『3つ揃えてその未来へ』WEBアンソロ参加のお話です。お題は『カジノ』or『ゲーム』ということで、カジノごっこしていちゃつく了遊です。
@d9_bond
※付き合ってる了遊
勝手知ったる他人の家、と合鍵で遠慮なく了見のマンションへ上がり込んだ遊作は、リビングのドアを開けたところで足を止めた。
ソファに、テーブルにいくつもの箱が置かれ、中身が広げられている。いつにない散らかりように瞬く遊作に、部屋のただ中から了見が振り返った。
「遊作──もうそんな時間か」
「何事だ?」
「仕事の一環のようなものだ」
取り込み中というわけでもなさそうだ。遊作は荷物を避けながら部屋に入る。
「中身、見てもいいか」
「かまわない。制服の試作品だ」
「制服?」
「新しい店を出すことになってな。そこの物だ。せっかくだからお前の意見も聞きたい、広げて見てくれ」
言われるがまま、手近な箱からのぞいていた淡い光沢の生地のシャツを手にする。とろりとして妙に手触りが良い。
箱には揃いのベストとスラックスもあった。
「カフェ、というわけではなさそうだな」
「カジノだ」
資金調達と情報収集のために商売をやっているといつか聞いたことがあったが、思わぬ単語に驚いた。
が、同時に納得もした。資金調達、情報収集共にこれ以上ない仕事かもしれない。了見の事だ、下手を打つこともないだろう。
(それにしても、困ったな)
遊作は手にした制服をまじまじと見る。カジノのことはよく分からないが、以前Aiとロボッピに見せられた映画でディーラーがこんな格好をしていた気がする。
「こういう色もある」
「……ああ」
別のものを見せられたが、あまりピンと来ない。遊作が服装に興味が無いことを知っていながら意見を求めるということは、了見も決めあぐねているのかもしれない。
「選ぶ基準なんかはあるのか」
「やはり印象が重要だな。お前の好みのものはあるか?」
「……」
遊作は、手にしていたシャツを了見へ当ててみた。
「……悪くはないな」
上品な光沢の淡いクリーム色は無難といえばそうだ。ことに目の前の男は造作がよい。普段は人の美醜など気にかけない遊作にしても、惚れた弱みか非常に整って見える。そういう人間は何を着せたところで似合ってしまうに違いない。
(逆に考えると、何を着たところで問題なさそうだな)
了見はピンクのシャツを堂々と着こなせる男だ。自分が多少突飛な提案をしても問題ないとみて、遊作はいくつか箱を開いてシャツを並べてみた。白の微妙な色違い、柄が入ったものやグリーン、ピンクや赤と鮮やかなものもある。
その中でも落ち着いたディープブルーが目を引いた。
「これはどうだ」
手にしたシャツは、こちらも持っただけで良い生地だと分かる手触りだ。さらりとしながらも角度によって淡い光沢が見える。その主張しないのに目を引く青色がセットのベストとスラックスの白に映える。
「きっと似合う。着てみてくれ」
「私が着るものではないのだが」
「きっと実際に着てみたほうが良し悪しが分かりやすいと思う」
正直なところ、了見が着たところ見たいだけだ。
それは了見の方も分かっているだろうが、期待を込めて見つめているとすぐに頷いてくれた。案外こうしたおねだりに弱いのだ。
実際のところ遊作の見立ては間違っていなかった。
スラリとした腕にまとわりつくシャツの光沢が描く仄かなライン。その柔らかそうなシャツを包むしっかりとしたベストが甘やかな印象を抑えている。
腰から足を包むベストとスラックスの白とシャツのブルーのコントラストが際立たせる、了見の背筋の伸びた隙のない佇まいは美しくすらある。それでいて同時に滲み出る蠱惑のようなものもあって、こんなディーラーがいたらさぞ人を集めるに違いない雰囲気がある。
「──ふむ」
切れ長の目を細めて了見は、箱から続けてアームバンドを取り出すと、片方を咥えてもう片方を右腕の二の腕へ滑らせる。その腕のラインがシャツの吸い付くような滑らかさで時折現れるのがたまらない。
持ち上げられたシャツの袖から覗く手首の形を確かめたところで遊作は我に返った。ただ着替えただけなのに見入ってしまった。
その間にもアームバンドをつけ終え、ベストを整えた了見は、遊作の視線に口の端を上げた。
「どうだ──と聞くまでもないようだな」
からかうように言われたが、ぐうの音も出ない遊作は頷くしかなかった。まずいものを着せてしまった。顔が良い、所作も洗練されている、そして自身の魅力に自覚のある男にさせて良い格好ではない。見慣れていたはずなのに完全に当てられてしまった。
気を良くした了見は、動けないでいる遊作の手を取る。
「では一勝負いかがですか、お客様?」
遊作の反応が楽しくて仕方ないようだ。とはいえたまの趣向としては悪くない。何より眼福だ。
「……受けて立とう」
「そうでなくては」
淡い色の目が弧を描く。
新店舗の備品サンプルだということで、道具も一通り揃っていた。
新品のトランプと、カジノと聞いてイメージする周りが縞模様のチップを積む。リビングから続きのダイニングのカウンターテーブルを即席の舞台に、了見がトランプの封を切って広げた。
「スリーカードポーカーはどうだ」
「知らないな」
「互いに三枚カードを配る。その組み合わせで勝負する、シンプルなものだ」
シャッフルしたカードを長い指がよどみなくテーブルへ三枚置く。
スートと数字で大まかな強弱が決まるあたりはほぼポーカーと変わらないようだ。もとより戯れだ、遊作は配られたカードを手にする。
チップを賭け、勝てば増えて負ければ減る。手が良ければプレイでチップを積み、悪ければフォールドで勝負を降りる。
数回ほど勝負すると要領もつかめてきた。
「なるほど、確かにデュエルより随分シンプルだな」
「その割には負けが込んでいるようだが」
「どうも初心者に手加減のないディーラーがな」
「それは申し訳ない」
とはいえ実際手加減されても不服に思っていただろうから本気なわけでもない。
遊作は、手元に残った最後のチップをテーブルに置いた。
「追加はできないが、いいか」
「そうだな──では、補填代わりに負けた方が勝った方のいう事をひとつ聞く。定番だがどうだ?」
「……分かった」
最初からそのつもりだったのでは、と思いながら遊作は配られたカードを手にした。
ハイカード──役無しだ。ここは逆転の一手を引きたいところだったが、どうもトランプとは相性が良くないようだ。以前にAiに「オマエばばぬき苦手だろ」とからかわれたのを思い出し、口の端を下げる。
とはいえハートのAはある。十分ではないが勝算がある以上、降りるのはつまらない。
「プレイだ」
Aのハイカードを出した遊作へ、麗しきディーラーは3のスリーカードを広げてみせた。
「勝負あったな」
「……」
遊作は、テーブルのトランプを指で弾いた。ここまで綺麗に負けると思わなかったが、勝負は勝負だ。仕方ない。
「要望は?」
「ではそうだな──滅多にない機会だ、おまえにも『これ』を着てもらおう」
了見は、リビングの箱の山を指す。
やはり最初からそのつもりだったのでは、と遊作は了見を軽く睨んで見せたが、楽しげな笑みが返ってくるばかりだった。
遊作は、自分がこういった服を着こなせるなどと微塵も思っていない。が、分かっていて勝負したのも自分なので、しぶしぶと促されるままいくつか見比べる。
「そもそも、何かイカサマしてないか?」
「お前にしては察しが悪いな」
了見は、くつくつ喉を鳴らす。実に悪い笑いだ。賭博をするには相手が悪いといえばそうだったかもしれない。
適当に何か着てみせれば満足するだろうと遊作は広げた制服をざっと見まわし、無難そうな一着を手に取った。
これも見るからに質の良いものだが、先ほど了見に着せたものより糊がきいていて普段着る制服のシャツに感覚的に近い。誂えのベストとスラックスも黒で抵抗感がない。
了見からは特に反対もリクエストもなかったので、これ幸いと遊作はさっさと着替えてしまうことにした。
(……ん?)
しかしながら、いざ着替えてみると制服とはまるで違っていて驚いた。
ただのシャツに見えるというのに腕通りが良く、肩周りも楽なのに生地に張りがあるからかピシリと整って見える。付属のリボンタイをとめると首元まで締めることになるが、全く苦しくない。それどころか気にならない。
折り目のきいたスラックスも動きを邪魔しない軽さがある。
「どうした」
「すごく着心地がいい」
服にこんな違いがあるとは思わなかった、と感心しきりの遊作が気づいていないのを良いことに、了見はじっとその様を検分する。
「このベスト、変わった形だな」
首を傾げた遊作が広げたベストは、大きく背中が開いている。
「ああ、それはカマーベストというものだ。制服としてはフォーマル寄りになる」
「そういう違いもあるのか」
身につけた遊作の後ろに回り、尾錠留めを合わせてやる。カマーベストは腰回りがきれいに見えるが背中が開いていることで動きやすい。本人も気に入ったようだ。
遊作自身にはまるで自覚がないようだが、ディーラー衣装は非常に似合っていた。
了見のものと違い、ぴんとした白いシャツはそれだけで整った印象を与える。そこへ遊作の持つ、青年期へ向かう最中の瑞々しい印象と相まって、清潔感と清廉さが前面に出ている。いつもの制服やパーカー姿でさらしている首元もきっちり止めたリボンタイで隠れていて禁欲的ですらある。そのせいかアームバンドを付けてあがった袖から覗く白い手首がどこか艶めかしくも見えた。
黒と見紛うほどに繊細なチャコールグレーのカマーベストがシャツの白さをそれとなく際立たせ、同時に背丈の割に細い腰のなだらかなラインを彫刻のトルソのごとく美しく描き出している。
無防備なそこへ手を這わせると、遊作は窘めるような目線を寄こしたがそれだけだった。抗議がないとみて了見はそのまま、腰を抱き込むようにしてぴたりとくっついて遊作の手元を覗き込む。ハーフグローブに苦戦しているようだ。
「貸してみろ」
わざと耳元で囁くと、分かりやすく耳が赤く染まる。可愛らしい。
白い右手を包み込むように手を添えて、はめかけのグローブを丁寧につけてやる。
指先の輪郭を愛でるように一本ずつ丁寧に、薄い滑らかな黒革の仄かな光沢を辿るようにして伸ばし、指の股をやわらかく撫で、黒い革と白い手の甲の境をことさらゆっくりと、見せつけるようになぞる。
「……おまえな」
「何か問題でも?」
白々しく聞き返すとため息が返る。
そもそも制服を選ぶんじゃなかったのか、とお題目を持ち出されて、どうだったかなと嘯きながら了見は首元に唇を落としてやった。
カジノという欲の世界にこんなディーラーがいたらさぞ興味を引くだろう。清廉さの中に見え隠れする色を暴きたいと──崩して、堕として、手に入れたいと、そういう欲をかき立てるものがある。
「こういうの、好きなのか」
呆れたように言われたが、素直に頷いておく。これについてはお互い様だ。
「折角だ。もう一勝負どうだ?」
戯れに問えば、腕の中でこちらを見上げた遊作はどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「構わない。次は負けない」
「だと良いがな」
自分を見つめる、美しい、うっすら欲をはらんだ艶やかな緑を愛でながらもどうしてやろうかと考える。
「──では、次は一晩でも賭けてもらおうか」
「賭けにならないじゃないか」
ふふ、とこらえきれない笑いを漏らした遊作が首に手を回してきたので、了見も笑みを返すと遊作をそっと抱き寄せた。