水上に元カノがいたと勝手に勘違いするイコさんの話 付き合い立てみずいこ
@a_yuuzora
「水上の元カノってどんな子やったん?」
生駒の唐突な問いかけに、水上はこれ以上ないほど目を瞠る。
「今、なんて……?」
「水上の元カノってどんな子やったん、って聞いた。あ、もしかして元カレの方やったりした?」
「いや、いやいやいや……なんでそんなんがおるって前提で話進めとるんですか。俺、イコさんが初めての恋人やって言いましたよね?」
「言うとったけど。でも初めてやなくても初めてって言っとくのが嗜みなんやろ?」
「どこから出た与太やホンマに……俺の話をハナから嘘やって決めつけられた状態じゃ話が進まん。一から説明してください」
そういえば何故そんな発想にいたったのだったか。生駒はそう遠くない記憶の糸を手繰り寄せて話し始める。
「そう、あれは一昨日の学食で聞いた話やった。ホワンホワンホワン」
「回想の擬音口で言うんや」
最近恋人ができた生駒は、なんとなく周りで話されている恋バナに耳をそばだてるようになった。今までは他人の恋バナは面白いけどどこか別世界のできごとのように感じていたが、恋人ができた今となってはあらゆる恋バナが自分事だ。
一昨日聞いたそれは学食で女子グループのものだった。そもそもの発端はその中の一人が「彼氏の方から元カレについて詮索してきたくせに、元カレについて話したら拗ねてダルい」というような内容だった。
「バッカだねえ! そういうのは正直に話すもんじゃないって」
「そうそう、嘘でもなんでもいいから『ノリくんが初めての彼氏だよ♡』とか言っとけばいいの。前の男の話なんかしたところであいつら勝手に自分と比べて勝手にへこんで面倒臭いことにしかなんないんだから」
「えー? 彼氏に嘘つくのなんか嫌じゃない?」
「嘘だと思わなきゃいいじゃん。優しさだよ、優しさ。繊細で面倒臭い彼氏のメンタルを守ってあげてんの」
なるほど、そういうものもあるのか。参考になるなあ、具体的になんの参考になるかは分からへんけど、と思いながら自然と耳に入ってくる女子トークを聞きつつ、生駒は箸を進める。この歳まで全くモテずに生きてきて、初めてできた恋人が同性の後輩という少しばかりトリッキーな人生を歩んだばかりの生駒には、男女の機微や駆け引きなどは履修範囲外の出来事だ。
「それに男だって結構テキトーな嘘ついてんだからお互い様だって」
「私の元カレなんか『俺、ゆーちゃんが初めてのカノジョだから……』とか言ってたけど、デートコースもプレゼントもゴリッゴリに女慣れしてたからね。別に私が初カノでもそうでなくてもどーでもよかったからスルーしたけど」
「その元カレって地元に三年付き合ってる本命居たやつ?」
「そう」
「なにそれ最悪、ちゃんと殴った?」
「二股クズ男なんて生かしてもしょうがないじゃん、今すぐ殺そ♡」
「警戒区域の電柱に括って放置しよ♡」
それは俺たちの仕事が増えるからやめてくれ。勝手に耳をそばだててる立場だから迂闊に口を挟めないため、脳内で一応つっこんでおく。
そして、はた、と箸を持つ手を止めた。彼女たちの話によれば、デート慣れしてる男というのは口では『初めて』と言っていても、実際はそうでない可能性が十分あるということらしい。そしてその嘘も優しさからくるものである場合もある、と。
ついこの間の水上との初デートは、実にスマートなものだった。どこか日常の延長線上のようなおでかけでありながら、生駒が密かに憧れていたシチュエーションをとりこみつつ、非日常のスパイスを効かせてくれた、ときめきあふれるデートだった。俺のカレシかっこよすぎ……!?と何度も思ったし、一回は実際に口から出た。
水上は物覚えがよく習得が早いが、初めてやることに関しては人並みに失敗もする、ということを一緒にグラスホッパ―の練習をしたときに生駒はちゃんと見ている。つまり、あんな完璧なデートのエスコートができた水上はやはり初めてではなかったのでは? と、そう思うに至ったのだった。
「ホワンホワンホワン、回想終了」
「……はぁ、なるほどなるほど。理解はできました、という気持ちが半分と、そこらで聞きかじった話真に受けんな、って気持ちがもう半分ってとこですね」
「というと?」
「というと、ちゃうんすよ。女慣れとかデート慣れなんてもんは、多分ですけど相手に対する詳しい情報がない状態で『女はこういうの好き』の経験則で動いてるってだけでしょ。俺とイコさんの関係性にはあてはまりません」
「詳しい情報が既にあるから?」
「そうです。俺は何年もイコさんと過ごしてきて、イコさんのことをずっと見てきて、好きな人が好むものとか憧れてるものとかの情報をたっぷり持ってる状態でデートプランを組んだんです。それをありもしない女慣れの一言で片づけられるなんて俺に対する侮辱ですよ」
「す、すまん……」
「別にいいですけど。イコさんが初デート楽しんでくれたのは素直に嬉しいんで」
「めっちゃよかったで! なんやいっぱい考えてプラン組んでくれてたんやな、ありがとう」
「そりゃあイコさんに『コイツおもんないな』って思われたら一瞬で終わる関係なんで、当然頑張りますよ」
「いやいや、そんなわけないやん」
「……」
水上はにこっと笑ったまま何も言わない。その沈黙に何か不穏なものを感じて、生駒は暫し固まる。
「何その笑顔……怖い怖い怖い。え、俺そんな簡単に恋人振るような男や思われてんの?」
「簡単に、っちゅーより、スタートラインがそもそもマイナスやって話ですよ。たまたまイコさんの恋人候補に一番乗りしたのが俺だったからうまい事お付き合いできたってだけで、イコさんは元々女の子が好きなんやから、女の子の魅力に勝てるようなもんをお出しできなきゃ切られる側やないですか、俺は」
「そんな薄情なことせえへんよ!? ……その黙って微笑むのやめえ!」
確かに水上は何年も前から生駒のことが好きだったと言っていたから、それと同じだけの大きさのものが返せている自信は全くない。だが、今まで1ミリも考えていなかった「同性と付き合う」ということを、水上とだったらしてもいいな、したら楽しそうだなと思ってその手をとったのだ。そこにある愛や情はちゃんと認めてほしい。……が、その点に関する信頼はどうやら生駒が思っていたよりも遥かに低いらしい。すっと背中を冷や汗が滑り落ちる。
そもそも「コイツおもんないな」と思ったら相手から即座に距離をとる傾向にあるのは、水上の方だ。怒ったり悲しんだりするエネルギーが無駄だからと、つまらん奴認定した相手はさっさと見限って、より面白い人の方に懐いていく。『おもろい/つまらん』の判定は、水上の方がずっとシビアだ。偶々これまで『おもろい』側に生駒が立っていただけであって、何がきっかけで『つまらん』判定を食らうか予想もできない。さきほども無自覚に水上のことを侮辱してしまっていたみたいだし。
「お、俺、次のデート、頑張るな……!」
「次はイコさんがプラン組むってことですか? いや、次も俺やりますよ」
「ここはフェアにいこうや。お前にばっか負担かけてられんし、交互にしよ」
「気にせんでええのに。イコさんがそうしたいならお任せします」
正直なところ、水上がどんなことを面白いと感じてどんなデートに憧れがあるかなんてよくわからない。けども、水上が生駒の話を聞いてきたのと同じ期間生駒も水上の話を聞いていたのだから、だからそう大外しはしないはずだ。
水上が生駒の心をつなぎとめていたいと思っているのと同じように、生駒だって水上の心をつなぎとめていたいと思う。飽きられたくないし、つまらん男だと思われたくない。そう思っているということを、行動を通じて伝えて信頼を重ねていけたらと思う。
急にデートの主導権をとりたがった恋人に首を傾げる水上を見ながら、生駒はぐっと決意を固めた。