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形無き贈り物をきみへ〜キリシタンすり抜け主と歌仙兼定〜

2026-02-09 19:19:00

歌仙が主ちゃんへ箸の正しい持ち方を教える話
禺伝再演の歌仙めっちゃ良かったので愛情深い歌仙の話を書いてみました。

僕らの主人には、箸の握り方に子供みたいな癖がある。

キリシタンの所作とこの国古来の所作はいささか異なるし、この国における何気ない禁止事の多くにキリシタン文化は実に寛容だ。
礼儀やマナーと呼ばれるものも文化基盤によって大きく異なるし、平等を謳うキリシタン文化には上座下座の概念すら無いのが普通だ。
だから彼女がこの国の所作に疎いからといって、必ずしも一概に非難できるようなものではない。事実、この本丸にいる古参の刀たちは、彼女のそんな常識の疎さに対して目くじらを立てることなく、あらゆる面でむしろひどく寛容だった。

けれども、キリシタン文化に縁のある、細川家に連なる刀としてこの本丸に呼ばれたこの僕、歌仙兼定から見れば。
それは、文化の違いの範囲を明らかに超えて、誰も幼少期の彼女にそれを教えてこなかった、というふうに見えて仕方なかった。

「そう、持ち方は……そう、それが正解だ。美しい心は美しい所作に現れるとも言う。知っておいて損のあるものではないよ」

衆目の前で指摘してはただ恥をかかせてしまうだけ。
だから歌仙は、彼女のために二人きりのささやかな茶会を開き、見知らぬ茶道の作法を教える体裁で、さりげなく彼女の食器の扱い方に矯正を試みた。

あくまで臣下と将の関係性である以上、もちろん主人によってはそれだけで怒り出す者もいるし、さて、不快に思わないでくれると嬉しいのだが。

そう思いながら、真心を込めて、言葉をことさら丁寧に選んで反応を伺うと、さて彼女は、怒り出すどころか、ひどくひどく、ひどく嬉しそうに、花のような笑顔を見せてくれた。

「嬉しい。あのねあのね、わたしも綺麗な歌仙みたいに、とっても綺麗な振る舞いができるようになるかなあ?」
「もちろんだとも。きみがそう望むのなら、僕にこうして教え導く栄誉をくれないかい?」

幸いにして、歌仙の真心は、素直で天真爛漫な新しい主にもちゃんと届いた。

物事の表面ではなく、こうしてその下にある愛情や親切、優しさの心を拾い上げることの得意な、歌仙の新たな主人。
そんな彼女になにくれと教えられるのは、歌仙にとっても実に嬉しいことだった。

それから歌仙は時折、忙しい彼女に、作法や所作のことを教えている。
まるで蛹が蝶へと羽化するように、少しずつ美しく所作が洗練されていく彼女を近くで見ていられることは、歌仙にとっても日々の楽しみだった。

「ね、あるじ。箸の使い方、上手くなったよね」
「ほんと!?」

初期刀の加州清光にある日不意にそう褒められて、彼女は幼子のようにパタパタと手足を振って嬉しそうにはしゃいだ。
たとえ仕草が美しくなっても、そういう愛らしい天真爛漫さは変わらず残った。

「えへへへ、嬉しい、嬉しいなあ。歌仙が教えてくれたの!」
「歌仙が?」
「うん、すごく嬉しい! だって、歌仙がくれた消えない贈り物だから!」

心から嬉しそうに弾むその言葉を聞いて、歌仙は。
嗚呼、此度の主はこの上なく、僕の愛情をあるがままに受け取って愛してくれるのだなと。

そう実感して、仕え甲斐のある彼女に呼ばれた幸運を、噛み締めるばかりだった。


「あのねあのね歌仙、お箸の使い方がうんと上手になっても、これからも教えてくれる?」
「もちろんだとも」

それは同時に。
やはり歌仙にどこか確信させて仕方なかった。

誰も幼少期の彼女に、そういう躾をしなかったこと。
彼女がそういった、ささやかな愛情に飢えていることを。

だから歌仙が矯正すると、優しく叱ると、すごくすごくすごく嬉しそうにするのだと。
歌仙を見上げる瞳の奥にある、どこか愛に飢えた目が、歌仙にそう確信させて仕方がなかったのだ。

「これからも教えてね、歌仙せんせー」
「いや、僕のことは」
首を横に振る歌仙に、彼女がしょぼ、とした顔をする。
「嫌だった?」
「嫌なものか。けれどね、僕はきみの先生になるより、きみのとびきりの家臣でいたいだけさ」

だってね、先生、では
もう教えることがないほどきみが立派になってしまったら、役目が終わってしまうじゃないか。
僕はずっと、きみのとびきりの臣下でいたいからね。

きみは僕を呼んでくれた時、願ってくれただろう?
文系名刀として知恵を貸してほしい、と。僕はそれがとても嬉しかった。

知識人、文化人としての素養を買われ、主人に仕えた者の話は古今東西多くある。
主人に仕え、主人を支え、時に主人に知恵と教養を乞われ、教え導く。それこそ家臣冥利に尽きるというものさ。

僕の元主人、三斎様も文化人として非常に有名だった。僕はそんな元主を尊敬しているし、僕もまたかくありたい、と思わずにはいられない。
だから、先生と呼ばれるより、そう、ただ歌仙ときみに呼んで貰えた方が、僕はずっと嬉しいのさ。

「きみという主人を支え、より良き道へ導き続けるのもまた、文系名刀である僕の大事な役目。僕のささやかなお願いを、叶えてはくれないかい、僕の大事な主」

彼女はまるで、花が咲き乱れるみたいに嬉しげに破顔した。

「歌仙」
「ああ」
「歌仙っ!」
「ああ、きみの歌仙兼定だとも」
「歌仙」
「聞いているよ」
「歌仙っ、歌仙、大好き!」
「僕もだよ。まだまだ頑是ない、僕の愛しい主」

《形無き贈り物をきみへ》


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