カルみと 不安な夜の話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
時計の秒針を刻む音がどうしようもなく気になって、縞斑は閉じていた瞼を持ち上げると諦めたようにため息を吐いた。
「一度起きるか……」
今夜はどうにも眠れそうにない。横になって眠気が訪れるのを待っていた彼だが、そうしてすでに時計の針が2周半もしている。
隣ですやすやと穏やかな寝息を立てる神無の頭を撫でた縞斑は、彼を起こさないよう慎重にベッドを抜け出した。
寝間着から適当な服に着替えてコートを羽織ると、静かに玄関扉を開いて家を出る。神無から預かっている合鍵で施錠をして歩き出せば、途端に冷たい風が首筋に触れて思わず縞斑は身をすくませた。
「さむ……」
目が冴えるほどの寒気だが、かといって引き返して温かなベッドに戻っても眠れるビジョンが全く見えない。
は、と白い息を吐いた縞斑はそのまま行く当てもなく夜の住宅街を歩き出した。
「……この辺りは静かだな」
一軒家が立ち並ぶその場所は、ファミリー層をターゲットにした高級住宅街であるため治安がとても良い。
真夜中に出歩く人間など縞斑くらいで、こつこつとコンクリートの地面を叩く靴音がやけに街に響いて聞こえた。
時々、どこかに消えてしまいたい気分になる。
なるだけで、実行しようとは思わないけれど。
犯罪組織スパローのリーダーとしての活動も板についてきた縞斑だが、それでも自身の肩に掛かる数百のアンドロイドと人間の命を重たく感じる時が度々あった。
隣にあった温もりが突然消えてしまうのではないかという不安に飛び起きる日は、なにも一度や二度のことではない。
責任や不安、大切なものを失う恐怖。それらに魘される自分の弱さがつくづく嫌になった縞斑は、ため息を吐いて明るい夜空を見上げる。
「……アイツも同じ気持ちだったのかな」
かつてこの場所に席を置いていた相棒は果たして、どんな気持ちで事件を追いかけていたのだろうか。
あの頃は視線を交わすだけで考えていることが分かった彼だが、今ではその気持ちの全てを推し量ることはできそうにない。
「コンビニでも寄って帰るか……」
とはいえ、弱音を吐いて逃げてばかりもいられない。眠ろうとも眠らずとも朝日は昇るのだから、早く帰って少しでも体を休めなければ。
そう考え直した縞斑は、すぐそばに構えられた煌々と灯りを放つ店内へふらりと立ち入った。
特に欲しいものがあったわけではないが、せっかく外出したからには神無に手土産のスイーツでも買って帰ろうと思ったのである。
そうして眩しい光に包まれる店内でしばらく甘味を物色した縞斑は、神無用のシュークリームとプリン、自分用の煙草を買うと帰路を歩き出した。
「……帰って一本吸ったら寝よ」
相変わらず目は冴えているけれど、これ以上出歩いたら明日に響いてしまう。目の下に隈を作ったら神無にだって見破られてしまうかもしれない。
一生懸命日々を生きている彼には、できる限り自分の弱いところなど知ってほしくなかった。それが神無への優しさなのか、自分の強がりなのかは突き詰めたくないけれど。
そうして縞斑は神無の家に帰り着く。
慣れた仕草で鍵を取り出して扉を開けようとした、その時だった。
「、おっと」
反対側から勢い良く扉が開く。
慌てて一歩下がった縞斑は、家を飛び出そうとした神無のことを抱き止めた。ぽすりと胸に収まった彼は顔を上げると、丸く見開いた瞳で縞斑のことを見つめる。
「神無ちゃん……?」
「だらだら……先輩……」
見れば神無は寝間着姿のままで、靴も履いていなかった。
裸足のまま寒い外へ飛び出そうとしていた神無のことを心配するように覗き込めば、じわりと彼が目に涙を浮かべて口を開く。
「起きたら……先輩いなくて、何かあったんじゃないかって……おもって……」
ぽたぽたと涙が溢れて上手く話せなくなってしまった神無を抱きしめて、縞斑は頭をがんと殴られたようなショックに耐えていた。
夜に目を覚まして隣に恋人が居なかったら心配して当然だ。彼の過去を思えば、不安に耐えかねて探しに出掛けるのも仕方がない。
泣きじゃくる神無を抱きしめた縞斑は、彼が少しでも早く泣き止むように背を撫でながら声を掛けた。
「ごめん、心配かけた」
「ほんとだよ……っよかった、なにもなくて、」
「うん……大丈夫、怪我したりしてないから。もう大丈夫だから家に戻ろう、体を冷やしてしまうから」
そう声をかけた縞斑は神無を一度玄関に座らせると、黒くなってしまった足の裏を濡れタオルで丁寧に拭った。
そうして神無を連れて、縞斑はベッドへと戻ってくる。
不安げだった神無の表情は少しずつ落ち着きを取り戻し、二人でシーツにくるまる頃にはすんすんと鼻を鳴らす程度まで落ち着いていた。
「……どこ行ってたんだよ」
「うーん……言わなきゃだめ?」
「……言わなかったらまた泣く」
「あはは、そう来たか」
自分の涙に縞斑が弱いことを知っている神無は、まだ潤んでいる瞳でじっと顔を覗き込む。
目が冴えてしまったらしい彼はおそらく、このまま大人しく寝かしつけられはしないだろう。そう諦めた縞斑は小さく息を吐くと、神無の体を抱き寄せたまま言葉を続けた。
「色んなものを投げ出して逃げたくなった」
「……、」
「思っただけ。すぐに戻るつもりだったよ」
「先輩も……そういうこと思うんだね」
「そりゃあね、俺も人間ですから」
神無の中で縞斑は、自分よりうんと大人な存在に見えているのかもしれない。けれどその実、縞斑だって迷いながらがむしゃらに進んでいる不器用な人間なのだ。
縞斑に悩みを抱えて眠れない日があるなんて思いもしなかった神無は、ぱちぱちと瞬きをするとやがて両手を持ち上げて彼の背中をそっと撫でる。
「……なんかちょっと、安心した」
「安心……?」
「うん。だって、俺も時々あるから」
背負ったものが重たくのし掛かる夜、上手く寝付くことが出来なくて困ったことが何度もあった。
目を瞑るだけで体は休めていると言い聞かせて、寝不足のままふらふらと仕事をした日も数えきれない。
これまで、そんな夜があるなんて今まで縞斑には伝えられなかった。
共に呪いを背負う約束をした彼に弱音を吐くのは、彼へのひどい裏切りになってしまうのではないかと怖かったから。
けれど、今自分を抱きしめる縞斑の瞳には同じ色の不安が揺れている。二人は同じちっぽけな人間なのだと、改めて知ることができた神無は安堵の笑みを浮かべて見せた。
「でもそれってさ、ちゃんと俺たちが背負おうとしてる証拠だと思うんだ」
「……なるほど?」
「だから俺は、そんな自分のこと思いっきり甘やかして、また明日から頑張ろうって思うようにしてる」
眠れない夜、神無はいつも決まってホットミルクを作るようにしている。
普段歯を磨いたあとは甘いものを食べないという黒田と赤星との約束を守る神無だが、その日だけははちみつをたっぷり溶かしたそれを飲んでからベッドに入るのだ。
昔、眠れない自分に家族がそうしてくれたように。一人のリビングは相変わらず寂しいけれど、そうしてベッドに入れば不思議と温かく包まれているような心地になれた。
「だから、先輩も眠れない夜があったら俺に言ってよ。その時は俺がうんと甘やかしてあげるからさ」
自分が、縞斑のミルクとはちみつになれないだろうか。そう考えるのは少しだけ烏滸がましいかもしれないけれど、そうであってほしいという願いを込めて神無は縞斑を見上げる。
驚いたように目を丸くしていた彼はやがて、神無の頬に手を当てて瞼の下をそっと撫でた。
「……神無ちゃんって時々、俺が思い付かないようなすごいこと考えるよね」
「俺は天才だからな」
得意げな神無と視線を合わせた縞斑は、ふっと小さく笑って目を細める。
ようやく笑顔を見せてくれた縞斑は、甘えるように神無の体を強く抱き寄せた。首筋に額を埋めた彼は深く息を吐くと、少しだけ湿った声で笑う。
「大人になったね」
「だろ?だから頼ってよ」
「……うん。じゃあ、さっそく甘えさせて」
「もちろん!」
縞斑の髪を愛おしそうに撫でた神無は、ぎゅうと彼を抱きしめて頬擦りをした。
そんな温かなふれあいに身を任せているうちに、いつのまにか縞斑は自分の中に渦巻いていた不安が薄れていることに気がつく。
代わりに顔を出したのは、先ほどまで影も形もない見当たらなかったはずの眠気だった。
うとうとと瞼を落としていく縞斑の額にキスをして、神無は頼られることが嬉しいのか小さく笑って目を閉じる。
明日になったら、コンビニで買ったシュークリームとプリンを神無にお披露目しよう。
彼の喜ぶ顔が目に浮かんだ縞斑は笑みを深めると、腕の中の甘く柔らかな温もりを抱きしめて眠るのだった。
終