温度差兄弟とヴァンプ・ファタール
※アルカディアクリア後
@yohima33
「メンズコスメの幅を広げたいの」
アルカディアの控え室。前の試合が長引き退屈そうにダラダラと時間を潰していたエクストリームズの元に、ヴァンプ・ファタールがヒールを高く鳴らしながら突如入室した。毅然と言い放ったその姿に、ふたりはぽかんと口を開ける。
「どうせ暇なんでしょう? 次の試合、しっかり整えてあげるからうちの商品使って出なさい」
「……いや勝手に話進めてんじゃねえよ!」
「つまり、どういうことだ」
ギャアギャアと途端に喚き出す兄弟に、ヴァンプ・ファタールは耳も貸さない。後ろ手に隠していた小さなカバンを置き、中身をゴソゴソ漁り出す。
「ゴチャゴチャうるさいわね……ブルートボンバーは快く協力してくれたわよ?」
「な〜にが『快く』だ! どうせゴリ押しして文句言わせなかっただけの癖によォ!」
ヴァンプ・ファタールは深くため息をつき、控え室のモニターの電源を入れる。パッとついた画面に映っていたのは、キメキメのヴァンプ・ファタールの顔と『メンズコスメ界に激震!』の文字。どうやら新しい広告のようだが……肝心の商品らしきものが見当たらない。ディープブルーは、嫌な予感を覚える。
「新作ではメンズコスメにフォーカスを当てようと思っていてね。……レディースとして出している化粧品の中から、特に水に強いものを探したいの」
「……? どういうことだ」
「水に強ければメイクも落ちないってことよ。それで、前回ブルートボンバーの試合の時にメイクをさせてもらったのが……これ」
画面が切り替わり、ブルートボンバーの顔がドアップで映った。……特段変わり映えのない、いつもの悪役面。メイクをしたと言っても、目の周りに色をつけたり睫毛をバチバチにしたりなどではなかったようだ。と、ディープブルーが眉を顰めた。
「……なんか、肌キラキラしてねェ?」
「あら、鋭いのね」
よく見れば、顔のシワも若干薄いような気がしなくもない。汗だけではないだろうその煌めきの正体を知るために、ふたりはどんどん画面に近づいた。
「正解はファンデよ。……彼、マスカラとか似合わなそうだったから」
これね、とヴァンプ・ファタールが片手で容器を揺らす。興味深そうにレッドホットが手に取ったところで、ヴァンプ・ファタールがニヤリと笑った。
「もう分かるかしら……エクストリームズにも同じことをしてもらうわ」
「……はァ!?」
ディープブルーは自分の悪い予感が当たってしまったことに舌打ちをし、抗議の意を込めて喚き散らす。
「そんなことだろうと思ったぜ、絶対やらねえよ! そもそも使うのが女物の化粧品なら、ピッタリなヤツがライトヘビー級にいるだろうがッ!」
「リングに水が入るんだもの、こんなに都合のいい実験台はないわ」
「実験台呼びしてんじゃねえ!」
烈火の如くギャンギャン吼えるディープブルーを気にもせず、レッドホットはヴァンプ・ファタールのカバンの中に手を入れた。手に掴んだのは謎のスティック。引き抜こうにも引き抜けず、不思議そうに首を傾げる。
「それは回して開けるのよ。目を貸しなさい、使ってあげる」
ヴァンプ・ファタールはカバンからビューラーを取り出し、レッドホットの前髪を結んで顔を曝け出した。普段お目にかかれないその睫毛を、ビューラーで上へと癖付ける。挟まれる感覚に目をギュッと閉じてしまいたくなるが、何をされるか分からないのも怖い! レッドホットは目を細くして、隙間からこっそり覗き見た。くるくるスティックの蓋を開け、中から出てきたなんだかモサモサした棒を睫毛に塗られてしまう。それをもう片方の目にも繰り返し、ヴァンプ・ファタールのできたの声を合図にパチパチ何度も瞬きをした。……瞼が、重いような気がする。
「ッダハハハ! おいレッドホット、おめめパッチリじゃねえか!」
ゲラゲラと笑い転げる兄を不快に思い、大きく舌打ちをする。ヴァンプ・ファタールに渡された鏡を見て、レッドホットは目を大きく開いた。
「うわ、気持ち悪い」
「失礼ね……まあ、前髪で隠れるでしょうから、問題ないわね」
ヴァンプ・ファタールはくるりと振り向き、息も絶え絶えのディープブルーの元へカツカツ近づいていく。その音に気が付いたのか、ディープブルーは肩で息をしながら目の端を擦り……サアッと青ざめた。
「……いや、オレはいいって……」
「何よ、ふたりでひとつなんでしょう? 大人しく餌食になりなさい」
「そうだ、オレたちはふたりでひとつ」
「お前は黙ってろ!」
余計なことを口にする弟に噛み付いているうちに、ディープブルーは逃げる隙を失う。ヴァンプ・ファタールが、ビューラーでチャキチャキと音を鳴らした。
◇◇◇
『擦らない、意図的に触らない。それを守ってくれれば、どんどん濡れてもらって構わないわ。闘っているところもしっかりと見ててあ・げ・る』
ギシギシ音が鳴っているかのような自分の睫毛に、ディープブルーはげんなりする。普段よくそれで前が見えるな、と思っているレッドホットの前髪が羨ましい。一時的に結ばれていた部分が気になるのか、ちょいちょいと前髪をいじるレッドホットにディープブルーは息を吐いた。
結局、せっかくだからと押しに押されてアイシャドウやらシェーディングまで施されてしまった。今、ディープブルーの瞼にはオレンジ色が。レッドホットには深い黄色が乗っている。かつての魔物の姿の頃をイメージし、互いに反映させたとヴァンプ・ファタールが語っていたのを思い出す。実験台相手によくそんな凝ったことをするものだと、ディープブルーは鼻で笑った。自分の商品を使っておいて半端な見た目なんて許せない、辺りが本音なのだろうが。
魔物の力が使えなくなったとはいえ、エクストリームズのリングはやはりプールだった。ステージを水浸しにし、動きにくくなったところを狙って潰す。生身で闘うようになってからは、捻った闘い方がかなり増えてきた。今迄のように、大きな波を意図的に作ることはできない……が、機械的になら可能だ。やはり、闘いというのは派手なほど盛り上がる。
「ヴァンプ・ファタールサマのお望み通り、ビチョビチョのグッチャグチャになるけどよォ……」
ディープブルーは屈伸運動をして、体をよく伸ばす。カメラはきっと、いつもと装いの違う自分たちをよく映すだろう。メテムもそれに触れてくるかもしれない。対戦相手だって、煽り文句に使ってくる可能性がある。考えれば考える程憂鬱になり、何度も息を吐いた。
「……派手な見た目、嫌なのか」
レッドホットが、意外そうに呟いた。ディープブルーの普段の服装や立ち居振る舞いから、てっきり派手でキラキラしたものが好きなのだと思っていたのだが。
「いや、そういうのじゃ……」
何を言っているんだと言わんばかりに、ディープブルーはシラーっとした目を向ける。……そうして、映ったのは前髪の隙間を貫通するほど立派なレッドホットの睫毛。瞬きの度、バシバシ前髪を掻き分けて上下に動いている。ディープブルーは、堪らず吹き出した。
「ブハッ! おま、お前……ッ!」
「……? どうした、急に」
「ダハハハッ! こっち向くな、バカ!」
突然笑い転げる兄に、レッドホットはただひたすら困惑する。オロ、とその場を彷徨いていると、メテムの声が聞こえてきた。
『お待たせしました! リングの準備が整ったようです!』
ディープブルーは目の端を擦り、グッと体を伸ばした。まだ時折肩を震わせてはいるが……落ち着いたらしいディープブルーの様子に、レッドホットは胸を撫で下ろす。
「ッは〜〜……笑った笑った。もう全部どうでもいいわ」
ディープブルーは、拳を突き出す。反射的に、レッドホットも同じように拳を出した。
「どうせならいつもより濡れまくって、全部落としちまおうぜ!」
「……分かった!」
歓声を浴びて、全身が震える。ディープブルーは見せつけるように、クッと顎を上げて笑みを浮かべた。
『混ぜるな危険! 温度差兄弟、エクストリィ〜〜〜ムズ!』
さあみろ、オレたちを! みろ、ヴァンプ・ファタール! お前の自信作、全部グチャグチャにしてやる!
◇◇◇
「アイシャドウはディープブルーの方、マスカラは……ダメね、両方落第。シェーディングは僅差でレッドホットかしら……」
「これ、まだかかるのか」
「もう腹減ったァ……」
グチグチ文句を言うふたりを無視して、ヴァンプ・ファタールはテキパキ化粧品を分けていく。これが何の役に立ちどうなるのかなんて、ふたりは全く興味がない。早く腹を満たしたい、ただそれだけである。
「本当は、あともう三試合ぐらい付き合って欲しいところだけど……」
「ふざけんな! もう二度とやらねえからな!」
「冗談よ。十分データは取れたわ」
あとはハウリングブレードとダンシング・グリーンか……など不穏な呟きを残し、ヴァンプ・ファタールは小さなカバンに広げた道具をしまいこむ。……一体、この小さなカバンのどこにその量が入るのか。
「ご協力ありがとう。形になったら試作品を送るわ」
「いらない」
レッドホットの返事を聞く前に、ヴァンプ・ファタールはヒールを高く鳴らして去っていった。しん、と辺りが静まり返る。
「あ〜疲れた……腹減ったァ……」
「兄者、早く飯」
「わーったよ……」
控え室のモニターに、先程の試合のハイライトが映る。高らかに笑うディープブルーと、咆哮するレッドホット。その瞼に、前髪の隙間に、キラリと輝く色がある。……もう、魔物の姿になることはおそらく無い。あの姿は、それなりに気に入っていた。だからだろうか、どうにも気分が高揚し……。
「勝利祝い、だ」
「腹いっぱいイイモン食っちまうかァ!」
ここ最近で一番派手で、演出過剰な、煌めく大勝利を収めてしまった。この試合は稀に見る良試合としてアルカディアで大盛り上がり、記録媒体は非常に高値で取引される異常事態が発生することになる。
……まあ全て、このふたりからすればどうでもいいことである。