるのを聴いていた。
歌が終わったと思った瞬間、ばちりと目が覚めた。
ウォロは重たい身体を引き摺って、上体を起こした。
ここはヒスイではない。
まだ見ぬアルセウスの面影を頼りに、調査に来た土地で、雨に打たれて逃げ込んできた宿舎の一室。ベッドの上で、ウォロは長い前髪で隠れた瞳で窓を見やる。
あれほど降っていた雨も、今はすっかり止んでいる。緑の葉から、雨雫がぽたぽたと落ちている。空はからりと青くて――…。
「夢にまで出てくるなんて、勤勉ですね」
誰とも言わず、虚空に向かってそう落とす。
あの日置いてきた瞳が、青い空の向こうからこちらを見ているようだった。