実は初の台葬。スタゲ3話時点で書いた話、先行上映トークショーネタ含みます(知らなくてもOK)
当社比そこそこちゃんとまともなBLしていますが、4人旅をするという前提で書いたら思いのほか4人旅が始まらなくてドキドキしています。5話時点「もしかして2人旅にならんかこれ?」と思っている。
@neastrig
願いを三つ叶えてしんぜよ〜。
夜の砂漠に不似合いながらも焚き火をさらに温かくする、そんな可愛らしい声は新顔ミリィ・トンプソンのものだ。今夜のディナー当番のヴァッシュは、今日は何をするのかなと耳を澄まして小さく笑った。
少し前から始まった四人旅。一人混ざった新顔にどうなることかと思わないでもなかったが、彼女は驚くほどあっという間に馴染んだ。人懐こく、人一倍明るく、そして何より肝が据わっている。メリルの後輩だというのも納得の力強さと何より人好きのする性格は、きっとロベルトも舌を巻いたであろうほどに、この旅を明るく照らすひとつとなっていた。
そんな彼女は時折、野営中に愉快な小芝居や雑談、クイズなどを始めることがある。曰く、お楽しみ時間だそうだ。これが始まるとメリルは溜息をつきながらも付き合い、ウルフウッドは気分により参加する。一人旅に慣れた人間台風も、文字通りのこれを密かに楽しみにしていた。
そんな時間が、本日も到来したらしいと先のおどけた台詞から察したヴァッシュは、メリルやウルフウッドに怒られないよう鍋を混ぜる手を止めず、しかしこっそりと背後を盗み見て耳を澄ませることにした。
そしてヴァッシュはすぐに「はて」と、目に入ったものに首を傾げる。
ミリィはといえば、今夜の屋根と決めた岩陰、その下に先輩のメリルとしゃがみこんでいた。あと一人のパーティメンバーたるウルフウッドは周囲の見回りも兼ねた散策に出て居合わせない。それをいいことに彼女たちは、手の中の何かを見て片や後輩はニコニコと笑顔、片や先輩は気難しく唸っていた。
ヴァッシュの目を奪ったのはそんな彼女らの手の中のものである。灯火に怪しく光る金属製の容器だった。
胴は丸く、口は細長い。取っ手は少し大きく、脚は末広がりだ。カレー料理で見かけるものに似ているが少し異なる。ちょっとしたインテリアとして洒落た金持ちあたりにうけそうな、エスニックという言葉が似合いの不思議な一品だった。
なんだったかな、アレは。
どこかで見たことがある気もした。だがヴァッシュにしては珍しいことにどの街の記憶とも結びつかず、どうしても思い出せない。ミリィに「ほら」と見せられたメリルも同じらしく、口をへの字に曲げながら金色を睨みつけているのがなんともおかしかった。
どうやら本日のミリィトークショー、お題はこのままコイツで決まりらしい。あれが何かわかれば思い出話でもしてくれるのだろうか。
参加者でもないヴァッシュは手慰みにおたまを動かし、しかしこっそりと記憶の引き出しを漁り始めた。そもそもあれは何なのか、メリルより先に思い出したかった――わけではないが、ここまでわからないというのは久しぶりなのだ。この思い出そうという時間そのものが楽しくなってきていた節も多分にあったのである。
だが、ヴァッシュがそんな暢気なお楽しみをしている間に先に引き出しの正解を引き当てたのはメリルだった。彼女の伏せられていた瞼が一転してぱちりと開き、そのアーモンド型の目が丸くなる。小さな口はぽかりと開いてからにまりとエミの形になったかと思えば、不真面目なヴァッシュよりよほどはっきりと、そして心底嬉しそうに大正解を発した。
「そう、思い出しましたわ! ランプ、魔法のランプですわね! 」
ああ、とヴァッシュも声を出さずに小さく膝を打った。そうだ、あれは「ランプ」だ。
やっと照合した記憶は、現物を見たものではない。それどころか、この星の記憶でもなかった。ヴァッシュと彼の兄が育ったあの宇宙船、その中でのレムの寝物語、その絵本の中のものである。道理でこの星のどの街の記憶とも結びつかなかったわけだと一人笑った。
『あれー、確か映像データあったはずなんだけど。ああ、でも絵本はあったわね……仕方ない、私の朗読大会にしちゃいますか』
記憶の中のレムの声が鮮明に蘇る。まさしく絵本の中に出てきたソレに、どうしてこれがランプなのだと噛みついたのものだ。彼女はきちんと知っていて説明もしてくれたのだが、むきになったヴァッシュは説明を聞いてもいまいち納得できずに駄々をこね、いつも通りに兄に呆れられたのは言うまでもない。
芋づる式に思い出したそれは、先程まで思い至らなかったのが嘘のようにぴかぴかに輝く思い出だ。ヴァッシュの眉尻は、本人の知らぬところでほんの少しだけ下がっている。
メリルも何か似たような思い出があったのだろう。手を打ってから懐かしそうに物語の記憶をたどる。そしてひとつひとつを引っ張り出すように語り始めたので、ヴァッシュは気を取り直して再度盗み聞きをする。
それは、彼女が覚えている冒険物語のあらすじだった。主人公が砂漠の盗人だとか、王子のふりをしたとか。悪党を出し抜いて姫を助けたのだとか。わくわくと胸躍る、かつてのレムの語りのように抑揚のある、朗読にも似た語り口であった。
もっとも、本当に朗読と呼べるようなクオリティにはまったく届いていない。うろ覚えもいいところ、順不同でつぎはぎであり、細部がヴァッシュの記憶とも違うようだった。だがそれでも彼女の思い出とともに復元されていく未完成の絵本は微笑ましく、先の郷愁が嘘のようにヴァッシュはニコニコと楽しく笑みを浮かべてしまう。聞き入りながら、いつの間にか彼女の記憶の中の物語がどうなるかわくわくし始めている自身がいるのをヴァッシュは自覚していた。
だが残念ながらこの物語は結末までは辿り着かず、その前にこの復元作業は中断されてしまった。流れで、話題が元のお題に戻ってきたからだ。
魔法のランプ、御伽噺ではそう呼ばれていた重要なマジックアイテム。物語とともに記憶が蘇ったその効能をおさらいしたメリルは、噛みしめるように静かにミリィの手の中を眺めていた。
「それで。願い事を叶えるんでしたわよね、このランプで」
「そうそう、それがさっきの質問なわけです。三つ、ランプを擦った人の願いを叶えてくれて、でもでも叶えるのはランプそのものの力じゃないくて! 」
「えーと、何と言ったかしら。出てきたどなたかが叶えてくださるんでしたわよね? 確か妖精? か何かで、ラストにも関連していたと思うんですが、そもそも肝心のラストがどうだったか思い出せなくてですね……?」
どんな名前だったか、どんな結末だったか。メリルは腕を組んで、また唸る。深く曲がっていく首はブリキのおもちゃのようだ。そこまでしても、なかなか答えは出ないらしい。
ヴァッシュは零した笑いがバレないように口を引き結び、素知らぬ顔で鍋へと視線を戻した。くるくるをおたまを回しながら、聞いていませんよというポーズをとることに一時専念する。
そんなことをしていたものだから、ひょっこりと顔を出した彼に気が付くのが一歩遅れてしまったのだが。
「ジンやろ。あとヨーセーやなくてセーレーや」
驚いて再度振り返る。声でわかっていた通り、だが内容から違う何かかと一瞬誤解したのと異なり、いつの間にやらウルフウッドがパニッシャーを担いで戻ってきていた。
珍しさにヴァッシュは目を丸くする。葬儀屋の男の発言に対してである。
先に述べた通り、彼はこの会に必ずではないもののそこそこの頻度で参加はする。だが、それはもっと世間話寄りのお題のときだ。幼少時の思い出に触れずに済むときばかりだ。こういう古い思い出話だとかファンタジーの色が濃い時は殆ど話から外れるか、おどけたふりで話題を変えるか。少なくともヴァッシュが彼女らの会話に耳だけ向けているのとも異なっていた。今回のように内容がその系統で始まり次点で同席しなかったとき、特に気にした風もなく、途中から入ってくることもない。急に話を振られても聞いていないなんてこともざらだったのだ。
そんな彼が、途中参加でまさに御伽噺の内容に触れたことにヴァッシュは驚いた。だから思わず見つめてしまい、案の定目が合いかけて慌てて逸らす。それでもまだ気になってしまう料理当番は、とうとうおたまを回す手を止め、耳だけ後ろに向けてそのまま様子を窺った。
どうやら彼女らも彼の参戦は意外だったのだろう、沈黙による静寂が訪れる。だが続いたのは十秒も満たない時間で、他二人より驚愕が弱かったミリィはきょとんとした顔を笑顔に変え、先の沈黙が嘘のように明るい声を響かせた。
「さすが葬儀屋さん、お詳しいですねえ」
夜空に吹き抜けるように高く、よく通る声だった。遠慮のないそれはぱちくりと瞬いていたメリルの意識が戻ってくるには十分だ。メリルははっとしたかと思えば、慌て半分に後輩の話題に乗り、だが浮かんだらしい疑問を思ったまま口に出していた。
「い、いえいえ。ミリィ、それはそれで逆におかしいですわ。だってその、葬儀屋さんって恐らく宗派が違いますわよね? それとも結構手広くやってらっしゃるんでしょうか」
確かにちょっとミスマッチだとヴァッシュも頷く。彼のイメージに合わないというのもあるが、二年半前の戦いで聞いた彼の出自からも合わないような気がしたのだ。
ウルフウッドがかつて所属していた組織、ミカエルの眼。あれは地球のとある宗教を元にした、プラント崇拝思想集団だったはずだ。それに対して精霊ジンはアミニズム的なもので対極に近い。方向性が大きく異なり、異教としか言えない関係であろう。
とはいえ、まったくあり得ないとまではヴァッシュも思わなかった。そもそもウルフウッドは元いた組織の信仰があるかも怪しいからだ。それより孤児院育ち故に絵本経由で知ったというほうが余程あり得そうに思える。彼も意外と記憶力もあるんだよな、読んだのかな。ヴァッシュはそんなことすら考えていた。彼もまた、どんな物語を読んだか教えてくれるのだろうか。
だが、予想外にも「何や、知らんのか嬢ちゃんたち。砂漠にはな、ジンがおるもんやで」と彼がらしくもないファンタジーな説明を始めたものだから今度こそヴァッシュも自分の耳を強く疑ってしまった。しかも話はそこで終わってもくれず、「なんや高次元にいる言うてな、砂漠の旅人にちょっかい出すんやと」と当たり前のように物語から逸脱した話が続き、戸惑ったヴァッシュの視線はとうとう彼を射抜いて動かなくなってしまう。ダメだとは思っても、もう鍋に戻すことはできない。
メリルも同じようなものだ。一拍遅れて彼女は「へぇ!? 」と妙な声を出し、「うっさ」と件の葬儀屋本人のクレームを浴びている。だが後輩だけは気にした風もなく「お詳しいですねえ」とまた繰り返し、いっそ楽しそうにすらしていた。
一応、メリルが聞き出した限りでは何か新しい信仰に目覚めてしまったわけではないらしい。彼曰く「そこらのおっちゃん」に聞いたとのこと。そのまま話題は街で聞いた地域の言い伝えなんてトークになり、先の冒険活劇から遠ざかっていった。ヴァッシュも次第に肩の力を抜いて料理当番に戻るが、気になっていた結末やらの話に辿り着かなかったのがちょっと残念に思えてしまった。
雑談がお開きになったのは、ほんの少し後のことである。メリルとミリィがある程度盛り上がった頃にウルフウッドが「腹減った」と立ち上がったのだ。記者たちも空腹だったのか、彼に続いてヴァッシュのいる焚火へと集まってくる。ランプは、いつの間にか岩陰のくぼみに転がされていた。元あった場所だろうか。
ヴァッシュはずっと料理に集中していたふりで三人を迎えるべく、ニコリと三人に笑顔を向けかける。一瞥したランプのことは話題に出すことをしなかった。ランプのことも、精霊のことも、そしてラストのことも一旦は忘れることにした。
料理は好評だった。ウルフウッドとミリィにも教えてもらったワムズ入りのものだが、メリルも頑張って食べてくれたほどである。
機嫌良く綺麗になった食器を片付けながら、ヴァッシュが思わず口ずさんでいたのは遠く聞いたメロディだ。かつて、あの物語を語り聞かせてくれたレムの鼻歌だ。サビしか思い出せないが、少し気分よく彼はそれを繰り返していた。
夕食から数時間後、言うなれば「魔が差した」のだと後にヴァッシュは思う。
目を覚ましたのは、少しだけ喉が渇いたからだった。車体の上に寝ていた彼は車内の女性陣を起こさないために音を立てないようにゆっくりと起き上がる。砂嵐ひとつない今夜は遠い地平線までよく見えるようだった。遠くを見てから、近く明るいあたりを見下ろした。理由はない。ただ自然と視線が向いただけである。
それでも、視界に入ったそれに目をしばたたかせ、その自身の行為にデジャヴを覚えたのは当たり前の流れだったかもしれない。
「……ん? 」
ヴァッシュは首を傾げた。小さな火の傍らに腰を下ろした男は、予定通りに今夜の見張り役を任されたウルフウッドだ。タバコを燻らせ腰を下ろした姿は二年半前とほぼ同じで、十分見慣れたものである。
だが、その景色に見慣れない、だが確かに見覚えがある物体が混ざっていた。
「あれは、さっきのランプ……? 」
先のミリィの時と同じように、ヴァッシュの目を引いたのは彼の手の中にある金属容器だった。火の光を浴びて傾けられては鈍く輝き、回されてはきらりと煌めいた。砂漠に転がっていたにしては綺麗なもので、子供が拾えば本当に魔法のランプだと勘違いしてしまいそうだ。それを、あのウルフウッドが何やらずっと眺めている。ミリィのときも気になったが、彼の手の中にあると更に非現実的に思えてしまうのが少しだけ不思議だった。
繰り返すようだが、これは「魔が差した」といえるものだ。少なくともヴァッシュは確かにそのように自覚している。それでも自身を止める発想がこの時のヴァッシュにはなかったため、憲兵から逃げる時より慎重に彼が車から降りて迂回した。迷わず岩陰の裏側に向かったその行動はそれなりにポジティブで、しかしちょっとだけ不躾な気持ちから来るものだ。
『願いを三つ叶えてしんぜよ〜』
リフレインするのは高く響くミリィの声である。本当に、ただ興味本位でしかない。だがそれでもヴァッシュは聞いてみたくなったのである。
ニコラス・D・ウルフウッド。葬儀屋を名乗る青年は、どんなことを願うのだろうか。
ジンとやらは少しだけプラントに似た伝説に聞こえた。もしかしたらプラント信仰の派生だったのかもしれない。そんな風に考えたせいか、きっとプラントの自分が聞いてもいいのではないか、いや聞いたほうがいいのでは? と思ってしまったのもあるだろう。夢想に過ぎない言い訳だが、そんなものを重ねたヴァッシュは至極真剣に息を潜めている。期待にも似た何かが、ふつふつと胸を温めていた。
まるで自身がランプの中に封じられているかのような心地を覚え、ヴァッシュは彼の指がランプを擦るのを今か今かと待ち侘びてしまった。
「願い事を~、あー……み、三つ! 叶えてあげ、しんぜよーう? 」
「あ? 」
やっと訪れたその時、実行に移してわかることもある。無理だ、というより何でこんなことをしているんだ。ヴァッシュはここで改めて自覚したのだ、魔が差したのだと。
だが先と違い、もう手遅れだった。たらたらと汗を流しながら岩陰に隠れたヴァッシュの思考より一歩早く、苛立ち交じりに返ってきた声はわかりやすく不機嫌で低い。
せめて銃をいじるように検分していたウルフウッドの指がランプを滑るより早く正気に戻っていれば。今からでも白状しようか迷いながら、それでも口を押えたガンマンは、浮きかけた腰を上げるか下ろすかさえ決めかねて結局はただ相手の反応を待つという愚かな着地をして固まってしまっていた。ウルフウッドもせめてもっと警戒してくれればいいものを、苛立ちこそすれど静かに動いてもくれない。見張り用の焚火の音だけを響かせている。
頭を出す勇気もない男が岩陰から見上げて確認できるのは、せいぜい夜空とタバコの煙くらいだ。その煙だけでも動いてくれやしないかと祈るように空にのびる白を見つめる時間は、獣の狩りのようでいて随分と間抜けな時間である。
一分と満たないそれを渋々ながら切り上げたのは、ばくばくと心臓を鳴らしていた仕掛け人ではなく、苛立ちが落ち着いたらしきウルフウッドだった。
ふう、と細い吐息が聞こえて煙が微かに揺れた。そして言い淀むように間を置き、ガラの悪い声が続く。
「……あー。だいたい誰や、おどれは」
これをヴァッシュは至極もっともな問いかけだと思い、だが同時に安堵とともに小さくガッツポーズをとるほどに喜んでいた。まだバレてはいない、はず。ただそれだけで、この時点でのヴァッシュには僥倖だったからだ。
慣れない悪戯にドキドキと胸を高鳴らせる自立種は、素直に顔を出して謝るという選択肢を失ったことには気が付いていない。
「えーと、そう。ジン! ジンです」
「です、て」
今日の会話に出てきたその名を咄嗟に名乗る。そのお粗末さにか、ウルフウッドの零した一言には呆れと笑いが半分ずつ含まれていた。ヴァッシュはそれでもめげない。「そう、ジンです、ジン。精霊ですよ」と畳みかけるようなゴリ押しを試みる。
まだ残る小さな正気くんだけが「だから何をやっているんだ僕は」と頭を抱えている気もした。だが、必要なタイミングには静かだった癖に今更うるさい彼に既に出番はない。まだ訴えかけてくるそれをそっと砂に埋める。記者二人も不在な今のうち、聞けることは聞いてできることはしたい。彼女らに激写されないのをいいことに咳払いをした自称精霊は先の台詞を繰り返し、できるだけ厳かに青年の願い事を再要求した。
願いを叶えてしんぜよう! これに、ウルフウッドはすぐ答えない。ふうんと鼻を鳴らして少し考えているようだった。
彼のことだからタダで願いを叶えるなんて警戒しているのだろうか。ヴァッシュはこそりと再び頭を出して焚火近くの見張り番を観察し直した。彼はやはり特に身構えた様子もなく、先とほぼ変わらないように見える。
黒い後頭部に焼けたうなじ、その向こうの金色のランプが輝く様子が見えていた。殺気の類もありはしない。それどころか平静すぎるほどであった。
「……あ、そうだ。言っておくけど回数増やしたいとかはダメだよ? 数はちゃんと守ってもらうから」
あまりに考えているので慌てて注意を伝えたが「わかっとるわ」と一蹴される。だがこれで痺れを切らしかけているのが伝わったらしく、煙が大きく動き、ウルフウッドが息を少し長く吸う音が聞こえた。
来るか。身構えたヴァッシュはわくわくと耳を澄ませた。「せやなあ」と小さい声が遠く、つい岩壁に近付いてしまったほどだ。だが残念ながらヴァッシュに届いたのは耳の痛い言葉の羅列であった。
「次の街までトンガリが厄介ごとを起こさんように、とかできるんか」
えーと。反応に困り、ぎくりとしたヴァッシュは念のため確認する。それで困っているのか。その問いに彼はためらいもなく「そりゃそうやろ」と返ってきたので、がくりと項垂れてしまった。果たして彼の願い事が思った以上に夢がないものだったからか、自身の情けなさからか。その両方のためかもしない。
いやいや、でもほら僕らの今回の旅は始まってまだ間もないし? 喉元まで出かかった言葉をヴァッシュは飲み込んだ。自白にはまだ早い。ぐっとこらえ、不自然だろうと自身の口をきゅっと結んでチャックで閉じる。
その一瞬できてしまった間を、具体的な話をするよう要求されていると勘違いしたのか。ウルフウッドはさらにヴァッシュを追い込むように具体案を出していく。例えばゴロツキが勝手に来る、それがないようにしてほしい。いやせめてトンガリが自分から首を突っ込まんでほしい。それならまだ楽になる。それもダメなら最低限、賞金首の自覚をもって行動せえ、など。
途中から愚痴の色も帯びたものになるものだから、ヴァッシュは縮こまりながら「できるだけ、できるだけ叶える。それ全部で一個分のお願いでいいから」と、慌ててブレーキをかけて承諾の返答をせざるを得なくなってしまった。こちらの焦りを察してか、ウルフウッドが鼻で笑ったのは多分気のせいではないだろう。
さて、さっそく出鼻をくじかれた。どうしようかな。ヴァッシュは唸る。これを続けるべきか迷ったが、申し訳ない要求を聞いてしまった分、もう少し彼の願い事を聞き出したくなっていた。詫びも兼ねて、もう一個くらい何か叶えてやりたいと思ったのだ。
そもそも、先のものはお願いというより改善要求だ。勿論それでもいいが、もっと彼自身が望んでいるものがあれではわからない。できるならそれだって聞きたいという気持ちが余計に強まっていた。残り二つ、十分可能性はあるはずだ。
「とりあえず、とりあえずね。今のを一個目としてさ、次にもう少しこう自由な発想でのお願い事とかはないのかなって思っておりまして」
「はァ? 」
とりあえず決意新たに仕切り直しを試みた精霊に、ウルフウッドの態度は悪い。それでもヴァッシュは粘るように「いやあ、だからさ。もっと願い事らしい願い事っていうか」なんて精霊らしさをかなぐり捨て、縋るようにウルフウッドの言葉を導き出そうとした。その声は、わかりやすく必死なものだ。
例えば、ほら。ごはんをお腹いっぱいに食べたいとか、ふかふかのベッドで眠りたいとか。車をもっと広くしてほしいとか、水を浴びるほど飲みたいとか。
あげてみてから、自分も大したものが出てこないなと情けなくなる。だがそれでもヴァッシュはいくつか提案をさらに増やして、ウルフウッドに願い事を求めた。
だがしかし、ウルフウッドには響かなかったらしい。
「そんなん、ないわ」
「ええ……」
あっさりとした回答は、本当に興味すらなさそうだった。ヴァッシュは眉を寄せる。ウルフウッドはあまりに無情だ。ヴァッシュはそれに対して拗ねてさえいた。これについては、自覚をしていたかも怪しいのだが、確かに面白くないと思い始めていた。
ヴァッシュも人のことを言えないが、この男はちぐはぐだ。二年半前も今だって、自称食えない男に遠慮というものはなかったはず。後部座席でぐっすり眠り、タバコだってスパスパ吸う。煙だらけにして叱られることは今の方が多いだろうに、気にした素振りもなく繰り返すのは悪ガキのようですらあった。そんなやつだというのに、誰に咎められるわけでもないこの場で遠慮どころか求めすらしないだなんて。
半ば意地だったかもしれない。だからこそ「いやでもさあ」と食い下がり、ヴァッシュはこの旅の同行者に声だけで突っかかってしまっていた。
「はー、注文の多いやっちゃな」
溜息は深く、我儘な子供を前にしたかのようだ。なんだよ、ちょっとくらい聞かせてくれたって。口を尖らせたヴァッシュはらしくない自分にも少し気付き始めながら、ウルフウッドをもう一度見た。勿論表情は見えない。うなじの色だって、まったく変わってくれていなかった。動いたのは、髪の毛の束が少しとランプの位置くらいのものである。
ああ、でも。これは考えてくれているのかな。
傾いたウルフウッドが、指でランプをつつきながら黙っている。傷のない首の筋が上下に動いていた。もしかしたら自分に都合よくとらえているだけかもしれないが、見当違いでないことを祈りながら、ヴァッシュはじっと彼の声が再び聞こえるのを待った。
後頭部が少し揺れた。決まったか? ヴァッシュは学習せずに身を乗り出す。そして。
「ほなら、タバコを二、いや三ダース。それならええんちゃうか」
またもやちょっと規模の小さい願い事に、今度こそずっこけてそのまま砂に突っ伏してしまいそうになったのは当然の流れであった。
「き、みさあ! 」
転がることは辛うじて耐え、だがクレームが口からすぐに滑り出る。後から思えば、なるほど彼らしい行動をとるならばこうなるのが当然だろう。望み通り素直なお願いごとではあるが、期待とズレていく彼にヴァッシュは口を尖らせて膝を抱える。
こうなるとわかっていたらしいウルフウッドは動揺するまでもなく、ハンと鼻を鳴らした。
「あァ? 結構遠慮したったちゅうに、この程度もできんのか? は~、頼りな。精霊ジン様が聞いて呆れるわ」
挑発は一丁前だ。なるほどいつもの調子だな。ヴァッシュは納得しながらも、最後の一個で何か得られないかと下手なギャンブルに出るべくまだ粘る自分をやはりまともに抑え切れやしなかった。
「いや、だからね。ダメっていうかもう少しないの? いい感じの、もう少し豊かな感じの願い事とかさ。お金の問題じゃなくていうか」
必死だったからか、いい加減ヴァッシュも脱線し始めている。ここにメリルがいたならば「願い事に注文つけすぎじゃありませんか」とでも言ってくれたろうが、彼女はぐっすり車の中だ。だから誰も指摘してくれない中、うじうじとうるさい彼にムッとしたウルフウッドは、負けず劣らず頓珍漢な反論をした。
「豊かやろが、十分。タバコは高いんやぞ。こちとらケチってシケモクに楊枝さして使うてんねん」
舐めとんのかと苛立ちを見せる葬儀屋は、歩み寄りを見せない。まず彼はこの願い事に疑問もなく、また意地悪で言ったつもりもなかった。彼なりに真面目に願い事を考えたらしい。口ぶりからやっとそれを察し、否定するのも違う気もした。だがヴァッシュには軌道修正の妙案が浮かばない。腕を組んで小さく唸り、だがそれでも何も出てこなかった。
「あー、大荷物じゃない? 君の旅の荷物にはちょっと多いというか。今ならもう少し他の案に変えていいけど」
「なんやケチくさい。荷物やったら嬢ちゃんたちの車に乗せればええやろ。たっぷりあればワイも心に余裕ちうもんができる。邪魔になるなら多少売って金にも変えたってええ。やりようはいくらでもあるやろがい」
なんとも現金な発想である。今度はヴァッシュが溜息をついてしまった。だが、それを気にする素振りがかけらもない葬儀屋は「文句あるか」と悪態すらつく様である。
「もうやり直しはせんぞ。タバコ三ダース、銘柄はスカル。これで一個目、いや二個目か? おどれの要求通り願い事したったやろが。文句これ以上つけるっちゅうならおどれの家割ったる、覚悟せえや」
「家ってランプのこと……? まあ、うん。そこまで言うならそれでいいよ。叶えてあげるとも、うん」
ヴァッシュは観念し、財布の中身を思い出す。ひい、ふう、み。三ダースも買ったらすっからかんだが、ピザ代くらいは残るだろうか。一つ目の願い事は努力目標としても、二つ目は叶えられてしまえそうなラインなのが困りものだった。
「で、もう一つは何?お肉たらふくとか? 焼きたてのパンもつけたいとか、酒も飲みたいとかそんなところかな。ある程度メニューを絞ってもらえると嬉しいんだけども」
この流れでは、三つ目もろくなものではない。ヴァッシュは次の街で多少収入を得ることができるかと思い出しながら、自棄もあって彼に次を催促した。今更引き返せない。ヴァッシュはメリルに借金できないか考え始めている。
だが、ウルフウッドはすぐ答えない。「肝心の三つ目がそんなんでええんか」とむしろ彼のほうが驚いているような調子である。
肝心の。言われて思い出したのは、あの物語のラストだった。そして精霊ジンこそが求めていたものだ。
彼は友人となった盗人が精霊を自由にするよう願ってくれと約束していた。それが彼をランプに縛る呪いから解放する唯一の方法だったからだ。レムがおどけて歌ったのはそんなジンが願い事を求め、友人だと嘯く愉快なジャズ風のコミカルソングである。鮮明に蘇ってくる記憶に、少し照れくさくもなっていた。
ウルフウッドは、先の口ぶりだともしやこのラストを知っているのだろうか。物語にあわせるなら彼は三つ目の権利を放棄して友人の解放を願うわけだ。しかし、そもそも「ジン」とはそこまで親しくもなっていないだろうに、もっと自分のことを願ってほしいと思ってしまった。
そんなことを考えてから、ヴァッシュはふと思考する。彼は、ヴァッシュ・ザ・スタンピードがジンだったら願ってくれるのだろうか。
逆の立場なら、ヴァッシュは迷わず願い事を彼に差し出すだろう。だが、彼はどうだろう。あれで他人想いのところがあるから、もしかしたら「面倒事を終わらせたほうがええ」とか理由付きで願ってくれることもあるかもしれない。素直じゃないから正直には言ってくれないだろうけれど、もし本当に彼が願ってくれるなら。それは同情だろうか、それとも物語のように、友人としてだろうか。
――ああ、でも。どちらだろうとウルフウッドにはウルフウッド自身のことを願ってほしいな。
自然と、ヴァッシュは遠い記憶の中の絵本をめくっていた。白く欠けたそれが少しだけ色付くようだ。そういえば、あの精霊も最後の願い事を自分ではなく友人である元盗人にこそ願ってほしいと申し出ていただろうか。
レムが語り聞かせたとき、ヴァッシュとナイヴズはきっと主人公に感情移入していたはずだ。だが、今は誰よりもあの精霊にこそヴァッシュは共感を覚えている。友達と唄うレムの笑顔が、そうでしょうそうでしょうと頷くようだった。
友達、かあ。ヴァッシュは、ウルフウッドの言葉の続きを待ちながらその言葉を口の中で声に出さず転がした。そういえば馴染みのない言葉だと、今更気が付いたのはちょっと意外だ。ルイーダが彼等をそう呼んだことはあったが、その時よりよほど実感が伴うのは、月日による積み重ねか、それとも再会したときのあの何とも言えない喜びから来るものか。
ただの隣人、だったはずだ。いつもより少しだけ長くいる人たちのうち一人。そして不思議とぶつかって、百年ぶりに感情的になってしまうような、不思議な相手。
頼もしく、危なっかしく、ヴァッシュに安堵と焦りをいつも持ち込む厄介な人物で。それでも憎めない。自分の前でも人間を撃とうとするところは二年半前も今も変わらずヴァッシュを困らせるが、多分誰かを護るために戦うほうが得意な男なのではないかとヴァッシュは密かに思っている。
かっこいいな。それがウルフウッドへの素直な感想で、しかしちょっと悔しくて口に出せないもので――そこから先は、ヴァッシュにはわからない透明な壁があるようだった。
フレンド、ライク、ミー。僕のようなモノが「それ」でも、彼は受け入れてくれるだろうか? ヴァッシュは空想に微笑み、顔を上げる。そして。
「あ」
いつの間にか人型の影ができ、青年が見下ろしていたことに今ようやっと気が付いたのである。
「う、ウルフウッド……」
目が合ってハンと鼻で笑う男は、ヴァッシュと正反対に動揺のひとつも持ち合わせていなかった。もしかしなくても気付いてましたか? 眼からの問いかけはきちんと伝わったらしく「こんなけったいなことするアホが他にいてたまるか」ともっともな言葉が降ってきて、今度こそヴァッシュは「ひええ」と声を上げて砂の上にひっくり返ってしまう。
ウルフウッドの視線が痛い。ヴァッシュは顔を改めて覆いながら、砂漠の冷気なんぞお構いなしに熱くなる顔、そこに埋まった目をグルグルとまわす。その様子をしばらく眺めていたウルフウッドはタバコの煙をもわりと吐き出すと、どっこいせと腰を下ろして、自称精霊の横に腰を掛けてしまった。
「で? 三つ目は聞いてもらえるんか」
「………………いやあ、僕に叶えられる範囲なら、その、まあ」
照れ隠し半分、ここまできたらというヤケクソ半分で答える。ウルフウッドは「ほんっと、けったいなやっちゃな」と呆れてべっと舌を出していた。なんとも意地が悪い。かつてこれをよく向けられていたメリルを「まあまあ」なんて気楽に宥めていたが、今日ばかりは彼女に謝罪したくなってしまった。謝ったところで、きっともっと怒られるんだろうな。思考の逃避をするヴァッシュを、葬儀屋が愉快そうに見下ろしていたのだが、勿論本人は気付きもしない。
せやなあ。ウルフウッドがおもむろにそう口にしたのは、ヴァッシュがやっと落ち着いてきた頃だ。そろそろと指の隙間から彼をうかがいながら見上げる。かさついた唇、その合間から見えた舌をなんとなく目で追って、どんなトドメがきたものかと自称精霊だったモノは身構えた。
ごくりと唾を飲み込む。何が来るのだろうと確かに期待をしていた。ただ、自分でも何の期待をしているのか、ヴァッシュはわからなくなり始めていた。そもそも三つ目を聞いたところで叶えてやれるものかもわからない。だというのに自分は、次の街まで気を付けるだとかタバコを買うだとか、そういうものよりもっと何か夢らしい夢を聞いて……叶えてやれたらと思っている。傲慢だと叱られるだろうか。
だいたいの話。僕は、彼に何を願ってほしいのだろう?
「おどれ」
「え、」
三文字分のワードに、ヴァッシュは何かに辿り着きかけた思考を放棄してがばりと起き上がった。何? 僕? ここでまたふざけてと笑えればよかったのに、ドキドキと胸が高鳴っている。何故自分がそんな状態なのかわからず、ヴァッシュはしかし乗り気な自分にも気がついていた。ええい、ままよ。砂から復活しそうな正気の上に、記憶の中の絵本を乗せる。頭の中でレムがあの歌を歌っていた。
僕でいいの。さあ正座して確認するぞと勢いづいたヴァッシュだったが。
「おどれの、六百億ダブドル。換金させろ言うたらさせてくれるん? 」
悲しいかな、現実とはそんなものだ。がくりと首から落ちるように、ヴァッシュはとうとう自身こそが砂の中に埋まるほど倒れ込むことになってしまった。
「それは……ちょっとダメかな」
「ハ、せやから言うたやろが。なんでもええんかって」
それを言うなら、僕だってなんでもじゃないって言ってあったのに。今度こそはっきり拗ねているヴァッシュを、ウルフウッドは愉快そうに爪先で小突く。本当アホやなあとけらけら笑う彼は子供っぽくて大人っぽい。ヴァッシュはなんだか自分がさらに小さな子供になったような錯覚に陥っていた。揶揄うなよと彼の足に頭突きをし返し、避けられる。
「はーあ。ガキくさいこと言うとったらほれ、朝がそこまで来とるやないか。言うとくけどワイは今日絶対車で寝たるからな。トンガリは昼起きとれよ」
ウルフウッドが、短くなったタバコで指した先を見る。確かに紺青の空の向こうが、朝焼けの赤に染まり始めているのが見えていた。
「えー。でも運転するわけじゃないんだし、ちょっとくらい寝ても君には関係ないでしょ。起こさないからさ」
「それは嬢ちゃんたちに言うたらええわ。あと許可とれてもイビキかいたら叩き起こす」
「だから起こさないって」
朝の当番のミリィが起きてくるのはもう少し後だ。ふざけ合いながら、ヴァッシュはこのままここでちょっとくらい寝てしまおうかと、今にも消えそうな焚火側に移動し、岩壁に身体を預けて座り込んだ。
「ねえ。君って魔法のランプの話は知ってたの? 」
誰かに聞いたと言っていたジンの話は、プラントのようだった。しかし先のやり取りのいくつかは物語を知らないと出てこない話もあったように思える。だから特に意味もなく、ウルフウッドに確認をした。
「さあ、どうやろな。どっかで聞いたか、あまり覚えとらん」
「そっか」
少しだけ残念に思えた。あの絵本の中身が今も伝わっていて、多少なりともミリィやメリルも知っていたのだ。それが少し嬉しかったので、ウルフウッドも知っていてくれたらと思ったのだけれど。
友達のために最後の願い事を使った盗賊は、友達と協力して悪党を倒していた自身の成果でこそ夢を叶えた。
ウルフウッドの願い事はなんだろう。理由はわからないが仕事とやらが終わってもまた旅をしてくれている彼に何かしてあげられないかとヴァッシュは思った。今彼等の旅の先にいるのは、物語のように単純な悪党ではなく、その悪党に対峙するのはヴァッシュ自身だ。その中で、ウルフウッドのためになることが果たしてどれほどできるのかわからなかった。それでも、歩む道がなるべく同じで、お互いがお互いの助けに慣れる、そんな関係になれたらきっと幸せだなと、ヴァッシュは思った。その関係の名前を知っていたが、今は付けないでおく。
瞼をおろした。すぐにほんのりと温かくなったから、ウルフウッドが焚火の火を元のように大きくしたのだろう。ヴァッシュは先程までぴんぴんとしていたのが嘘のように、意識が微睡んでいくのを感じていた。近くの足音と気配が心地よく、もう少しだけ三つ目の願い事は待ってほしいなんて、そんな贅沢なことを考える。
新しい朝はまだ遠い。転がしたランプが、風に吹かれた砂の中に埋もれていく。それに気付かないヴァッシュが眠りに落ちる中、ウルフウッドだけが金色に変わる空をただただ、静かに見つめ続けていた。
旅のはじめ、まだ過酷な道が待ち構えているのが嘘のように穏やかな日のことであった。
「え、ラスト違うの!? 」
翌日、宣言通りぐーすかと眠るウルフウッドを眺めながら、ふとヴァッシュは彼女らにあの物語の最後について話をふってみた。正確には、それ関連の話のふりをして隣の男に関する名称しがたい感情やらの相談もどきをできないかなんて思惑だったのだが、そこに辿り着く前に衝撃的な事実を突きつけられる羽目になっていたのである。
「ええ、私の読んだ絵本では三つ目の願いで街に水がわき、精霊は泡になって還っていったというものでしたわね。今思うと確かに葬儀屋さんのお話とあわせてプラントの物語が変質したように思えますが、唐突すぎますし他の御伽噺と混ざって伝わったのかもしれません」
「あれ? そうでしたっけ。私が聞いたのは精霊さんが悪い魔法使いを道連れに落下してくる巨大な月に衝突! ノーマンズランドは守られ、月が五つに分かれたっていう話でしたけど……」
「それこそこの星で生まれた話っぽい、ね……」
記憶が確かなら、読み聞かせの最後にレムが「まあ、このお話ほんとうは全然違うんだけどね」と配給会社と映画の世知辛い話をちらりと聞かせてくれた覚えがあった。だから違うものが伝わっている可能性は考えないでもなかったが、ここまで離れているとは知らずヴァッシュは苦笑いをする。そのヴァッシュも「元のお話」とやらを知らないので、こうして物語というのは時代にあわせて変わっていくのだろうと多少の納得もした。
「しかし、素敵ですわね、ヴァッシュさんのおっしゃるラスト。夢が溢れていて、わくわくしますわ」
「とっても売れそうなエンターティメントですねえ、私の知るお話とどっちを取るか悩ましいです」
意外と夢いっぱいのコメントをするメリルと、意外と夢のないことを嬉しそうな語るミリィはきゃっきゃと盛り上がっていた。仲がいいとはこのことだろう。ヴァッシュはその後ろ姿をちょっと羨ましいと思いながら眺め、しかしごとりと揺れて黒い頭がもたれてきたから、今はこれで十分だと笑みを浮かべていた。
次の話題で盛り上がる二人の声を聴き、肩の重みに目を瞑る。自然とハミングしていたのは懐かしい歌で、ヴァッシュはやはりサビのメロディだけを繰り返し繰り返し、隣の誰かに問いかけるように小さく小さく唄っていた。