@psychic_eclipse
「ただいま」
「ひぇっ!? あ、ああ、うん! おかえり! 早かったな!?」
「……いや、普段よりは遅いだろ」
「そうかな!? そうかも!? お疲れ!」
「…………」
普通に鍵を開けて自宅に帰っただけだというのに、同居人兼恋人にまるで強盗でも入ってきたかのような反応をされてしまった。
何かやましいことでもあるのかと思い訝しんだが、慌てふためきながら背中に小さな箱を隠すケイにそういえば今日は……と思い至った。
(……ああ、そうか。そういや今日、俺の誕生日か)
自分のことなんてポラリスのシステム復旧作業で完全に忘れていた。
例年なら、お互いの誕生日には普通に何が欲しいかのやりとりが発生していたのだが――今年は大方サプライズでもするつもりなのだろう。
珍しい行動ではあるが、知恵を授けたであろう人物にも心当たりがある。
(ちょっと前にミサキさんと盛り上がってたあれだろうな)
まあ、折角祝ってくれるというなら乗ってやるのが義理というものだろう。
挙動不審な相手への指摘は呑み込み、話に付き合ってやる。
「お前、飯は」
「あ、あーえっと、風呂! 風呂入ってこいよ! 先に!」
もうめちゃくちゃだ。無理がある。
会話のキャッチボールすら放棄されてしまっては、指摘しないことこそが不自然になってしまう。
これで隠し事をしているつもりというなら恐れ入るが――長年の付き合いでしているつもりなのだろうことも理解している。
こいつはこういう奴だ。
「飯まだなんだろ? 先にありもんで作っちまうから――」
「わあ! だめだって! 冷蔵庫開けるの禁止!」
「…………」
なるほど。サプライズ用の何かが冷蔵庫の中に入っているらしい。
大方俺の好物の甘味的なものだろう。
普通に出してくれれば普通に喜ぶのだが、それでは駄目なのだろうか。
「……わかったよ。じゃあ、ゆっくり浸かってくるわ」
ツッコミを入れたい気持ちはあったが、あえて気付かないフリをすることにした。
こいつが必死に「サプライズ」を演出しようとしているというなら、その努力を台無しにするほど俺も野暮じゃない。
「浸かるって……うちシャワーしかないじゃん……」
「言葉の綾だろ。折角話を合わせてやってんのに――」
言葉の後半は相手に聞こえないように音量を落として、大人しく指示に従い風呂場へ向かった。
***
「あぅっ! ケイ、肉の表面が炭化し始めてます! 推定温度200度超過! 消防署の方から来ました詐欺になりますぅー!」
「うるせー! 何ワケ分かんねーこと言ってんだお前は!」
「みみみ水! 換気! 集合住宅の火事は取り返しがつきません!」
「だあ! 声がでけーって! スバルに聞こえるだろ!」
キッチンから戦場かと思うような怒号が聞こえてくる。
確かコンロは使用禁止令を出していたはずだが、いや、今日は何も言うまい。
でも頼むから小火を出すような真似はやめてほしい。
今すぐ風呂場から飛び出したい気持ちと必死で葛藤しながら、俺は集中しろとぶつぶつ呟きながらシャワーに向き直った。
「よし、肉は……これ、アルミホイルで包めば余熱でなんとかなるんだよな? ミサキさんが言ってたし」
「余熱調理法では焦げた肉はどうにもなりませんよ!?」
「大丈夫。料理は愛情って言うし」
「物は言いようですぅー!」
(……よし、なんとかなったみてぇだな)
「いや、どう考えてもなってねえだろ。誰が片づけると思ってんだ……!」
シャワーの音に紛れて思わず毒づき、俺は天を仰いだ。
部屋の外の惨状を思うと、思わず頭が痛くなる。
どうすんだ、この流れ。
このまま何食わぬ顔で風呂を出て、じゃじゃーんとか言って差し出される消し炭を見せられて、俺はブチギレずにいられるだろうか。
いや、待て。ケイに悪気はない。あいつはただ俺の誕生日を祝いたいだけだ。
なら今日ぐらいはその厚意を受け止めて、存分に驚き、喜んでやるべきだろう。
「驚くって……具体的にどうすればいいんだ?」
わーとかうおーとか叫べばいいのだろうか。
駄目だ。それじゃわざとらしすぎる。
このサプライズに知らないフリをすると決めたのだから、最後まで完璧に騙されたフリをしなければならない。
そうなると、いつもの態度を崩すのもよくない。
これだけ騒いでいたら、普段ならどう考えてもとっくに雷を落としているはずだ。
だがそのまま喧嘩になったらどうする?
折角の場なのだから、空気が悪くなるのは避けたい。
あくまで自然に、ケイの計画に気付かないような顔のまま何してんだお前らはと声をかけるべきだろう。
「……ちょっと練習すっか」
俺はシャワーを止め、鏡の前で自分の顔を凝視した。
昔から俺は、論理的でないことに直面するとまず分析から入ってしまう悪癖がある。
トラブルに直面すると、驚くよりも先にその事象がなぜ起きたのかという原因と解決策を探した方が合理的だからだ。
だが、今の俺はただの同居人でも幼馴染でもない。
晴れて想いが伝わった恋人として、そんなクソつまらない反応が求められていないことは理解している。
よし、やれ。かつて神童と呼ばれた俺なら出来る。
自然に驚く、何も知らずに、自分の誕生日なんて今思い出したかのような反応だ。
「……お、おお……ケイ、これは……?」
鏡の中の俺が、白々しく呟いている。
……全然駄目だ。棒読みすぎる。
声のトーンが高すぎるし、目の奥が笑っていない。
これではまるで、子どもの学芸会を見守る親だ。
俺は演技についての才能はまるでないようだったが、ここで諦めるわけにはいかない。
テイクツーだ。今度はトーンを変えて――
「……うわっ! なんだよこれ!? すっげえな!」
今度は少しオーバーに驚いてみる。語尾のエクスクラメーションマークはマストである。
……論外だ。ケイの観察眼を舐めてはいけない。
あいつは俺の嘘を見抜くことに関しては、サイキック能力並みの鋭さを発揮する。
こんな見え透いた演技をすれば「馬鹿にしてんのか!」と暴君モードで皿を投げられかねない。
「……クソ。難易度が高すぎるだろ……。このままじゃまたスバルは頭だけが取り柄とか言われちまう……っ!」
自然な反応というものの何と難しいことか。
これならポラリスの強制停止コードでも組む方がよっぽど楽だ。
落胆する俺を差し置いて、外からは今度は何やら生クリームを泡立てるようなガチャガチャという音と、シリウスの「ボウルから飛び散ってますぅー! ケイの顔面が真っ白ですよぉー!」という実況が聞こえてくる。
(マジかよ、ケーキまで? まさか今作ってんのか? 俺のシャワーが何時間かかる想定で動いてんだよ……!)
落ち着いたはずのキッチンにまた響き渡る賑やかな声に、素っ裸のまま絶望する。
サプライズに驚いたあとに、手作りポイズン料理を美味そうに食べるミッションまで追加されてしまった。
どういうことだ。誕生日ってのは世間一般では楽しい日なんじゃなかったのか。
(……いや、違うか。母さんなんかは、いつも――)
「できたーーー!!」
「やりましたねケイ! すごいです! ちゃんとケーキに見えますよ!」
ふと浮かんだ過去の情景を掻き消すように、ケイとシリウスのでかい声が響き渡る。
もうあいつら隠す気ないだろ。この家の壁の薄さも忘れてんのか。
できたのならもういいだろうか。向こうの段取りが分からないままにはこちらも動きようがない。
念のためにもう数分待つかと考えながら、不意にそこまで身構える必要はないのではないかと思い当たった。
ケイが俺のことを知り尽くしているように、俺だってあいつのことは分かっている。
俺が上手く驚けなくても、あいつは落胆したりしないだろう。
そもそも、俺のためにわざわざ何かをしようと思ってくれるそれ自体が嬉しいことなのだ。
「……そもそも、変に驚く必要なんてないわな」
俺は深く息を吐き、濡れた髪をタオルで乱暴に拭いた。
今更気遣いあうような仲ではない。
俺はただ、あいつが俺のために用意してくれた時間を素直に全力で受け止めればいいだけだ。
そう思って鏡を見ると、さっきまでの不自然な引きつりはなく、少しだけ困ったような――だがどうしようもなく甘いツラをした自分がいた。
そうしてドアを開けると、ちょうどリビングの電気が消えるのが見える。
「……あっ! スバル、出たか!? ま、待て! まだ見るなよ!」
「分かった分かった。慌てて怪我すんなよ」
バタバタと駆けてくる足音に、知らず頬が緩んでしまう。
ケイの開いてくれた誕生日会は穏やかに進んだものの、その後話し合って来年の料理とケーキは既製品にすることが義務付けられたのはまた別の話だった。
END
SS:イチハ