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泡となるはずだった人魚姫と、罰せられるはずだった魔女

全体公開 人魚姫ドラヒナ 4 9408文字
2026-01-26 17:23:03

続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。このお話(最後の詰めへ→https://privatter.net/p/11775351)から続いています。
ロナルド王子達と共にヒナイチ姫が旅立って2か月ほどが経過し、留守番をしていた魔女の元にも変化が訪れます。最愛の者達の帰還と、深海と表層を結ぶ子供達の誕生とに、戻って来た日常とやっと、この捏造だらけの人魚姫ドラヒナを終わらせる事が出来ます。おつき合い頂きまして、ありがとうございました。
書き始めた頃は、子供達も連れたドラヒナ夫妻の大々的な結婚式で締めのつもりだったのですが、魔女さんの過去の悪行を考えると無理があるかなとも思い、没にしました。陸の教会とサンゴ礁でささやかにというイメージで考えて頂ければ。
オマケに、ドラヒナ夫妻の子供達とロナサン夫妻の子供達の裏設定を追加しました。
2024/07/29と2024/08/29 に上げました。
捏造注意でお願いします。

Posted by @kw42431393

 「魔女ドラルク、変わりはないか?」
 「ヌンヌヌン、ヌヌッヌイ。」  
 「やあ、ハンダくん。まぁ、いつも通りだとも。」

 ヒナイチ姫が、ロナルド王子達と蓬莱島に旅立って2か月程が、経った。
 カズサ王がこの魔女ドラルクに依頼した、海と陸を繋げる計画は、軌道に乗っている。
 元々、魔女ドラルクの力で人間になった同胞達、人魚になった人間達の帰郷を叶える為に立ち上がったものだが、いまや、観光や交易目的での移動も目立ってきた。
 しかも、日に日に希望する者達は、増えてきている。
 「2か月かピンとこないね。深海は、年中これといって変化がないから。」
 「ヌンヌン。」
 「陸の方では、すっかり夏になっているぞ。だから、陸から海に来る者の方が増えた。特にイナ海国は、観光客で溢れている。」
 「みたいだね。交流を望む国が増えてきているから、パスポートチェックも、忙しいよ。」
 「問題ないのか?その。」
 ドラルクの胸元を指さす。ローブに覆われて見えないが、そこには、彼とヒナイチ姫との間に生まれた卵を守る育児嚢が、ぶら下げられているのだ。
 「ローブの上からでも分かるぐらい、暴れているな。」
 「近いのだろうねカズサ王似の人魚の男の子が、特に膜の中で暴れているよ。伯父さんに似て、ヤンチャになるのかな。おやつを独り占めする所までは、似て欲しくないねえ。」
 そう言って、彼はローブの上から、育児嚢を撫でる。メンダコなら孵化するまで150日前後だが、半分はヒナイチ姫の血を引いている。父親であるドラルク本人でさえも、予定日は予想もつかないらしい。
 「育児休暇もくれないで、新たに、もっと遠い他国と短い時間で行き来できる様にしろというのだ。阿漕なお人だよ。」
 「フフ人の事は言えまい?母を人魚にして、父と結ばせてくれた件には、俺も感謝しているがな。」
 「罰が当たったと、思っているとも。それよりハンダくんもヒナイチ姫の代打で忙しいのに、私の元まで巡回に来てくれてすまないね。玄関はヨロイザメが守ってくれているから、心配いらないのに。」
 そういえば、ここに入る時、ドラルクと契約をしたヨロイザメに止められたっけ。俺がイナ海国の親衛隊長だと知っているから、通してくれたのだ。
 今日は、ヒナイチ姫の肉で作った薬が切れる日だから、門を警護していたのだろう。
 「そう2週間に一度、デスリセットがある日。私もジョンも、そろそろ慣れるかと思ったけど未だに、心臓が止まる瞬間の感覚には、根強い恐怖がある。ジョンとこの子達がいるし、生き返ると分かっているから、耐えられるがね。」
 「ヌー。」
 シャコガイのジョンを撫でながら、ドラルクは苦笑いをする。
 デスリセットで死んでしまう時刻までは、はっきりと予測はつかない。だから、今も目の前のドラルクは、本業のウィッチ・ドクターを休診にして、ベッドの上で事務仕事をしている。
 いつ、どこで倒れても、卵に影響がないように

 「ヒナイチ姫達から、連絡はないのか?」
 「この前、アホウドリから『蓬莱島の仙人の家まで、辿り着いた。ここの庭木に成る紫の玉、火ネズミの血を手に入れて帰る』と連絡が来たね。特に、火ネズミがすばしっこいので、ロナルド王子夫妻共々、苦労しているようだ。」
 「ロナルド王子だと?」
 奴の名前が出て、思わず手が震えるのが分かった。
 仕方ないだろう?この前、シンヨコ王国に帰郷してから、お母さんはお母さんは!!
 「あぁ、地雷だったね。逆恨みはおよし、ただのファンじゃないか。」
 「ヌ~。」
 そうだ。奴の冒険譚の書籍と演劇を見て、来る日も来る日も、父と『ロナルド様、ロナルド様』と言ってるんだぞ?許せる訳が、ないだろうが~!!
 「帰ってきたら、覚えていろ!お母さんを誑かした奴なぞ、セロリ責めにしてやる!」
 「まぁ、いいよ。それより、これを。」
 魔女ドラルクが、ベッドテーブルに置いていた分厚い封筒を渡してきた。厳重に、紫の封蝋がしてあるやつの蝋印を象ったものだ。
 「カズサ王に渡しておくれ。今計画している、遠国との移動時間を短縮する為の、転送装置の設計図と予算案だ。元々、私が個人的に使っていた転送魔法を応用したものだけど、普通クラスの魔女達でも使える様にするには、こういう設備が必要になる。」
 「さすがだなでも、可能なのか?」
 「資材は揃うよ。ダンボオクトパスである母の実家は、超深海層にある。誰にも手を付けられていない、豊富な資源が、それこそ唸るほどある。今回の計画で、経済的にも潤っているしね。さらに、大きな利益が見込めるとなれば。」
 そこで、魔女ドラルクは言葉を切る。顔が苦痛に歪むのが分かったおそらく。
 「ぐっすまないね。出て貰えるかなあまり、人に見せられる姿ではなくて。」
 「分かった。じゃあ、またな。」
 ヒナイチ姫が与えた薬の効果が、切れたのだろう。死ぬ直前に飲ませたから、彼はこれから断末魔の苦痛を味わう事になるそして、数時間後には健康な体で生き返るのだ。
 2週間ごとに繰り返される、デスリセット。生き返ると分かっていても、それは恐怖だろう。

 『ハンダ、魔女を頼むぞ。卵と契約があるから、大丈夫とは思うがドラルクは、少し後ろ向きな所があるんだ。』
 旅立つ前のヒナイチ姫が見せた、その顔は食いしん坊で、カズサ王が言い聞かせる縁談に駄々をこねるお子様ではなかった。強い意志を持った、女性。そして、母親の顔だった。
 ヒナイチ姫は、夫からこの苦しみまで取り去る為に可愛い卵を置いて、旅立ったのだ。

 「ジョン、こちらにおいで。」
 「ヌン。」
 これから、また死を迎える主従を見ない様に、後ろ手に扉を閉める。
 扉の向こうから、微かに聞こえる苦悶の声は、聞かなかった事にした。



 「まじょさま、こんにちは。」
 「あぁ、君かね。いつもご苦労様。」
 どんな苦しい事があっても、生きている限り、日常はどうという事もなくやってくる。
 私との契約で『獲物の一部を進呈』しに来たハダカイワシから、今回もオキアミを受け取ると、いつも通り、私は書庫に足を運ぶ。
 前回ハンダくんに渡した、設計図と予算案が通った。
 あとは、設置する予定の場所を決めて、そこの有力者と会合する予定を立てなければならない。
 カズサ王が打診している国とは、まだ面識がない。時間をかけて、じっくり説き伏せる必要がある。
 「さてとジョン。これを、ウミガラスに渡してきておくれ。」

 ヌン!いってきますヌ!

 暗い海を泳いでいくジョンを見送って、私は書庫に戻る。
 「お姫様達は元気だろうか。」
 以前、4人と1匹で、魔法で転写した似姿を撫でる。大丈夫、大丈夫だともサンズ姫は、あそこに行って帰って来た経験者だし、お姫様とロナルド王子の腕っぷしは、折り紙付きだ。
 仮に、どんなに時間がかかってもこの子達と待つと、契約したのだから。

 『今度こそ、ヒナイチを泣かせたら、グーパンだからな!』
 『お前達が孵化するまでには、帰ってくるぞ。』

 「はぁ。」
 出かける前にそう言っていた、貴女達を思い出す。
 情けないものだね180年、ジョンと一人と一匹暮らしをしてきたのに。
 賑やかな生活に慣れてしまうと、たった2か月の寂しさに、潰されそうな心地がするなんて

 「ま~じょ!!だ~れだ!?」

 その時、聞きたかった声と共に、突然、視界が暗くなる。
 あどない貴女が、いつもイタズラで私に飛びついてくる時と同じ、柔らかい手の感触を瞼に感じて
 「わっ!?ひ、ヒナイチひ
 「アハハ!ただいま、魔女。ロナルド王子達も、荷物を片付けたら、また来るって言ってたぞ。皆揃ってから、石の御鉢を使って、今度こそお前の治療薬を作るんだ!今度こそ!」
 希望に満ちた言葉。解放されて、明るくなった視界。
 目の前で、太陽の様に笑う貴女は向こうで、苦労したらしい。
 さらに伸びた赤毛は、手入れされた気配がなく、鮮やかな緑の服はボロが目立っている。なにより
 「おかえりなさい少し痩せた?手紙でも、言ってたけど。」
 毎回送られてくる手紙は、「早く帰って、クッキーが食べたい」で締め括られていた。
 だから、いつでも出せる様に用意はしてある。すぐに、出してさしあげよう。
 「クッキーか!早く食べたいな!お前の料理も早く食べたくて、飛んで帰ってきたんだぞ。それより。」

 お姫様の視線が、さらに下りる。
 目立つ程に、暴れているローブの下。
 ああ、そりゃそうだとも。お前達も、少しでも早く、お母様に会いたいよね。
 「ウフフちょっと、待っておくれ。今あっ!!」

 『ッ!ッ!』

 懐の育児嚢から、微かに声が聞こえてきた。
 慌てて、育児嚢を開ける。二人で、覗き込むと
 「がんばれ、もうちょっとだ。お母様達が、見てるからな。」
 視線の先では薄い膜が突き破られて、小さな頭や尻尾が見えている。そこから抜け出そうと、小さな子供達が藻掻いている。
 おいで安心して、出ておいで。お父様達は、ずっと待っていたのだよ。



 「ちーーーん!!」
 その時、育児嚢から甲高い声と共に、小さなメンダコが飛び出した。
 ヒナイチ姫にそっくりで、オレンジ色の8本の足を持った元気そうな男の子だ。
 「ちん?」
 私達の周りを、クルクル舞うその子に続いて、育児嚢からさらに、甲高い声が続いてくる。
 「く~、まけた~。おれが、いちばんのりのはずだったのに。」
 「ふぅつかれた。」
 「ぴす~?」
 「あなたたちがおと~さま?おか~さま?」

 次々と飛び出してくる、小さな小さな子供達を手のひらに乗せる。
 こういう時、どう言えばいいのだろう。
 ウィッチ・ドクターとして、これまで命の誕生に立ち会って、多くの命を奪ってきたはずなのにいざ、自分の番となると
 「どうした魔女?泣いているのか?」
 「。」
 そう、情けないね。気の利いたセリフの一つも出てこない。ただ、喉が詰まった様になって
 「うん、うんそうだ、よ。よく来てくれたね。私達のもとに。」
 「ん~?」
 「ど~したの?」
 「ね~?おと~さま?」 
 首を傾げている子供達を手のひらで包んで、これだけしか言えない。
 「仕方ないなぁよし!」
 3匹の人魚と2匹のメンダコの子供達を手に、ただ俯く事しか出来ない私ごと温かく包み込んでくれた貴女は、すべての苦難に対して、こう勝利を宣言してくれた。
 「ただいま!ちゃんと、帰ってきたぞ!!覚えてるか?孵化する前に帰ってくるって、約束したもんな。」




 ドラルク様~、帰ったヌよ~。ロナルド王子達と一緒ヌよ~。

 『お~い、ドラルク。俺達も来たぞ、さっさと片付けようぜ。』
 『酷い目にあったですよ。あのじいさん、さらに、厄介な所に家を建て替えてやがりましたし。』

 玄関から、さらに待ち望んでいた者達の声もする。
 ああ、忙しくなってきた。
 まずは、子供達の紹介?ああ、命名の儀の方が先だろうか?
 帰還祝いと誕生祝い?その後で、治療薬の調合?
 それともまずは?
 やる事が多すぎる。一体、何から手をつけるべきだろう
  「相変わらず、まだるっこしい事を考えるんだな。全部だ。全部、私達が望んでいたものだ。とにかく、出来る事から一気にやってしまうぞ!」


 イケメン王子への恋敗れた人魚姫は泡となり、阿漕な魔女は人魚姫の肉と美しい歌声を手に入れて、未来永劫、死ぬことも許されない、繰り返す死の恐怖に苦しみ続けましたとさそのはずだった物語は

 「ハハ、そうだね。じゃあまず、この子達を連れて、皆をここへ呼んでおくれ。」
 「よし!皆、こっちへおいで。」
 「「「「「は~い!」」」」」
 生まれたばかりなのに、元気がよくてよろしい。さて、次は何から始めようか。
 「そうだ、クッキーで一休みしよう。これで、この子達のお披露目と命名の相談と帰還前祝いが、一度に出来てしまう。この前甦ったばかりだし、製薬を急ぐ必要もなしそうしよう。」
 
  無邪気で食いしん坊な人魚姫は、自分の意志で強大な力を持った魔女となり、友人達の救けを借りながら、艱難辛苦の末に、自分の欲しい未来を全て手に入れたのでした。めでたし、めでたしと。



 エピローグ

 焼けつく様な夏の日差しが、最近、少し柔らかくなって、海中にも差し込んでくる。
 出港して、領海境へ向かう商船と並行して泳ぐ。 
 海賊や密入国した船は、近くになさそうだ。

 「ご苦労様です、ヒナイチ姫。ここから先は、もう大丈夫ですよ。」
 「そうか。気を付けて行ってきてくれ。」
 「警護、ありがとうございます。これ、よかったらどうぞ。」
 身を乗り出した、船員の手からブドウを受け取る。
 旬だものな。小粒で数も多いから、ドラルクと待っている子供達にも丁度いいだろう。 
 「こちらこそありがとう、気を付けてな!」
 頭を下げる船員達に手を振って、私は元来たサンゴ礁へと進路を向ける。

 陸と海を繋げる計画も軌道に乗り、ロナルド王子達と共に魔女の治療薬も作って、さらに時間が経った。
 子供達も順調にスクスク育ち、私達同様、ロナルド王子達も新しい仕事に勤しんでいる。
 両世界を繋げる計画は、元々ドラルクの力を借りて、憧れた向こうの世界に行ってしまった者達の、望郷の念を叶える為のものだった。それが落ち着いた今、観光や交易目的の者達の移動が増えていく。
 こうやって巡回するのも、ただのパトロールだけではなくなってきたという事だ。



 「よう、ヒナイチ。パトロールか?お疲れさん。」
 「あぁ、商船を国境まで送ってきたんだ。彼らは?」
 サンゴ礁に戻る途中で、コテンパンにされた男達をシャチに乗せた、ロナルド王子とサンズと擦れ違う。
 パッと見た所、他国の漁師のようだが

 「こいつらか。規約より多く、伊勢海老を捕ろうとしてたんでな。今、ふんじばった所だ。」
 「まったく、ふてー奴らですよ。」
 「それは、助かるな。こういう所からしっかりしておかないと、積もり積もって大事になる。海から行った者達も、陸で迷惑をかけていないか?」
 「あ~。今ん所、陸で行動する時は、ちゃんとズボンを穿けって注意するぐらいかな。シンヨコ王国は、元々人外達に開放的な国だから、割と皆慣れっこだ。だけどよ、他国でそうはいかないからな。」
 しれっとしていてくれるのは、助かるぞ。
 確かに、私も当初は違和感があったっけ。海に住まう者達は、ズボンや下着を履くという概念が薄いのかもしれない。
 他国だった場合かもっと、遠い国まで繋げようとしている矢先だ。
 近々、ヒヨシ王を伝手にして、さらに、他国の王族達と、兄やお父上を含めた、大がかりな会合が必要かもしれないそんな事を考える。
 「そうかじゃあ、またな。休みに、お前達の城に行くぞ。深海の環境は、今のサンズ達に堪えるだろうからな。」
 そう言って、サンズを見る。言われた彼女は照れ臭そうに頬を染めて、嬉しそうにお腹を撫でた。やっと身辺が落ち着いたから、『子育てについても相談し合える、家族ぐるみの友人でいよう』という約束を果たしてくれたのだ。人間は胎生で、私達より日数がかかるらしい。
 日数が経っていないから、外から見ても分からないけど楽しみだな。
 「へへっ。何度言われても、照れ臭いぜ。そうだな、当分その方がいいだろうよ。」
 兄貴の先を越してしまって、申し訳ないそう言っていたロナルド王子だが、なんだかんだで子供は好きなのだろう。魔女同様、面倒見のいいお父さんになりそうだ。
 「あ、ついでにくれてやるですよ。サンズちゃんの祖国から送られてきた栗です。こちらでは、まだ出回ってない初物ですよ、感謝しやがれです。」
 そう言って、素直じゃない親友は袋に包んだ栗を渡してくれた。今日は栗ご飯がいいな、嬉しいぞ。
 「ドラルクに料理して貰うのが、今から楽しみだ。さようなら。」
 「お前らしいぜ。おう、またな。」
 「待ってるですよ~。」
 様々な国、言葉、種族が交流するという事は、一見、良い事に思えるが様々な弊害が出て来るのだ。
 ドラルクが作った魔法のパスポートには、『記載した入国理由から、外れた行為に及んだ場合、パスポートはその効力を失う』という制限がかけられている。さっきの者達も、つい出来心でやったのだろう。そして、海中で活動出来なくなり、ロナルド王子に簡単に確保されただから、問題ないと思うけれども。

 『ヒナイチ姫、そう簡単にはいかないよ。どんなに強固なロックをかけていても、誰かが解除する方法を探し出すそういうものさ。だから、定期的に更新していかなければならない。貴女と子供達を連れて、実家に戻ってのんびり隠居なんて、どんどん遠くなってきたねえ。』

 先日、ドラルクはそう言っていた。
 『カズサ王は、酷い人だ。育休もくれない。』と、ぼやいていても、彼がまだ第一線に立っているのはそういう事なのだろうそう思う。



 「兄さん。今、戻ったぞ。」
 「うむ、ヒナイチ。ご苦労。」
 イナ海国の実家に、報告に戻る。執務室でくつろいでいた兄は、報告書を読んでいた。
 「何かあったか?」
 「うん?陸と深海から求められている食料の件でな。ここ近年、秋刀魚が少ないからイワシに変更して貰いたいと、交渉する必要があるなと思って。」

 悩ましいな最近、私の仕事に増えた一つでもある。
 その報告書は、先日、私が領海内に住まう魚達の分布や数、その変動を調べたものだ。
 そして、陸や深海の者達と許容出来る漁獲量を決めるのだという。
 今までなら、漠然と領海内を巡回していればよかったのに私達以上に、兄達も頭を悩ませているのに違いない。
 「なんとかなりそうか?」
 「なんとかするしかないだろう。利益の為に、どの種も絶滅させる訳にはいかんところで、ヒナイチ。お前、帰らなくていいのか?」
 そう言って、書類から目を離した兄は、私の頭をガシガシと撫でた。
 珍しく、優しい笑顔を浮かべている。
 「愛しい夫と、子供達が待っているのだろう?行ってやれ。」
 あぁ、そうだ。今回は、他国との移動時間を縮める転送装置の開発の為に、ドラルクもこちらに来ていたはずだ。待ち合わせ場所で、子供達とクッキーを持って、私を待っているはず。

 「分かった。じゃあ、またな。」
 「おう。義弟殿同様、ワーホリもほどほどにな。」

 



 柔らかな日差しの中を、悠々と泳ぐ。
 不治の病気から解放され、光が差す豊かなサンゴ礁でも制限なく活動出来る様になったお前のお気に入りの場所へ、私は泳いでいく。

 楽しそうに群れるスズメダイ、呑気に餌を啄んでいるチョウチョウオ。
 眠そうに欠伸をする鮮やかなウツボを横目に見ながら、目的の場所に私は急ぐ。
 少しずつ見えてきた深海の闇を現す濃い紫のローブを靡かせて、岩場に腰かけた大事な人。
 いつも、思い詰めがちな主を守ってくれていた、可愛いシャコガイ。
 そして、その周りを嬉しそうにはしゃいでいる私達が命をかけて手に入れた、宝物達。

 「ただいま~!遅くなったな!今、帰ってきたぞ~!」
 私の声に気付いたお前は、日差しの中で柔らかく笑う。
 かつて、『阿漕な嘘で人を誑かし、命も肉も尊厳も情け容赦なく喰らい尽くす、冷酷非情な深海の魔女だった』とは、思えない優しい父親の笑顔で

 「ヌヌヌリヌヌイ!」
 「おかえりなさい、私のお姫様。さあ、貴女もこちらにって。これ、お前達!?」
 手招きと共に、絵本の影に隠れていた子供達が飛び出した。
 「おか~さま。はやく~、こっち、こっち。」
 「ただいま、いい子にしていたか?」
 「してたよ。おと~さまに、ほんをよんでいただいてたんだ!」

 まだ、手のひらに乗るサイズの小さな人魚とメンダコ達を指先で撫でながら、私は、想い人の隣に座る。
 ニコニコ笑いながら絵本を閉じる主の前で、シャコガイのジョンがクッキーとお茶を並べてくれる。
 さらに、そこに私は、漁師達に貰ったブドウも添えた。

 それもおいしそうヌね。さて、ヒナイチ姫も食べようヌ。

 「あぁ、頂くぞ。仕事の後は、猶更、美味しいからな。」

 私は、切り落とした左手の代わりをしてくれている、冷たく硬い義手を撫でる。
 辛い思いをした時間もあったけど、この時間が待っていたんだと思うと、それだけの価値はあった。
 小さなメンダコに変身していた魔女との出会いから、嵐の晩にロナルド王子を助けた縁も最終的には、ここに帰結する様に出来ていたのだと、信じているから。



オマケ

ドラヒナ夫妻の子供達(五つ子ですが、膜を破った順になっております)

長男 : 名前は、「ハツ(由来は浅井三姉妹から)」。ヒナイチ姫似の男の子。「ちん!」が口癖のメンダコで、無邪気で好奇心旺盛。体は小さいが、身体能力は一番高い。
次男 : 名前は、「カズマ」。カズサ王似のマーマン。唯我独尊で利発で、おやつもパパルクさんのお膝も独占しようとする。カズサ王に結婚の意志がないので、将来的にイナ海国を継ぐ可能性も
長女 : 名前は、「ミヨ」。ミラさん似のマーメイド。しっかり者で勉強好き、5人兄妹達のまとめ役。
次女 : 名前は、「ミーナ」。ミナさん似で、深海の者寄りのマーメイド。ヤンチャな性格で、同じく好奇心旺盛なハツと特に仲がいい。フラッと冒険に出かけてしまう事も度々。
三男 : 名前は、「ピスト(蛸のラテン名の一部から)」。ドラルクさん似の男の子。「ピス、ピス」が口癖のメンダコ。恥ずかしがりやで、パパルクさんから貰ったぬいぐるみをいつも抱いている。




ロナサン夫妻の子供達(双子設定です)
長女 : 名前は、「ヒヨミ」。基本的にはロナルド王子似だが、目元口元はサンズ姫似の女の子。両親の身体能力を受け継いでいるが、将来的にゴリラ化するかは謎。馬もシャチも乗りこなす活発な子で、しょっちゅう深海に遊びに来る。
長男 : 名前は、「ネヅ」。基本的にはサンズ姫似だが、目の色はロナルド王子似の男の子。母親に憧れており、今から忍び衣装を身に着けて生活している。姉が無鉄砲なので、自分がしっかりしなきゃと思っている。



 


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