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白の意味を選んで〜キリシタンすり抜け主と燭台切光忠〜

2026-01-28 18:34:49

みっちゃんと主ちゃんがウインドウショッピングに出かける話

《白の意味を選んで》

「どう? みっちゃん」
「うん、すごく可愛いよ! 似合ってる」
「えへへー」
「ね、次はこっちのマフラーと合わせてみない?」
「わ、素敵だね!」

質の良いカシミヤの冬コートを纏って、光忠が選んだマフラーをリボンにして試着室の中でくるりと回った彼女は、光忠に繰り返し「似合ってる」と手放しで褒められて、子供みたく嬉しそうにはにかんだ。

燭台切光忠はその日、主とウインドウショッピングに出かけていた。
彼女はよっぽど気に入らない限り自分の服を実際に購入することはごく少なく、刀剣男士とお喋りしながら、くるくるとあれこれ着替えてみるのをただ楽しむだけに留まることの方が圧倒的に多い。

見目の良い主人なので、光忠のようにお洒落好きな男士は似合う服の購入を勧めてみることもあるのだが、彼女はしばらく悩んでから、結局首を横に振って、棚に戻してしまうことがほとんどだ。
個人的な金子を貰っている男士がプレゼントを試みたこともあるが、気持ちだけでとっても嬉しいから本当に大丈夫、ありがとう、とそう言ってとびきり嬉しそうに微笑まれてしまうとなかなか贈ることも難しい。

理由を聞くと、みんなと一緒にウインドウショッピングをするだけで十分楽しいから、とか、今の服を気に入ってるから、というふうに答える欲の無い主だった。
けれど、単にそれだけにしては頑なで、贈り物をしたがっている筆頭の加州清光がどーしても受け取って貰えないので少々拗ねてみせながら本音を訊ねると、彼女はくすぐったそうに微笑んで「わたしの時間のぜんぶは、みんなにあげるって決めてるから」と。
物を真実大切にしようと思えば手が掛かる。大好きなみんなからの贈り物ならなおのこと。
思い出だけがあればいい。みんなから貰った物より、みんな自身を大切にしたいから。限られた時間をそう使いたいから、と。
だから、持ち物は最低限でいい。プレゼントしてくれようとした、その気持ちだけで本当に嬉しいから、と。
そう笑って、彼女が、今まで加州が贈ろうとして結局買わなかったものを指折り数えて、あれが嬉しかった、これが嬉しかった、あれは可愛かった、あれは好きだったと、実際に贈られてもいないものを逐一覚えていて、指折り嬉しそうに言うものだから。
清光はすっかり降参して「あーもう!降参!服やアクセは諦めるから、代わりに甘いもの半分こしてから帰ろ!」と白旗を上げた。

そんなこんなで今日も例に漏れず、くるくると着替えては目一杯楽しげにはしゃいで、けれども自分のものを買うことは結局無かった彼女だったが、反対にプレゼントすることは大好きなのだ。
だから光忠に似合うものをあれこれ見繕うと、値段も見ずにプレゼントするよと容易く口にしてしまうのだが、古参の光忠もそんな主人の気性をよくよくわかっているので
「きみが僕に十倍服を贈らせてくれたらね」とさらりとかわしてしまうのだ。
こう言えば、服を贈りたがっている他の男士が嫉妬で暴れ狂うと理解している主人は笑って引いてくれる。それをよくよく見抜いている光忠なのだった。

さて、彼女は今日も、あちこち楽しそうに見て回りながら、光忠と交互にお互いの選んだものを色々着替えてみる。
そんなささやかで平和なファッションショーは続く。
「うーん、何か派手な差し色を入れたいかな」
上から下までシックな黒で纏められたその服は、洒落た光忠の雰囲気にとても似合っていたけれど、光忠は結局買わなかった。本当に気に入ったものは自分の金子でいつの間にか買っているので、今回の見立ては彼の基準に届かなかったようだ。
「うーん、もう一息、かなあ。確かに黒は好きだけど、真っ黒すぎても喪服みたいで縁起が良くないしね」と。

何気ない光忠のそのセリフを聞いて、そういえば、と。
ふと彼女は首を傾げた。
「あのね、うんと昔は『喪服の色が違った』って、聞いたことある気がするの」
「わ、良く知ってるね」
「みっちゃんの頃も黒だったの?」
と訊ねた彼女に
「ああ、いや。僕の頃はまだ、白の方が一般的だったよ」と光忠はさらりと答えた。

目を閉じた光忠の脳裏に浮かぶのは、戦場に派手な白装束で現れた逸話を持つ、伊達政宗公の姿。

「昔は、切腹の時に着る白装束に代表されるように、白がこの世との決別を意味していたんだ」

花嫁が白無垢なのも、生家と縁を切り一度死んで新しい家で生まれ変わる、といったニュアンスが昔はあった。今は喪服のニュアンスが消えて、華やかなブライダルの意味合いだけが残った。
明治の文明開花とともに、海外から喪服が黒という文化が持ち込まれて定着。それ以前は喪服は白が一般的だった。
そう光忠から聞いて、ふと顔を上げた彼女が
白無垢、白の喪服、といった辺りを舌の上で転がして、ふと虚空を見やった。
「鶴るん
と呟く。

光忠は、静かに微笑んで、優しく笑みを深めるに留めた。

白無垢に準じるいっとう上質な美しい白銀の衣を身に纏った、光忠も良く知る驚き好きの鶴が一羽。

問いかけるみたいに見上げる彼女に、光忠は「さあ、どうかな」と柔らかく微笑んだ。

「少なくとも今の鶴さんから、僕はそういう話を聞いたことはないけれど……僕の記憶の中にいる多くの鶴さんの中には、まるでそうと取れるような振る舞いをする鶴さんもいたかもしれないや」

けれど、こう、と断言できるようなほどでは、と光忠は曖昧に微笑む。

彼女は少し考え込むと、光忠の裾を控えめに引いた。
「鶴るんは、いつもぜんぶを言葉にしてくれるひとでは、ないよね」と。
「そうだね、鶴さんが垣間見せてくれる内心はとても複雑だ。風のように捉えにくくて掴みがたい。普段あまり、胸の内を詳らかにしてくれる人ではないけれど……今大切なのは、きみがどう感じるか、じゃないかな」
「わたし?」
「うん。僕らはどこまで行っても、主を映す刀だから」

だから、きみがこうあってほしいと望んだ形が、いつだって僕らになるんだ。

「きみの目に、鶴さんの白は、どう映る? 悼む色に見える? それとも?」
……
少し考えて
彼女は迷わず顔を上げた。
「いつでも驚かせてくれる、楽しくて優しい色」
「ならきっと、一番大事なのはそれだけだ。そう、僕は思うよ」

彼女は、じっくりと考え込むように、光忠の言葉を静かに何度も噛み締めて
やがて、光忠を振り返って、微笑んだ。
「ありがとう、みっちゃん」
「こちらこそ。鶴さんは僕にとっても、とても大切な人だから」

噛み締めるような声音が、優しく響く。
光忠はひどく柔らかく微笑んだ。

「きみが、鶴さんに想いを馳せてくれる人で、本当によかった」

僕はきみに呼ばれた日からずっと
いつも、そう思ってるから──……



◇ ◇ ◇

「おっ、おかえり。外出は楽しかったかい?」

現世に残る交代の刀に役目を預け、入れ替わりに本丸へと帰ってきた光忠を、白銀の裾を泳がせる鶴丸が、そう笑って出迎えた。

「ただいま。うん、彼女、楽しそうにしてたよ」
「そうか」

ひどく愛おしそうに、銀の長い睫毛を伏せて微笑む鶴丸が、噛み締めるようにこう呟いた。

健やかであれば、それでいいんだ。

それを聞き届けた光忠は、笑み崩れるように、どこか泣き出しそうなほど幸せそうな顔をした。

……? どうかしたかい、光坊」
「うんん、なんでもないんだ。ただ、……この本丸に来て、本当に良かったなあって」

場所が離れていても、刻を隔てていても
互いに想い合う強さが、確かに繋がっている

光忠は、ただ、ずっと見ていたかった。
いつまでも、いつまでも、見守っていたかった。
自分の大事な人たちが惹かれ合うように想い合う、幸福な奇跡を。

それを護る資格を得た幸運が、光忠の宝物だ。
だから光忠が祈り願うのは、ひどくささやかな望みだけだった。

千年まで望みはしない。落とせば容易く壊れるガラス細工のような瞬間だからこそ、尊く美しいと光忠は知っている。

永遠などない刻の中で
どうか、どうかこの光景が、千夜ちよ八千夜やちよに続いて行きますように、と。


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