掴みどころがないリオセスリを追いかけたくなるヌヴィレットの初恋話。定例会議の後、リオセスリをティータイムに誘うヌヴィレット。そこで彼の思いがけない一面を知り、ますます惹かれていく無自覚片思い中のヌヴィレットです。
@otroom0v0
「帰る前に、少し休んでいかないか」
定例会議の後、執務室を去ろうとしたその背中に問いかける。彼、リオセスリは意外そうな顔をして振り返った。
「休むって……ここで?」
「ああ。ちょうど休憩時間にするつもりだったのだ。よければ君も、共にティータイムを過ごさないか?」
誰かにこのような提案をするのは、初めてのことだった。少し緊張しながら答えを待っていると、リオセスリがふっと笑って引き返してくる。
「パレ・メルモニアのお茶か。それは興味がある。喜んで付き合わせてもらうよ」
その答えに安堵すると、ヌヴィレットはソファに座るよう勧めた。そして席を立つと、彼のためにお茶とお菓子の用意をする。その間、ヌヴィレットは様々なことを考えた。
――彼は何を好み、何を苦手とするのだろう?
お茶に興味があるとは言った。しかし、その好みまでは聞いていない。ヌヴィレットは悩んだ末、スタンダードな茶葉を選んだ。茶菓子にマドレーヌを添えると、再び執務室へ戻る。ソファで待っていたリオセスリは、運ばれてきたティーセットを興味深そうに眺めた。
「へぇ、思っていたよりシンプルな茶器を扱っているんだな。白地に波模様のカップとソーサ―か」
「もっと華やかな柄が好きなのか?」
「いや、こういうカップは水色を引き立てる。それに、控えめで上品だ。これを選んだ人は、センスがいいな」
そう言ってリオセスリが微笑んだ。
パレ・メルモニアには様々な茶器があるが、この茶器を出そうと思ったのはヌヴィレットである。遠回しに褒めているのだろうか? リオセスリのさりげない社交術に、ヌヴィレットは感心する。彼の隣に座ると、共に茶を楽しむことにした。
「……うん、いい香りだ。砂糖をいただいても?」
「君は紅茶に砂糖を入れるのか」
そう言ってシュガーポットを示すと、リオセスリが「甘い方が口に合うのさ」と答えた。彼は角砂糖を三つ沈めると、ティースプーンで優雅にかき混ぜる。そんな姿を眺めながら、ヌヴィレットは思索に耽った。
メロピデ要塞の元囚人。それが今や、公爵という肩書きと、メロピデ要塞の管理者という地位を手に入れた。そんなリオセスリのことを、ヌヴィレットはずっと興味深く思っていたのだが……彼を知る機会は少なく、また、彼自身も控えめで、多くを語ろうとしなかった。そして煙に巻くような振る舞いは、強者の風格を漂わせている。そんなリオセスリを見ていると、かつて共に働いた人間……ヴォートランのことを思い出す。
――彼もまた、己の正義のために罪を犯した。
燃えるような信念を奥底に秘めている姿も、よく似ている。だからなのだろうか。リオセスリのことを知りたい、と感じる自分に、ヌヴィレットは戸惑う。
「このマドレーヌ、バターの香りがいいな。俺好みだ」
「……ああ、そうか。気に入ってもらえて何よりだ」
現実に引き戻されたヌヴィレットは、平静を装って茶を飲む。
――こういう時、人は何を語りあうのだろう?
適切な話題が思い浮かばず、静かな時が流れていく。するとリオセスリが口を開いた。
「俺はお茶に目がなくてね。水の上に来ると、カフェや紅茶専門店によく行くんだ」
「そうなのか」
「ああ。看護師長……シグウィンと一緒に食べるお菓子も、ついでに買って帰ることにしている」
「彼女とお茶を楽しんでいるのか?」
「時間がある時に、たまにな」
それを聞いて、ヌヴィレットは表情を綻ばせた。脳裏に浮かぶのは、可愛い愛娘シグウィンの面影だ。
「シグウィンは元気にしているだろうか。メロピデ要塞で、不自由なく暮らしているとよいのだが」
刑期を終えても、彼女は水の下で生きることを選んだ。人間に対して献身的で、心優しい彼女のことは、いつも気にかけている。この手で裁いたあの日のことは、今でも忘れられない。すると、リオセスリがふふっと笑った。
「あんた、メリュジーヌのことになると、まるで父親のようになるんだな」
そこでリオセスリを見たヌヴィレットは、胸がざわめくのを感じた。
屈託のない素の笑顔。まるで少年のような表情に、心が揺り動かされる。
――彼は、こんな顔もできたのか。
リオセスリという人間の本質を、ほんの一瞬だけ、垣間見たような気がする。ヌヴィレットは動揺を悟られないよう、穏やかに微笑んだ。
「私は彼女たちを、娘のように感じている。親として、出来る限りのことはしたい」
すると、リオセスリから微かに、悲しむような感情が伝わってきた。けれど彼は、いつもの笑顔で「あんたはいい親だな」と頷く。
「看護師長に何か言伝があるなら、引き受けよう」
「では、体に気を付けて過ごすように、と伝えてほしい」
「分かった。その言葉、必ず伝えておくよ」
そう言うとリオセスリはティーカップの中身を飲み干して、ソファから立ち上がった。
「楽しいティータイムだった。俺はこれで失礼するよ。次の定例会議には、お茶菓子を持ってこよう」
「こちらこそ、君と話せて嬉しかった。午後からも引き続き、職務に励んでほしい」
「ああ。ヌヴィレットさんも、程々にな」
気さくに笑って去ろうとする彼に、ヌヴィレットは何故か、追い縋るように声をかけていた。
「――また、こうして共に過ごしてもよいだろうか?」
その問いかけに、リオセスリが振り返って微笑む。
「もちろん。今度は俺がヌヴィレットさんをもてなそう。また連絡するよ」
リオセスリはそう言って、ひらりと手を振り、今度こそ執務室から去って行った。その姿を見送ると、ひとり残されたヌヴィレットは、密かなため息をつく。
胸に残る、甘い余韻。紅茶には何も入れていないし、マドレーヌは素朴な味わいだった。それなのに何故、と答えのない疑問がたゆたう。
――この感情の意味を知る日が、いつかくるのだろうか?
また彼に会いたい。そう思う気持ちを胸に秘めて、ヌヴィレットは後片付けに取り掛かるのだった。