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冬の小話

全体公開 81 1805文字
2026-01-28 16:58:38

ふるあず

Posted by @kojika2018

 インターフォンと扉が開くのは、同時だった。膝の上に大尉を乗せてコタツに座り込んでいた梓は、大尉に「ごめんね」と言って立ち上がる。こたつ布団に転がされた大尉が不満げな鳴き声を上げた。
「おかえり」
 梓は恋人の降谷零に声を掛けた。彼は旅行カバンと紙袋を三和土に下ろし、「ただいま」と疲れの滲んだ声である。
「お疲れだねえ」
「うん、疲れた。梓さん、こっち」
 降谷に手招きされたので、梓は降谷に近づく。リビングより玄関は寒く、床はひんやりとしているので梓はスリッパを履いてこなかったことを後悔した。
「なぁに」
 と、梓が聞いた瞬間に、降谷が梓の体に腕を回しこんだ。そのままむぎゅうと抱き締められる。
「わぁ、ふふ、なぁに」
 降谷がコートはおろか、靴も脱いでいないのにぎゅうぎゅうに梓を抱き込むので、それがおかしくて梓は笑ってしまう。降谷のコートはつめたく、冬のにおいがした。
「そりゃもう、大変だったから。想像よりもずっと大変だった」
 靴を履いたままだから、降谷の位置はいつもより低い。梓の鎖骨に吐いた息が掛かって擽ったい。
「見たよ。大雪だったんでしょう? 今日帰ってこれるって連絡来て驚いたよ。飛行機飛ばないかもって聞いていたから」
「あんなに雪を見たのは初めて。梓さんの想像以上に雪はすごかった。電車は止まる、高速は動かない。道は大渋滞。そんな中での仕事だから、本当気を張ったよ」
 はああ、と俯いたままの降谷が深いため息を吐いた。
……風見は5回は転んでいた」
「5回も?」
「見事な転びっぷりだった。梓さんにも見せたかったな」
「へえ、ふふ、そうなんだ」
 梓は強面の風見が、雪で転ぶ所を想像して、笑いを漏らした。どうしてか降谷は転ばない気がする。
「降谷さんは転ばなかったの?」
「雪面での歩き方を、ちゃんとYouTubeで勉強していった」
「それだけで転ばなくなるものなの? 私なら転ぶよ」
「梓さんは転んでもかわいい。冬の動物園のペンギンの散歩みたいにかわいい」
 いよいよ、降谷の言動が怪しくなってきた。降谷は疲労度を極めると、ちょっとおかしくなる。主に発言が緩んでくるのだ。
「はいはい、お疲れだよね。お風呂沸いてるよ。お風呂入って、ビール飲んで寝ようよ」
 梓は足の裏が随分と冷たくなっていると感じて、降谷を促した。
「もうちょっとだけ」
 降谷は梓を離す気はまだないらしい。ふたたびぎゅうぎゅうと抱き込まれる。
「折れちゃうよ」
「折れない」
 そんな押し問答をしていると、梓の右足に何かが触れた。上半身をホールドされながらも、足元をどうにか見ると、足に触れたのは紙袋だ。梓が見ていることに気づいたのか、降谷のホールドがやや緩む。
……梓さんが好きそうなやつ、チョコとチーズの焼き菓子と、ポテトチップス。空港で売っていたんだ。風見に定時報告頼んで、買い込んだ」
「ふふ、それって職権乱用じゃない? 嬉しい」
「風見が好きそうなやつも買って渡したよ。喜んでた」
「それはそれは」
「梓さんに留守を頼んだし、寂しくさせたからね」
 寂しい? 降谷の言葉に、梓は反論を言おうとした。ハロとの散歩は楽しく、いい運動になる。ポアロの仕事も充実しているし、降谷がいない間、緑と飲みに行ったりして、楽しく過ごしていたのだ。寂しくなんてなかった、筈だ。でもぎゅうぎゅうに抱き込まれて、人の体温に触れていると、胸の奥にすとん、と何かが広がっていくのを感じる。
……うん、寂しかった」
 言葉にすると、寂しかったという感覚がよみがえってくる。ひとりで目覚める朝に、1人分のお味噌汁を作るのは、少しだけ寂しかったのだ。1人分の洗濯物だって、物足りない。
「うん、俺も寂しかった。君をちっちゃくして出張に連れて行けばよかった」
「ちっちゃくして? もう、変なこと言い出すんだから。ね、もう足が冷たいから、上がって、そしてお風呂上がったら、お土産開けようよ。はやくはやく」
「うん、そうだね。足、冷えちゃったか。一緒にお風呂入る?」
 梓の体に回していた腕をようやく外した降谷が、口角を上げた。それを梓は睨み付ける。
「コタツがあるから大丈夫です。ほら、お風呂入ってきて。お土産を開けたいんだから」
 靴を脱いだ降谷の背中を押して、リビングへと向かう梓は、自分の声が弾んでいるのに気づいていた。



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