風化雪月の金鹿ルートクリア記念。支援Sまでほしかった。
@Bombwooo
遠い日を思いながら指輪を眺める。尊いきらめきの中にどこか寂寥感を宿すそれは、ベレトの心のようだった。控えめなかがやきが雨粒のように少しずつ胸の奥を抉る。これ以上は耐えられないとばかりにベレトは指輪を布に包んだ。
――指輪を布に包むというのは、ベレト自身の案ではない。教え子が装飾品を上等な布で包み、大切そうに懐へ仕舞う姿を見て、なるほどと膝を打ったのだ。もとより、父の形見をぞんざいに持ち歩くことへの申し訳なさはあった。
しかし己のような人間が指輪の保管方法をたずねようものなら、懸想人がいるなどとあらぬ噂を立てられかねない。くわえて、縁のない装飾品である。ベレトが自ら良案を導きだせるはずもなかった。
どこか重い足取りで墓地を後にする。影がゆっくり、遠くへ伸びてゆく。明日への言い知れぬ恐怖よりも、ついぞ父の形見を手放せずにいることへの罪悪感が勝る。頭の中の父がベレトの選択に渋い顔を向けるが、決して叱りつけはしなかった。
ふと、影のそばで何かが揺れた。見慣れた、人懐っこい笑顔が手すりから覗き、ベレトはぎこちないながらも手を振り返す。笑顔に落ちる影はますます濃くなった。
軽い足取りで二段、三段と階段を駆け下りるのはレスター諸侯同盟の盟主、クロードだ。五年の月日は彼の心身をずいぶんと大人にしたが、時折見せるしぐさはあどけなく、十代のころを思い出させる。
「ひとりにしておいたほうがいいかとも思ったんだが、ちょうどあんたが振り返ったものでね。ついつい手を振っちまった」
構わないと、ベレトはうなずく。気の利いた言葉ひとつ浮かばないが、クロードは気にするそぶりも見せず、そのまま視線を灼けるような夕陽へと向けた。
「いい場所だな。まあ立場上、俺が死んでもここには埋葬してもらえないだろうが」
「……クロード、」
「おっと、悪い悪い。縁起でもなかったな」
クロードは悪びれるどころか、降参とばかりにひらりと手を振る。ベレトにとって、彼のそばに“死”があることがどうしても苦しかった。冷たくなった彼の手のひらを想像するだけで、とても言葉には言いあらわせぬ憤りと、かなしみが心臓を濡らすのだ。
眉をしかめたまま微動だにしないベレトに焦りを抱いたのか、クロードはばつが悪そうに頭を掻いたのち、師の懐を指さした。
「そういえば、さっきは何を見てたんだ? どうも光っていたような気がするが」
それが装飾品と分かっていてたずねているのだ、この男は。意地の悪さに辟易するとともに、肝の太さに感心した。ベレトは眉間の皺をわずかにほどくと、布に包まれた指輪を取り出す。
「へえ、きれいだな」
「父の形見だ」
「そうか、ジェラルトさんの……」
クロードはもう一度、「きれいだな」とつぶやいた。森を流れる小川のような、吐息のような、やさしい声だった。背筋を駆けるくすぐったさにベレトは少しばかり身を捩る。
「父親を心配させまいと未来の相手を探す息子……しかし、世は戦乱。父を安心させたいという気持ちとは裏腹に、肝心の相手が見つからない。どうしよう父上! ってとこか」
調子づいた、芝居がかったしぐさにベレトは一時でも胸を打たれた己を恥じるとともに、「まったく違う」と苦虫を噛み潰した。
「じゃあどうしてこんなところで指輪なんか眺めてたんだ」
「それは……」
鋭い指摘に言葉が詰まる。たしかに、彼の言葉は的外れとは言い難かった。かなりの脚色はされているものの、父への負い目はある。
「……まったく、というのは嘘かもしれないな」
「お、じゃあ俺の予想通りってことか」
「あれは脚色が過剰だ。正しくはない。……ただ、父の形見を持て余していることへの罪悪感はある」
ベレトの素直な言葉に、クロードは目を丸くした。
「大事な人に贈るよう、父からの手紙にはあったのだが」
「その相手がいない、または決めあぐねているってところか」
クロードは頭の上で手を組むと、困ったように眉尻を下げる。
「きょうだいには悪いが、そう深く悩むもんでもないだろ。贈りたいと思ったときに贈ればいいさ。今がそのときじゃないんだろ」
「それは、そうかもしれないが」
「俺たちの――きょうだいの人生はまだまだこれからだろ? 明日からも、ずっとずっと続くんだ。悩みのひとつやふたつあったほうが、退屈しないさ」
おだやかな声ののち、静寂がおとずれる。夕陽は己を赤く染めながら、ゆっくりと沈んでゆく。クロードはただしずかにそのさまを見つめている。地平線の向こうを、未来を見つめるようなまなざしだった。
「俺も、戦争が終わったらきょうだいに何か贈ろうかな」
クロードは頭上で組んでいた手をほどくと、いたずらっぽく笑いながらベレトの手を掴む。
「たとえば、指輪とか」