@Accel0825
ポーカーにおいて、獅子神の勝率は30%ほどだ。四人が本気を出せば、さらに下回ってゼロに等しくなる。どんな勝負であっても、敗者にはペナルティがつきもの。獅子神の場合は「これ食べたい!」「肉を焼け」「敬一くんこれ作れる?」「特別な供物を捧げよ」と主に食べ物絡みか、金である。
その分、獅子神が勝った場合は、しっかりと仕返しをさせてもらっている。一人で部屋を片付けろとか、皿洗いしろとか小学生並みの内容だが、普段人の言うことを聞かないギャンブラーには意外と堪えるらしい。末っ子に「何でそんな酷いこと言うの?」と言われた時は、流石に反応に困った。
けれど、面白がって負けることがある22歳と28歳その1と違い、残り二人は負けず嫌いなところがあるため、どんな理由があっても決して勝ちを譲ろうとしない。「村雨さんと天堂さんって子供っぽいところあるよね」と真経津に言われて、般若のような顔をしていた。
だからこの夜、獅子神が最年長から勝利をもぎ取ったことで、リビングは一時騒然となった。
「どうしたんだ、礼二くん! 熱でもあるのか?」
「明日は空からメスが降るかも」
「お前が獅子神に負けるなど有り得ん。神の救いが必要か」
「テメーら、オレが勝ったのがそんなに信じらんねぇのかよ!?」
深刻そうな面持ちの三人に、トランプをしまいながら獅子神が吠える。その隣では、村雨が苦虫を一万匹噛み殺したような顔をしていた。
本気で悔しがっている。
「だーはっはっはっ! 先生も手元が狂っちまう時があんだなぁ!」
「後で覚えておけ。一万倍にして返す」
蛇を思わせる赤い眼で睨まれても、ちっとも怖くない。調子に乗っている時の獅子神は無敵メンタルなのだ。
「で、村雨さんへのペナルティ決まった?」
バリバリと煎餅をかじりながら、真経津が問いかける。
「そーだなー。先生に何お願いすっかなー」
「おっ、いいぞ敬一くん。積年の恨みを晴らしてやれ」
叶のエールに応えるように、嫌みっぽい笑みを村雨に見せつける。考える素振りをしながらも、本当は既に決まっている。けれど、これはライン超えではないかという懸念と、友人たちの前では口に出せないことだ。
何より、村雨に軽蔑されるのではという恐怖がほんの少しだけある。
「神はお前の行いを否定しない」
「……」
天堂が無責任に背中を押してくれたので、獅子神は勇気を出してみることにした。
遊ぶだけ遊んだらすぐに帰っていく三人と違い、村雨は泊まっていくことが多い。その目的な色々だ。恋人らしい一夜を過ごすためであるし、翌日の朝食をいただくためでもある。
体を重ねない夜は、それぞれ別の部屋で眠りに就く。
当然、村雨はゲストルームを借りているのだが、獅子神はその広いベッドの上で迷子の子供のような表情で枕を抱え込んでいた。向かい側には、礼儀正しく正座をする恋人の姿。
「ヤらねー日も、先生と一緒に寝てみたいんだけど……」
「は?」
ナイトランプに照らされた村雨の顔は、驚きと戸惑いに満ちていた。そこに嫌悪の色が見えないことだけが救いだった。
「……ダメならいいわ。変なこと言って悪かったな」
「待て」
居たたまれなくなってベッドから降りようとして、後ろから襟首をぐいっと掴まれる。振り返ると、恋人は何故か大きく前のめりになっていた。
「む、村雨?」
「見て分からんのか。あなたのせいで、腰が抜けた」
「そんなに気持ち悪かったのかよ」
「愛らしすぎて驚いたからに決まっているだろう、このマヌケが!!」
夜中に出していい声量ではない。けれど村雨の迫力が凄すぎて、獅子神は何も言えなくなってしまった。
「くそっ……困っている顔も可愛い。どんな要求を突きつけてくるかと思えば……私の理性が持たんぞ。このまま襲われたくなければ、さっきの殴りたくなるような笑顔を作れ」
「腰抜かしてるくせに、何言ってんだ」
村雨の体を抱きかかえて、ゆっくりと腰を擦ってやる。
「……つーかさ、嫌じゃねぇの?」
「それは私の台詞だが? いつだって、あの無防備な寝顔と常人より少し高めの体温を堪能していたいと思う私の欲望を嘲笑っているのか?」
「笑ってない笑ってない」
謂れもない疑いをかけられ、獅子神は力強く首を横に振った。
「けど、オレと付き合う時にオメー言ってたろ。『伴侶以外の人間と、情交以外の目的で同衾する理由などない』って」
ぬるま湯に浸かるみたいに穏やかな愛情を求めていた獅子神にとって、ちょっと傷付いた一言だった。それでも幻滅されたくなくて、恋人に合わせていたつもりだったのだが。
「………………あなたは私の伴侶だろう」
やけに長い沈黙の後、村雨はそれはもう険しい顔で切り返した。発言の意図が正しく伝わっていなかったことを今さら思い知り、心底悔やんでいるのが分かる。
そんな顔を見てしまったら、獅子神も怒る気になれなかった。怒るどころか、むしろ。
「………とりあえず、寝る?」
「寝る」
獅子神がこてんと首を傾げると、村雨が猛然とした勢いで飛びかかってきた。腰を抜かしたとは何だったのか。力を抜いていたのもあって、そのままシーツの海に押し倒される。
「おやすみ、獅子神」
「おやすみじゃねーよ、バカ。明かり消せって」
「断る。今晩はあなたの寝顔を見続けると決めた」
村雨の背後で、大量の『眼』がじっと見下ろしてくる。その視線に恐怖だけでなく羞恥とほんの僅かな歓喜を覚えてしまうのだから、自分はもう手遅れかもしれないと獅子神は思った。